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大晦日

2006-12-31 16:42:27
日本にもどってからずっと家に引きこもってました。理由は風邪。
大掃除を手伝い、お節の準備もほぼ完了。PCの前に座ってます。

フセインの死刑のニュース、あれだけの犯罪を犯した人間が絞首刑になってしまうのは、まああたりまえなんでしょうが、首に縄を掛けられる映像、執行後の横たわったフセインの遺体をネット上でみて、やはり世の中おかしい・・・と思いました。

一度、絞首刑に関する本を読んだことがあるのですが、それはそれは恐ろしい実態で、首をつられる者がいるということは、刑を執行する人間もいるということで、久しぶりにロンドン時代に読んだ死刑執行の本、思い出しました。

まだまだ疑惑、解明されなくちゃいけない問題はイラクにたくさんあったはず。どうしてフセインを国際法廷へもっていかなかったのか、その裏事情が気になります・・・。

今年最後にくらーい話でした。
Posted at 16:42 | 日本 | この記事の詳細

日本

2006-12-26 11:04:35
夕べ、深夜に実家へ戻ってきました。
アムスー成田そして福岡空港、それから高速バスにゆられて実家の街へ到着したのは0時過ぎ。田舎に家があるとやはり遠いですね。

今回、戻ってくる機内でUDONを見ました。かなりおもしろくて、お勧めです
文句は言いたくないが、JALってやはりサービス悪い。
あれだけ、キャビンアテンダントがいるのに、無駄な動きがおおいとおもったのは私だけ?
トイレのチェック回数がすくなかったのか、汚れてました。
変なもので、国際線の人たちより、国内線に乗務されている女性のほうが、サービスがいいような気がします。高飛車な感じがしないし。

3ヶ月ぶりの家、部屋に入ると注文していた本が届いてました。
Joeyさん、ノンさんおすすめの本、今、Joeyさんのおすすめの本、第六感関係の本を読み始めたところ。
まだ最初の数ページめなんですが、自分が感じていたことがかかれていて、ああ、これで良かったんだな、と納得しているところです。

ここ数日、コメントのお返事ができずにごめんなさい。
ぼちぼち、お返事させて頂きます。

時差ボケきついですね。やはり・・・。

Posted at 11:04 | 旅行 | この記事の詳細

見えない世界

2006-12-23 07:31:21
 今日、友達と少し話す機会がありました。
昨日の日本のニュースで高校生がまた自殺したと知り、その場所がよく知ったところであったので、「あんなところでね、、、」と驚きました。
だんだん腹が立ってきました。死んだ理由が進路で悩んでいた、とか。

受験が近くなって思い悩んだのか、親と進路について意見があわなかったのか、まったく理由はわからないのですが、進路を変えるのはいつでもできる、それを大人はもっと子供たちに教えてあげなくっちゃいけない。

実は今の大人は進路変更するのが怖い人が多いのかな、「いつだって変更できる」って言える人ってとっても少ないような気がします。

私が高校生のころは、見えないもの、本で読んだこと、テレビで一瞬みた美しい風景に惹かれて外国住みたいなあと、ぼんやりと思ったものです。
今のようにインターネットもなかったし、今より外国はもっと遠かったです。知りたいこともなかなか知ることもできなかったし、今は、パソコンさえあれば、どんどん世界は広がっていくと思ってた。語学さえ覚えれば、PCを通して世界中に友達ができるし、勉強する意欲だって広がるよね、って思ってました。

ところが、今頃の子供も大人も便利なものは増えたのに、彼らの世界がどんどん狭まっているような気がします。

友達と話したことは「私たちは何も持たなかった、知らなかった、だから知らない世界に飛び出すことができたのかな」ってこと。

もうすぐ日本

2006-12-22 05:12:29
もうすぐ日本へ戻ります。
今年は、三回ほど日本へいってました。
自分の気持ちに正直に、帰りたいと思うときに帰った、それだけなんですが。

この前、久しぶりにあるいた長崎の街は新鮮でした。
また戻って一日、ふらふらと歩いてみようと思ってます。

2006年はよく旅行しました。
日本三回、ロンドン、エジンバラ、パリ、おかげでお財布はすっからかんですが、
お金では買えないもの、それは美しい一瞬の風景であったり、香りだったり、その時、一緒にいた人との会話、一緒に過ごした時間。
そういった楽しみを持って来年もがんばろうと思います。

旅費を全部合わせたら、買えた物は沢山あると思います。
わたしは高級なモノをなにも持ちません。

母が「飛行機代高いでしょう、無駄使いばっかりして」とこぼしたことがあったのですが、
「お姉ちゃんが買うバックや服と値段は変わらない、時間につかうのが私でモノをそろえるのがすきなのはおねえちゃんじゃない?」といいました。

あまり旅行ばかりするものだから、私を高給取りだと勘違いしている人もおられるようなんですが、私、モノを買わないので、すぐ旅費が貯まるんですよね。その代わり、びんぼー臭いですが

さ、お仕事も明日で終わり。
気を引き締めて最終日がんばってきます!



Posted at 05:12 | 日本 | この記事の詳細

発展中

2006-12-18 06:37:55
 冬のスポーツといえば、オランダではスピードスケートなんですが、私はなんか好きじゃないんです。子供のころから、冬はフィギュアスケートテレビ観戦のみ。
野球もサッカーもまったく興味なし
オランダじゃ、フィギュアスケートの中継なんてないから、もっぱらネット配信動画みるしかないんですが。ああ、大画面で試合が見たいわ

運動神経がにぶいので、華麗に氷を舞うスケーターをうっとりみるのが好きなのでしょうね。
昨日のロシアのGPファイナル結果、残念でした。浅田選手は連覇ならず、安藤選手は腹痛。
結果を見て、なんか心が苦しかったです。
浅田選手は今季、トリプルアクセル成功はNHK杯のみ、昨日は転倒と、聞いただけでもため息。
今季から、飛ぶ前にステップを入れてトリプルアクセルの難易度を上げているそうですが、なかなか試合では成功しない。
でも、これが成功への過程というものなのですね。多分。

試合で失敗する可能性があっても飛ばないと目標に到達しない、リスクは高いけど、挑戦しないと結果がこない。

トリノで安藤選手が4回転飛んで転倒して、ぼろぼろだったときに、私はよく挑戦した、結果は転倒だったけど、チャレンジがないと結果はこない、ということを思ったものです。
でも、日本のマスコミのその後の安藤選手へのバッシングはひどかったですよね。

安全圏内で滑れば、この二人は他選手より高いスコアは出るはずですが、それ以上に新しい技に挑戦し続ける姿は輝いているなあと思いました。それがたとえ転倒した惨めな姿でも。

今日、ふと、思いました。
何においても、技が増えれば増えるほど、それをキープするのは本当に難しいもの。
たとえば言語でも、日本語しか話さなかったときは、もっと他の言葉を話せたらと思い、勉強するのだけど、いざ、始めるとゴールがない、そして語彙が増えれば増えるほどそれをキープするのに大変、使う言葉の種類が3つになると、起用でない私はよくアプアプしてます。

持っているものをすこしにすると、なんとなく生きるのも易しいような気もしますが、好きで増やしたものは、自分で伸ばすしか、ないんだなあ。と妙に考えてしまったものです。

うまくいえないのですが、日本の若いフィギュアスケートの選手、立派に発展中だと思います。長い目で経過をみてあげましょうよ



Posted at 06:37 | この記事の詳細

格差社会について

2006-12-16 04:05:15
 最近、marbleさんのブログにて、イギリスの教育事情についてお書きになっていました。
各家庭における子育てに対する問題、それが地域の差であったり、、親の収入の差、諸々で子供を取り巻く環境が違うこと。
イギリスでは、金持ちの家に生れ落ちた子は、その時、親は有名小学校へと入学申し込みをします。私がオーペアをしていた家の子もロンドン市内の名門男子校へと通っていました。
聞くと、やはりおぼっちゃまが生まれた時に父親が入れたい学校へと申し込んだとのこと。

(この家族のことは、カテゴリー;ロンドンのところに書いてます。ごらん下さい)

一年ちかくこの家にいて、いわゆるクィーンズイングリッシュを話す上流家庭の取り巻く環境を
見れたことは非常にいい経験になりました。

一言でいうと、イギリス国内(もちろんロンドンを中心に)のお受験事情は日本並、いや、日本以上にシビアです。

ある日、おぼっちゃまのママは子供を迎えにいった時、数人のお母様方に囲まれました。

「あのね、あなたの子供はこの学校に合わないと思うので、転校したほうがいいわ」

「わたしたちはあなたたちのことを思って言ってあげているの、転校しなさい」

ようするに、おぼっちゃまが邪魔だということです。
その後、ママは担任に相談しました。すると担任は「まったく合わないなんておもってない、やっかみですね。これから受験前になるともっとひどくなるから覚悟しておいたほうがいい」と
いわれていました。

受験。
そう、おぼっちゃまがいった小学校などは、いわゆる日本の6年生までのクラスはありません。これはわたしはまったく詳しくないのですが、一度、入った小学校から8−9歳くらいで、別の学校へと入ります。
もちろん、全寮制の学校もありますが、一番競争が激しい学校が、ウェストミンスターにある学校1学年、1クラス。イギリス全国から受験しても20人しか入れません。つまりイギリスで最高の頭脳が集まる場所だということです。

有名校に通う男子校の親がめざすのは、子供をここにいれること。
ある日、学校説明会におぼっちゃまとパパ&ママはいってきました。
もらってきたパンフレットをみると、上にはロンドン市内有名校の名が三つほど書かれていました。ようするにその数校からの受験者を対象にしているということです。
受験までに確実にやっておいてほしい科目、レベルがかかれていて、中身は忘れましたけど「これをこの年齢の子がやらなければいけないのか」と気が遠くなりました。

その説明会の中に子供を普通の小学校に通わせている親御さんがいたそうです。
質問の時間に「こんな科目、どうやったらいいのか、公立に通わせている子供には入学のチャンスがないのか?」と質問されたそうです。

正直、厳しい私立校+家庭教師+親の根性がないと入れません。
お金のない家には無理なのです。かなしい現実だけど。

私はおぼっちゃまがパパやママと過ごしている時間は、もっぱらバスの一日乗車券を買って一日中、ロンドン市内をバスから見ました。
北から南、西から東と一年間で大体全部をまわったと思います。
ロンドンのセンターから離れていくと、貧しそうな地域や、外国人ばかりの場所、治安が悪そうな場所と様々なところがありました。
バスの窓から格差はありありと見えるものです。
貧しそうな地域の人はなぜか、ブヨブヨと太っている大人や子供が多く、チェルシーやケンジントンあたりを歩くと、太った人をあまりみかけない・・・。

学校で読んだ新聞記事にイギリスは肥満児が多い、キングサイズのチョコやチップスなどを問題視するものがあり、クラスで私はいいました。
「こう書いてあるけど、わたし、太った子供をあまりみないんだよね」

それはね、住んでいる場所が違いすぎるからといわれました。

たしかにおぼっちゃまのクラスメイトも肥満児がいなかったし、小さいながらも毎日、学校で
ナイフとフォークをきちんとつかい適量を食べる小さな紳士たち。

なーんかな、イギリスってやはり階級社会なんだって思いました。
おぼっちゃま、そしておぼっちゃまを取り巻く環境と、ロンドンの中心からすこし出た貧しい地域の子との差があまりにも大きくて。

年中、クラスの子から誕生日パーテイの招待状が届き、これも子供の社交で、プレゼントを用意し、カードを書き、招待された場所へと向かうのです。
場所は、レストランであったり、いろんなところを貸しきったり、おぼっちゃま方の世界。

ある日、ママさんが「おもしろい封筒みせてあげるわ」といわれて、手にしたものが、おぼっちゃまのクラスメートからの手紙。
「ぼくのお誕生日パーティにきてくれてありがとう」ってお礼のお手紙(ちなみに5歳)

封筒がね、このクラスメートのカントリーハウスの紋章というか、住所が印刷されたものなんだけど、番地が載ってないんです。

つまり、その街か村まで郵便物が届けば、そこに住む人たちは、このファミリーが誰であるか、どこにお家があるかわかるんですね、つまり土地の名士ってことです。
番地がいらない人たち・・・。

marbleさんのブログにもコメントしましたが、なかなか素敵な現代の化石・・・の世界でした。










Posted at 04:05 | ロンドン | この記事の詳細

KLMの機内にて、お手洗いの前で。

2006-12-13 05:38:25
ブログ書き始めるようになってから、いろいろと振り返るようになりました。あの時、あんな人に会って楽しかった、嬉しかった、悲しかった、などなど。
それをすこしずつ書いているんだけど、なにか書き忘れていたような気がして。
思い出しました、10年前に初めてオランダに飛んできたKLMでのこと。

初めて一人で国際線に乗った私はドキドキしてました。
このときは関西空港ーアムステルダム行きのKLM(オランダ航空ね)。
機内は満席、トイレにいくのも数人待ちの状態でした。
トイレに並んだ私の後ろに、それはニコニコとされたご婦人が立っておられました。
「あら、あなたはどちらにいかれるの?」ときかれたので、アムステルダムだと答え、どちらに
ご旅行ですか?と聞き返すと、欧州数カ国の名前を口にされ、ご主人と旅行でとても楽しみにしてましたの、とそれはそれはかわいらしいおばあちゃんでした。
なんせ、トイレの前だったので、ドアが開くと、そのご婦人とはサヨナラだったのですが、
なんと、帰りの便で、トイレ待ちの列で前と後ろでご婦人と再会したのです。

お互い行き先がまったく違って、ツアーでもなんでもなく、帰りの便が同じなんて偶然ですねえ、と再会を喜びました。(それもまたトイレの前

その時の私の気持ちは、人生に悩むというか、留学したい、友達が沢山いるオランダにいきたい、でもどうやったら、たぶんいけないだろう、親が許してくれないだろう、などかなり悲観的でした。
ご婦人が「オランダはどうでした?」と聞いて下さったので、楽しかった、でも今はちょっと悲しい、また行けるか考えると難しいと思う。住みたいけど難しい。と答えると、あのかわいらしいご婦人は「何をいっているの?あなたは一人でも楽々飛行機にも乗っている。若いのよ、そんなことをいうものではないわ」といわれましたので、「そうですね」とちょっと気が楽になって答えたような気がします。
「そちらのご旅行はいかがでしたか?」と聞くと、行った先を楽しそうに語るご婦人。最後にこういわれました。「主人は病気なの。これがね、最後の旅行だったと思います」

すこしの笑顔に清々しさがあって、人生に思い残すことがないような、このご婦人の覚悟というか、ああ、素晴らしい方だなと思いました。
あの頃、高齢者の年齢でいらしたと思います。いつかやってくる伴侶と自分の死を受け止める覚悟がある方。そういった印象でした。

このトイレの前で2度会ったご婦人になんとなく後ろからオランダへ押してもらった
そんな気がします。

トイレが混んでいてよかった。



人生の地図

2006-12-12 04:17:17
 私は10代のころから、ラジオが大好きで、理由はあまりお金を持っていなくてCDとか買えなかったので、もっぱらFMラジオをきいて音楽を楽しんでました。

高校生のころ、22時、東京FMから流れてくる音楽が好きだったな、あと、0時のジェットストリーム。いま、JALに乗ってもジェットストリームやってないから、面白くないんだけど。

ジェットストリームは部屋の電気を消して、お布団の中で目をつぶって聴くと、空に浮いたような効果音、そして田舎にいる私を異国へと引っ張ってくれました。

時々、テープに録音してましたが、いつだろう、ある年の2月、バレンタインデー前に22時からの番組、サウンズマーケットってタイトルだったと思うんだけど、リスナーからのリクエストと共に想い人へのメッセージを流してくれる週があって、ぼーっと聴いていました。
素敵な曲が沢山かかるので、これも何本かテープへと録音しているのですが、ある日、ある人のメッセージが10代の私の心にぐっときました。

「あなたの人生の地図には私は載っていないのですね、でもそれでもあなたのことがずっと好きです」

じ、人生の地図??
私はそれに載ってない??
お、大人ってなんて大変なんだ

と、このメッセージに衝撃を受けた記憶があります。

で、ずっと忘れていたんだけど、しばらく前にお友達の家にいって、なにかの話をしていて
この人生の地図を思い出したんです。
で、友人に、「高校生のころね、人生の地図に私は載っていないってラジオから流れてきて、
悲しくなったことがあるのよ」というと、友人は「ちょっと、Chocoさん、何をいってるの」ちょっとこっちへ来て、といわれ、友人は部屋にかかっている世界地図を指差し、「歴史上の人物は地図を塗り替えてきました、地図っていうものはいくらでも塗り替えられる、それは歴史が証明してる」

あ、そう

とても力強いこの言葉に、昔のラジオで流れてきた切ない一言も、ガラガラと崩れ去りました

そうだよね、地図は塗り替えられてきた、そしてひとの生きかたも多分、塗り替えることって
できるんだよね〜と妙に納得したものです。

昨日、書いたブログの世界地図でこのことを思い出したので、今日、書いちゃいました


もうすぐ2007年だよん

2006-12-11 04:40:41
 さー、皆様。来年の抱負は出来ましたでしょうか
私はまだなにも目標もできてない。なんの支度もできてない。

最近、ぼんやりと考えることは、数年、欧州に固執しすぎていたのではないかということです。他所を沢山知っている人は「オランダだけに執着しちゃだめだよ」といわれたこともあります。ふと世界地図を見ると、行ったことがないところばかり。

そういえば、わたし、まだ大西洋を渡ったことがないんです。
そうだ、そうだ、昔夢見たプリンス・エドワード島にもいったことがないし、おぼっちゃまがいるNYにも行きたいなあ、ちょっとまて、南米にもいってないじゃん。

いや、まだ行きたくていってない場所があった!
砂漠

小さいころ見た映画で、砂漠がある国に駐在していたファミリー。そのお金持ちの息子が母親を亡くして、悲しいんだけどお父さんは妻を失った悲しさで息子にまで気がまわらない、弟ばかりをかわいがり、一番心を痛めている長男のことを理解できないという話。

弟を自転車の後ろに乗せてスークまで買い物へいく姿、お父さんの車に乗せられていった砂漠。風景がゆがんでみえる。結局、少年は事故で瀕死の状態になり、もう生きたくない、お母さんがいないから、と父親に泣きながら訴えます。でも、最後は死んでしまう砂漠の少年の話。

そう、あれを見たときから、わたしはいつか砂漠へいってやるーと思ってた。

来年は、子供のころにいきたかったところの一箇所をたずねてみたいと思います。

カナダ
砂漠(どこか不明)
ニューヨーク
南米、ペルー

ヨーロッパ内であれば、
南フランスの山奥。
昔、プロバンス物語を見て、すっかりプロバンスの風景に魅せられました。
この映画も、少年と母の話。

わたしって、少年+母の話に弱いのかしらん。

ということで、プロバンスの山の村でマルセル(少年の名)〜と叫んでみたいもの。

さー、どこにしよう。

皆さんは来年どうされますの?

Posted at 04:40 | 旅行 | この記事の詳細

おとな

2006-12-10 07:05:43
 数日、頭がぼんやりというか、仕事していても進まない、どうにもならない状態でございました。「ああ、時間ないのに」とわかっていても、時間通りに終わらないのが仕事ってやつ

昨日、どう考えてもわからないものがあって、考えても考えても、わからない。
「わたしって、やっぱ馬鹿なのかしらね」と考えること数分(いや、数時間だったような気も)

急に子供のころのことを思い出し、頭の中は同時にいろんなことがよぎりました。
子供のころは、テストで解らなくても赤ペンで×をつけられて、親におこられ、先生におこられても、頭下げてこらえておけば、どうにかその場はしのげたけど、大人の場合、仕事の場合、問題を解決しないと終わらない。

なんて大人って大変なんだろー。と30過ぎた今頃、思う私・・・。

人にわかって、自分がそれを理解できないということは、つまり、つまり、つまり、何か足りないってこと・・・?

ふらふらとお手洗いにいき、偶然に会社のお姉さまもいらしたので、急遽トイレ会議。

「実は理解できないことがあって、本当に自分の頭がおかしいのではないかとさっき思い込んだ、こういった時、どうしたらいいんでしょうか」

 「子供のころってテストの点数低かったら親に怒られてものだけど、テストで0点とっても死にはしないけど、大人の場合、逃げられない、これがテストの問題だったら、0点覚悟で提出して、逃げてたと思う」とお姉さまの前で言うと、「そうねえ、大人ってなんで逃げられないんだろうね」と同意してくれました。

実はこんな心理状態になったのは初めてだったんです。
いままでは解らないことがあっても、どうにか答えを見つけてきたけれど、一昨日の15時の時点で、私は頭の中が真っ白になり、「これ以上考えても答えはみつからない」と思った瞬間、「逃げたい」と思ったのです。

どれもこれも、間違いに見えてくる。指示される内容のメールも英語だし、まずどこかで読解間違えたか?と、どこで、どこでこんな間違いの元が発生したのか、考えるだけで、さらにすべて投げ出して消えたい願望。

今までの私ではありえなかったこと。

17時、上司に相談。

天才君(つまり私のボス)は、ふーん、といいながら、書類に目を通し、30分後、すべてが
解決してしまいました。

こんなことなら、はやく相談したらよかった

出来ません、わかりません、教えてくださいって言うタイミングって本当に難しい。
上司にSOSを出すって難しい。以前はよく助けを求めていたのだけど「まずは、自分で考えなさい」といつもいわれてましたが、さすがに今回は、お助け有りでした。

「OOさんが言われていることが、どうしても理解できない、どう考えても理解できないときって
私はどうしたらいいのでしょうか」

じゃ、ちょっと見てあげるから、といわれ、で、さっ、さっさー、とご解決。

わたしの悩んだ時間っていったいなんだったのさ・・・・。

と、半日で、頭がおかしいのではないかとまで瞬間落ち込みがあった最後は上司様がさわやかにご解決してくださったのでした。

あー、なさけない。


                         
Posted at 07:05 | お仕事 | この記事の詳細
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