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苦しきパートタイマー

2006-11-30 05:17:53
日本でここ数年、パートで働く人に年金や社会保険を導入させたいとの声が聞こえますが、
まーったく話が進みません。
その土壌に正社員が上、パートは下という観念が頭からまったく消えていないこと、不景気が続き、パートに賃金そのまま、「あなたに責任ある仕事をやらせてあげる、ありがたくおもえ」の構図に日本のゆがみを感じます。

オランダはよく知られている通り、パートタイム労働者が多いのです。
労働時間問わず、社会保険に加入することは義務付けられています。
つまり、スーパーで週1回働いても、保険証を持つことができます。

給料もボーナスも有給も、すべて時間で平等に計算されます。正社員だから優遇される、パートだから保険はつけない、など不平等はありません。

私は20代の後半、約2年をパートタイムで生き延びました。その間、節約しまくって学費を貯めて、留学に備えたのですが、パートタイムを選んだ理由は、不景気で仕事がなかったからです。自活したいと思っても、いわゆる大型スーパーなどのパートは保険に加入させないようなからくりがありました。働きたくても一日の労働時間が5時間。田舎の時給、650円だと月に8万円ほどの収入。
不思議なのです、それなのに、「パートさんをアメリカに研修」などのポスターがはられ、賃金はそのまま、ろくな保証もなく、変なキャリア志向を持たせるからくり。

あの時給650円を超えきれないと解ったときに、私は毎晩、仕事の後、勉強するようになりました。お金がなかったので、ラジオ英会話とか、安くで使えるものはなんでもつかったし、その後、転職して(それもパートタイム)、ちみちみとお金を貯めてなにも買わないわたしに、みすぼらしいという人も実はいました…。

それでやっと100万円がたまったときに「仕事をやめる」と言った時に、当時の職場の人事は「こんな不景気で外国いってどうするの、もう帰ってきてもパートもないかもよ」といわれて、さめた気持ちがさらに氷のように固まってしまったのを覚えています。

泣くだけ泣いて、悲しくて。仕事を終えて3日後、飛行機に乗って私は日本を去ったのでした。

あの悔しさというか、不平等から抜けたかった。
途中からがんばっても、おいつかない、入れてもらえない日本の仕組みから抜けたくて、日本を飛び出してしまいました。

働いても、社会保険にも加入できない不平等、悲しさ。

今、私は毎月の収入から40%近くが税金などで消えていきます。
オランダの社会保障の高さは税率の高さにも関係します。

もっと税金が安かったらな、と思うのですが、過去の惨めなパート時代を思い出すと、労働の平等の土台が税金で支えられているのならば、私は払うのは惜しくないと思うのです。
日本とオランダ、どちらの労働環境も経験してみて感じることは、日本は上と下を作りたがる。オランダではパートタイムのマネージャークラスもいます。
私の友人のお母さんは大手銀行本社のPR部マネージャーをされていましたが、この方もパートタイムでした。
日本の常識がまったくここでは通用しません。

過去を振り返ることは私は好きではありません。やはり惨めなときを思い出すのは辛いですが、私と同じ思いをしている人は沢山いると思うのです。

だから、もっと柔軟な働き方、そして平等性、社会保障をしっかりと日本の労働市場にいれてほしいと思っています。




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お経

2006-11-29 04:30:46
 夕べ、寝る前にふと手にした本、般若心経。
以前、日本に戻ったときに母に譲ってもらった絵本。
優しく般若心経について絵と共に描かれているので、すーっと本の中にはいっていけます。

母は数年前から、四国のお遍路さんをしていました。
数年かけて全部のお寺を回ったのですが、その際に、姉と私にすべてのお寺でお坊さんに筆でお経を頂き、それが一冊になっています。姉妹に一冊ずつ。
母が行ったお遍路さんは、バスでまわるもので、専門のガイドさんについてお寺を周っていました。
このお坊さんに一筆頂く和紙で出来た本は、かならず手元に持つこと、けして車のトランクや
乱雑にあつかってはいけないとのことで、キレイな布に包み、大切にもってお寺を周ったそうです。
しかし、ある日母は、その教えをすっかり忘れてました。
私にと用意していた本を、ある日、観光バスのトランクへといれてしまったらしいのです。

その日、乗ったバスは三回も接触事故を起こしたそうです。
同じ運転手さんで、三度も事故を起こした後、最後は代わりの運転手がやってきたそうです。
ついにバスの下にあるトランクの部分のドアが開いたとか。

あ、chocoのお寺で頂くお経の本・・・。と母はやっと自分の手元にそのわたしに用意した本がないのに気がつき、焦って荷物から取り出したそう。

偶然なのかもしれないけど、あんたのを忘れて下にいれてしまった日。あの日、三度も事故が起きて、最後はトランクが開いたのよ・・・。とつぶやいた母。

とても、この私のお経の本はオランダには持たせて上げれない、汚いところにおいてはいけないし、あんたに管理できない。せめて、絵本持って行きなさい。でもきれいなところに置きなさいよ、といわれて、貰った般若心経の本なのです。

実は姉用のお経の本を東京へと持っていくときに、母と飛行機にのったのですが、もちろんのこと、手荷物で機内に持ち込み、飛んでいるときもひざの上に持っていました。

おかあさん!ぜったいに預ける荷物にいれないでよ、ひ、飛行機が落ちる
と、かなり言動が怪しい親子を乗せたJALは姉が待つ東京へと向かったのでした。

昨日、寝る前に読んだら、不思議とすーっと眠りへ入っていきました。

***********
十人十色
いろんな見方がある。
しかしそのどれもが
絶対ではない

***********

欲望や執着心を捨て
こだわらない心で
自由におおらかに
生きることが
般若心経の教えです。

*********

いらいらするな
くよくよするな
ぎすぎすするな
おおらかに
おおらかに


お釈迦さまを近くに感じた夜でした。






Posted at 04:30 | 日本 | この記事の詳細

言葉を扱う

2006-11-27 05:02:07
昨日見た映画で、あらためて言葉を扱う仕事の難しさを感じました。
文化の違いなどで、馬鹿、という一言を使っても、それをそのまま直訳して英語で馬鹿と書くと、間が抜けたり、思わぬ落とし穴。

以前、なにか雑誌だったと思うけど、英語ー日本語訳するページがあって、自分でやってみたのですが、有名な翻訳家のお手本をみると、マジですか・・・と自分の言葉の少なさにがっくりきた記憶があります。

言葉ってすごい、誰からかの言葉を預かるのが翻訳者の仕事だとしみじみと感じたものです。
翻訳者は日本語をよく知っておかねばいけません。
どんな言葉を使うか、選ぶのが本当に難しいものです。

一度だけ、私も翻訳のお手伝いをやったことがあります。
第二次世界大戦の時にインドネシアの日本軍収容所で少年時代をすごされたオランダ人男性の書いた手紙。
知人のオランダ人の知り合いか身内の方だったと思います。
日本とオランダの交流事業で、この男性は日本へと招かれました。

手紙はオランダ語で書かれ、当時、オランダの大学で日本語を学んでいた友人が日本語訳したものをわたしが清書したのです。

オランダ語から日本語に訳されたものだと、何年も日本語を勉強している優秀な学生とはいえ、やはり、心の傷などを表す日本語に訳されておらず、最終的に少し言葉を付け加えさせてもらいました。
内容はこんな感じでした。

 戦中にインドネシアの日本軍キャンプで、度々、女性の悲鳴を聞いて暮らした。それはオランダに戻ってきて大人になっても、その恐怖が取れず、アムステルダムで日本人の観光客を見るだけでも怖くて、カメラのフラッシュも怖くてどうにもならない。
ずっと苦しんできた。でも今は、この苦しみから自分を解放したい、だから僕は日本へいって若い人たちと話をしたいんだ。

場所はもう覚えていませんが、訪問する予定の中学校で配りたいとお書きになっていた手紙です。

最初、ととのっていない日本語の文章を見ただけでも、この言葉の重さに涙してしまったし、
清書するだけだったのですが、これで彼がいいたいことが日本の中学生に伝わるか、と何回か読み直したものです。

言葉をお預かりする。そして違う言葉に書き直す責任の重さも感じました。

もっと日本語も勉強しなくちゃなあと思ったものです。

美しく言葉を移し変える翻訳者、私が一番好きなのは、イタリア語翻訳の須賀敦子さん。
詩人、サバの言葉をそれは、淡々と美しく日本語にされていて。地味で気品があり、大好きです。

Abduction,The Megumi Yokota story

2006-11-26 05:33:28
Abdudaction,The Megumi Yokota StoryがAmsterdamにて現在開催中のインターナショナル、ドキュメンタリーフィルム、フェスティバルにて公開されました。
小さなシアターでしたので、ほぼ満席。9割以上はオランダ人の客で、ちらほら日本の方もいらっしゃいました。

なんかね、複雑な気持ちでした。映画を見終えた後。
たぶん、ほとんどのオランダ人には理解できなかったんじゃないかな、と思いました(いや、これは個人的な感想で、出口調査したわけではありません)

一番後ろに座っていたのですが、私の右隣の二人は結構真剣にみておられました。
問題は、私の二列左に座っていた女の人が、途中で、バリバリと音をたてチップスを食べ始め、飲んだりと雑音がひどく、私の右隣のカップルがその人にぶり切れはじめました。

注意しようとする前に食べるのをやめ、またしばらくしてバリバリと・・・。
こいつ、妨害したいのか!と思うくらいの音でした。

映画の中で家族会の皆さんが自民党本部の前で、北朝鮮への米支援を中止するように、一生懸命に大きな声で叫ばれていました。
皆さんが、子供さんを返してほしい一心で声を張り上げて叫んでいるのに、応答なし。ついに
「ばかやろう」と叫ぶ声。
そのときです。字幕にstupidと出たときに、くすくすと笑い声が。

わたしこのときに、オランダ人の情感の無さにはほとほと嫌気がさしました。
画面に映った方をみたら、いかに真剣な気持ちでさけんだあげく、馬鹿と涙ながらにさけんでいるのに、字幕に馬鹿とでただけで、普通、笑いますかね。

なんかよくわからないけど、所詮、ここの人たちにとっては、極東問題なんて理解できんのかもしれないとがっくしきてしまいました。

以前から、オランダ人の知り合いにめぐみさんの話をして、「13歳の女の子が北朝鮮に誘拐されて、戻してもらえないんだよ!!他にも何人もいるんだよ」と話をしても、ピンとこないんですね。

「うーん、ほら、戦争中はオランダもドイツとあんな状態だったけど、現在はなんとか普通にやっているじゃないか、だからどうにか、、オランダ人だってドイツ人を恨んでいる人だっているけど、なんとか第二次世界大戦の後処理はご解決だし・・・。」といわれ、ブちぎれた私は「憎いといっても、オランダ人がドイツ人誘拐するとか、モロッコ人が大嫌いなオランダ人を誘拐してモロッコまでつれて帰って戻さない、なんてないでしょ、想像できないでしょ」というと、「わからない…」

欧州の中のご近所同士の国の関係と
アジアの中国、韓国、北朝鮮、日本の(憎悪が入り混じった)複雑な関係は、まったく違いますから、この状態を全部解れといわれても無理なような気もします。

映画はよく出来ていたとおもうのですが、観客の態度にちょっとへこんだ私でした。

それと以前も「オランダ人の情感の無さ」は別の映画を見たときも感じたのです。同じ映画をオランダとベルギーで2度見たときに、ベルギー人はしんみりとみていた部分をオランダでは笑い声がきこえたりと、国民性の違いを感じました・・・。


Posted at 05:33 | オランダ | この記事の詳細

クリスマス前

2006-11-25 03:15:31
 この時期になると、だんだんとクリスマスが近くなるなあ、と感じます。それと同時に、年末助け合い=募金活動もじわじわと活発になってくるんですよね。

オランダももちろんのこと、イギリスでもボランティア活動も盛んだし、恵まれない人たちへの寄付なども盛んにおこなわれているようです。

が、しかしですね、わたしはロンドンでの募金活動にとっても嫌な思い出があるのです・・・

クリスマスの買い物客でごった返していたナイツブリッジ、いわゆるハロッズ近辺ですが、
12月になると、もう歩道を歩けないほどに買い物客+観光客が溢れています。
お散歩に家を出て、数分後、ハロッズの前を通過したころはすでに、車道にでなければ歩けないほどの人込みでした。
正面からくる、女の人と一瞬目があいました。意味も無く、「あっ、来る」と感じた次の瞬間、その女性は、わたしの胸に赤いペーパーフラワーを刺してきたのです。
人込みで動けない私。その女の人は言いました。

恵まれない子供たちに募金をお願いします。
当時、住み込み子守の学生だったわたしのお財布にお金がたんまりと入っているはずがありません。
たしかに場所柄、金持ちさんがウヨウヨ住んで、歩いているところではありますが、貧乏子守を狙わなくたっていいじゃんね・・・。

ハイ、とバックの中の小銭いれを見ると、4ポンド(850円くらい)が入っていたので、コインを二枚渡しました。

サンキュー、ダーリン。でもあなたお札を持っていないの?

30年以上生きてきて、募金して、お札をねだられる経験って初。それもロンドン。

ふざけるんじゃないわよー。と思い、「これ以上のお金はありません」といいはり、無理やりその場を去りました。

学生にとって800円は大きかったんです。パンも買えるしね。

悲しくなったわたしは次の日、学校でこの話をしました。

アンディ先生いわく「はあ??お札をねだられた?そんなときは警察に電話しなさい!だいたいイギリスは社会福祉、募金活動、ばっちりなほうだから、なんで(金の無い)君からお金をとらなくっちゃいけないんだ?だまされたんだよ、君は!」

だ、だまされた・・・。

はあ、ロンドンなんて嫌いだ!!と思った出来事。

でも、正当な募金活動も経験したんですよ。
住んでいた家の近くには、プライベートガーデンがあって、メンバーしか入れないんですが、その公園に大きなクリスマスツリーが立ち、ある晩、近所の人は誰でも入れたんです。
聖歌隊がやってきて、この公園でコンサート。ご近所の皆さんも一緒にクリスマスの歌を歌い、それはそれは幻想的な雰囲気でした。

最後の曲が終わり、指揮者がスピーチ。
皆さん、お楽しみいただけましたか?この冬も、暖かい毛布や服、食べ物を必要としている人が沢山います。その人たちに暖をプレゼントしようではないですか。

このような内容のことをお話されました。そして、このご近所、お金持ちがお住まいになっていたので、皆さん、お財布をあけて、お札を何枚も楽隊に渡されていました。

ハイ、これが正統派、お金持ちに募金を頼む方法と、それに応じる皆さん。

なんかねえ、わたしに「お札持ってないの?」といってきたおばさん、あの人にあげたお金はたぶん、彼女のポケットに入っていったんでしょうね。

どこにいっても、だます人っているんですが、時にイギリスって募金活動とかボランティアが盛んで、イギリス万歳本も多いことから、現実がこんなもんだと、あまり、イギリスに期待するのは皆、やめよーぜ。と思った出来事でした。





Posted at 03:15 | この記事の詳細

胃痛

2006-11-23 22:46:14
 昨日から胃の調子が悪く、本日、お仕事休んで家にいます。
一昨日の夜に食べたものが多分悪かったのでしょう、昨日の朝から、胃が痛くて、口の周りは荒れて、一晩でここまで表にでるのもすごいなあ、と具合が悪い中でも感心しました。

胃が痛いのが収まると、今度はおなかがすいてきて、ちょっと食べるとまた痛い。
今日は、冷蔵庫に残っていたかぼちゃのマッシュを使ってミルクとお水を足して、ミキサーに掛けてなべでコトコト・・・。

化学調味料に拒絶反応を示しやすい私は、ここで固形ブイオンをいれることはできません。

うーん。そしていれたの昆布茶。

なんだかね、心がほっとする味でした。昔食べた給食の味がしました。

給食の味って、なつかしくて時折、食べたくなりますが、あれって作り方がわからないものって実は多い。ソフトうどん麺とか、そのうどんのスープが妙に甘くて美味しかったり。

学生のころ、実習やアルバイトで保育所に行ったときに数回、給食室にはいりましたけど、その時、なぞが解けました。
カレーの時に、昆布やお魚の出汁を使ったり、うどんの時もなにやら、家ではつかわないようなものを隠し味にいれていたので、「ああ、これが味の秘密か」と妙に納得。

かぼちゃのスープ(昆布茶入り)を飲みながら、日本の給食を思い出す私。

今食べていいなら、なんのメニューがいいかなあ。
冷凍みかんとか、給食のうどん、スパゲティーミートソース(グリンピース入りね)。
妄想開始・・・。

本当に胃が痛いときでも、食べ物のことは忘れない私でした・・・。

寝よう。


Posted at 22:46 | 食べ物 | この記事の詳細

笑ったかお

2006-11-21 04:15:08
一昨日のブログにて、バンクーバーのJoeyさんから、このようなコメントを頂きました。


ソニアによると第六感型の人は、宇宙が自分の良い方向へ運んでくれていると信じているので、心配しないそうです。反対に第五感型の人は、常に方法を考え、何とか結果をコントロールしようとするので、いつも不安一杯で、行きたい方向へ行けないのだとか。でも、殆どの人が後者だね。

Joeyさんお勧め本、「第六感ひらめきと直感のチャンネルを開く方法 」を参考にコメントを下さっています。

私は読んだことがないのですが、なにも知らずに数日前書き込んだブログに、このソニアさんの著書とかぶる部分があったとのことで、なにやらうれしいような・・・。

わたしは霊感もないし、お化けのエリアといわれるところにいっても、なーにも感じない。

でも、やはり第六感のようなものは少しずつ、ついてきているような気もして。
私は人に会う運が高いとよく言われます。それは男性と、という意味でなく、男女問わず、いろんな刺激を与えてくれる人にです。

そして、よく人に助けてもらいました。ありがたい、どうやってお返ししたらいいのだろうか、と思っているうちに、その人たちはあっさりと目の前から消えていったり・・・。

そこで私は思ったのです。ありがたく人の縁を沢山頂いたから、もしなにか困っている人がいたら、助けてあげることで、お返しになるのではないか、と。それが実行できているかは不明ですが・・・。

この前、私を助けてくれた、あるオランダ人にいいました。
「私は、人が持っているもので持っていないものは多い、持ち家も車もない、自分の家族もいなければ、わたしってほーんと何も持たないわね、でも、沢山の優しい人に会えた、どうしてだろうか」

ときいてみたのです。
まあ、君はいつもニコニコしてるからねえ。それじゃないか?といわれました。

たしかに今までも、他のオランダ人の家にイースターの食事に招かれたとき、そこのお母さんが卵にゲストの顔を描かれていたけれども、わたしの卵はニコニコしてました。chocoはニコニコしてるから、ニコニコにしましたと友達母の話。

笑った顔が印象に残るそうです。

他も、ある小さな音楽会のHPに私の笑った顔ががばーっとのっていて、やはりこれも笑った顔。

実は以前、友達の友達に頼まれて、ポスターの撮影に行ったことがありました。
他の人は数枚で終わるのに、私だけ、「笑って、笑って、いやー、面白い」と喜ばれ?何枚も撮られました。
これは商業用ではなく専門誌につかわれていたらしく、それをたまたま見かけた友達が「よく写っていたよ

笑うものには福来る、といいますが、わたしの経験上、これは本当です。

もし、これを読んで下さっている方の中で、運気をあげたいと思われる方、明日の朝から笑顔で挨拶してみてください。
無理なく続けれたら、絶対にあなたは運気が上がります。(なんか、細木数子みたい、、)

これは、お金もかからないし、運気上昇の本も買わなくていいし、お得です。








Posted at 04:15 | この記事の詳細

散歩

2006-11-20 02:09:11
一昨日書きましたように、金欠なので、もっぱら週末は洗濯したり、本読んだりしてました。
お菓子を今、焼きつつ、巨大なミートローフ(昨日買ってきた野菜大量に投入したら巨大になってしまった、、、)をオープンにいれるべく、お菓子の焼き上がりを待ち、次にミートローフさん焼きということで、一息、ブログ書いてます。

一日、一度は外にでて新しい空気を吸うことと、近所を歩くことはなるべくやっています。
歩かないと、今度は夜眠れないのです。

近所には沢山の通りがあって、長く住んでいてもいったことがないストリートが沢山あります。
今日もまた、ふらふらと近所から近所へ当ても無く歩いてみました。

オランダ人の家は窓際や玄関がとても綺麗です。カーテンも閉めない人が多いので、散歩がら覗き?もいたします

ふらふらと歩き始めて10分、初めて通るストリート。
教会らしき建物がありました。

よく見ると、以前、教会だった建物をリフォームして、地下はクッキングスタジオ、裏はヨガセンター、上のほうはアーティストの展示がなされていて、面白い建物でした。
下では子供たちが料理をしていて、調理室のはしっこを見ると、美しくコーディネートされた
テーブルが。
できあがったら、このテーブルでつくったお料理を盛って食べるのでしょうね。
こんなところにクッキングスタジオがあっただなんて、なぜ気がつかなかったんだろう…。
近いのにまったく目に入っていなかったのです。

散歩と人生のテンポって似てますよね。実は近くにとっても素敵なものがあるのに、気がつかずいつも遠くを見ている人。実は私もそうでした(だから外国にいるのでしょう、あはは

そういうことを思うようになってから、考えることは、自分が育ったところで見逃している大事なものがあるのではないか、ってこと。
多くの人が10代のころ、田舎から出たいとか、都会にあこがれたり、海外に飛び出していったりしていますが、なぜか30代の中盤で突然、田舎へ引き上げる人がポツポツと出始めています。

なんとなく、わかる気もします。
理由は様々なんだろうけど、いったい、自分がどこの場所に合っているのかよく解りませんし、もし見逃している大切なものがあるのならば、それを探しに戻ってもいいのではないかと
思うのです。

金欠だと、外食もせず、もんもんと家にこもっているので、なにやらいろいろと考えます。
散歩していても考えます。

時にこういった時間は時に大切なものです。




Posted at 02:09 | オランダ | この記事の詳細

会う

2006-11-19 19:25:26
 しばらく前、ブログに書いたと思うけど、4年前の夏、3週間のみ、イギリスの南部にあった
英語のサマースクールに参加しました。
ありえないくらいの、面白い人たちが集まっていて、それは4年経っても、細々と友情はつながっているようです。
まあ、わたしは海外住まいなので、日本に戻っていった皆さんとはもう付き合いがないのですが、先日、あるメールが転送されてきました。

あの時、サマースクールに参加していた人たちの中で最近結婚した人がいたそうなんです。

二人の名前や、それを報告してくれていた日本人の名前に記憶がないのですが、事実、あの集団の中で、4年後、挙式した人がいたとは、驚きでした。

半分くらいの人が7週間のコース、私の持ち金では3週間が限度だったので、早々とあそこを去ったのですが、いろんな学校にいってみたけれども、あそこまで個性派がそろった場所はなかった、と言えます。

女子大生もいて、「お弁当やでバイトして貯めました!」といっていて、健全なお金の貯め方に感心したり、日本の大学生が将来の夢を語ったりと、ちょっと忘れていたことを思い出させてもらったりして、いい夏でした。

かわいらしい女子大生が弁当やでバイトしてるときいた、日本の社会人は、「うーん、ちょっとバイト先変えてみるのもいいかもね、あ、でも看板娘で売り上げに影響するなら、そこにいなさいよ」とかおっさんらしいアドバイスあげたり(笑)

ちょっとロンドンでは、こういった新鮮な出会いがなく、都会のせいか、集まってきていた人がそうでなかったのか、まったりとしていましたが、あの夏に会った人たちはなんか勢いがあって好きでした。

私が去る3週間のコースの前の晩、浜辺でバーベキューがあって、半分の人は国に帰るので、しんみりと涼しいビーチに座って焼けているのかちょっと怪しいお肉をつまんで、ああ帰りたくないなあ、と思ったものです。

ここで初めて、知り合ったフランス人とイタリア人の二人の女性は、友情に満ち溢れ、バーベキューから寮への帰り道、二人並んで肩を組んで歩いてました。(別に怪しい二人じゃないんですよ、)身長も低めで二人とも同じ背丈。子供が歩いているようで、後ろを歩いていた私も
別れを惜しんでいるのだろうなあ、と思ったものです。

別れの日、パリに戻る女性を駅まで見送って、また皆、ポロポロと泣いていました。

ありがとう、楽しかった。と口にして、お別れするってなかなかありそうでない。

その素敵な夏に出会った人たちが、4年後に結婚したというのも、また素敵なニュースで
心があったかくなりました。

金欠・・・

2006-11-19 04:15:03
どうも金欠状態に陥っているようです。ワタシ

パリでお金使いすぎた…みたい。

ということで、節約10日間となりました。
土曜日の午後のマーケットは野菜が安い、安い!!ちょっと足を伸ばせば、大きなマーケットがあるので、節約10日間のためにお野菜購入。


パプリカ12個 1ユーロ(147円)
ネギ三束    1ユーロ(147円)
キャベツ     60セント(100円弱)

パプリカ12個で1ユーロってお買い得。
これにちょっとひき肉でも買って、ピーマンの肉詰めでも作ってみようかしら。
キャベツはスープ、お好み焼きモドキ、ネギもお好み焼きモドキいってみましょう。

実は夏場はマーケットではあまり買い物はしません。
気温が高くて野菜が持たないのです。冬場はもちろん天然冷蔵庫なので、土曜日の午後に買ってもまだ新鮮さが残っています。寒い季節の利点です。


化粧水が切れて、買う予算がない私は久しぶりに手作り化粧水を作るべく、本日の午後、
瓶を煮沸消毒しました。

あと黒豆を煮ました。
これをつかって、明日は黒豆パウンドケーキに挑戦するつもり。

10日分、甘いものも明日、ある材料使って焼きます。

なんか節約に燃えてきた〜
Posted at 04:15 | この記事の詳細
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