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焼き菓子

2006-08-30 03:45:29
それでは最近、焼いたお菓子を載せてみます。





これは、初夏、お友達の家に遊びに行った時に食べたお菓子です。
手前のブラウンのケーキは私がつくったキャラメルケーキ。右側の薄い丸いケーキはナツメヤシのケーキ、そして奥はおはぎです。
実はわたしはあずきがあまり好きではありません。
友人はなるべくあんこにお砂糖をいれず、ドライフルーツを混ぜ込み、さわやかな甘さに仕上げてくれました。
ほとんど、口にしないあんこをこの日は「おいしいなあ」と頂けた不思議な一品でした。


はい、こちらはズッキーニのケーキです。アメリカのケーキらしいですが、野菜ケーキを作ってみたかったので、アメリカのサイトを検索し無理やり焼き上げた一品。
なかなかこういった冒険も楽しい。


スフレチーズケーキを作ってみました。
クリームチーズは低脂肪のもの、生クリームを使用せず、こちらも低脂肪牛乳を使用しました。レモン汁を加え、ふわっと焼き上げてみました。
口当たりも軽く、カロリーも市販のものに比べて低めなので、小さな子どもやお年寄りにはいいおやつかもしれません。表面がしわしわなのが気になりますが、まあ、お店で売るわけではないし、手作りっぽくてこのケーキは気に入ってます。



夏のベリー類を焼きこみました。切り口はとても綺麗です。
この前、日本に戻ったときに、実家が農家のお友達のお家へお邪魔して、たけのこを掘ったり、きいちごを摘んだりしました。そのきいちごをマフィンに入れて焼き上げたら、それはとっても優しい味がして、母がパクパクと食べてくれていました。
その時はなんと50個もマフィンを焼いて、家に来た人たちにお土産に持たせて帰ってもらったものです。

夏の味がするケーキ。

歌人は季節を短い文にぎゅっとつめる。それも永遠に新鮮。
画家はそれを絵に表す。歌うひともいる。

台所にたつ人たちはぎゅっと季節を瓶つめにする。つまりジャムね。
そして私は季節をケーキにいれるっと。

昔はお菓子の先生になりたかったものです。
でも、今、考えると何が楽しかったかというと、材料が無いなりにイメージを沸かせて、何ができるかドキドキしながら粉をふるっていた子ども時代。そのドキドキがきっと楽しかったんでしょうね。

華やかなお菓子は職人さんのつくられたものを食べますが、普段のおやつに簡単に出来上がる焼き菓子はなるべく自分で焼きたいなあと思っています。








Posted at 03:45 | 食べ物 | この記事の詳細

夏の終わりにB

2006-08-29 04:25:55


 お茶ケータリングやのサスキアさん。
手作りのケーキやサンドイッチ、キッシュなどを焼いて、お客さんが選べるように沢山のお茶を用意しています。ほとんどがオーガニックというこだわり。


ケーキを焼くのが大好きなサスキアはいつもいろいろな本を見ては、あたらしいレシピを開発します。この日はくるみのケーキ、にんじんとシナモン&アップルケーキそれとチョコレートケーキの3種類。そして数種類のサンドイッチを作ります。やぎさんのチーズをつかったり、フルーツを使ったりとそれはそれは優しいお味。

この小さな台でお湯を沸かします。



この不思議なポットの下には蛇口があって、お茶用のあたたかいお湯をお客さんが注げるようになっています。サスキアはお茶の葉をカップへいれ、自分でお湯を注ぐのですが、これがまたワクワクします。



小さな、小さな商売なのです。
サスキアは自分の息子のルカと、パートナーの男性と3人で力をあわせてケータリングをやっています。2人ともパートタイムをしながら、細々とですが、大好きなお茶やケーキを出すお仕事を週末などにおこなっています。
無理をせず、好きなことをする彼らの生き方が私は好きです。
一番すきなのは、サスキアはいつも、生のお花を飾ります。ヒマワリだったり、アイリスだったり、季節の草花であったり。
以前、日本はね、インターネットで注文して宅急便で家まで持ってきてくれるお家ビジネスが盛んなんだよ、と話をしました。
「日本はいいなあ」と羨ましがられました。オランダでは家で食べ物を作って売ることは禁止されています。もし商売にしたかったら、まず自分の台所以外の場所を確保しなくてはいけません。オランダは簡単にいは「おとりよせビジネス」ができないのです。そしてなぜか、オランダ人も興味がなさそう…。この現実に彼らも日々、頭を悩ませていました。

この春、かれらは小さな部屋を借りました。そこでお菓子を焼いたり、イベントができればなあと話しています。

彼らの小さなな商売ポリシーは、こだわりが大きく、そこもまず魅力的。
市内をケータリングするときには、リヤカーにすべて積み込み、自転車引いてお茶道具やテーブルなどを運びます。遠方への出張ケータリングの際は車を借りていき、無駄がないのです。
また、お茶はできるだけオーガニック。そしてあつかうチョコレートもフェアトレードの上質のもの。そして、フレッシュなお花たち。

なかなか売り上げを伸ばすのには難しいようですが、それでも彼らは楽しんでやっています。
好きなことを仕事にするのは、なにもフルタイムだけではないと思うのです。
自分の時間をデザインするのは、人それぞれ違っていいんだなあ、と彼らの生活をみて思いました。





Posted at 04:25 | オランダ | この記事の詳細

ホットケーキ

2006-08-28 04:49:31
 オランダの名物の一つにパンケーキがあるんです。ピザみたいにおかず系のトッピングしたり、もちろんおやつ系の生クリームにフルーツなど。
パンケーキやにいくと、沢山の種類があるんですが、そんなのより、日本のホットケーキが時に食べたくなります。
一昨日、急に食べたくなりました。日本食スーパーにいけば、森永のホットケーキミックス売ってるんですが、高いし、あれってケミカルっぽい味がするので、インターネットで手作りホットケーキのレシピを検索し、焼いてみました。

でも、いくらがんばっても2cmくらいの厚みのホットケーキにならないんです。
がっくし…。

直径15cmくらい厚み2cmくらいでこんがりキツネ色に焼かれたホットケーキって、やっぱ森永のホットケーキミックスのパッケージにのった写真くらいなのかしらん。

子どものころ、母がよくホットケーキ焼いてくれたんですが、手伝いもできないのに口だけ達者で「こんな焦げたのいやだ」って文句言っていた記憶があります。

なんでなんでなんで写真のようにきつね色にならないの?とすごいコダワリでした。
いまだこのこだわりは30過ぎても続いているようです。

どなたか、ホットケーキミックスではなく、自分配合の粉を使い、2cmの厚み、かつ美しいきつね色に焼ける方いらっしゃいましたら、コツを教えて頂きたいです。

ところで、パンケーキとホットケーキの違いってなんなんでしょう。
これもむかしから気になってました。

そういえば、NYにもパンケーキがあるそうですが、なんでもオランダからの食べ物と聞きました。英蘭戦争前、マンハッタンはオランダ領でしたもんね。その話は本当かもしれません。

はあ、でも突然食べたくなったものが、ホットケーキでよかったです。
1ヶ月前は寿司が食べたくなって、連日、寿司を食べ続け、お財布すっからかんでしたから。

Posted at 04:49 | 食べ物 | この記事の詳細

夏の終わりにA

2006-08-27 18:50:55
子どものお祭りの続きです。



小さな人用のお茶器です。こういったちんまりした食器が私好きです。
小さい人も一人のお客様って素敵。お行儀もよくなりそうな気がします。


ツタが絡まるアパートの壁。古くていい味でてます。むかしからあったものを、壊すか、それを保持したまま新しきものに生まれ変わらせるか大きな違い。


庭におかれていたキャンドル。夏の夕方をキャンドルの灯りで過ごした住人さん。
ここは本当に街中なんです。ですが、アパートの中に一歩足を踏み入れると、別世界。独特の空気が流れます。


アパートの庭に生ったベリー。実って秋の食べ物だと思っていたんですが、こちらでは夏の食べ物。アイスクリームにいれたり、ケーキに焼きこんだり、ジャムにしたりと夏の味を楽しめます。

一軒やもまたそれで素敵だけど、多くの人で作り上げる家や庭も素敵です。







Posted at 18:50 | この記事の詳細

夏の終わりに@

2006-08-27 05:18:48
私が好きな場所のひとつに、ある集合住宅の庭があります。
ここは、戦前、戦後、家具工場や軍事工場として使われたふるい建物を崩さず、オランダ人がアパートにしてしまった場所です。

街中なのですが、このアパートの敷地に一歩足を踏み入れると、外に自動車が走っているのを忘れるほど静か。

周りには家具職人のアトリエがあったり、モザイクアーティストが住んでいたり、オーガニックの花やなどがあって、とても素敵な場所なのです。

夏の終わりを感じる今日、このアパートの中庭で小さなお祭りがありました。


「子どものサーカス」というテーマのお祭り。
沢山の子どもたちが集まってきていて、みんなで踊ったり、絵を描いたりと楽しそう。
大人はそれを遠くから笑顔でみています。

僕もお祭り用のお顔にしなくっちゃね、ということでおめかし中です。

出来上がりはこんな感じです。実は私も数年前にベルギーであった猫祭りに参加して、このようなメイクやさんで猫顔にしてもらったんです。
子どもがやるとかわいいけど、大人はね…。最後は雨が降ってきて、顔は京劇状態。それで電車にのって家に帰りました。

この人、司会進行人。

まあ、なんというのでしょうか、映画の世界ですね。日本でも町内夏祭りとかあったでしょう。
それのオランダ版かな。私が子どもの時は町内にある公園に皆あつまって、親たちはカキ氷とか焼き鳥とか用意してまっていてくれた。ワクワクしたなあ。こういうのを見ると地域の絆ってとっても大切だと思います。このアパートの住人たちはよくイベントをするみたいだけど、だからといってべったり仲良しって訳でもないけど、皆、どうにかやってるのをみると、いいなあ、と思います。








Posted at 05:18 | オランダ | この記事の詳細

生きるってなあに

2006-08-26 17:24:22

 海辺の風景。もうすぐ夏も終わり。

 今日のニュースで17日に愛媛で自殺した中学生の遺書が公開されていて、悲しくなりました。どうしてこの数年、自ら死を選ぶ人が多いのか。子どもまで。
作家の五木寛之さんの「大河の一滴」にも書かれていたけど、実際、警察が公開している自殺者の数より、自殺未遂を含めるとすごい数になるといわれていました。

私が子どものころももちろん、イジメはありました。でも私の子ども時代のころとは違うような気がします。

先日、大切な友人からメールで「最近、横断歩道のおばちゃんデビューしたよ!」とお知らせ。
息子が小学校に上がったと同時にママも交通おばちゃんに変身。

ある朝、彼女が学校近くの横断歩道にたっていると、一人の男の子がうろうろしていたそうで、もうそろそろ学校に到着していなくてはいけない時間だから「学校にいかないの?」というとその子、一目散に走って学校と違う方向に逃げていったそう。
もちろん、友達は全速力で追いかけました。やっと捕まえて「どうして、逃げるの?学校いかなきゃだめじゃない」と言うと、「もう行きたくない、もうぜんぶに疲れた」というのです。
2年生なんですよ、この子。

疲れたって、うちら社会人がぐったり疲れるのは解る。でも小学校2年が疲れたってどういうこと?

「ショックだった」とメールがきて、わたしまで悲しくなって。

結局、この日はその子の手をにぎり、学校へ向かったけど、ちょっと気を抜いたときにまた走って逃げられたそうで、携帯で学校に電話したそう。

そうこうしているうちに、今度はこの友人の息子が「学校いきたくない」といいだし、ママは勿論のこと、遠く離れているわたしまでハラハラしてしまって。
友人が「担任に相談しても、イジメではない、もうすこし見てみましょう」といわれたそう。
まあ、1年生だし、ちがう幼稚園や保育園などから集まってきているから、子どもながらもグループや仲間はずれがあるかもしれないし、5月だから、あと1ヶ月くらい様子を見ようとわたしも手紙を書きました。

やはりしばらくすると、また仲間にいれてもらえたようで、笑顔が子どもに戻ったといわれ、
ホッとしました。

「見守る」って本当に難しい。

作家の光野桃さんの本にも「娘の前にたちはだかって、敵をばっさばっさと切ることはできない」と書いてあったなーと思って、友人にこの一節を手紙に書いておくりました。

それにしても、日本は自殺者多すぎ。
こちらにきて、いろんな人にあって、ある人は目の前で誰かを殺されたり、内戦の国で家族ばらばら、家族が生きているか死んでいるかもわからない状態で、本当は本人も死んで消えてしまいたいくらいに辛いだろうに、それでも生きようとしているのを見ると、やっぱり頂いた命、最後まで大切にしてほしい。って思うんです。

死ぬ、って思う前に逃げる勇気もまた必要じゃないかな。
Posted at 17:24 | この記事の詳細

写真で生きる

2006-08-26 03:17:05


photo;Hiroshi Ono( www.onounit.com)


 写真を撮るために生きているひと、アムステルダム在住の日本人写真家 Ono Hiroshiさん。
アムステルダムに住み、日々、写真を撮り続ける人です。彼のHPを始めて見つけたときに
ここまで、そのままのアムステルダムを撮影する人は初めて見た感じがしました。
そのままの美しささ、汚さ、楽しさ、悲しさを撮るのは、簡単なようで一番難しいと思います。

4月、一度、アムステルダムのカフェでご本人に写真を見せて頂く機会がありました。
アムステルダムだけではなく、東欧やアフリカの国でOnoさんのカメラを通して写された写真たち。場所が違うところで撮られているのに、実はつなぎ合わせてみたら、不思議な一つの作品になっているもの。

自分をアピールすることなく、一生懸命に写真の説明をして下さるこの方の生き方にこの日、いろいろと考えさせられました。

文化庁、また企業の奨学金を得てオランダへ渡ってきた彼の経歴に「奨学金を得るだなんて、すごいですね、すごいことだと思います」というと、くっ、と笑いながら「いやー、家がね、田舎でさー、とても海外に留学なんて環境じゃなかったんですよ、一度ね、家族に俺、外国行きたいっていったら、笑われましたよー」

ということで、奨学金もらっちゃったーと笑うOnoさん。
いやっ、文化庁の海外派遣に選ばれているってことはそれだけの実力をお持ちなのに、まったくそういったことはいわず、本当にあっさりとされている。
写真が好きで好きで写真家やっているというより、彼=カメラといった感じの印象。

実は私はある時まで、自分が田舎住まいであったこと、海外にいける環境でなかったことを
意味もなく恨らめしく思っていた時期がありました。
どうにもならぬ嫉妬心のような苦しい気持ち。
それを経験しているので、このOnoさんのあっさりと「田舎生まれで海外にいく環境でなかった」とあっさりといわれたときは昔の自分の気持ちが恥ずかしく。

やはり神様は、生まれはどこであれ、その人が就くべき仕事につくように道を作ってくれているのだなあ、と思った夜でした。

自己表現を超えて、写真に魅せられ生きる男。

この人の生き方、そして写真たち。

今日、久しぶりにメールを頂きました。
9月に個展を開くのできてくださいとのこと。

本ではなく、ギャラリーに掛かったこの人の写真を見たことがないので、ぜひ初日に見にいこうと思っています。楽しみです。
Posted at 03:17 | オランダ | この記事の詳細

渡航注意?

2006-08-25 03:47:07

Choyaの梅酒の瓶に薔薇を挿してみました。この瓶かわいくて気に入ってます。

ところで、今日、あるオランダ人に「日本はオランダ危険といってるみたいだね」とハイどうぞと新聞記事を渡されました。
こんな時代だから、危ない、危ないといわれるのはわかるんだけど、旅行業界には大変にキツイ記事ですよね。日本人は観光客として大切なお客様ですから。

普通に生活していて、あまり危ないと思ってことないし、街には警官わんさかいるし、昨日なんて、市電が乗用車に接触して、助手席がぐっちゃり潰れて、さー、警察よぶぞお、の時、巡回のパトカーが前通っていたので、110番することもなかったし。

昨日はインド行きのノースウエスト機が乗客の不振行動がもとでアムスに緊急着陸したと聞いたときは「テロ?」と思いましたけど、結局関係なかったとか。

なんでこんな不安な世の中になっちゃったんだろう…。

空港だって、ロンドン・ヒースローに比べたら通過は楽だし、そのうちイギリス並になっちゃうのかな…。

わたしがスキポール空港税関通過するときは、和やかに会話は終わるんですが、ヒースロー空港はもう、私くらいの年齢のオンナが税関通過するのは本当に大変。
入国してそのまま居座るんじゃないかといった疑問があるらしいです。

入国審査にたどり着くまでの列も長いので、まずお手洗いですっきりさせてから、よしっ、いくぞ、と気合をいれないと、時に入国審査官に気迫負けしそうになります…。
ロンドンの他の空港の税関はヨーロッパ便の離発着が多いので、あまり税関員もきいいいっとしてませんが、魔の場所がヒースロー空港。
喉は渇くし、トイレにはいきたくなるし、やっと窓口まできたかと思うと、話が長いっ。

おねがい、もう勘弁してください…と思ったころにやっと開放。ああ、またトイレ〜。
私の英語はまったく上手じゃないんですが、これって片言でいったほうが通過しやすいのかしら…。

それに比べると、成田の入国審査官って優しい。わたしが日本人だからかもしれないけど、けっこうボケた質問に冗談返して、笑っておしまい。

そのうち、どこの主要空港もヒースロー空港みたいな恐い入国審査官になるのかしら。。

恐いですね。昔みたいな静かな暮らしに戻れないのかな…。もう。





Posted at 03:47 | オランダ | この記事の詳細

念じてみること

2006-08-24 04:08:26
 ポワランヌ、パンに興味のある方ならご存知の方が多いかと思います。パリの老舗パンやさん。
伝統的なかまどで焼くパンの文化を守り続け、素材から発酵方法、すべての技術を先代から受け継ぎ、そのパンは現在では日本にも空輸されているそうです。
まあ、日本ではもちろんのこと、すごいお値段なんですが。

以前、ポワラーヌの記事を読んだときに、食べてみたいなあ、と思っていました。
オランダからパリは近いのですが、いくチャンスがなかなかなくて、パン一枚なのですが、どんな味なのかしら、とそれはそれは執念にちかい思いだったような気もします。

ロンドンへ越すときにも、その記事がのった本を持っていっていました。
ポワラーヌの現社長はまだ若く、数年前、オーナーのポワラーヌ氏が突然の事故で亡くなり、その後をまだ10代であった娘さんが継いだのです。
インタービュー記事は娘さんが登場し、先代の意思を継いでゆくといった、若き女主人の姿がありました。

ある日、ロンドンの家でママさんがパンを買ってきてくれました。
「chocoさん、このパンはパリの老舗のでね、ロンドンでも売っているの、美味しいの」と
手渡されたパンがポワランヌの袋。

「うおおおおおおおおお〜」

私の念が叶ったわ!
パリにいかなくても、ロンドンで支店探さなくても、ママさんがある日、私に運んできてくれたポワランヌのパン。

すぐさま、自分の部屋へもどって「ほら、ほらっ、ここにインタビュー記事が載っているんです。ずっとずっとこの店に想いがあった」とママさんに言うと、まあ、よかった。高いから毎日は食べれないけど、時々、食べましょうね。と言ってくれて、ロンドンにいた10ヶ月、度々、ポワランヌのパンは朝の食卓へと並びました。
ビクトリアステーションの近くにあるその店はパリ同様、かまどで焼かれており、なんとママさんは店までいって見学させてもらえないかとお願いしてくれました。

平日の早朝なら来てもいいよ、とお店の方は言ってくれたのですが、おぼっちゃまくんが学校へ行かなくてはいけないので、諦めましたが、お願いにいってくれたママさんの好意が一番嬉しかったです。

たった一枚のパンなんですが、念ずれば夢かなうんだあとやたら感激したものです。

そういえば、ロンドンでいった学校。
ビジネス系の英語のクラスがありませんでした。授業料が高いし、難しいので、人も寄ってこない。
普通の英語のクラスに座って1週間も経たぬうちに、このクラスで上に上がっても、一年後、飯は食えない、と悟った私は担任に相談しました。
「この学校ではビジネス英語はできない、他校に移るしかない」といわれたので、もう一度、受付の人にどうにかしてくれ、と失礼ながら、ゼネラルの英語クラスではとても社会復帰はできないと切実に言いましたが、完全に無視。

と、その頃、会った事もない、ロンドン市内のまったくちがう別の校舎で働いていたAndy先生が学校側にビジネス系のクラスを開講したいと提案し、私が文句たらたらと担任と受付に言った2ヶ月以内に、Andy先生担任でビジネス英語のクラスを開講するといわれ、そこへ移りました。

いままでビジネス英語のクラスはなかったのに、あっさりと開講してくれ、お値段そのままで
半年、みっちりと授業してくれました。
ありえない安さで、非常に助かりました。あの時に、つらつらと文句を言い並べてよかったと
思いました。

パンも念じました。
新しいクラスが開講するのも、念じました。(これはつらつらと文句もいっちゃいましたけど)

やはりこれ!と頭にひらめいたことは、叶え、叶えと念じてみることをお勧めします。








Posted at 04:08 | ロンドン | この記事の詳細

運気?

2006-08-23 02:44:39
 運気をあげる本って世の中沢山ありますよね。
なぜか私は親戚一同に不幸?だと思われているみたいで、見かねた従兄弟がchocoちゃんこれ読んで、と浅見帆帆子さんの「あなたは絶対運がいい」を貰ったんですが、たぶんね、わたしのほうが浅見さんより運がいい(と自分では思ってます)

欲しいと思ったものは、思ったその時に手にはいらなくても、その後、自然に手元にきたり実現したりと不思議な経験をしました。
もちろん、根暗にジリジリとやっていた時期も数年長かったですが、自分の周りの空気が変わったのやはり2−3年前から実感してます。

いろんなものが手元へきたのですが、その中でも印象的だったのが辞書。ずっと前、日本でポルトガル語を習っていました。
ポルトガル語の辞書が欲しかったんですが、日本語ーポルトガル語は高くて買えなかったし、英語ーポルトガル語の辞書を使い、チミチミと授業中のノートを見て勉強しました。仕事帰りに習っていたので、電車の中でノートを開き、予習をしていたんですが、ある日、電車で隣に座った女性が、わたしのノートを見て「ポルトガル語ですか」といわれたので、ハイ、というと実は彼女は自分が日系ブラジル人であることを話し、「よかったら私の辞書使ってください」と言ってくれたのです。英語も日本語も堪能なこの人は某ホテルのゲストリレーションズをされており、数日後ホテルのロビーへと向かいました。
フロントに名前を告げると、なぜかお姉さんという方が登場し、「実は妹は急にブラジルに戻った、あなたに辞書を渡してほしいとわたしが預かった」と短い手紙と共に辞書を受け取りました。

勉強がんばってください。と書いてありました。

一冊の本なんだけど、初めて電車で会ったこの方の優しさが嬉しくて、感激したのを覚えています。辞書を開くと、この人が一生懸命勉強した筆跡があり、大事にしなくちゃなあ、と思ってものです。

欲しい、欲しいと思っていた辞書が思いもかけず、数日前まで知らなかったこの方から贈られたとき、不思議な人の縁を感じました。

他もですね、いろいろとあるのですが、話すとびっくりされるのが、私のPC。
お金がすっからかんだったときに、実家にいたのですが、新品のコンピューターが欲しいというと、父は「ぜったいにお父さんのボロPCは買い換えない」といいはり、自分で買えなかったものですから、ふーん、いいもんね、でも欲しいなあ、と思っていた10日後。
父の愛用していたおんぼろPCは壊れました。わたしが壊したんじゃないですよ。念のため。
それでも修理に出すと言い張って父は出かけましたが、数時間後、電話があり「新品を買うことにした、一緒に電気やにいこう」といわれました。
ということで、父と電気やデート。8年前ですので、値段もなかなか高く、とりあえずインターネットができるもの、プリンターもつけて、クレジットカードで翌月払いにしました。

あれから8年、いまだ請求書がきません

実は某語学学校も日本から授業料を振り込んで、通学したのです。入金確認しないと入学許可書はこないので、早々に手配して払い、授業を受けたのですが、なぜか、終了してから、日本の母から電話があり、「アンタ、外国からお金が返金されてるって郵便局から電話あったけど」と言われ、へっ?

お金は払って、入学許可書まで出ていて、授業も満期、それもついていけなかったから、補習まで受けていたのに、全額返金???

学校側の手違いですね。何が起きたのかまったくわからないのですが、そのまま放置してはや7年。どうなってるんだろ。。。

とりあえず、トンズラするつもりはまったくなく、義務は果たしたんですが、どうなってるんだろ…。
やはりお金は天下のまわりものってこういうこと?

他にも格安チケット(7万円くらいだった)だったのに、関空ーLONDONをANAのビジネスクラスに乗せてもらったこともあったし。

なんでこんなことが起きたのか謎なんですが、これも運?なのでしょうか。







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