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禅のこころ

2008-01-25 04:46:11

市電の中からアムステルダムの街を眺めました。

もう何年も、同じ風景をみているのに

時に空気は冷たく、太陽の光はあるのに
それも冷たく、その空は、17世紀に描かれた
空と変わらなく、その独特の空に

無心になります。




無心になる。

ぼんやりする。

昔から、ぼんやりしてますね、と
よくいわれたものですが、

最近、禅の本を読み出して
ぼんやり、というか
無心になれるということは
ある意味、生きていく中ではとても
大切な時間のような気がしています。




最近、偶然に、白隠禅師という方の
本を手にしました。

禅の世界では、
実は読み出したばかりで
まだぜんぜん理解していないのですが
今のところ、その教えは私にとって
ありのままに受け入れる大切さ、を
教えてくれたような気がします。

奥が深くて、

なぜ、この本を手にしたかというと
仏教医学というものに、すこし興味があったからです。

気持の持ち様で、健康になる、
死ぬこともまたひとつの生き方であるからにして
その心は・・・。






この本を読み出したときに
同時に、一晩、頭を悩ませる出来事がありました。

自分は自分、他人は他人とわかっているのに、
わかっていても、なかなか、そういった気持が揺るいだとき
平常心がうまく保てない。

あることで、わたしは、ある人のことを思い出し
「つまり、勝ち負けで考えると、わたしは負けたことになるのか」

という考えが、心の中に起きました。

当然ながら、物事には、いろんなはかりがあって
勝つ、負けるで考えることもあります。

は、もしかして、あの人は私に勝ったと
思っているかもしれない・・・。

一時間ほど、そう考えると、悲しくなったり
自分が情けなくなったりしましたが、

負けたのなら、それでいいではないか。と考えました。


それから、もっと考えました。

海外生活、たくさんの人にあったけど
ある人は、そのまま、なにも言わずに去り、
また会おうと行っても、会えない人。
また会いましょうといっても、その後ろ姿が
この世で、その人を見た最後だったこともあるし、
様々な理由があって、離れていってしまった人たち。

その中には、私のことを恨んでおられる方も
いることを私は知っているし、
それが誤解であればいいとは思うけれども
そういった現象が起きることも、また
生きているうちには何度か訪れるのではないかなと
思うのですが、

そう冷静に気持を整理するまでに
ずいぶんと時間がかかったような気がします。

そして、そんな自分の周りに残ってくれている
人たちのことを思うと、ありがたいことだな・・と
思いました。




実は、こんな生活をしていると
去るもの追わず、どこか心に蓋をして
生きていたような気がするのですが

周りにいてくれる人
その人たちのことを考えてみると
本当にありがたいというか、
その晩は、平常心が保てないほど
気持が乱れたのに、
次の朝は、妙に気持が爽やかだったなと
思います。


Posted at 04:46 | オランダ | この記事の詳細

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