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コメント有難うございます

平日デート:市ヶ谷台ツアー

2007-03-16 19:10:43
今日は、先週の記事でも触れたのですが。
侍が有給休暇をとったので、おでかけをしました。

皆さんがコメントで「デートいいですね」と
言ってくださったのですが、
午前中は、デートとは程遠い内容でした。

防衛省市ヶ谷台ツアーに参加してまいりました。
1ヶ月も前から予約してね

なぜ行ったのかは聞かないで〜。

防衛省の庁舎が六本木から市ヶ谷に移転したことで始まった
見学ツアーです。

防衛省正門から入ります。

庁舎を通り、市ヶ谷記念館に入ります。

江戸時代は尾張徳川家の上屋敷だった場所を
明治維新後、京都兵学寮がこの地に移転され、
昭和12年、陸軍士官学校本部として建設されました。
士官学校が他の場所へ移ったため、
この地に大本営陸軍部、陸軍省、参謀本部が置かれました。

移築される前は、こんなに大きかったんです。↓これは模型

1階の大講堂は、昭和21年から始まった東京裁判の法廷として
使用された場所です。

ステージ時中央にある玉座です。
どの場所からも、決して天皇陛下を見下ろすことのないように
細かい使い創意工夫が施されています。
この玉座、東京裁判中は日米の通訳ブースとして使われた場所です。

2階には、旧陸軍大臣室があります。
大臣室のドアには、
三島事件で、三島由紀夫がつけた刀傷が3箇所残されています。
その隣には、天皇陛下の休憩所「御便殿の間」があります。

屋外ヘリ展示場では、実際に使われていたヘリコプターに
乗り、触ることができます。飛びはしません。


厚生棟では、お土産を買うことができます。
スタバも入っていてびっくりーーー。

メモリアルゾーンには、
公務による殉職者の慰霊碑があります。

2時間15分のツアーでした。
普段めったに入れない場所なので貴重な体験でした。

明治から昭和の歴史で
重要な場面の舞台となった場所を訪れ、
事件、出来事ひとつひとつを思い出し、
実際の場所を見ることで、
再び勉強することができました。

ご案内とお申し込みはこちらから見ることができます。


           このあとのランチはデートっぽい。つづく。

レトロ横浜〜中華街編

2006-12-18 19:00:52
横浜へ行ったら、中華街でご飯を食べま〜す

でもね・・・・・

いつも新しいお店を開拓しよう!と
毎回違うお店に行くんですが、
今回は失敗しちゃった

飲茶コースを頼んだら、
いきなり春巻! 重い
それも油、切れてません。 重い

大根餅、油、切れてません。 重い

チャーハン、ポロポロしていません。 
 ねっとり。いけませんねぇ。ポロポロが基本ですよ。

杏仁豆腐は、お店の優劣を判断する最重要メニューですよ!
 不味い。いけませんねぇ。コンビニの方が美味しいですよ。

というわけで、ランチの写真は割愛させていただきます


さて、気を取り直して
中華街へ行くと、必ず寄るお店が2軒あります。
 
まず、「重慶飯店」で肉まんと月餅を買います。お約束。

そして、「悟空」で中国茶を買います。これもお約束。

今回は、凍頂烏龍茶東方美人を買いました。

関帝廟にお参りして・・・

中華街を歩き、横浜の一日は終わりました。


そして、中華街へ行く度に増えていく
中華用のお皿たち・・・うっしっし。
この日買ったのは、こちら。
景徳鎮のホタル焼きと染付け皿です。

ホタル焼きとは・・・
器が半乾きの時に穴を開けて、
そこに透明釉薬を掛けて焼き上げる手法です。
その部分を明かりに透かすと、蛍のように見えるので、
日本ではホタル焼きと呼ばれています。このシリーズが大好き

染付けのお皿は、
大きな「福」の字を中心に、
周りにはおめでたい漢字が沢山書いてあります。
ご飯を食べながら幸せを呼びそうで、
一目惚れしてしまいました〜

今週は、週末にまた太りそうだから、
平日はカロリー抑え目でいきます。 実は太っちゃったんだも〜ん

                        おわり

レトロ横浜〜建築物めぐり

2006-12-17 18:05:44
横浜は、東京よりもレトロ建築物の宝庫!

歩けばレトロに当たるというほど、素敵な街並みです。

昨日歩いた場所だけで、これだけの建物に出会いました。

<ホテルニューグランド>
竣工:昭和2(1927)年
マッカーサーゆかりのホテルでも有名です。
昭和20(1945)年8月30日、厚木飛行場に到着したマッカーサーが
最初に泊まった宿がホテルニューグランド。
実はその8年前の昭和12(1937)年、
フィリピン軍事顧問として当時のケソン大統領訪米に随行した
マッカーサーは帰りに訪日し、この時二度目の新婚旅行として
ホテルニューグランドに宿泊していたという記録があるそうです。


<横浜開港資料館>(旧・英国領事館)
竣工:昭和6(1931)年
設計:英国国務省
構造:鉄筋コンクリート3階建て、地下1階、銅板葺


<横浜三塔>
横浜税関:クイーンの塔、
神奈川県庁:キングの塔、
横浜市開港記念会館:ジャックの塔は、
横浜三塔と呼ばれ、
横浜港のシンボルとして親まれているそうです。


<横浜税関> クイーンの塔
竣工:昭和9(1934)年
設計:大蔵省営繕管財局工務部
塔の高さ:51m
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造5階建て、塔屋付

イスラム風の女王らしい優美で気品のある緑青色のドームが特徴的。
建築はロマネスク様式を基本としているそうです。


<神奈川県庁舎> キングの塔
竣工:昭和3(1928)年
設計:小尾嘉郎、神奈川県内務部
塔の高さ:49m
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階、塔屋付

五重塔をイメージさせる塔は、
昭和初期に流行した帝冠様式(九段会館も)の先駆け。
外壁のスクラッチタイル貼りと中央の高塔が特徴的です。


<横浜市開港記念会館> ジャックの塔
竣工:大正6(1917)年
設計:一般公募(福田重義、山田七五郎、佐藤四郎)
塔の高さ:36m
構造:煉瓦・鉄骨煉瓦・鉄筋コンクリート造2階建て、
    地下1階、塔屋5階、スレート・銅板葺

市民の寄付金による建造で、
横浜開港50周年を記念して作られたそうです。
赤レンガと白い大理石の時計塔がシンボルです。



                           つづく

レトロ横浜〜日本郵船ビル

2006-12-17 17:00:14
氷川丸のあと、日本郵船歴史博物館に行きました。
この建物は、旧日本郵船横浜支店ビルです。

昭和11(1936)年竣工。
ギリシャコリント様式。16本の円柱が特徴です。
柱頭が装飾的で、
こちらはアカンサスの葉を表しているそうです。

近代日本海運の黎明期から今日に至るまでを紹介しているのですが、
私が見たかったのは、船のことよりも室内装飾でした。
設計についての詳しい資料がないので説明できないのですが、
壁に施された細かく丁寧な装飾。

大理石の柱、
日本橋高島屋もこのような建物だったなあ。

こんなオフィスでお仕事してみたい。

この柱のある建築って、
日比谷の第一生命ビルもそうでした。

                            つづく

レトロ横浜〜アール・デコ氷川丸A

2006-12-17 16:30:44
Aデッキから一等ダイニングルームへ降りる階段の手摺。
「氷川丸」の船名は埼玉県大宮にある「氷川神社」に由来することから、
氷川神社の紋章が組み込まれています。
(手摺中央の丸い部分)
アール・デコに見事に調和しています。

特別室。
チャップリンや秩父宮ご夫妻がお泊りになった最高級室。
窓はステンドグラスになっており、船とは思えません。

真ん中にバスルームを挟み、寝室は別にあるのです。

一等客専用の社交室。
ドアのデザインにもアール・デコデザインが施されています。

天井、壁、柱にも贅沢なデザインを見ることができます。
写真をすべて載せることができなくて残念です。

素晴らしいアール・デコ様式を見学することができて
良かったのですが、
他の部分はかなり老朽化が進んでいて、
床もフワフワしちゃっている部分があって
ちょっと怖かったです。

公開が終わったあとのこの船の運命は
まだ決まっていないそうです。
いつまでも残してもらいたいですが、
どうなってしまうのでしょう・・・・

                  氷川丸はおわり
                  レトロ横浜はつづく

レトロ横浜〜アール・デコ氷川丸@

2006-12-17 16:25:43
昨日は、今月で公開が終了になってしまう
横浜に係留されている貨客船「氷川丸」を見学してきました。

日本郵船会社が作ったシアトル航路就航の第1船。
昭和5(1930)年竣工。

昭和7年、喜劇王チャップリンが、
昭和12年、英国訪問の帰国途上カナダより、
秩父宮ご夫妻も乗船されたことでも有名です。

昭和16年11月には、海軍に病院船として徴用、
終戦後は、復員・引揚者の輸送に使われました。

昭和28年7月、シアトル航路に復帰し、昭和35年に引退。
昭和36年から生まれ故郷の横浜港に係留されていました。

北太平洋の荒波を238回横断したそうです。

この船の人気の秘密は、
一流シェフによるお料理が大変美味しかったそうです。
チャップリンが泊まったときなどは、
チャップリンが大好物な天ぷらを食べてもらおうと、
シェフに天ぷらの老舗まで修行に行かせたほどだそうです。
そのおもてなしは、ホテルのようです。

この船は、アール・デコ様式が採用され、
設計とインテリアはフランスの
船室デザイナー マーク・シモンが担当しました。

照明器具や手摺、ドアなどの意匠図。
アール・デコの特徴である、
流線型やジグザグ模様などの幾何学模様が
至るところに施されています。

珠玉の装飾、アール・デコデザインは、
照明器具にも見ることができます。



                           つづく

レトロ東京〜九段の夜

2006-12-02 21:00:12
1930年代の日本の建築物に興味があり、
夫婦で都内の建物を見て回っているのですが、
昨日訪れた建物も、
まさに私たちのツボの建物です。


クリント・イーストウッド監督の映画
硫黄島からの手紙』の試写会へ行って来ました。

会場となったのは、
終戦までは「軍人会館」と呼ばれた「九段会館」です。

竣工:1934(昭和9)年
設計:川元良一
様式:帝冠様式

「帝冠様式」とは、西洋建築の躯体に
日本の城郭風の屋根を載せた建物 のことです。
ほかに、愛知県庁が有名です。

戦時中、西欧のビルを制して「帝」国の「冠」を載せるという
国粋的な解釈もあったそうです。


「軍人会館」とは、
予備役、後備役の軍人の収容・訓練の場として建設されました。
1936(昭和11)年の2.26事件の時に、
ここに戒厳司令部が置かれたことで有名です。


終戦後、
1945(昭和20)年9月に連合軍に接収され、
1957(昭和32)年1月まで
連合軍の宿舎として使用されました。

現在は、宿泊施設、ホールではコンサートや音楽会が、
宴会場では結婚式などに利用されています。

昼間の九段会館

九段会館ホールの中も、こんなにレトロ。
(この写真は以前、音楽会で入ったときに撮ったもの)

天井アップ

夜の九段会館を眺めたのは初めてでした。
ライトアップされて格好よかったです。

帰り際に振り返り、私が写真を撮り始めると、
後から来た人も皆さん、写真を撮り始めていました。
つい、撮影したくなってしまう建物です。

このような歴史ある建築物が
いつまでも、残されますように。

                      つづく

レトロ東京を訪ねる旅〜おまけ

2006-11-05 14:00:10
レトロとは関係ありませんが、
気になった風景を写真に撮りました。

皇居外苑の秋の風景です。
東京の木々もも色づいてきました。

皇居のお堀の鴨さんたち。
私がカメラを構えると、
ピューーーーーーーーーーーッと大勢近寄ってきました。
餌をくれると思われたのかな? ごめんね、あげなくて。
  「あ、アヒルが来たぜ〜、いじめてやれ〜って寄ってきたんだよ」
  「ガーンそ、そうなの?きみたち」


銀座には恋のキューピットがいます!


銀座4丁目「天賞堂」ビルの角から、
こうしてカップルを見張っています。


今か今かと、矢を放たんと・・・・・きゃわゆい


                                   おわり

レトロ東京を訪ねる旅〜グルメ編

2006-11-05 12:14:08
食事もやっぱりレトロで。

というわけで、銀座へやってまいりました。

明治28年創業の老舗洋食レストラン
<煉瓦亭>

私が注文したのは、メンチカツ        メンチ、大好物なり

中をお見せいたしませう。ピンクのお肉がぎっしり。    わ〜お

侍が注文したのは、名物 ハヤシライス 
ここのハヤシは、ドミグラスソースがベース。
                    わたしもたくさんつまんじゃった


洋食をいただいた後は、コーヒーが飲みたくなります。

お茶もやっぱりレトロで。

というわけで、銀座ではGUCCIがオープンで大騒ぎなのに、
GUCCIには見向きもせず
          うそ、ちょっと入りたかったけどすごい行列だった
レトロな喫茶店を探しましたよ〜。

ありましたーーー
すっごいレトロ
<亜珈里>という名の喫茶店   昭和だねぇ

ブレンドをいただきました。
ガス灯に明りをともすジェントルマンの絵が入った
オリジナルカップが可愛い。


                                     つづく



レトロ東京を訪ねる旅〜建物編A

2006-11-05 12:00:04
皇居北の丸にある東京都近代美術館工芸館を後にして、
皇居へ向かいました。

一番近い「乾門」は、通常一般人は入れないので、
その次の門「清水門」(かなりマイナーな門)より皇居へ。
北の丸、天守台跡、大奥の脇を通り、
汐見坂を下り、同心番所を通って大手門から外へ出ました。
   (大奥のテーマ曲が頭の中でグルグル流れていました

内堀通りを日比谷方向へ歩くと、レトロ東京を見ることができます。

<明治生命館>

1934(昭和9)年竣工。
ネオ・ルネッサンス様式。
壁面の彫刻やコリント式柱を配し、重厚感のある建物 となっています。
終戦後、アメリカ極東空軍司令部(FEAF)として使用するために
GHQ(連合国軍最高指令官総司令部)に接収されました。

<第一生命ビル>

昭和13(1938)年竣工。
昭和20年9月〜昭和26年4月までの間、
GHQ(連合国軍最高指令官総司令部)がおかれました。
有名な昭和天皇とマッカーサーの記念撮影もここで行われました。

歴史映像で、よくマッカーサーがGHQへ入っていく場面がありますが、
↓ここが入り口付近です。
当時のままです。


日比谷公園の中にもレトロ東京はありました。
<旧日比谷公園事務所>

明治43(1910)年竣工。
日本最初の洋式公園であった日比谷公園の管理事務所でした。
ドイツ・バンガロー風の瀟洒な建築物です。
この10月から、なんと結婚式場として
オープンされていました!

日比谷公園を抜けると、こんなに大きなレトロな建物があります。
<市政会館>

1929(昭和4)年竣工。
外壁は、約39万枚のスクラッチタイル貼り。

すごい距離を歩いちゃったなぁ〜。
この後、銀座でご飯を食べます。

                         つづく


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