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コメント有難うございます

芭蕉を追い抜いた後は  〜松本懐古

2006-08-30 14:45:41
松本は、懐古の風情を感じる街。
好きな街がまた一つ、増えました。

まるも」という喫茶店でお茶をしました。
明治21年の建物だそうです。
ここのチョコレートブラウニーが絶品です!
トラ子さん、是非食べてみて

幽霊のように写っているのは私

こちらお蔵が建ち並ぶ中町商店街。
ここにも幽霊の私

素敵なお店に出会いました。
陶片木」という名の器やさん。

一目惚れして買いました。
縁が乳白色のガラスものに弱い私です。



                       芭蕉の旅 おしまい

芭蕉を追い抜いた後は  〜松本舌鼓

2006-08-30 13:45:00
旅の最後を締めくくるのは、主人の故郷、松本です。

いつもは祖母を訪ねるのみで終わってしまう松本。
一度だけ、松本城を見学しましたが、
街を歩いたことはありませんでした。

今回は、トラ子さんの地元 松本を
散策しました〜。

まずは腹ごしらえ。

銀座のOL時代だった遥か昔・・・アロングロングアゴー
会社には、象足さん、私、そしてもう一人・・・
今は仙台の先の塩釜に住んでいるタカパチ
この3人がトリオでした。

タカパチは松本出身。
お兄さんがフレンチのお店を営んでいらっしゃいます。
<ビストロ ブランシェ>


こちらでランチをいただきました。

主人のカツレツ、きのこのワインソースがけ
                        泣いてた美味しくて

私のチキンのロースト 辛味ソースがけ 
                さっぱりした美味しさに私も泣いた

デザート 桃のシャーベットとプリン
    あーん!思い出すのが辛いくらい美味しかったのよん


ランチは、サラダ、パンかライス、コーヒーがついて1050円。
デザートは、525円。

お店に出ているのは、タカパチのお義姉さん。
お客さんに対する細かい心遣いと気配りが、
そこにいたすべてのお客さんの心を和ませていたのを
私は見逃しませんでした。
ご夫婦お二人のお人柄が、
お店の中に溢れている・・・そんな素敵なお店です。


トラ子さん、是非行ってみてくださいね。

                       松本懐古へ続く

芭蕉を追い抜いた後は  〜青木湖探検

2006-08-30 12:45:43
新潟県ともお別れして、長野県に入りました。

安曇野にある青木湖でキャンプをしました。

日本の湖水の透明度第2位を誇る青木湖は、
近代化されていないので、自然がたっぷり。

夜の湖では、時折カヤックを漕ぐ音が響き渡ります。
このカヤック・・・・・
よそのキャンプ場が主催する
蛍ツアーだったり、
心霊スポットツアーだったりするそうです。
                     青木湖って心霊スポットもあるんだって。

おばけを見ることもなく熟睡し
いつもより早起きをしてしまうのがキャンプの楽しみのひとつ。

早朝の湖はこんなものが見れるよ。

コゲラも木をつついているよ。


朝陽の光景は神秘的。

釘付け。


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私たちが青木湖を選んだ最大の理由・・・・・・・・・・・・
それは、
「犬神家の一族」のロケ地だからさ!

主人と私は、市川崑監督の金田一シリーズが大好き。
私は横溝正史の大ファン。
「犬神家の一族」に至っては、100回以上は観ています。
というか、DVDのHDに入っていて
いつでも観られるようにしてあるのさ!

この映画に出てくる湖のシーンは、
青木湖と、この近くにある木崎湖であることを知っていた私たち。
いつか、探そうね!と言っていたその機会が今ここに

早速、車で探検・・・・グルグル

映画の最初のシーン。
金田一耕介が旅館で窓を見ながら
「国破れて山河あり・・・か・・」とつぶやくシーンがあります。
このとき映っていた風景と似ている場所を発見!
近代化されていないからこそ、
30年前のロケ地が残っているんだね。ココ

写真を撮り、帰宅後映画で確認。
ほぼここで間違いないのではないか・・・・との見解に至りました。はい。
                      本当は分からないけどね。

現在、市川崑監督が再び「犬神家〜」のリメイクを撮っていますが・・・・

あれ?このロケ隊!もしかして、リメイクのロケ隊じゃない?
きっとそうだよそうだよ!←興奮中

だって、湖にボートが一隻浮かんでいるよ。

もしかして・・・・・・・・・・・・・・
珠世さんがボートに仰向けになって寝ている、あのシーンかなあ〜

などと、興奮冷めやらぬ我が家の二人であります

                     松本舌鼓へ続く

芭蕉を追い抜いた後は  〜長岡

2006-08-30 12:10:11
新潟県長岡市にやってまいりました。
長岡だったら、やっぱりお寿司でしょ!

寿司割烹 たなか

美味しすぎるネギトロ巻き 泣けたぜ

でも・・・・・・・・・
長岡に行ったなら・・・・・・・・・・・・

黒崎の茶豆
栃尾の油揚げは絶対に外せない!


武士のような男をも泣かせた味。私だって泣いたよ〜

長岡へ行ったなら・・・・・・・・・・・・・・・・
へぎそばも外せないよね!
海藻が入っていてツルツルッ

小嶋屋へぎそばを食す。


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食べてばかりいたわけではありません。
長岡を訪れた一番の目的は、
山本五十六元帥の出生地だから←主人の希望

長岡には、山本五十六記念館、山本五十六公園(生家と胸像あり)、
如是蔵博物館にて、山本五十六に関する資料、遺品を見ることが出来ます。

こちら、生家の敷地内に建っている山本五十六胸像。
戦前、霞ヶ浦の航空隊に全身像として建っていたのを、
終戦後、GHQの進駐で危険を感じた航空隊の人たちが
胸から上部分を切断し、霞ヶ浦の中に沈めて隠したそうです。
GHQが去った後に、取り出して長岡へ持ってきたそうです。

こちらは、山本五十六生家。

数々の名言を遺している山本元帥ですが、
私が一番好きな言葉です。


やって見せ
言って聞かせて
させてみせ
褒めてやらねば
人は動かじ


理想の上司です。

芭蕉を追い抜いた!   〜日本海

2006-08-30 10:05:32
楽しかった山形県にさよならして、
続いて入ったのは新潟県

日本海沿いを山を越え、磯を伝い、砂浜を踏んで
道中の暑さと雨との苦労に、
具合が悪くなってしまい、
筆が止まってしまった芭蕉翁。

     私たちは快適な車の旅・・・ごめんよ〜。
     おかげで腕は真っ黒け

ねずが関、笹川流れを通り・・・・・

時は、陰暦七夕前の7月4日、陽暦にして8月17日
芭蕉と曾良は、出雲崎にいました。

こちら、出雲崎の芭蕉翁。
実は、銅像の中でもとっても小さいサイズ。
私より小さかったんです。可愛い。

この銅像は、芭蕉が宿泊したお宿付近に建っています。

そして、日本海最大のピークとも言える、
名句が誕生したのもこの地なんです。


たぶん、こんな風景を見ながらね。

海の向こうに見える佐渡の上にかかる雲を
天の川だと思って見てみれば・・・・・


荒海や 佐渡に横たふ 天の河

日本海の空は、
時にはこんなに逞しい姿にも変身。

出雲崎の街並み。


この後、私たちは日本海沿いを走り、高田付近を通過。
この高田、芭蕉が歩いていたのは陽暦8月23日、
私たちが走ったのも8月23日

芭蕉さま〜追いついたよ〜
そして追い抜きました!

芭蕉と同じ季節に、同じ場所を訪れたのは、
今回が初めて。
暑さ、雷雨を同じように体験して、
少しは芭蕉の気持ちが分かったようで嬉しい旅でした。

芭蕉の旅は、ここでおしまい。
この後は、おまけの珍道中へと続きます。

                          長岡へ続く

芭蕉を追いかけて    〜酒田舌鼓

2006-08-30 07:15:54
酒田の夜

ところは、寿司割烹 鈴政 さま

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 何食べる? せっかくだから上? それとも特上にする?

 いいや! やっぱりおまかせでしょう

 ず、ずいぶん気合が入ってるねえ

 あったりまえよ〜てーい!

 ・・・・・・ 

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日本海を旅するなら、
お寿司三昧といきましょう。

平日の夜なのに、予約の電話を入れたときには最後の1席。
ラッキー!
通されたその部屋は、15畳に二人きり。
ラッキー!

2種類ずつ握りたてを持ってきてくださいます。
細かいお心遣いに感謝しながらいただきました。

まずは、旬の岩がきをいただきます。
奥のにぎりは、右:まぐろをあぶったもの(初めてのお味にうっとり)
         左:ひらめ(お味がついていますのでそのままどうぞ)

右:かわはぎ(お味がついていますのでそのままどうぞ)
左:ふぐ(お味がついていますのでそのままどうぞ)

右:中とろ(お塩がふってありますのでそのままどうぞ)
左:甘えび

右:ほたて
左:〆さばをあぶったもの(実に旨い!)

右:づけまぐろ(1つ、私が食べてしまいました)
左:うに

この後、アナゴたまごで〆です。

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私たちは、至福のひとときを過ごしたのでした。
涙が出たよ〜この旨さに

ありがとう酒田
ありがとう山形

                         日本海へ続く

芭蕉を追いかけて    〜酒田サプライズ

2006-08-29 07:30:24
山形県酒田にも芭蕉はいるよ〜
日和山公園の芭蕉像。
銅像ばかり出てきますが、主人が銅像マニアなもので・・・

酒田では、主人が下調べをしてくれていて
ある場所へ私を連れて行ってくれました。

「海向寺」


このお寺では、現在二人の即身仏が拝観できます。

先日、京極夏彦の本を読んでいた私。
その中の「古庫裏婆」というお話は、
即身仏がテーマのものでした。
その様子を見て、主人がさがしてくれたようです。

勉強になりました。

即身仏はミイラのことですが、
西洋のミイラと違うところは、
「生きたまま仏になる」ということなので
座っているのです。寝ていないのです。

人々の苦しみを救い、願い事をかなえるために
厳しい修行の果てになられる即身仏。

木の実だけを少量食べて命をつなぎ、
命の限界まで体の水分、脂肪分を落としていく
木食修行を行います。
その後、
地下3メートル余りの竪穴に石室を築き、
木製のお棺の中に生きたまま入ります。
毎日、お経を読む時に鐘を鳴らすのが生きている合図、
この音がしなくなったら仏になられたとされるそうです。
その後3年3ヶ月後に、掘り起こしたところ、
特別なことをしなくても即身仏としてお体が残ったそうです。

戦後の法律で、今は即身仏になるのはご法度ですが
このような即身仏が現存していたことに私は驚きました。
このほかの場所にも、即身仏は全国にいらっしゃるそうです。
芭蕉も新潟のお寺で、即身仏を拝観されています。

まだまだ世の中には知らないことが多い。
まだまだ勉強することは沢山ある。。。実感。
感慨深い出来事でした。

                     酒田舌鼓へ続く

芭蕉を追いかけて    〜象潟

2006-08-29 07:00:41
羽黒山を後にして、日本海を北上。
有耶無耶(うやむや)の関を越えて、秋田県象潟(きさかた)へ。

神秘的な歴史を持つ象潟

この地に慈覚大師が開いた蚶満寺というお寺があります。
このお寺で何句か残した芭蕉。
日本海へ出て、最初の楽しみだったようです。
なぜかというと・・・・

かつてこの周辺地域は、宮城県の松島と並び称された
海に浮かぶ九十九島の景勝地だったそうなのです。

太平洋の松島、日本海の象潟・・・というように。
芭蕉が訪れた1689年も、舟に乗り、島々を巡ったと
『奥の細道』にも書かれています。
                             芭蕉も来たよ。

しかし!
それから約100年後・・・・・・
1804年(文化元年)の大地震によって、
一夜にして海底が隆起し、陸地が誕生したのだそうです。

ロマンチックじゃないですか〜

芭蕉が見た風景は・・・・・・
木が生えていてポッコリ小さな山になっている部分が島。
田んぼの部分が海だったのです。

海だった場所は、今は水田となり、
春の田植え時には、水面が浮かび上がり往時を
偲ぶことができるそうです。春にも行ってみたいです。


芭蕉はこの場所から舟に乗り、島巡りをしたのだそうです。
プカプカ・・・・

神秘的で宇宙の偉大さを感じるこの土地。
田んぼを海だと思って眺めると、
松島のように、島が点在しているのがよく分かります。
しばらく見とれていました。


                          酒田サプライズへ続く

芭蕉を追いかけて    〜羽黒山

2006-08-28 13:40:31
天を突くような大鳥居。                      貸切の道

東北最大の鳥居をくぐると、そこは霊場 羽黒山。
羽黒山、月山、湯殿山を出羽三山と言います。

第32代崇峻天皇の皇子であり、
聖徳太子のいとこにあたる蜂子皇子が開祖とされています。
難を逃れるために京都から海路、出羽国に入り、
三本足のカラス(ヤタガラス)に導かれて羽黒山に入山しました。
修行を積み、羽黒権現を獲得、
その後、月山権現と湯殿山権現を感得し、
三山の開祖となりました。  不思議な力も身についちゃったんだって。魔力?

芭蕉と曾良は、身を清め、断食をしてから
羽黒山へ入ったと、「曾良随行日記」に書いてあります。


私たちのお宿は、羽黒山の宿坊<神林勝金
          人名がフルネームで宿やお店の名前になっていることが多い山形県
             そう、昨日のおそばやさんもそうだし、この宿坊も・・・・

20畳のお部屋を用意してくださいました。
わーい!!広い広い!!!

私たちは断食ができないので、精進料理で身を清めました。

羽黒山に建つ芭蕉像。
                    おっ!この芭蕉翁は格好いいぞ!

ここをお参りすれば、出羽三山ともお参りしたことになるという
三神合祭殿へお参りしました。       あとの二山は時間の都合で・・・

神社へお参りした後は、いよいよ修験道の山へ。
神秘的な光景に圧倒される私たち。
雨もお清めと思えばありがたいものです。
このあと、厳しい階段のぼりました。ゼイゼイ・・・・・

羽黒山では、

ありがたや 雪をかをらす 南谷

をお詠みになっています。
羽黒山中の南谷という場所に芭蕉は滞在していたので、
そこまで行こうと挑戦したのですが、
あまりにも険しい道のため、泣く泣く断念

                                象潟へ続く                     


芭蕉を追いかけて    〜最上川

2006-08-28 06:50:02
松尾芭蕉の『奥の細道』を辿る旅に行ってきました。
今回のエリアは、最上川から出雲崎までです。

『奥の細道』は芭蕉の紀行文ですが、
フィクションの部分もあります。
そのフィクションの裏には何が起こっていたのか?
実際の行動を探る手がかりとなるのが、
随行していた弟子の曾良による「曾良随行日記」です。
「曾良随行日記」と併せて『奥の細道』を辿ると、
芭蕉と曽良の素顔が垣間見え、
それも楽しみの一つになります。

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最上川を舟で下ろうと、
山形県大石田の高野一栄方に滞在していた芭蕉と曾良。
<高野一栄邸跡地>

この地で催された歌仙で詠んだのが

五月雨を 集めて涼し 最上川

当時の最上川へ出る乗船口は、
左右に山が覆いかぶさるように迫り、
樹木の茂みの中にあったそうです。
<芭蕉乗船の地>二人は何処を見ているの?

<実際は、多分この辺から乗船したと思われる地>
銅像のある場所の真下あたりです。

私達は、ここから少し下流の場所から乗船し、
芭蕉と同じコースを下りました。↓白糸の滝

約1時間のコースを、お国ことばで語りかけてくれる船頭さん。
風流の極みです。
また、この船頭さんがウリの一つにもなっていて、
綾小路きみまろバリのトークです!
「笑い」には厳しい主人も爆笑!コレハホンモノデス。

さて、芭蕉は実際に舟に乗って最上川を下ってみると、
五月雨に水かさを増した大河の流れは
豪壮なものだったため、初案で「凉し」としたところを
「早し」という表現に変えたのだそうです。

五月雨を 集めて早し 最上川

1689年陰暦6月3日(陽暦7月19日)の出来事です。

風流な最上川くだりを終え、昼食は山形のお蕎麦。
<佐藤長三郎そば>
山形名物「板そば」を食べました。
板の上に蕎麦がのっています。
山形流蕎麦は、「おかず」と呼ばれるものがついてきます。
これをおかずに蕎麦を食べる。お得な気分です。
美味しかった〜。

                                 羽黒山へ続く

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