ニューヨークの風
2007年12月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

異色のアダプションを発見! [2007年12月20日(木)]
 
日本でも捨て犬や捨て猫のアダプション(里親制度)が行なわれていると思います。通常は犬や猫が主流ですよね。



ところが、先日、一風変わったアダプションを訴えている人々を、マンハッタンの主要ターミナルのグランド・セントラルでみかけました。



なんと、牛や豚に餌やシェルターや獣医に掛かるための費用を負担して、命を守ってあげようというもので、その名も、『ADOPT-A-COW and PIG PROJECT』。一瞬、え?!と思い、通り過ぎましたが、どうしても気になって戻って、思わず、説明を聞いてしまいました。



こんなことを言ってはなんですが、牛も豚も、基本は食用という観念がありますよね。しかし、彼らを育てた後に食べられますというコンセプトではなく、ただ、純粋に動物の命を守ろうというプロジェクトなんです。自分のパートナーであり、ペットである牛や豚を、自分の家ではなく、N.Y.郊外の農場で育てるというわけです。



パンフレットに写真が載っている牛、豚、それぞれにルディとか、ステイシーなどと名前がついていて、自分のお気に入りの動物に$20のドネーションをし、里親になるというシステムなんです。しかし、ご覧のように、写真一つで正直言って愛着が湧くかと言うと、疑問ですけれど……。

クリスマス・ギフト・シーズンで、ドネーションやオファリング(献金)という言葉が飛び交い、人々が優しい気持ちになる季節。もし、ご興味があれば、Webサイトを覗いてみてください。

Celine Dionの新たな出発とは? [2007年12月18日(火)]
 
今日のニューヨーク・タイムズのアート欄には、ラスベガスで行なわれていたセリーヌ・ディオンの人気のショー「A NEW DAY」が閉幕したというニュースが一面を飾っていました。



2003年3月に始まったショーは、12月15日の閉幕までに、なんと717公演を実施。セリーヌ・ディオンのために、シーザーズ・パレス・ホテルが、わざわざ作った4100席のシアターは、連日満員で、いつもチケットの入手が困難と言われていました。
日本でもおなじみのシルク・ド・ソレイユの人気公演であり、シーザーズ・パレスの隣のべラジオ・ホテルで行なわれている『O』に魅せられたセリーヌは、そのディレクターであるフランコ・ドラゴーヌを雇ってまで、自らのショーのクオリティを高めることに拘りました。このショーを実際に観た知人は誰もが大感激していて、しきりに薦めてくれましたが、結局、私は観ることができないうちに終わってしまって、とても残念です。

1997年公開の『タイタニック』の主題歌『MY HEAR WILL GO ON』のイメージが強いセリーヌ。
あれから10年が経ったなんて、月日の流れるのは本当に早いですよね。

その間、病気の夫の看病、出産を理由に1999年から3年休職したセリーヌは、2002年に『A NEW DAY HAS COME』で復帰。その後、2003年にラスベガスに拠点を移し、このショーに専念したといいます。そんなところに、一つのことを集中して行なう真面目な人柄がうかがえます。717公演、彼女無くしては成り立たないショーなので、体力や健康を維持するには容易ではなかったはずです。きっとそこには徹底したプロ意識が働いていたのでしょう。

一つ一つの作品を丁寧に仕上げているため、ご承知のように、彼女の歌は時代遅れだとかネガティブなレビューは耳にしませんよね。いつの時代も人々を喚起するエネルギーがこもっているからでしょう。さらに、見せ掛けばかりで実力が伴わないポップスターが陥りがちな人気の陰りが少しも見えません。記事の中でコメントしていた女性の言葉を借りるなら「セリーヌは、すべての女性が望むことを歌っていた」からかもしれません。そんな彼女の姿勢は、クリエイターとして見習うべきところが多いです。

2008年には、ニューアルバムの発売を記念して、世界各国でコンサート・ツアーを再会するとのこと。日本でも、3月に東京と大阪でライブを実施するようです。ニューアルバムのタイトルは『TAKING CHANCES』。曲名からも、セリーヌの新たな人生への前向きな姿勢が伝わってきますよね。私は、まだ、聴いたことはないですが、新しい年や新たなことに挑戦するときに聴いてみたい気がします。

大物女優が本音を語りたくなる、上質なるメディア [2007年11月21日(水)]
 
以前にお伝えしましたように、ジュリア・ロバーツが表紙を飾った『VANITY FAIR』が届きました。



あまり私生活を公表しないセレブリティですが、ジュリア・ロバーツはロスのヴェニス・ビーチの自宅にて、6月に生まれたばかりの男の子に授乳しながら、リラックスしてインタビューを受けています。そして、インタビューした記者の描写が秀逸なんです。「ロングスリーブのTシャツとスウエットパンツにサンダルと、ラフな服装に身を包み、授乳を終えたジュリアは『今日は、あなたたちのためにマスカラはつけたわよ』と微笑んだ。そのとき、ああ、この人は世界で最も有名なオスカー女優だったと気が付いた……」と冒頭に書かれたさり気ない文章に、そのときの状況が目に浮かびませんか? この後、ジュリアはリラックスして本音を語っていますが、これ以上は、あえて控えると致しましょう。

そして、今までに、この雑誌に本音を語った人でインパクトがあったのが、ジェニファー・アニストン。今号で、彼女は映画別冊の背表紙の広告を飾っています。



ブラピと別れた直後、白いメンズ・シャツだけを纏って表紙を飾る彼女が、あまりにも爽やかで可愛くて、当時、まだ定期購読をしていませんでしたが、つい購入してしまいました。「彼は私とは違うことを言っているけれど、私は彼の子どもがほしかったの」と、“ときに涙を流しながら”語ったようです。やはり自宅に記者を招いて本音をぶちまけていました。

こんなリラックスした状況で記者がエクスクルーシブ・インタビューができて、セレブが本音を語れる雑誌なんですね、『VANITY FAIR』は。毎号、写真もさることながら文章も素晴らしいのです。私自身、今、とある大きな英訳のお仕事をしていて、毎日毎日朝から晩までマラソンのように、言葉探しで格闘している私は、つい読み耽ってしまいました。言葉遊びしかり、見習うところの多いメディアです。

そして、この号はアート特集。“芸術の秋”というフレーズは万国共通ですね。次の号でお知らせしようと思っているアーティストのローレンス・ウエイナーをはじめ、MoMAの社長、ケイト・スペード夫妻などN.Y.を代表するクリエイターたちが一堂に会したダイナミックな写真が掲載されていました。著作権上、誌面をご紹介できないのが残念です。

“言語をアートのマテリアル”に用いたローレンスの傑作は、次の更新時にお知らせします。
素敵ですよ!

THE KISSING HAND EVENT@KINONY KUNIYA BOOKSTORE [2007年11月12日(月)]
 
11月10日、N.Y.紀伊國屋書店にて、私が訳した絵本『THE KISSING HAND』(アシェット婦人画報社刊)のイベントを実施していただきました。



ストア・マネージャーのジョンさんの素敵なアイデアにより、ワシントンDCから作者のオードリー・ペンをお迎えするという夢の企画が実現! なんとこれが初のご対面だったのです。



オードリーと実際に逢う前に、メールや電話のやりとりで、本当に心の優しい素敵な人だと思っていましたが、瞬時に状況を判断するスマートさ、人を魅了する興味深いお話、子どもへのピースフルな接し方から、学ぶことが多かったです。



そして、このイベントに華を添えるように、N.Y.の老舗フレンチ・レストラン『DANIEL』が、このイベントに集まる子どもと大人用に特別なクッキーやマカロンを無償で作ってくださいました。眠くてぐずっていた子どもも、あまりの美味しさにご機嫌になっていました。



日本人、アメリカ人含め、約4〜50人の人々が集まってくださいました。子どもたちは床に敷いたラグの上に寝転がったり、走り回ったり、クッキーをつまんだり、思い思いのスタイルで聞いてくれ、いらしてくださった大人の皆さんも、微笑を湛えながら、私たちの朗読に耳を傾けてくださいました。N.Y.で幼稚園の先生をされている日本人の女性など心の優しそうな方々にお会いできて本当に嬉しかったです。



イベントが終わった後、オードリーが、私に特別な『KISSING HAND』をくれました。こんな素敵なスペシャル・バージョンをわざわざ、ワシントンから持って来てくれたのです。絵本のストーリーのように心がとっても暖かくなりました。

私はN.Y.に来て5年、自分の進みたい方向性を模索していましたが、オードリーのおかげでそれが明確になったような気がします。病院や図書館を訪れて子どもたちと接し、子どもたちが抱えている問題を絵本にして彼らを励まし続ける彼女のように、私も世界の子どものためになるような仕事を、今後も続けたいと思います。オードリーの本に出会って、やっとその一歩を踏み出したような気がします。次の世代への架け橋であり、無限の可能性を秘めた子どもたち……、その屈託の無い笑顔に誰もが癒されますよね。そして、こんな殺伐とした時代だからこそ、彼らの掛け替えの無い純粋な心を、大人が守ってあげなければと思います。

多くの子どもたちに接することができて、祝福に満ちた素敵なイベントでした。またいつか、世界のどこかで実施できたらと思います。

ロウアー・イースト・サイドの魅力、再発見した1日 [2007年11月02日(金)]
 
今日は取材で朝から晩までロウアー・イーストにおりました。
普段、あまり足を延ばさないエリアなのですが、
先週末から、ロケハンで歩き回って、改めて、このエリアの魅力を実感しました。
小さくて充実したお店や興味深いギャラリーが、
去年から今年にかけて、たくさんオープンしているのです。



おまけに、とても愛らしくて人懐っこい犬にたくさん遭遇し、大満足! いろいろな犬種が混ざった犬が多いN.Y.。クマみたいなこの子は、なんとポメラニアンなのだとか。



さらに、先週末に発見した、常に行列のできているN.Y.bPの餃子屋さん「DUMPLING HOUSE」のヴェジタブル水餃子$2(8個入り)の美味しさが忘れられず、今日は、焼き餃子にトライしました(水餃子の美味しさは、先週、私のブログで絶賛しているので、ご興味のある方はご笑覧ください)。



5つも入って、なんと$1!! お肉があまり得意でない私でも食べられるほど、とにかく美味しいんです!N.Y.を訪れたら、是非、試してみる価値ありです!Webサイトがないので、New York Magazineのレビューを添付します。

良いものに出合ったせいか、なんと1日で10軒の取材をこなすという新記録を達成しました。そのわりに疲れなかったのは、きっと同行してくださっていたカメラマンさんや取材先が良い人だったからだと思います。フレンドリーな人が多く、意外な掘り出し物に出会える街なので、お薦めです!
この街の魅力の一部を、11月1日発売号の『CREA TRAVELLER』で紹介しているので、ご笑覧下さい。

【N.Y.ランキング】今日は、プラザ・ホテルの100歳の誕生日! [2007年10月02日(火)]
 
10月1日は、N.Y.を代表する「THE PLAZA HOTEL」のお誕生日です。



『ニューヨーク・タイムズ』は、METRO SECTIONの一面で、大々的にTHE PLAZA HOTELの100歳の記念日を報じ、夜になって花火が上がるなど、街を挙げて“お誕生日”が盛大に祝われました。


                 完成予想図

2年前、このホテルが大富豪に買い取られクローズが決まったとき、心あるニューヨーカーたちは大反対し、代表者がその大富豪に買収を思い留まるように交渉しに行ったと『ニューヨーク・タイムズ』の記事で読みました。それだけ、この街はもちろん、世界中の人々に愛されてきたホテルだったのです。それでも、心無い富豪は、強行に買い取って、ラグジュアリイ・レジデンスにしてしまったのです(さらに、そんな曰く話が生まれるような、億単位のお部屋を買うことができるお金持ちがいるのも、N.Y.らしいのですけれどね)。

  
            レジデンスのモデル・ルーム

そして、その富豪は、申し訳程度に300室弱の客室を残しましたが、以前のように、セントラル・パークが見える向きではなく、なんと、眺めが良くない58丁目サイドのみがホテル部分となりました。しかも、価格は最低でも$700を超えるといいます! なんだか切ないお話ですが、今日は、そんなマイナス要素は忘れて、マシュー・ブロデリックなど、各界の要人が招かれ、reborn(再生)が、祝われることになったのです。今まで様々な歴史を残してきた、この老舗ホテルは、新たな一歩を踏み出しました。打たれても倒れないニューヨーカーの精神性を象徴しているようで、なんだか、感激しました。



写真は、現在の風景です。当初、10月1日、リニュアル・オープン予定だったのですが、当然のように工事が遅れるN.Y.。工事が完成した一部のエリアで、パーティが行われたようです。

そんなN.Y.から、今週は、人気週刊誌のランキングをお伝えします。

●MAGAZINES:WEEKLIES(issue of Oct.1。単位:広告ページ数)
1.PEOPLE 123.3
2.THE NEW YORKER 113.7
3.TIME OUT NEW YORK 75.8
4.NEW YORK 66.5
5.BUSINESSWEEK 56.9

『THE NEW YORKER』は、いろいろな事象をアカデミックに描写した知的週刊誌。シーンや街の切り取り方が秀逸です。この街をより深く知るには、この雑誌は、お薦めです。

HERMES続報と停電のN.Y.! [2007年06月30日(土)]
 
先日のコラムで、HERMES のニュー・ショップについてお伝えしたところショップの情報を教えてくれと言う質問を何件かいただきました。確かに、まだ、雑誌や日本のメディアに詳細が載っているわけがないし、私自身、営業時間をWebサイトで調べてみましたが、HERMESのオフィシャル・サイトでさえも見つけることができず、苦労しました。

速報が命であるWebでに詳細が載っていないなんて……と思い、今後、N.Y.旅行を計画している皆さんへ「HERMES・WALL STREET」のデータをお伝えします。

----------------------------------
HERMES WALL STREET
住所:15 BROAD STREET,(THE CORNER OF BROAD STREET AND EXCHANGE STREET)
TEL:212-785-3030
営業時間:8:30AM-6PM(MON.-FRI.), 11AM-5PM(SAT),
定休日:SUN
----------------------------------



実は、HERMESに行った先週の水曜日、帰りに、たいへんなことに巻き込まれたんです。先週のN.Y.は、6月だというのに、連日、30度を超える異常な蒸し暑さ。まるで日本の梅雨のように湿気もあって、皆、バテていました。これも地球温暖化の影響でしょうか……。

ニューヨーカーは冷房が大好きなので、体が冷たくなるほどクーラーをかけます。同じような状況で3年前に大停電になったので、今回も、それが予想されました。

そして、案の定、アップタウンとブロンクスの一部が停電。地下鉄は止まり、バスは満員電車状態。自分の駅で降りようと思っても降りることができないで叫ぶ人もいたり、夕方のラッシュ時であったこともあって約40万人に影響が出たと言われています。

新しいHERMESのあるウォール・ストリートにいた私は、止まってしまった電車からバスに乗り継いで、ふだんなら20分で帰ることができる42nd streetのオフィスまで2時間も掛かって帰るハメに。メトロポリタン・ミュージアムも停電し、一時、皆、避難したとか。

今回は、日中だったのでよかったですが、前回の停電は夜でした。でも、皆、キャンドルをつけて、あえてロマンティックな夜を楽しんだといいます。こうして、どんな状況でも、パニックにならずに、ベスト・ウエイを見つけようとするポジティブなニューヨーカー。N.Y.に来て5年、私も彼らのように、何があっても現実的に対応して生きていけるようになりました。

私のこと、N.Y.のこと [2007年05月23日(水)]
 
さて、今回は、私が、どんな人間であるか、ちょっとだけ知っていただきたいと思います。私は、N.Y.を拠点に活動するフリーランスのジャーナリストです。 N.Y.の風に乗って、アメリカ国内はもちろん、日本や世界各地へと飛びまわる日々を過ごしています。

最初に、私がN.Y.を拠点にすることを選んだ理由について説明したいと思います。日本で某出版社の編集者を務めていた頃、何かに行き詰ったり、辛いことがあったりするたびに、1人でN.Y.を訪れ、この街が発する強力なエナジーを充電し、パワーと勇気をもらって、元気になって帰ることができました。そして、そのたびに「一度限りの人生なのだから、大好きなこの街で暮らしてみるものいいかもしれない」と漠然と思っていました。

そんな私にN.Y.行きを決断させたのは、2001年の同時多発テロ。この事件に、とてつもないショックを受けた私は、儚くも一瞬で命を失われた方々のご冥福を祈ると共に、生きている限り、日々、悔いのないように精一杯生きようと思いました。同時に、「私にパワーをくれたN.Y.に何か恩返しがしたい……。そのためには、N.Y.に住もう!」という思いが自分の中にふつふつと湧いてきたのです。

N.Y.に住んで現地の情報を日本へ配信することで、テロの恐怖により遠ざかっていた日本の人が再び、NYを訪れてくれるきっかけを作れば、N.Y.の発展に貢献できるのではないか……おせっかいながら、そう思ったのでした。

それまで流行や社会の流れに身を委ねて生きてきた優柔不断な私が、驚くほど明確に結論を出すことができたことに、我ながら驚きました。思い切って会社を辞め、両親を説得し、旅立ちの準備をしました。N.Y.には、これといった知り合いもおらず、先行きの保証も無かったので、あまりに無謀すぎる決断のようでしたが、私にとっては、非常に意味のある小さな一歩だったと思います。

そんな風にして、私の小さな夢が形になったのは、今からちょうど5年前の2002年5月15日。


マンションを出ると眼前に聳えるクライスラー。

当面の生活資金は、退職金と僅かな貯金で倹約すれば何とかなると目算し、中途半端な英語をブラッシュアップするため、NYU(ニューヨーク大学)の語学学校に通いました。3?歳の手習いは、なかなか手厳しいものがありましたが、何よりも、自分で稼いだお金で勉強できることが、なんだかとてもうれしくて、やりがいもありました。


近所にある隠れ家的イタリアン『L’IMPERO』。何気ないトマト・ソースのホームメイド・パスタが絶品!

あれから5年。編集者時代に担当していたフード、エンターテインメント(映画、音楽、アート)を、今も追いかけ続け、それを通して、N.Y.でなければ出逢えなかったような方々のお話を直接伺うことができ、日々、インスパイアされています。
以来、どんなことがあっても、この街が発するエナジーに支えられてきました。そんな醍醐味を独り占めするなんて、もったいない! 私がN.Y.の風によって感じることが出来た、この街の躍動感や、取材で出会った素晴らしい機会のこぼれ話などを、皆さんにおすそわけできれば幸いです。


部屋から見たマンハッタンのサンセット。

NYから、はじめまして! [2007年05月17日(木)]
 
私のコラムに訪れてくださった皆さん、こんにちは。
今、私は、国連を眼前に臨むTUDOR CITYという閑静な住宅地の公園のベンチで、五月のNYの風に吹かれながら、記念すべき連載第1稿を書いています。

このコラムでは、皆さんに、この街に吹く風によって私の元に運ばれてきた感動をお伝えしていきたいと思います。ガイドブックでも紹介されていないような裏情報や、NYのメディアから入手した、ちょっとした豆知識をちりばめていくつもりですので、ぜひご期待ください。


色とりどりの世界各国の旗が揺らめくNY国連本部。

ところで、国連に、誰もが入ることができるレストランがあるってご存知でしたか?『The Delegates’ Dining Room at UN Headquarters』というレストランは、まさに“delegates(=代表団)”という名前が示すように、世界各国を代表する国連職員たちの“社員食堂”のような空間。全面ガラス張りのダイニング・ルームからイースト・リバー越しにクィーンズ・ボロ(『スパイダーマン』の舞台になった橋)やルーズベルト・アイランドを眺めながらのランチは秀逸です。特に晴れた日は本当に気持ちがいいので、NYに来たぜひ試してくださいね!


多国籍な人々が集う『The Delegates' Dining Room at UN Headquarters』。

食事の後は、国連総会が行われる会場などが見学できるツアー($13、日本語ガイドあり)に参加されてはいかがでしょう? 国々を象徴するアートやクラフトが展示されているロビーを観て周ると面白いですよ。

日本は、1954年に「Peace Bell(平和の鐘)」と呼ばれる鐘楼を中庭に寄贈しています。以来、この鐘は、春の訪れを知らせる春分の日と、9月の国連総会のオープニングを告げるため、年に2回打ち鳴らされることが伝統になりました。関係者からは平和を象徴する音として、親しまれています。ロビーから鐘楼越しにクライスラー・ビルディングを臨む光景は、日米の融合を感じて、なんだか誇らしいです。地下のお土産ショップでは国連グッズが購入できるので、NYの思い出に最適です。


中庭に佇む「Peace Bell」。日本を象徴する平和のシンボル。

これから、NYの風に乗って、ホットなニュースを配信していきますので、お楽しみに!

PROFILE http://www.cafeblo.com/newyorkcolumn/index1_0.rdf