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ラジオ番組制作会社のディレクターHさん。
大げさではなく、Hさんがいなかったら
今の僕はなかった。師匠小山薫堂と出逢う
キッカケを与えてくれた、人生の大恩人。
世界観をキッチリ作り込まなければならない
番組を演出させたら、恐らく右に出る者はおらず、
師匠も彼の仕事には全幅の信頼を寄せていた。
そんなHさんと出逢って、今年でちょうど10年。
かつては<ディレクターとAD>という関係で、
毎日のように事務所の椅子で寝ているHさんの
凝った肩を揉むのが、僕の大事な仕事だった。
その際、肩を揉みながら教わったことは、全て、
今の僕の、血となり、肉となり、骨となっている。
そして―――そんなHさんが、今、病魔と闘っている。
はじめ、Hさんと数多くの番組を作ってきた
名参謀Yさんから、検査入院をすることになると
聞かされたときは、正直、楽観視していたのだが、
おやびんから、そのまま手術することになったと
聞かされたときは、目の前が真っ暗になった。
苦節40数年、昨年ようやく、幸せを手に入れた
ばかりだというのに。それは、あまりに酷すぎる。
しかし幸いにして、手術は成功のうちに終わり、
今、徐々にではあるが、元気を取り戻しつつある。
Hさんは、まだ、窓越しに東京タワーがよく見える、
病室にいる。だが、入院後、僕は一度としてそこへ
足を運んでいない。薄情と思われようが仕方ない。
Hさんのやつれた姿など見たら、泣いてしまうから。
それより早いとこ治して、ごはん付き合って下さい。
「お見舞い」はしない分、「快気祝い」は盛大に。
僕からは、Hさんの大好きなお肉を「かわむら」で。
だから頑張って下さい。N35一同待っています。
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