N35の日常

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喪失(あにき) [2008年01月03日(木)]

「薫堂さんの番組が始まるから一緒にやろう。
 塩ちゃんにとって、絶対いい勉強になるから」

今の僕があるのは、すべて堀井さんのお陰だ。

いつか一人前になって恩返しをするのが夢だった。
なのに、急にいなくなっちゃうなんて。あんまりだよ。

日はまた昇る(あにき) [2007年12月03日(月)]

腎臓癌を乗り越え、男は棲み処へと帰って来た。
それは「奇跡」というほかに、言葉が見つからない。



苦楽をともにしてきたパートナー、本田多聞の
目に光るものが、癌を宣告されてからの546日が、
いかに過酷な道のりであったかを雄弁に物語る。



拳を握り、コーナーを駆け上がったときの大歓声!



プロレス会場が、これほどまでに盛り上がったのは
いつ以来だろう。復帰前と見分けがつかないくらいに
鍛え抜かれた体が宙を舞ったとき、涙がこぼれた。



今、僕の大恩人が、同じように癌と闘っている。

小橋健太は「もう1度リングに立ちたい」という思いで、
試練を乗り越え、復活を果たした。次は、貴方の番だ。

戦友は皆、あのリングで、貴方の帰りを待っている。

堀井さんへ(あにき) [2007年08月12日(日)]

「NYCのオミヤゲ」あります。
無事、お務めが済みましたら
直接、渡しにゆきますので、
電話かメールでお知らせ下さい。


待ってる(あにき) [2007年07月02日(月)]

ラジオ番組制作会社のディレクターHさん。

大げさではなく、Hさんがいなかったら
今の僕はなかった。師匠小山薫堂と出逢う
キッカケを与えてくれた、人生の大恩人。

世界観をキッチリ作り込まなければならない
番組を演出させたら、恐らく右に出る者はおらず、
師匠も彼の仕事には全幅の信頼を寄せていた。

そんなHさんと出逢って、今年でちょうど10年。

かつては<ディレクターとAD>という関係で、
毎日のように事務所の椅子で寝ているHさんの
凝った肩を揉むのが、僕の大事な仕事だった。

その際、肩を揉みながら教わったことは、全て、
今の僕の、血となり、肉となり、骨となっている。

そして―――そんなHさんが、今、病魔と闘っている。

はじめ、Hさんと数多くの番組を作ってきた
名参謀Yさんから、検査入院をすることになると
聞かされたときは、正直、楽観視していたのだが、
おやびんから、そのまま手術することになったと
聞かされたときは、目の前が真っ暗になった。

苦節40数年、昨年ようやく、幸せを手に入れた
ばかりだというのに。それは、あまりに酷すぎる。

しかし幸いにして、手術は成功のうちに終わり、
今、徐々にではあるが、元気を取り戻しつつある。

Hさんは、まだ、窓越しに東京タワーがよく見える、
病室にいる。だが、入院後、僕は一度としてそこへ
足を運んでいない。薄情と思われようが仕方ない。
Hさんのやつれた姿など見たら、泣いてしまうから。

それより早いとこ治して、ごはん付き合って下さい。
「お見舞い」はしない分、「快気祝い」は盛大に。

僕からは、Hさんの大好きなお肉を「かわむら」で。

だから頑張って下さい。N35一同待っています。







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