更新日:2011年4月06日



東北と福島を見ながら(1) 全国で節電をしませんか

カテゴリ:東京  2011年3月17日

前回のこのブログの更新から不安な日々が続いていますね。

福島の原発がこのような状態になってしまい、関東地方は計画停電のさなかです。これも青暗く暮れていく部屋で、PCの灯だけで書いています。ただじつは私の住まいは停電しているわけではありません。都心に住んでいるのですが、ここはまだ一度も停電になっていないのです。同じ都区内でさえ今日は2回も停電になった地域もあるのに、不公平すぎる気がします。

今回の福島の原発事故については、私は言いたいことがいっぱいありすぎ、自分への反省と後悔もありすぎ、まだうまくまとめて書くことができないでいます。ちょっと散漫になるかもしれませんが、少しずつでも書ければと思います。

まず、節電の件。東電の計画停電(輪番停電)は、各地の発電所の修理の目処がつく4月末まで続くと言われています。けれど、現在の方法での計画停電は、病院や医療機器を使っている在宅介護の方の電気をも奪ってしまうので、一刻も早く止めなければいけません。早くもっと洗練された方法を見つけてもらわなくては。
(じつは計画停電をする必要はないという意見も政治家からも出てきたりしていますが、ここではそれはいったん置かせてください。)

ただ、そういうリスクを抑え交通網や信号といったインフラを確保した上でなら、私は節電はむしろウェルカム、どんどんやりたいと思います。4月末に復旧してきても、自分は続けたいし、多くの方にも呼びかけたい。ここからは関東か中部か関西かといった地方は関係ない話になります。

なぜかというと、今回の福島の事故を引き起こしたのは、直接的には津波の大きさ予測を甘くした電力会社やそれを監督しなかった政府ですが、間接的には電力会社がどんどん提供してくれる電気を湯水のように使ってきた私たち消費者の姿勢でもあると思うからです。

原子力は「クリーンで安全なもの」と繰り返し政府発表やコマーシャルなどで言われ、電気はお金さえ払えばいくらでも湧いてくるような気になっていたのではないでしょうか。

でも、もうそれは違うことがわかりました。原子力はできることならやめたい、すぐは無理でも減らしていきたいと思っている人は多いと思います。

それであれば、まずは電気の消費を減らすのがいちばんです。いま東京電力エリアでは、供給できる電力が3300万kwしかないとか、利用実績は2800万kwで済んだから停電を回避できた、といったニュースが飛び交っています。この数日は、東電の予測よりも500万kwほど利用が下回ったなどと発表されています。つまり、これまでの普段の同じ日の同じ時間帯より、人々が節電をしたことでそれだけ減らすことができたわけです。(今日は950万kwも下回ったそうです! すばらしい!)

ちなみに原発は1基(炉)で50〜110万kwほどの発電能力があります。500万kw減らせれば、4〜10基もの原発を止めることができるのです。もちろん実際は出力と電力量の違いなどもっと複雑ですが、スケール感としてはそういうことです。

もちろん、この数日の関東の人たちの節電ぶりはかなりの努力の賜物です。多くの人がエアコンを使わず、シャワートイレも切り、テレビも必要なときにだけ観、ガスでご飯を炊き……消費ピークと言われた時間にPCと懐中電灯だけで数時間頑張っている人たちもツイッターを見ていると大勢います。これをずっと続けろというのは苦しいと思う方は多いと思います。(言わずもがな、事業所の休業、今日などは鉄道の運休なども大きかったはずです。)

けれどそれは電気をたっぷり使う生活様式になっていたところで突然切るから厳しいのであって、家の中の装備、自分の習慣などを電気が少なくても暮らしやすいスタイルに徐々に変えていくことができれば、それほど大変でもないんじゃないか?と気づいた方も多いのではないでしょうか。

私が子どもだった30数年前と比べると、日本の家庭の電気の消費量は4倍近くに伸びています。もっとみなさんの思い出が鮮明な1990年と比べても1.5倍です。1990年がそんなに不便だったわけではないですよね。

テレビは今より小さかったし、トイレはシャワー付き暖房便座ではなかったし、冷蔵庫は小さかった。でももういちどそこに戻っても、そんなに困らないと思いませんか。

まだ福島原発がどうなっていくかわかりませんが、少なくとももう二度とこんな恐怖は味わいたくない。いままさに現場で命をすり減らしながら放射能が広がるのを抑えてくれている人々がいるという残酷な現実を考えると、文字通り胸が潰れる思いがします。もう、もう絶対こんなことは起こしたくない。

同じように思ってくださるなら、これから一緒にまずは昔を思い出して節電、そして電気を使わないライフスタイルの模索をしていきませんか。老朽化や断層の上に建っているなど、リスクが高いと言われる原発から1基ずつ、火を消していきませんか。そして自然エネルギーへの投資をぐんと増やして、それで経済復興も図る。日本を支えてきた自動車産業の次が自然エネルギー産業になるくらいに。

想像力をふくらませて、新しい日本への一歩を踏み出していきたいと思います。

追記:
原発を止めると電気が足りなくなってしまうのではないかと心配の方に、複数の専門家が「原発を仮にすべて止めてもやっていける」と計算をしてくれています。

たとえばこちら⇣
「原子力発電所を全部止めてやっていけるのか? 」
高野雅夫(名古屋大学大学院環境学研究科准教授)

結論から言うと、1年でいちばん電気を使う真夏のエアコンガンガンの昼間に20%減らすことができれば、あるいはバブルの時期の生活レベルに戻れば、原発はなくても停電になったりしないということです。

原発を全部止められれば安心ですが、それでも難しければ、上にも書き始めましたが、危ない炉から優先して止めるだけでもだいぶましです。0か100の話ではないのです。


| コメント (1) | トラックバック (0)



このエントリーのトラックバックURL:

同感です。
90年ごろ、大量生産大量消費社会にあって、右肩上がりのエネルギー消費がおかしいと感じていました。
いつのまにか、日本の電力需要のうち、3分の一がすでに原発による電力。3分の一をすぐにすべて削るのは難しいかもしれませんが、日本は人口が減少していて、工場などの生産拠点がだんだん海外に移っているので、その流れが前提にあれば、さらなる節電と代替エネルギーの開発でなんとかなるのではないかと思います。

家庭にだいたいの電化製品があって、病気で死ぬこともあまりなくなった昭和40年代の日本の生活レベルを維持できれば、いいのではないかと思っています。
私は、自分が育った昭和40年代の後半のこんな感じを自分の指針にして、少しづつ考え直していけばいいと思っています。

セブンイレブンが7時から11時まで営業だった。
団地の5階に住んで、エレベーターがなかった。
エアコンはなく、ガスストーブと扇風機。
冬はお風呂は2日に1回。セーターは毎日は洗濯しなかった。
テレビはあったがビデオはなかった。
電話は黒電話。
2槽式の洗濯機

いまは、技術の進歩のおかげで、電化製品はかなり省電力化していると思います。
だから、じぶんなら少し、これくらいならやめても大丈夫かな、ということを個人個人が実践していくだけで、家庭レベルはかなり削減できると思います。

うちでは、省電力の製品、小さい製品にどんどん切り替えていくほか、テレビのない生活は当面続けようと思います。

投稿者 ritz : 2011年03月22日 01:38







青木陽子
Cafeglobe
ファウンダー・取締役
女性誌編集者時代、自分を含めまわりの女性たちが本当に読みたい媒体がないことに気づき、1999年に現社長の矢野とともにCafeglobeを立ち上げ、6年間編集長をつとめる。現在、パートナーの暮らすロンドンと東京の二重生活を実践中。
更新終了のお知らせです (4月06日)
東北と福島を見ながら(3) 寄付先さらなるオススメ (3月29日)
東北と福島を見ながら(2) 寄付先のおすすめです (3月18日)
東北と福島を見ながら(1) 全国で節電をしませんか (3月17日)
余震に揺られながらPCに張り付いています (3月13日)
iPhoneからの乗り換えもアリ? アンドロイドの「ストリーク」をお試ししました (2月21日)
裸のシェフ、料理する環境アクティビストに (1月25日)
ネパールの子どもたちに本を贈ろう (1月15日)
年末に、友人を紹介させてください (12月30日)
霧島の麓で見た秘祭と、日本の森のいま (12月22日)
ゆるい話題です
フェミニズムというかヒューマニズム
ロンドン
自転車ラブ
GRP 2006/貧困編
地球温暖化
東京
今日できることをしよう
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年

illustration / Nakagawa Isami

※お断り
・Cafeglobeの判断により、断りなくコメントやトラックバックを削除させていただくことがあります。ご了承ください。
・当ページの「コメント」に掲載されている「投稿者」名は、Cafeglobeの登録メンバー名と同一人物とは限りません。
2005年3月までのバックナンバー(from the editor)はこちら>>