少し前になりますが、11月9日は東西ベルリンを隔てていた壁が崩れた日から20周年の記念日でした。大学生だった私も、ドキドキしながらテレビ画面で人々が壁にツルハシを入れるのを見つめたのを覚えています。

今週金曜日の11月27日まで、広尾のドイツ大使館でベルリンの壁崩壊20周年記念として大使館外壁に歴史的な写真が貼り出されています。
20年か、早いなぁと思いつつ、先日ドイツの友人に聞いた話を。
あのとき、どうしてあんなに突然壁が崩れたのか。1989年の11月9日、東ドイツの政府広報官が記者会見で、政府が東ドイツ国民が西側に行くことについて許可を出していく方針であると発表しました。
記者
「その方針はいつから実施されるのでしょうか?」
広報官
「ええと(手もとの資料を見る)……とくに何時とはないので、即刻だと思います」
というやりとりがあったのだとか。ニュースは号外としてすぐに報道され、それを聞いた数百万の東ベルリン市民が壁に殺到。国境警備兵は以前なら壁を越えようとした人を射殺していましたが、あまりの人数に圧倒されてしまったとか。

ドイツ大使館の壁に展示されている写真のひとつ。テレビに映し出されるこの光景に、言いようもない高揚感を感じたのを思い出します。

壁を越えようとして射殺された青年の遺体を運ぶ東ドイツ国境警備隊。30年弱立っていた壁の犠牲者は136人に上る。
じつはこのとき、広報官が持っていた資料の裏には続きがあって、「これは今後時期を決めて実施する」と書いてあったのだとか! ハンガリー経由などで西に脱出する市民が増え続けていた中、政府としても対応する方針だけ発表してその場凌ぎをするつもりが、とんでもない結果を招いてしまったのだそうです。
何も聞いていないと抵抗する国境警備兵に、「もうあっちの壁は開いてみんな行き来してるわよ! こっちも通して頂戴」と中年の女性(←勝手に大阪のおばちゃんを想像)があることないことを言って通行を迫ったなんて場面もあったそうです。

展示されている中で最も私の印象に残ったのがこの写真。壁崩落の直後の89年11月11日、歓声を上げて壁の西側に駆け込む東ドイツの青年たち。
歴史や政治、戦争……というと大きなパワーのようなイメージがありますが、意外とユルいことの積み重ねで動いてきている部分もあるのだなぁと、面白く印象に残ったのでご紹介してみました。