今、世界各国に住む日本人の友人知人たちとメールで交わすもっぱらの話題はやはり円高。日本円で収入を得ている人はほっと息を吹き返し、現地通貨で仕事をしている友人は「日本への帰省はしばらくおあずけ……」とため息をついています。
私はホッとしているひとりです。この夏まで1ポンド250円くらいあったものが、今や140円。2万5000円だった商品が1万4000円になったのです。さらにイギリスを襲っている不況風は東京のそれよりだいぶ厳しいので、小売店は例年はクリスマス後のセールをもう始めています。250円の記憶がまだ新しいので、あれも欲しいこれも欲しいとついなってしまうけれど、ぐっと我慢の日々です。

駅の高いところにかかっている広告ビルボード。「ん? 犬が雪景色の中に?」
この不況は世界中を覆っているけれど、アメリカと同じく金融が得意でこの十数年ちょっと異常なバブルに湧いていたイギリスは、とくにダメージが大きそう。すでに銀行の取り付け騒ぎもあったし、ポンドは対ユーロで史上最低を日々刻んでいるし、市民に近いところでも、ウルワース(Woolworths)などいくつかの超大手小売店が姿を消そうとしています。

「セントバーナードだ。救助犬かぁ。ん? 首に下げているのが樽じゃないぞ?」
まさに(((゜д゜;)))ガクガクプルプル……という雰囲気だなぁと思っていると、ウォータールー駅の広告がふと目に留まりました。スイスの山岳救助隊で活躍していたというセントバーナードが、遭難者を探している風情。首に下げているのは、遭難した人に飲ませるブランデーの入った樽……ではなく、経済紙『ファイナンシャル・タイムズ(FT)』。隅に小さくサイトのURLのほか、言葉は一切なし。

シグニチャー・カラーのうっすらサーモンピンクの紙に「FINANCIAL TIMES」の文字。「フフ、なるほどねー。FT読んだくらいで助かればいいけどね……」。
金融の猛吹雪の中だけど、FTを読んで助かってネ、といううまい広告だなぁと、しばし見とれてしまいました。
今日も、部屋を整理するつもりが、いつものように「積ん読」状態の雑誌やあとで読もうと思って破りとっておいたスクラップの束にひっかかってしまいました……。昔、『ドラえもん』にたしか読書パンというのがあったけど、あんな感じでスキャンするように資料を一気に読めたらいいのに。
それはともかく、ふと読み始めたのが、イギリスのリベラル寄り高級紙『ガーディアン』の女性向け付録雑誌。イギリスは新聞各紙の週末の挟み込み雑誌がかなり充実していて、なかなか読み応えがあるのです。

高級紙の中では、『The Times』が保守なら、この『Guardian』はリベラル。『Independent』も相当リベラル。
しばらく東京にいたのでイギリスの紙媒体から少し離れていたけれど、この中のあるコラムを読み始めてすぐに、「ああ、やっぱりイギリスのメディアって好きだ」と思いました。
それは、キャリー・ブラッドショウではないけれど、セックスと女性の人生についてのコラム。「40代子持ちシングルでも、自分を好きなら思いもかけないイイコトがある」というサブタイトル。もうすぐ40代に突入する身なので、思わずぐっと読み始める。
内容はたいしたことはなくて、45歳の女性作家が「子どものために」離婚を選ばず、生涯セックスレスを貫くことにした——という本を出した——のを読んだこのコラムの著者が、それをコテンパンにけなしているもの。
「子どもたちのために安定した家庭を提供することは、エキサイティングなセックスライフを送ることなんかよりよっぽど大切なこと」と言う作家に、コラム著者は「はーん、私も子どもはいるけど、離婚は人生最大の正解だったわ。冷めきった仮面夫婦の家庭がそんなにいいものかしら? 40代といえば、女がオーガズムを得られる最高潮の年齢よ。私なんて先週も20代のオトコノコに誘われちゃったわ」と容赦なく反論を浴びせかけています。
私があらためて感心したのは、どっちの意見が正しいかではなくて(人それぞれでしょう)、こんな風にコラムニストや作家・ジャーナリストたちが、オープンにお互いの意見をけなしあえる、それが読者に許されるどころか期待されているメディア事情です。これはアメリカもおおむね同様だと思います。
欧米の新聞記事の大半が署名記事なのも、ニュースや意見はバイアスがかかっているものだから、発信者を明らかにしなければいけないという認識があるからです。私も発信する立場として思うのは、自分の看板で意見を言うほうがよっぽど責任が重いし、誠心誠意取り組むし、反応をもらえればやり甲斐もあります。また変にこれが真実とうそぶく必要なく自分の考えを述べられるので、発言しやすくもあります。それが理由で、cafeglobeもほとんどの記事を署名にしました。
自分の看板でガンガン意見を言い、ガブリと噛み付かれたら、グサリとやり返す。相手のプライバシーには決して踏み込まないけれど、残酷なまでの煽りもスキルのうち。もちろん、視聴者読者はケンカを見たいのではなくて、ハッキリ対立する意見とそれぞれの理屈を聞いて、自分の意見をまとめる材料にするのです。とくに国を左右する、たとえばイラクに侵攻すべきか否かというようなときの英メディアの侃々諤々ぶりはすさまじかったです。
日本も「朝生」や「日曜討論」「論点」「(久米宏時代の)ニュースステーション」などがそのスタイルですが、もっともっと、たぶん今の50倍くらい「遠慮のない意見」が増えてほしい。世の中の見方はひとつではなくて、ありとあらゆるバリエーションがあって、それをどうみんなで摺り合わせて合意を形成していくか。自分の意見はどうなのか、考えさせてほしい。
よく政治家さんが「〜については国民的議論を」なんて発言しますが、日本のマスコミがこんなにお行儀良く遠慮がちにしている限り、国民的議論なんてあんまりできないと思うわけです。もちろんマスコミは政治と同じく、その国の一般市民が形作っているわけですから、私たちももっと自由に意見を持って言っていかないと。
あー、アラフォーのセックスライフの話から、またマジメになっちゃいました。すみません。根がマジメなもので。そういえば「アラフォー」が流行語大賞をとったんですね。アラサーのほうが先に出て来たのに。アラフォーのほうが世の中に注目されている印なら、まぁ、名誉なことです。