昨晩遅く、ラジオのニュースで「ザ・ボディショップ」の創業者アニタ・ロディックさんが脳内出血で亡くなったという一報が伝えられました。
私がcafeglobeを始めようと思ったきっかけをくれたのが、アニタでした。大学の夏休みに訪ねたロンドンでモスグリーンの門構えのボディショップに出会い、その後、ボトルのリユースや動物実験反対などを声高に掲げていたことに衝撃を受けたのを覚えています。ホームレスの人たちに収入の機会を与える雑誌『ザ・ビッグイシュー』に最初に資金を提供したのがアニタと夫のゴードンと知ったときも、鳥肌が立ちました。

昨年、「STOP VIOLENCE IN THE HOME(家庭内暴力の根絶)」キャンペーンで来日した際に撮影した写真。子どものようにはしゃいでみせたり毒舌も相変わらずだったけれど、新幹線の窓の外を見る横顔は、体調もあり、“残り時間”をより強く意識していたのかもと思わせる。
元祖ヒッピー世代。でもただのヒッピーなら、平和や環境を叫んで資本とぶつかったり(それも必要なこと!ですが)、隠遁してしまったり。アニタはむしろ事業家として会社を成功させ、そのブランド力や得た資本の力で、いわば経済界の内側から、世の中の利益最優先の企業に「稼ぐだけでいいの?」と挑戦状を突きつけた人。「ありもしない効果を宣伝して儲ける化粧品産業なんて大嫌い」といった歯に衣着せぬ名言は集めればきりがないほどです。フェアトレードの概念をいち早く取り入れたのもボディショップでした。

手元にあった「STOP VIOLENCE IN THE HOME(家庭内暴力の根絶)」キャンペーンのリップ。ほかに、ボディショップのキャンペーンで面白かったのが、90年代の「スーパーモデルと呼ばれる女性は世界に8人しかいないけれど、スーパーモデルのような体型でない女性は世界に30億人います」というセルフ・エスティームを高めようという呼びかけ。毎日広告や雑誌記事などで何十何百というモデルの姿にさらされているうちに、あれがあるべき姿と思い込まされてしまっていることに気づこう、リアルな女性はあんなプロポーションじゃない、というメッセージに勇気付けられた人は多いはず。
10年前の雑誌編集者時代、そのアニタにインタビューをする機会を得ました。世界では超のつく人気起業家・環境&人権の活動家。分刻みのスケジュールで合同インタビューしか予定のない中、日本のボディショップ広報の方に粘りに粘っていただいて、プレスディナーの途中で通訳なしで30分だけならという条件でなんとか枠を確保。
南イタリアはカラブリア州で開かれた国際プレスディナーの席、ふたりで抜けてレストラン裏口の階段に座り込んでの30分は、今思い出しても胸が熱くなる経験でした。環境問題をどうしたらより多くの人に伝えられるか、女性がもっと自由に生きられる社会にするためにはどうしたらいいか……私にとっては、記事のためのインタビューというより、個人的な希望や不安にこたえてもらう人生相談だったといえそうです。
いくつもの宝石のような言葉をもらったのですが、ひとつが「社会を変えたいなら女性のネットワークを作りなさい」というアドバイスでした。「日本の女性は世界中を旅行していて視野も広い。彼女たちの潜在的なパワーはすごいわ。まず女性が変われば男性はすぐ変わるから」。この言葉が、私の中でcafeglobeの構想に繋がっていったことは言うまでもありません。そして、じつは一緒に創業をした社長の矢野とも、この国際プレス発表会で記者同士として知り合ったのでした。何か運命的なものもあったのかもしれません。
アニタの言葉でもうひとつ深く心に刻まれているのが、「あなたの心を駆り立てるものがあるなら、それを追いかけなさい」というものでした。
「あなたの持ち時間はこうしている間にも刻一刻と減っているのよ。心を駆り立てるものがあるなら、躊躇せずに追いかけなさい。私も、私の残り時間は一瞬でも無駄にしたくないと思ってる。どうやって最大限に使い尽くそうか、いつも考えてるわ」。笑顔で腕を広げて、がっしりとハグしてくれたアニタ。私と大差ない小柄なからだなのに、とても大きくて温かかった。

ボディショップの経営から退いてからは、環境・人権キャンペーナーとして忙しく活動していた。画像は彼女自身のキャンペーンサイト。アニタからの更新は、9月6日のアムネスティ・インターナショナルの活動に関する投稿が最後になっている。
36年前に次女を出産したときに受けた輸血でC型肝炎ウィルスに感染していたことが2年前にわかった、と彼女は今年2月に発表をしていました。最近は軽い心臓発作があったり、肝硬変も進んでいることも公言。日曜日に頭痛を訴えて入院、月曜日の夕方に夫とふたりの娘に看取られて亡くなったそうです。64歳。晩年は家族や友人に包まれて過ごしたいと言っていたアニタ、きっと満足して旅立っていったのではないかな。いや、「あの世なんてないと思う。あっても知ったこっちゃないわ」とも言っていたから、「ちょっと短かったけど、まぁ我ながらよくやったわ」と満足して人生の幕を下ろしたのでしょうか。
図らずも、更新2回続けて偉大な女性が亡くなった話になってしまいました。でも、メメント・モリ。残り時間をあらためて意識する、いいきっかけにしたいと思っています。
●AnitaRoddick.com
http://www.anitaroddick.com/
●The Body Shop バリューズのページ(日本)
http://www.the-body-shop.co.jp/values/index.html
ジェーン・トムリンソンさんというイギリスの女性が亡くなりました。7年前に転移性の乳がんで余命半年と宣告されてから、最後の力を振り絞ってロンドンマラソン、トライアスロン、イギリス自転車縦走、ついにはアメリカ大陸自転車横断などを次々に成し遂げ、それらの応援として4億円超のチャリティ募金を集めたのですが、おとといの夜、ついに亡くなったことが報じられました。43歳。

ジェーンさんが中心になって立ち上げた、イギリス中部の都市リーズで行われる10kmラン「THE LEEDS 10K」のサイト。参加費はガン治療研究や重病の子どもたちのための福祉団体に寄付される。ジェーンさんは成人した娘ふたりと10歳の息子のお母さんでもあった。宣告後も小児科のレントゲン技師として仕事を続けていたという。
イギリスでは、個人が長距離走や一定時間内の山登りなど、難しいチャレンジをするよと宣言し、それを成し遂げたら寄付をしてもらう約束を友だち(や知らない人でも)から募り、集まったお金を何らかのNGOや福祉団体などに寄付する習慣があります。最近では『Little Britain』で一躍スターになったお笑いのデビッド・ウィリアムズ氏がドーバー海峡を泳いだりしていました。私も友人から「来月トライアスロンやるから、完走できたら募金よろしく」と頼まれたことがあります。
ジェーンさんは、余命半年の宣告を受けてから、痛みをおして次々にチャレンジをし、寄付集め、そして何より完走したときの笑顔などで多くの人を勇気付けてきました。イギリス縦走、アメリカ横断は、途中で何度も化学療法のためにストップしながらだったとか。余命半年が何年も頑張っているので、もしやこのままポジティブなエネルギーで完治したりして?とひそかに私も期待していたんですが、やっぱり病には勝てなかった……。
でも、きっとご本人はすごく充実した7年間だったのではないかと思います。余命半年とか言われたら、私なら贅の限りを尽くして遊ぶぞーなんて以前は思っていましたが、こういう時間の使い方のほうが、「生きててよかった度」は高まるんだろうなぁ。世の中には強い人がいて、いいエネルギーを分けてくれる、自分も少しでもそうありたいと殊勝に思う一日でした。
●THE LEEDS 10K
●ジェーン・トムリンソンさんの訃報を伝えるBBCの記事