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加油!ぴあ北京

2006-10-31 14:39:47

 このどっかで見たことのあるようなビジュアル。


 「文苑」?いやいや、その左にご注目。

 「PIA」−−そう、ぴあ北京である。

 「琵雅北京(Piya Beijing)」という名前で創刊されたぴあ北京。ご存じぴあが北京で仕掛けるエンターテイメント雑誌だ。創刊されたことは知っていたが、実は買うのはこの号(20号)が初めて。隔週刊だから、創刊されてからかれこれ5ヶ月近くになるってことか。

 内容はほぼ日本版のぴあを蹈襲し、エンターテイメント、旅、グルメなどの特集記事と、映画やコンサート、舞台公演、アートなどのピックアップ情報+2週間スケジュール。日本人にはなじみのある誌面構成だ。劇場ごとに演目が一覧表になっていて、たいへんに見やすいつくり。巻末の劇場一覧と地図もありがたい。ただし、当然ながらすべて中国語。読者はあくまで中国人だからね。


 「とにかく文字情報だけ載せりゃいいんじゃーー!文字数多けりゃ情報量も多く見えるんじゃーー!!」というこちらの情報誌と違って、このすっきりわかりやすさはどうだ!別に自分が編集してるワケでもないのに、むやみに胸をはりたくなる私。エヘンッ!

 余談になるが、中国人の文字信仰って、ホントにすごい。グラフや表にすれば一発で分かる内容を、たらたらたらたらたらたらひたすら文字で説明するのがだーいすき。文字で書かずにビジュアルや図表を多用すると、低俗になるというイメージがあるらしい。

 ちなみに、こちらの人は符号も不得手だ。エレベーターの「↑」と「↓」が判別できずに、乗り込んできてから「上?下?」と聞く人、恐ろしく多し。読むのも苦手なら、使うのも苦手らしく、大学聴講生時代に借りた同級生のノートは、誌面いっぱいに文字(しかも漢字!)がびっしり。日本の学生なら、男子学生でも「→」くらいは使いそうなものだが、こちらの学生はとにかく文字だけ。一行空けることすらせず、とにかくとにかく、先生が板書した内容を一字一句漏らさず、ひたすらひたらすらノートに書き取る。これって、丸暗記がすべてだった科挙制度の悪しき影響だよなあ。

 ・・・閑話休題。ぴあ北京に話を戻そう。

 いろいろと持ち上げてみたが、ぴあ北京に不満がないわけではない。というか、かなり、ある。

 まず、値段が高すぎ。これ、1冊10元もするのだ。正直言って、ぴあ北京の情報量は、北京で発行されている英字フリーペーパーとどっこいどっこい。読みやすさの点ではぴあに軍配が上がるが、情報の鮮度と量では英字紙の勝ち。ある程度学歴のある中国人なら、イベントチェックくらいの英語はできるはず。つまり、ぴあでチェックするような内容は、英字フリーペーパーで充分事足りる。あちらはタダ、こちらは10元!コストパフォーマンスの差は歴然だ。 

 さらに、印刷悪すぎ。10元も取る割に、印刷が美しくない。特にグルメ特集ページ。今号の鍋特集なんて、肉がまずそう、まずそう!


 これでは、せっかく載せても「ぴあでおいしそうだったので来てみましたー」というお客さんは現れそうにもない。

 エンターティメント系の新聞が2元そこそこ、『中国新聞週刊』とか『三聯生活週刊』などの週刊誌(『ニューズウィーク』みたいな感じ)が6元とか8元、コスモポリタンなどの月刊ファッション誌が15〜20元。情報量と合わせて考えると、どう頑張っても5元〜6元というのが妥当な線ではないだろうか。10元はやっぱり高すぎる!もっと思い切って売値を下げないと、中国人読者には買ってもらえないんじゃないかなあ。

 今回、私はぴあをセブン・イレブンで買ったが、ぴあ側の思惑としては「報刊亭」と呼ばれる街角のブックスタンドで売りたいと聞く。だったらなおさらのこと売値を下げないと、道行く人に気軽に買ってもらえないだろう。
 
 とは言え、実は私自身は、何号か続けて買ってみるつもりでいる。いろんなジャンルのエンターテイメント情報が、見慣れたフォーマットでコンパクトにまとまっているのは、日本人的にはやはりありがたいからだ。

 こういうスタイルのありがたさを、中国人読者も感じるかどうかがカギ・・・かな?文字信仰の中で生きてきた期間があまりに長すぎて、「すっきりわかりやすくまとまっている」ことにあまり価値を見いだしていないような気もするので・・・。編集側が「エヘンッ!」と思っていても、読者にはありがたいとも何とも思われてなくて、スカッと空振りする可能性も大だ。(こういうの、日本企業にはありがちなんでは?)

 しかしまあ、なんだ。ぴあ北京という雑誌が登場したこと自体、北京のエンターテイメントシーンが充実してきたことの証しと言えるのかもしれない。97年当時は、たまに行われるロックのライブか、映画か演劇くらしいか見る物のなかったことを考えると、まっこと感慨深い。北京でもぴあに載せるだけのイベントが催されるようになったかと、しみじみ思う。逆に言えば、ぴあ北京の冊子の薄さは、北京のイベント量がまだまだ東京に遠く遠く及ばないことの証明なんだけどね。

 なんにしても、ぴあ北京には頑張ってほしい。

 「加油!琵雅北京!」−−ガンバレ!ぴあ北京!

ふらり一人旅

2006-10-30 11:35:54
秋の週末、ふらりと旅に出た。



色づき始めた街路樹。



道行く人々。



異国情緒の漂う街角。
なんだか遠くまで来てしまったなあ。



ここでも、街はゆっくりと、秋から冬への仕度を始めている。

日差しだけは、まだ秋の名残をとどめてあたたかい。



北京。ドイツ大使館脇。三里屯北街。
ウチから徒歩20分。
週末の小さな旅・・・。

うわお!バッテン喰らっちゃったよ。
×××!

*****

 ウチの近くの三里屯大使館街は、異国情緒のただよう絶好のお散歩スポット。車の出入りも少なく、街の喧噪とは隔絶した、静かなエリアだ。休日の午後、木漏れ日の下をゆったりそぞろ歩くと、本当に気持ちいい。

 楊樹(ポプラの仲間)や銀杏の大木が茂り、カササギの声が響く。そこここに輸入食品スーパーやカフェ、レストランが店を構え、街ゆく人はほとんど欧米系の人々。まるでカナダかヨーロッパの街にでも迷い込んでしまったかのようだ。

 北京は大好きだけど、ときどきこんな静かな空間が恋しくなる。そんな時、三里屯大使館街まで出かけてみる。時には、カフェでゆっくりお茶を飲みながら、ぼーーっと考えごとにふけったり、本を読んだり。つかの間のマインド・トリップを楽しんでいる。

 まあ、ほんの1ブロック歩けば、いつものローカル北京ワールドが広がっているのだけれど。

 

午後の花嫁

2006-10-26 15:53:12
 「あいつは再婚だな」

 先日、招待されて知り合いの披露宴に参加したという中国人の友人が、こうつぶやいた。

 「なんで分かるの?」
 「披露宴が夕方始まりだったから。」
 「それでなんで再婚って分かるの?」
 「初婚なら午前中にやるからさ。」

 こちらには、結婚式の朝、新郎が娘家(花嫁の家)まで新娘、つまり花嫁を迎えにいくしきたりがある。友人などを引き連れて賑々しく花嫁の家まで出向き、「しぶる」(ポーズだけね)花嫁をなんとか納得させて連れてくるのだ。

 昔は「花轎」と呼ばれる赤い輿をしたて、花嫁は赤い布で顔を隠してお輿入れした。映画「赤いコーリャン」のお嫁入りのシーンを思い出す方もいるかもしれない。現代の「輿」は花や風船で飾られたリムジンに取って代わられ、名前も「花車」に変わった。

 花嫁は、午前中のうちに必ず披露宴会場に着かなければならないと言われている。つまり、披露宴は午前中に始まらなければならない。ただし、このしきたりは、初婚の場合のみ。二回目の結婚からは、午後であろうが夜であろうが構わない。

 何か特別な理由があるのかと思って、中国人の同僚Yさんに聞いてみた。
「どうして初婚だと午前中じゃないといけないの?」
「あら、どうしてかしらね?」
「知らないの?」
「うーん、きっと一日の始まりは朝にあるっていうし、そんな理由じゃないの?」
なんとも漠然とした答え。理由は知らないけど、とにかくそうだということしか分からないのだそうだ。

 はっきりした理由が知られていない割に、このしきたりは今でもとても根強く残っている。先日も、こんなことがあった。

 北京市内の西側に、西直門という大型立体交差がある。先日行われた大修理にあたって、市内では大々的な事前広報キャンペーンが展開された。テレビ、ラジオ等のメディアで修理の内容やスケジュール、臨時の迂回路などの情報が告知され、当日は生中継まで行われるほどの鳴り物入りの大修理。

 ある日、タクシーに乗った私は、聞くともなしに聞いていたラジオに思わず耳を引きつけられた。流れていたのは、大修理についての視聴者からの質問だった。
「立体交差修理の日、実は結婚するんです。花嫁を迎えに行くときに西直門を通るんですが、修理で間に合わないのではと心配しています。大丈夫でしょうか?」

 工事のために渋滞して、花嫁の到着が遅れてはオオゴトだ!大切な結婚式にけちを付けるわけにはいかない。慌てた新郎がかけた相談の電話に、懇切丁寧に応対するパーソナリティー。立体交差の修理工事と、結婚式の花嫁のお迎えが結びつくことだけが、とても印象に残った。

 その時は、どうして新郎があんなに真剣だったのか今ひとつピンとこなかったのだが、「花嫁は午前中に」という習慣を聞いて初めて、「ああ!」と腑に落ちた。あの花婿さん、道理で心配してたはずだ!自分の奥さんを「午後の花嫁」にしたくはないもんね。


こちらでは、レストランでの披露宴が一般的。

 上の写真は、散歩の途中で通りかかった清朝宮廷料理レストランの店先。どうやら結婚式の真っ最中らしく、中では宴会が催されている様子。このカップルが「花車」に選んだのは、フォルクスワーゲン。新郎新婦の、身の丈にあったシンプルなライフスタイルを想像させて好感度大。大きくて数の多いことがとにかく好まれる中国にあって、なかなか貴重な感性だ。

 ここを通りかかったのはお昼すぎ。その時間に宴たけなわということは、このカップルは初婚、ということですな。

晩秋の水音

2006-10-24 12:55:42
 ゴフッ、ゴフッ・・・チョロチョロ・・・ゴフッ。
 
 先週の土曜日、二日酔いの重たい頭の横で、かすかな水音を聞いた。眠りの沼の泥の底から、鈍い意識を引きずり上げる。なぜに寝室で水の音が・・・?

 ややあって、ようやく回転の鈍い頭が悟る。ああ、今日は暖気の通水テストだった。

 北京など中国北方(おおざっぱに言うと、長江以北)地域では、「暖気」と呼ばれる集中温水暖房システムがある。北京市では毎年11月15日から3月15日まで、この「暖気」サービスが各世帯に提供される。

 北京では一般の住宅は「楼房(ロウファン)」と呼ばれるビル型集合住宅。この集合住宅には、温水の通ったパイプが巡らされている。寒い年だと零下17度にもなる北京の冬の暖房を、この「暖気」が一手に引き受けている。

 暖気は一応有料。建築面積1uの値段は24元(2005年)。2LDKのお部屋だと、一冬分で1000元(だいたい1万5千円)くらいかかるらしい。ただし、我が家は家賃に含まれているので、実際いくらかかっているかは不明。

 各世帯を巡る温水暖房のパイプは、部屋ごとに蛇腹のように集中してくねった部分が設けられている。この部分、ちょうどデロンギのオイルヒーターのようになっていると言えば、ご想像いただけるだろうか。

 
我が家の暖気は板で囲われてしまっているので、デロンギ状態がはっきり分かりませんが・・・。

 「寝室のお水チョロチョロ」は、このサービス開始を前に、温水暖房用のパイプに破損箇所がないかどうかを調べるテスト。この通水テストが済んでしばらくすると、試運転が始まってなんとな〜く部屋がぬくくなり、本稼働が始まる頃にはポッカポカ。真冬でも半袖一枚で平気なくらいのあたたかさだ。

 晩秋の水音は、これから「もうすぐ暖気の季節」なシアワセの音でもあり、これから15日の本格稼働前まで、「もすこしガマン」の覚悟の音でもある。なんてったって、北京で一番寒いのは、今頃から11月15日までと、3月15日から4月だと言われるくらい。つまり暖気の稼働が始まる前と終わってからが、実際の寒さとの暖気とのエアポケットの時期にあたるから。

 ところで、私が北京をこよなく愛する理由の一つが、この暖気。暖気は24時間稼働。だからいつでもお部屋がポカポカあったか。冬の朝、ベッドから決死の覚悟で起き出す必要も、帰宅して「お〜さむ」と手をこすりこすりエアコン(もしくはストーブ、もしくはこたつ)のスイッチを入れる必要もない。

 しかも温水暖房なので、エアコンのような空気の乾燥もない。北京はもともと乾燥した気候。冬場はジーパンが半日で乾き、床に打ち水をしてもあっという間にカラカラに乾く。エアコン暖房だと空気が乾いてしまって、加湿器がいくらあっても足りない。呼吸器系が弱い人にはつらい環境だ。その点、暖気なら安心だ。

 ただし、暖気はすべての世帯を温めているわけではない。平房(ピンファン)と呼ばれる古い平屋建ての住宅は対象外。平房の暖房は石炭ストーブが中心だ。最近は、一酸化炭素中毒の危険があるのと大気汚染の元凶扱いされたのとで、だいぶ減ってはきている。

 また、最近新築されたマンションでは、自宅ボイラー式の暖房やエアコンしか備わっていないところがほとんどだ。こうした新築マンションでは、冬季の暖房費がバカにならない。さらにエアコンでは部屋が暖まりきらず、あまりの寒さに一冬エアコンを掛けっぱなしにして、莫大な額の電気代を払ったという知り合いもいる。

 我が家は、築5〜6年(くらいだろう、たぶん)の割と年季の入ったマンション。おかげで暖気の恩恵にあずかれる。というか、暖気のあることが部屋探しの条件だったのだが。
 
 ところで、温水暖房パイプを駆けめぐる温水がどこからやってくるかと言うと、「供熱廠」(廠は工場の意味)と呼ばれる大型ボイラーから。冬、暖気の供給が始まると、ボイラーの煙突からもくもくと白い煙がたなびき始める。


我が家の近くにある供熱廠の煙突。ウチのパイプを流れる温水も、ここで温められてるのかな?

 この煙も、北京の冬の風物詩のひとつ。煙のたなびく北京の冬空は、私の好きな風景でもある。

ふたりの私

2006-10-20 17:19:31
 「アガコさん、中国語しゃべってるとなんか人が変わりますね・・・。」

 ・・・やっちゃった。自覚はしていたのだ。だから気をつけてはいたのだ。中国語しゃべるとコワクなるって。

 日本からの出張者の通訳についた時のこと。タクシーの運転手さんと目的地への行き方について、ちょっとモメた。運ちゃんにはなんとか話をつけて、クライアントに向かってニッコリ微笑み、敬語もばっちり、物腰も柔らかに言ったところで、こんなコメントをいただいてしまった。

 日々、中国人と中国語でしゃべっていると、いつの間にかキツイ人間になっている。穏やかなやさしい口調でしゃべっていたら、すっかりなめられて、いつまでたっても自分の主張など通せないからだ。

 いや、「主張を通す」とうとワガママのように聞こえるかもしれないが、そんな大げさなことではない。ハンドクリームを買う、レストランの予約をする、タクシーの運ちゃんに自分の通りたい道順を伝える・・・。こんな簡単なことを「なし遂げる」だけなのに、声を荒げて強く自分を主張しなければならないのだ。

 「なし遂げる」?そう、こんな些末な出来事でも、「なし遂げる」という表現を使いたくなるくらい、実は結構骨が折れる仕事になってしまうのが、ここ中国。

 ハンドクリームを買う・・・デパート閉店間際ではあったが、まだ営業時間内。なのにレジ係がとっととレジを締めて職場を離れてしまい、おつりが出せないと言われる。一次帰国のおみやげ用漢方ハンドクリームで、私のほうは待ったなしの状況。何しろ翌日の便で帰国というギリギリのタイミング。すったもんだの末に、結局キリのいい金額分を購入させられた。おれちゃった私、情けなっ。それより何より、閉店時間前にレジ閉めるか?

 レストランの予約をする・・・個室を予約できていたはずなのに、当日昼になってエアコンが水漏れしたからホールに移ってくれと言われる。「早くからわざわざ個室を指定して予約してるのにそりゃないだろう」とごり押しし、夜まで時間があるんだから修理するよう強く要求。なんとか個室確保。

 タクシーの運ちゃんに道順を伝える・・・新米運ちゃん、しかも北京以外の出身で土地勘なし。なのに道順が分からないと正直に言わず、分かったふり。トンチンカンなところで曲がろうとしてようやく道を知らないことがバレる→私、キレる。またある時は、自分が行きたい路線をかたくなに走ろうとする運ちゃんに遭遇。しぶしぶ私の行きたい路線を走っても、「結局同じなのによ・・・」とブツブツ→私、キレる。

 はああああ。・・・そうして、私はいつしか、キツイ女へと変わっていったのだ。

 もう一つ、日々中国語を話していて気がついたことがある。それは、日本語をしゃべっている時よりも、少しだけ声のトーンを上げると、中国語がスラッとしゃべりやすい!中国語って、高い声の人向きの言語なのかしら。そう考えてみると、中国人は全体的に声が高い。女性も男性も。

 中国語を話す時は、態度も声のトーンも、「中国語」モードの私になる。でも、日本語をしゃべると声のトーンが自然と下がり、落ち着いた口調で穏やかにしゃべる「日本語モード」に切り替わる。

 ふたりの私。

チベタンマスチフの悲劇

2006-10-16 13:13:29
 中国ではここ数年、チベタンマスチフがブームだ。

 チベタンマスチフは、すべての大型犬、特にマスチフ犬の祖先と言われている。その精悍で威風堂々たる姿、迫力あふれる容貌は、大型犬愛好家の垂涎の的だ。(チベタンマスチフはこんな犬

 地元チベットでは、チベタンマスチフは“神の犬”と呼ばれ、珍重されてきた。勇猛な性格で力も強く、オオカミや虎も倒すという。ただ、主人には忠実で、人間の意図もよくくみ取る賢さも兼ね備えているため、チベットでは古くから牛や羊を放牧する際の番犬に用いられ、牧畜民の忠実なパートナーとして長く愛されてきた。

 そのチベタンマスチフが、都市のお金持ちたちに人気なのだ。

 小型犬を初めとしたペットブーム自体は、私が北京に来た97年当時からすでに兆しが見え始めていた。でも、一般市民が大型犬を飼うようになったのは、ここ数年のことだ。

 アパートの室内で大型犬を飼う「無謀」な家庭もあるにはあるが、大型犬の飼い主はたいてい犬舎をしつらえることができるような庭付きの住宅を所有している。

 大型犬のブームは、政府の提唱してきた「小康社会」(まずまずの、やや余裕のある生活のできる社会)が実現してきたことの証しでもある。

 チベタンマスチフはとても高価な犬種だ。幼犬でも数千元〜1万元(1元は約15円)、成犬になると数万〜数十万元、コンテストの入賞犬ともなると200万元というとんでもない値段で取引されたり、BMW1台と交換、なんていう話も出るくらいのブランド犬なのである。

 すっかりチベタンマスチフに夢中な中国人だが、実は私も例外ではない。昔、ムツゴロウさんの番組でその存在を知って以来、心秘かに憧れていたのだ。

 ムツゴロウさんがわざわざチベットまでこの「マスチフ犬の祖先」に会いに行く、という内容で、対面したチベタンマスチフをいとも簡単に手なずけたムツゴロウさんが本気でうらやましかったものだ。

 つい最近、その念願がかなった。あこがれのチベタンマスチフと対面したのだ。

 ご対面の舞台は、国慶節(建国記念日=10月1日)の連休を利用して訪れた北京郊外の温泉。(この温泉がまた素晴らしかったので、また改めて書きます!)

 山間の坂道を縫って温泉宿にたどり着くと、庭先に遠目にもそれと分かるほど巨大な3匹の大型犬を発見。奧の2匹が黒、手前の1匹が茶色だ。「もしや・・・?」と期待を込めて近づき、そばにいた宿のスタッフに聞いてみると、やはりチベタンマスチフだと言う。

 「近づいていっても大丈夫?」
するとスタッフは奧の2匹を指して言った。
「黒はかみ癖があるからやめといたほうがいいけど、手前のはおとなしいから大丈夫。」
「このコはなんていう名前?」
「大黄(ダーホアン)。」


これが大黄。黄色くておっきいから大黄。なんてストレートなネーミング・・・。

 もうすっかり成犬のような落ち着きを見せているが、まだ1歳だと言う。本当におとなしい性格のコで、噛まないどころか吠えもせず、人を煙たがることもなく、めちゃめちゃフレンドリー。思いっきり撫でさせてもらって、念願のチベタンマスチフとの触れ合いのひとときを満喫させてもらった。

 でもね、ちょっと高原の王者、“神の犬”と呼ばれる勇猛な孤高の犬としては、あまりに温和しすぎない?オオカミや虎をも倒すと言われた気概はどこへ行ってしまったのだ?チベット高原から空気の濃い平野に下りて、酸素まけしたのか??

 (平地にいる私たちが海抜の高いところに行くと高山病になるのと同じように、ラサなどの高地から北京のような平地に来ると、酸素が濃くて体調不良になるそうだ。ラサ在住チベット人談。)
 
 実は、チベタンマスチフが本来の「らしさ」を失っているのは、大黄に限ったことではないらしい。あまりの人気に、金儲けに目がくらんだ一部ブリーダーが雑交配に走り、市場で取引されるチベタンマスチフには純血種とは言えないものが多いのだと言う。今では、チベットですら純血種のチベタンマスチフを探すのは難しいとも聞く。

 さらに、チベタンマスチフ本来の、主人にだけ忠誠を誓い、牛や羊を外敵から守る勇猛な性格が災いして、飼い主の頭痛の種になっているケースもある。

 ペットとして飼われているにもかかわらず人になつかない、主人にだけは従順だが、その他の人には警戒心を解かない、えさを食べてくれない、かみ癖があって手が付けられない・・・などなど。

 また、犬嫌いの人にとっては、その強大な図体と強面な面構えから、恐怖の的になってしまったりもしている。中には、人を噛んで怪我をさせ、殺人犬扱いされるケースまである。

 でも、チベタンマスチフを責めることはできない。本当ならチベットの高原で、手を伸ばせば届きそうな青い空のもとで、牛や羊を追って暮らしていられたはずなのに、都会の小さな犬舎の檻に閉じこめられ、日がなうつらうつらして暮らすしかなくなってしまった彼らに、フラストレーションがたまらないはずがないではないか。

 「このコは本当におとなしくて聞き分けのいいコなのよ。」
宿の女将さんが、誇らしげに微笑みながら大黄をなでる。

 その通り。大黄はいいコだ。だからこそ、見知らぬ泊まり客の私のされるがままになって、芝生にゆったりと寝そべっている。
 
 大黄の犬舎は宿の庭の中、他の2匹は庭の外。大黄は日に数回散歩に連れて行ってもらえ、他の2匹は(手に負えないので)ほったらかし。傍目に見ても、大黄はひいきされている。
そう、いいコだから。

 でも、「いいコ」ってなんだ?

 人間の飼い主さまにとって「いいコ」になることは、果たしてチベタンマスチフにとってシアワセなんだろうか?

 大黄の優しげな、でも物憂げ瞳を見るにつけ、私はそんな想いにとらわれる。
 

怒りの煙袋斜街

2006-10-15 01:21:05
 「何撮ってんだよ!」
目の前の腰掛けに座って編み物をしていたお婆ちゃんが、いきなりすごい剣幕で怒鳴った。

 何事かと思って見てみると、お婆ちゃんが声を荒げた相手は、5〜6人の西洋人観光客。手に手にカメラを持ち、編み物をするお婆ちゃんの姿を写真に収めようとしている。古い街並みの中にとけこんだような、編み物をする老婆は、確かに古き良き北京情緒たっぷりで、思わずシャッターを切りたくなる。

 パッとフラッシュの閃光。お婆ちゃんに怒鳴られても、まだ撮るのをやめようとしない。
「どいつもこいつもパチパチパチパチやりやがって、まったく!」
お婆ちゃんの怒りはおさまらない。声を荒げて悪態をつき続けている。通りがかった西洋人観光客が私の前でこぼしていった。
「凶!」(シオン=おっかね〜)
見るからに西洋人という金髪の男が残していったその中国語は、私の耳にひどく奇異に響いた。

 ここは後海の近く、煙袋斜街。数年前までは、古くからある仕立屋さん、旅籠(ハイ、旅館というより旅籠と呼びたくなるような佇まい)、道教寺院、民家が軒を連ねる、ひなびた風情のある裏路地だった。ここを通ると、老北京(ラオベイジン)と呼ばれる古き良き北京に迷い込んでしまったようで、懐かしいような、切ないような、ほっとするような、不安なような、あったかいような、うら寂しいような、そんなノスタルジックな気分になったものだった。


夕暮れ時の煙袋斜街の入り口。ここから銀錠橋前まで、狭い路地が斜めに続いている。

 それが、後海がバースポットとして注目され始めた2003年頃から、この小さな裏路地の雰囲気もガラリと一変した。この路地のノスタルジーに目をつけた人々が、次々にカフェやバー、レストラン、ブティック、チベット小物店をオープン。ザ・北京な情緒とノスタルジー、それらとおしゃれなカフェ文化とのミスマッチな感覚がウケて、たちまち人気スポットになってしまった。昼間は中国各地からの観光客はもとより、海外からの観光客が集まり、夜には北京に住む若者たちや、在北京の外国人たちが集ってはグラスを傾ける。


様相の一変した通りの様子。

 私も含め、昔からの煙袋斜街を知る人の中には、現在の煙袋斜街の有様を嘆き、以前の姿を惜しむ人も多い。90年代初めから北京に暮らし、今は香港にいる留学仲間は、「煙袋斜街は終わったね。あそこがあんな風になった以上、私の北京への未練はもうこれできれいさっぱりなくなった。」とまで言い切る。

 ところが、他の住民が次々にカフェや雑貨店に場所を明け渡し、この路地を去っていくのに対して、いまだにこの路地でこれまでと同じように暮らしているおうちが数軒ある。煙袋斜街のちょうど中程、「もと」道教寺院の先にある数軒のお宅が、バーにもカフェにもならずに頑張っているのだ。

 この数軒の家の前だけが、昔の煙袋斜街の雰囲気を残している。そのうちの一軒は自転車修理が生業らしく、修車と書かれた看板が軒先に掲げられている。家の前には観葉植物が並び、小さな腰掛けを通りに出して、お年寄りが編み物をしたり、おしゃべりしたり、新聞を読んだりしている。


北京の街角では、軒先でおしゃべりしたり、編み物をしたりして時間を過ごす市民をよく見かけた。

 こんなに観光地化されてしまった通りで、以前通りの生活を守るのはそう容易ではないだろうに・・・ここを通りかかるたびに、私はいつもそう思っていた。でも、どうかこのままバーにもカフェにもならずに、居残り続けてほしい。私の心の中の「古き良き煙袋斜街」が消えてほしくない。そして、心の中でいつも「頑張れっ!」とそっとエールを送ってきた。

 目の前のお婆ちゃんは、未だに西洋人観光客に毒づくのをやめようとしない。きっと、ずっとずっと心にしまってきた小さな不満の火だねが、今日炎になって吹き出してしまったのだろう。

 煙袋斜街は観光地化してしまったけれど、そこで暮らす人は見せ物ではない。彼らは博物館に展示されている蝋人形ではなく、そこで日々の暮らしを営んでいる。観光客の北京旅行の思い出として写真に収まるのを、不快に思う気持ちはよく分かる。

 撮られるのが嫌なら、道ばたで編み物なんてしないで、家の中にいればいいと思う人もいるかもしれない。煙袋斜街は観光地なんだから、こんな場所でそんなことしたら、格好の被写体になるのは当然じゃないか――ああでも、彼らは煙袋斜街が観光地になってしまう前からここに住み、ここで暮らしてきたのだ。毎日、道ばたに腰掛けて、編み物をしながらおしゃべりして、そうしてゆったりと生きてきたのだ。変わってしまったのは、煙袋斜街のほうなのだ。彼らが自分たちのライフスタイルを変えるように言われる筋合いはない。

 憤懣やるかたない様子で悪態を付き続けるお婆ちゃんを前に、私は消え入りたい気分だった。こんな風に、彼らに同情しているようなことを思っていながら、実は私だって、写真は撮った。ただ、今日の西洋人観光客のようなあからさまな撮り方をしなかっただけ。街並みを撮るようなふりをして数枚シャッターを切り、その流れで通りでおしゃべりするお年寄りたちの姿を、私はカメラに収めている。それを人は、隠し撮りとか盗み撮り、と言う。

 同じじゃないか、あの観光客たちと。お婆ちゃんの怒りの矛先は、私にだって向けられている。

 「ゴメンネ、ゴメンネ。」やみくもに心の中で謝りながら、私はそそくさとお婆ちゃんの前を通りすぎた。お婆ちゃんの怒声は、まだ続いていた。

絶望する『デスパレートな妻たち』

2006-10-13 16:13:25
 11日(木)、夜9時ちょうど。リビングのテレビ前に広げたヨガマットにぺったりと座って準備万端。お目当ての番組は、NHK BS2の海外ドラマ枠で始まった『デスパレートな妻たち』のセカンドシーズンだ。(中国と日本との時差は1時間。なので9時放送開始なのだ。)

 幸いなことにBS受信ができる我が家。吹き替え版で女優さんたちの本当の声が聞けないのは残念だけど、脳みそに力を入れなくてもいい日本語吹き替えは、やっぱりありがたい。

 だって、こっちで海外ドラマを見ると、テレビなら当然ながら中国語吹き替え。DVDなら中国語字幕なのだ。日々の暮らしで中国語に困ることはほぼなくなったけれど、やはり漢字オンリーの中国語字幕は脳みそを飽和状態に導く。こみ入った話や早口だとなおさらだ。

 さて、いきなりだけど、ここで現代(?)中国語クイズ。これ、なんて言う意味でしょう?

 @絶望的主婦
 A欲望都市

    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓
    ↓

【解答】
 @デスパレートな妻たち
 Aセックス・アンド・ザ・シティ

 結構分かったのではないだろうか。(って言うか、@はハナっからばれてますね。)表意文字、漢字のおかげだ。日本人は漢字が分かるから、中国語がまったく出来なくてもある程度意味が分かる−−中国人と同じように漢字を使う日本人の強みだ。全然中国語が出来ないのに、中国人と筆談する日本人なんて、漢字文化圏以外の外国人からしたら、奇跡みたいなもんだろうな。

 さて、「絶望的主婦」である。「デスパレート」という単語の持つ「崖っぷちの、捨て鉢の、自暴自棄の、死にものぐるいの、窮余の・・・」といったニュアンスを表現したいがために、単にカタカナにするという愚策に出た邦題と違って、中国語訳のこの潔さはどうだろう!

 あれもこれもすくい上げたくてこだわりすぎ、結局のところ何も伝わらない邦題より、どれだけ実務的なことか!一番コアの部分さえ言い表されていれば、フリンジのびらびらした微妙な部分は、いっそ思い切ってスッパリ切り捨てる。これが中国語、ひいては中国人のいいところだ。

 逆に言うと、微妙なニュアンスにこだわって忠実に(特に日本語から中国語にする時!)訳すと、結果的に中国人に通じない中国語ができあがってしまうんである。だから、中国人とつきあう時に、「この細かいニュアンスが大事なんだなあ・・・」と、日本語や日本的センスにこだわりすぎるのはやめよう。こだわって苦労して表現しても、たいてい伝わらないから。

 ところで、こちらでは結構海外ドラマのDVDが気軽に手に入る。まあ、たいていは海賊版なので大きな声では言えないが、かなりのハイペースで翻訳作業が進み、あっと驚くスピードでDVDが店頭に並ぶ。細かいディテールはいいから、とにかく早くチェックしたい!!という向きには、中国はおすすめかもしれない。

 ただ、突貫工事の翻訳作業には、もちろん弊害も多い。誤訳や漏れは日常茶飯事。中国語ができるようになるのと反比例して、英語のレベルは限りなくゼロに近いほど低下してしまった私には大きなことは言えないが、中国語字幕を見ていて、「ん?なんかしっくりこないけど?この場面」と思ったら、十中八九、誤訳と思っていいだろう。

 『セックス・アンド・ザ・シティ』でも、明らかに犬の「pekinese」ペキニーズの話をしているにもかかわらず、字幕は「北京人」で通していたことがあった。当然ながら会話はちぐはぐ。

 でも、曲がりなりにも訳してあればまだいい。『めぐり合う時間たち』(中国語タイトル:時時刻刻)では、最初に買ったDVDは延々10分近くも字幕がないというオソロシイ代物だった。そこいらの英語専攻の大学生にでも訳させたのだろう。聴き取れなかったのだ、きっと。その後しばらくしてから、もう少しちゃんとした装幀のものを買い直したら、今度は全部字幕がついていた。

 誤訳までは行かなくても、海外ものDVD鑑賞につきものの悩みの種は、訳語の不統一だ。特に悩ましいのが固有名詞の不統一。「とにかく早く出す」ことが先決だから、複数の翻訳者が同時進行で翻訳したり、その時々で都合のいい翻訳者に頼んだりするから、人名も何もかもがバラバラ。しかも漢字オンリーの中国語だと、固有名詞が埋没して分かりづらいことこの上ない。

 『セックス・アンド・ザ・シティ』では、Mr.ビッグが「比格(中国語で読むとビーグー)」だったり、「大先生(先生は〜さん、つまりMr.の意味)」だったり。『デスパレートな妻たち』では、第一話ではアルファベット表記だった人名が、第二話では漢字表記になっていた。Susanは蘇珊、Marry Aliceは瑪莉・愛麗絲、Breeは布蕾・・・というように。

 それにしても、漢字の分かる日本人にとっては、中国語って字面的にイタイ。『絶望的主婦』に『欲望都市』。どんな国なんだ、アメリカ?ちなみにアメリカは中国語で「美国」なんだけど。

お池スイマー

2006-10-13 15:56:36
 ここは北京のど真ん中、後海(ホウハイ。后海と書かれることも多い)。ここ数年でにわかに注目を集める北京のウォーターフロント。レストランやバー、カフェが軒を連ね、胡同めぐりの人力車の客引きで賑わう、人気スポットだ。あ、胡同(フートン)というのは、古き良き北京情緒たっぷりの裏路地、横町のこと。

 ちなみに後海は、要人たちの住処、中南海の北に広がる北海公園のそのまた北にあるところ。北海のすぐ北にあるのが前海で、さらに北にあるのが後海だ。前海と後海とは、銀錠橋という小さな橋のところでつながっている。後海の西側には西海というお池もあって、前海、後海、西海の3つを合わせて什刹海(シーチャーハイ)とも呼ばれている。周囲に文人の故居や史跡も多く、北京きっての文教エリア。市民が水辺をそぞろ歩く憩いの場でもある。


これは前海。蓮の花が咲く季節は、午前中に来ると見事な蓮が鑑賞できる。

 カフェスポット、歴史文化エリア、余暇スペース。でもここには、もう一つの顔がある。それはフィットネスクラブだ。フィットネスクラブと言っても、メニューは一つ。スイミングである。

 中国人にはお池スイマーが多い。特に中年男性。念のために書いておくと、池の中には藻がたくさん生えていて意外に危険なのと、美観上の問題からか、お池での遊泳は禁止。でも、ここで泳ぐ男たちは後をたたない。

 お池スイマー出没スポットは、後海の北の岸辺を銀錠橋から西方向に向かってずーーっと歩っていったところ。宋慶齢記念館の手前のあたりだ。


夕陽のお池スイマー。スイマーは競泳用海パンご愛用であった。

 お池で泳ぐのは、実は一種の健康法でもあるらしい。男たちは岸辺から池の中心へと泳ぎ、しばらく泳いだ後は岸辺に上がって、持ってきたペットボトルに池の水をくみ、頭からかぶる。これがどうもカラダにいいとされているらしく、何度も、何度も、汲んではかぶり、汲んではかぶりを繰り返すのだ。

 泳ぎ疲れれば、そのまま岸辺でおとこの井戸端ならぬ池ノ端会議。海パン一丁のまま中国将棋やトランプに興じている人もいる。夕陽の中で、裸の男たちがたむろする様は、鍛錬に励む彼らには悪いがやはり異様だ。

 お池スイマーは季節を選ばない。春夏秋冬、四季を通してここで泳ぐ。もちろん、真冬には数は減るが、それでも泳ぎ続けるツワモノもいる。

 「冬泳」と言って、これも一種の健康法。私は98年の冬に、ハルビンの松花江で「冬泳ショー」なるものを見たことがある。真冬には零下20度以下にまで気温が下がる厳寒の地、ハルビン。松花江はもちろん、厚い氷に覆われる。その氷をちょうど25mプールの大きさにくり抜いて、そこで泳ぐのだ。スイマーたちはみんなお年寄り。おじいちゃん、おばあちゃんたちが、健康法としてやっているのを、観光ショー化していたのだ。ちなみに見物料は当時10元。

 後海がオッチャンお池スイマーのメッカになっているのには、もう一つ理由がある。ご存じの通り北京は内陸都市で海がなく、河川も少ない。現代と違ってフィットネスジムやプールがなかった昔の北京にあって、後海は格好の遊泳場所だった。幼い頃ここで水泳を習った思い出を持つ人も多い。中年以上のオッチャンたちにとって、「泳ぐ」イコイール「後海で泳ぐ」なのだろう。

 健康法ノスタルジー。寄る年波への抵抗と、少年時代の麗しき思い出を胸に、お池スイマーたちは今日も後海を泳ぐ。

私、飲めないんです。

2006-10-13 15:46:27
 「日本の女性はさ、“温柔”(おとなしくてやさしい)で、“賢恵”(善良でかしこい)で、“会伺候”(いろいろ世話を焼いてかしずいてくれる)だよね。いいなあ〜。」

 北京で暮らしていると、ずぼらで大酒飲みの私のようなエセ大和撫子でも、中国人男性からこんなふうに持ち上げられることがある。

 「いやあ、そんな女性はもはや“神話”になってしまいましたよ。もう日本にはそんな女性はいません。」

 口では否定しながらも、その実、心の中ではまんざらでもない。そうだろう、そうだろう。中国の女性はガサツで至Q(リーハイ=おっかない)だからな。

 がに股でガシガシ歩く。膝をガッと開いて腰掛け、背中を丸めて肘をつき、お茶碗も持たずにご飯をかっこんで犬食い。薄手のブラウスからは色物の下着が丸見え。自分の否は認めないが要求だけはしっかり通す自己主張のカタマリ。彼氏や旦那にキーキーと文句を言い、料理も家事もほとんどしない。待ち合わせに30分遅れてくるのは当たり前。食事や贅沢品は全部男持ち。男から一日電話がなければふてくされ、オフィスに毎日迎えに来ないとむくれる。(もちろん全員ではありませんよ、念のため。)

 そんな女性たちを相手に日々闘って(?)いる中国人男性の前で、テーブルにこぼれた水滴をそっと拭いたり、灰皿を取ってあげたりしようものなら!かなりの確率で、冒頭のような賛美の言葉をいただくことになる。まあそこには、男性の心理に潜む「女は男にかしずくもの」という封建的な一面が覗いている側面もあるのだけれど、そこはそれ。持ち上げられれば、正直悪い気はしない。常々中国の女性のガサツさに眉をひそめ、「ああはならないゾ!大和撫子魂は失わないゾ!」と、ちょっぴり民族的自尊心を高揚させている私の耳にも、心地よく響く。

 ところが。先日ある中国人男性と食事をした際に、目の前の女性のあまりに下品な食事ぶりに、「あの犬食いは見てられない」とこぼしたら、「どこが?」と予想外の返事が返ってきた。「足開いて、背中丸めて、みっともなくない?」と言ったら、「べつに?」とやはりつれないお返事。

 私が常々、「ガサツで女らしくない」と思っていた中国人女性の立ち居振る舞いは、中国人の男性にとっては、特に目をむくほどでもない当たり前の姿だったってこと?もしかして、私が思う「女らしさ」と、中国人が思う「女らしさ」には、隔たりがあるんだろうか。

 じゃあ、中国人が思う「女らしさ」ってどんなこと?ズバリ、一言で言えば、「人前でお酒を飲まない」。

 中国人の女性は、本当にお酒を飲まない。レストランで食事を楽しむ女性の前には、まず必ずと言っていいほど、酸棗汁(棗ジュース)、酸梅湯(北京名物の甘酸っぱいジュース)、椰汁(ココナッツジュース)、コーラ、スプライトなどのソフトドリンクか、お茶が置かれている。

 テレビドラマでの食事シーンでも、よくこんな会話が交わされる。レストランで男性がビールの瓶を片手に、
「どう、一杯。」
「私、飲めないんです。」
「まあまあ、乾杯なんだから。」
「でも・・・」
「ちょっとだけでいいから、さ。」
「じゃあ、ちょっとだけ。」
そして本当にほんの気持だけ口を付け、それを見た男が満足げに微笑むのだ。

 「私、飲めないんです」と女に言われた時の、男の満足げな表情が、私には気になってしかたがない。飲めない女に、自分が我を通して少し飲ませたのだ=俺の思いのままになる女、という男的得意げな匂いが鼻につく。

 仕事帰りに立ち飲み屋で大ジョッキ片手に「カンパーイ」、焼酎バーで「やっぱ芋だわ」などとうそぶく日本のOLたちと比べると、この「私、飲めないんです」はなかなか新鮮な響きだ。「私、飲めないんです」は、中国の女性にとって女らしさやしとやかさをアピールする魔法のコトバなのか?

 けれど実際には、中国の女性たちがホントにお酒が飲めないワケじゃないみたい。その証拠に、先日ある日系企業の駐在員Gさんと飲んだ際に、こんな話を聞いた。

 Gさんの会社で、中国企業を接待したある晩のこと。中国企業の接待では、当然ながら酒が入る。北京で酒と言えば「白酒(バイチュウ)」。低くてもアルコール度数30度、高いものだと50度以上という強烈な酒。おまけに独特の匂い(グラッパをもっと臭くしたよう)が鼻について、酒好きの中にも「白酒だけはちょっと・・・」という御仁が多い。

 北京で働く日本人駐在員たちは、この白酒をしこたま飲まされるのがお決まりだ。中国企業接待における一種の「儀式」のようなものだ。でも、現地社員である中国人の女性には、「私、飲めないんです」が許されている。女性はお酒が飲めないもの、という通念があるからだろうか。

 宴もたけなわ、日本人駐在員がへべれけになって座も盛り上がってきた頃、普段は一滴もアルコールを口にしない、「私、飲めないんです」な女性が、突然立ち上がって、
「私、今日は飲みます!」
と言い放つや、白酒をグラスできゅいいーーっと一気に飲み干した。周りはやんややんやの喝采だ。普段は飲まない中国人女性が「飲みます宣言」をした上での、ここ一発の豪快な飲みっぷり。その印象の強烈さに、それまで慣れない白酒に胃を焼きながら懸命にがんばっていた日本人男性の姿など、いっぺんに吹き飛んでしまったという。

 そう。中国人女性は、実は結構、イケル口なのでは?ただ、「女性はアルコールが飲めない、または人前で飲まない」という、「中国人的女らしさ」の枠に入ったふりをしているだけなのではないだろうか。もちろん、本当に飲めない人もいるだろう。でも、もしこの「女は飲め(ま)ない」という観念がなかったら、飲める女性はもっと多いに違いないと、私はふんだ。

 そんな中国の女性からしてみれば、「飲めないんです」と恥じらうこともなく、嬉々としてビールや焼酎を飲みまくる私など、女の風上にも置けないガサツな存在ということになるのかもしれない。「ああはなりたくないものね」などと、陰口を叩かれていたりして。
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