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北京。生活のものさし。

北京で暮らす。
異邦人としてこの街を見つめる私のものさしは、
日本人と中国人の間を、あっちに寄ったり、こっちに寄ったり。
アガコのものさしで見つめる、北京の生活日記です。

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干し芋と夫婦ゲンカ
日曜日、あるアーティストを訪ねて宋庄へ。
民家を改装したアトリエにお邪魔して、いろいろと話を聞きました。



母屋の窓際で、アーティスト自らいれてくれるプーアール茶。


窓に貼られた「福」の字の切り絵、
無造作に置かれた観葉植物の鉢植え、
テーブル代わりに使っている横倒しにした石柱、
そしてその上にぽいと放り投げたように置いてある煙草の箱・・・



なんとも風情あふれるアトリエでした。

にこやかにプーアール茶を注いでくれながら、
アーティスト氏が奥に向かって大声をあげました。

「おい!お客さんがいるのに出てこないとはなんだ!」

そしてこちらに向かって小声でささやきました。

「実は今かみさんとケンカ中で・・・」

言うやいなや、また奥へと声を張り上げます。

「家庭内のことを、公の場に持ち込むもんじゃない!」

言いながら、目は笑っています。

「実はゆうべ飲み過ぎちゃって・・・
 かみさんから怒られて叩かれちゃったよ。」

どうやら、ケンカの原因は奥様が旦那様の健康を気遣ってのことのようでした。

しばらくして、奥さんが気の進まない様子で応接スペースにやって来ました。
一応旦那様のメンツを立てて出来ててはみたものの、
やっぱりご機嫌は優れない様子。
ちょっと挨拶しただけで、何も言わずにその場に立っています。

ご夫妻は親子ほども年の離れたカップル。
夫婦ゲンカもぐっと飲み込んで外向けに快活に振る舞うほど
奥様のほうはまだ世慣れていないようです。

「おい、何ぼーっとしてるんだ。
 干し芋があっただろう。あれを持ってきてくれよ。」

アーティスト氏が奥さんを急かすように言いました。

「自分たちで作った干し芋だよ。
 暖気の上に乗っけてね、乾燥させたんだ。
 すごく甘いよ。」

こちらに向かって瞳を輝かせながら説明した後で、
「ほら、早く!」
とまた奥さんを急かします。

奥さんはしぶしぶ家の奥へと向かい、
戻ってくるとだまって私の前に干し芋を差し出しました。



「どうぞどうぞ!さあ、食べて!」

アーティスト氏に勧められるままに一口かじると、
嫌みのない自然な甘さが口の中に広がりました。

「甘い!」

思わず口にすると、アーティスト氏が嬉しそうに頷きます。

「100%天然だからね。」

その横で、奥さんはまだぶすっとした表情を崩しません。

しっかり干されて引き締まった干し芋をかじりながら、
私は心の中で「ごちそうさま」と言いました。

夫婦ゲンカは犬も食わないと言います。
私が食べるのは干し芋だけにしておきましょう。

2008年3月31日(月) 21:59 [ 北京より ]
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もうすぐ春節
ご訪問くださっているみなさま、大変おひさしぶりです。
食べ歩きにかまけて、すっかりこちらのブログをほったらかしにしてしまいました。

そうこうしている間に西暦の新年を迎え、
もうすぐ旧正月の新年も迫ってきています。

今度の旧正月(中国語では春節)は、2月7日。
街でもぼちぼちお正月を迎える準備が始まっています。



南のほうでは、記録的な大雪と寒波で交通機関が麻痺状態、
さらには発電用石炭不足で電力供給もピンチ。
「春運」と呼ばれる春節(旧正月)帰省の民族大移動を前に、
国の危機感も高まっているようで、
今朝などは中央テレビで看板キャスターを起用して
「大雪を迎え撃つ」と題された特番を放送していました。

オリンピック開催を前にして、
最後の踏ん張りどころといったところでしょうか。
首相自らが大雪で亡くなった方のご遺族を慰問したり、
「国は国民を思いやっている」、
「この事態を打開するために精一杯やっている」
をアピールするのに躍起です。

ところで、北京はと言えば、
南方の大雪がウソのようなカラカラ天気。
大雪どころか、小雪すら舞わない乾燥した陽気が続いています。
降ってほしくないところには大盤振る舞いし、
降ってほしいところにはまったく降らせず、
お天道様は、なかなか意地悪なようです。

先日、王府井あたりから美術館までぷらぷらと歩いた際に、
街路樹が枝先に芽をしっかりとつけているのを発見しました。



寒く冷たい冬の間、木々はこうして黙って春を待っているのですね。



寒さの峠を越すまであと少し。
立春、春節を過ぎれば、北京にも春の気配がやってきます。
2008年1月30日(水) 12:07 [ 北京より ]
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猫博会場
ある日曜の夕方のこと。
大使館街をガシガシとウォーキングしていたら、
おまんじゅうのように身体を丸めた猫発見。



そのまま視線を遠くにずらしていくと・・・
野良猫大集合!



まるで品評会みたい。
ちょっとみなさんくたびれてますが。

ちなみに中国語で野良猫は流浪猫(りうらんまお)と言う。

一定間隔を保って横一列に並んでいるところなんか、
猫どうしの関係が見えるようで面白い。

最近北京でも野良猫が増えた。
「食べちゃうからいないの?」なんてことを聞いてくる友人もいるけど、
北京では猫を食べるという話はあまり聞かない。
犬は結構食べるけどね。

この日はこの場所が日だまりになっていた訳でもないので、
あったかいから集まっているというのでもないらしい。

大使館員か誰かがエサをあげるのかな?

柵の中が安全圏になってるのかな?


2007年11月29日(木) 15:54 [ 北京より ]
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日中合作。秋のお茶会。
大変!
今日は立冬!

ぐずぐずしてたら暦の上では冬に入ってしまった。
あわてて秋の話題をエントリー。

*****

月に一度、中国茶のお茶会に参加している。
中華圏への赴任を繰り返している間に
中国茶にはまってしまった大学の先輩が
毎月ご自宅で開いているお茶会だ。

いろんなお茶が飲めて、
しかも休日の午後にゆったりおしゃべりが楽しめるので、
特別な用事のない限り参加させていただいている。

【この日飲んだお茶】
白牡丹(白茶)、
径山茶(緑茶)、
鉄観音(青茶、春茶と秋茶)
肉桂(青茶)、
肉桂(+鉄観音)ブレンド(青茶-中国茶葉公司)、
太平猴魅(緑茶)、
珠露茶(台湾の青茶)、
プーアール茶(黒茶)

ちょっと遅刻して白牡丹を飲み損ねたのは残念だったけれど、
今回もいろいろと味見をさせていただいて大満足だった。

お茶は中国茶のオンパレードだけれど、
お茶請けは和菓子が勢揃いした。

黒蜜掛けのくずきり、
あずきのツブツブ感たっぷりの水ようかん、
そしてなんと和三盆の打ち菓子まで登場。



和三盆は、栗やきのこ、ススキに雁、そして紅葉などなど、
秋らしいモチーフがいっぱい。

嗚呼、日本って素晴らしい。
心の底からそう思う。



中国茶と和三盆。
日中合作なお茶会の午後だった。


2007年11月8日(木) 12:05 [ 北京より ]
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天安門点景
もう一ヶ月以上も前になるけれど、
好きな写真があってアップしておきたかったので、
時季はずれを承知でエントリー。

10月1日、建国記念日の夕方に、天安門に行ってきた。



毎年建国記念日のお休みになると、
天安門は様々なテーマで飾り付けられた築山とイリュミネーションで彩られ、
たくさんの観光客が詰めかける。
それは今年も同様。



ムギュムギュと人波に飲まれそうになりながら
地下歩道を渡り天安門広場に出てみれば、
あちらもこちらも人の山、山、山。


中国の特色ある社会主義の偉大な道の途中で休む人々。


地方から北京観光に来たらしいご夫婦、
精一杯おめかしした女の子、
父親に肩車されて得意げな男の子、
学生どうしのグループ、そして恋人たち・・・
人々の顔がとても華やいでいたのが印象的だった。


地方から出てきたらしい親子。ぼく、お腹減っちゃったのね。


国の誕生日に、国の誕生が宣言された場所に来るのは、
やっぱり晴れがましい気持ちになるものなのだろうなあ。


噴水も大盤振る舞い。地方の水不足なんて知らない知らない。


日本の建国記念日なんて、紀元節だもんなあ。
実感ないし。
こんな風に、国民をあげてお祝いムードに浸るのが、
ちょっとうらやましい気持ちもしたのだった。

2007年11月7日(水) 13:30 [ 北京より ]
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早春のかわず
友人から、蛙の置物をもらった。



茶盤の上に置いてお湯やお茶をかける、中国茶のお伴。
茶渋がついて、光沢が出て、だんだん風合いの出てくるのを楽しむ。

友人がこの蛙をくれたのには、いわれがある。
時は2005年の早春に遡る。

当時、私は日本にいた。
母の介護のための帰国−−そう言えば聞こえはいいが、
要は定職もなくぶらぶらしている家事手伝いみたいなものだった。

私に与えられた仕事と言えば、
三ヶ月に一度抗ガン剤治療のために入院する母の付き添いと、
毎日打たなければならないインスリンや薬の管理、
食後のマッサージ、
細々した身の回りの世話と雑用、
それから昔話の相手になるくらいのものだ。
後は庭の草むしりとか、義妹の食事の支度や片付けの手伝い、
姪や甥の遊び相手が日課だった。

「三十代後半にして仕事を捨て母親の看病のために一も二もなく帰国した」
と書けばたいそう親孝行な娘だが、
内心はこのまま社会から置き去りにされて朽ちてしまうのではないか
という恐怖心と常に隣り合わせの毎日だった。
自分がこの先どうなってしまうのか、切実に不安だった。
忸怩たる思いだった。

そんな時、時折中国から電話をかけて励ましてくれた友人がいた。
すっかりしゃべる機会がなくなってしまった中国語で話せるのも嬉しかったが、
何よりも嬉しかったのは、
心おきなくいろんなことを話せて、それをじっくり聞いてもらえることだった。

ある早春の日の午後に電話を受けたのは、
ウォーキングがてら近所の田んぼ道を散歩している時だった。
私は歩くのをやめ、あぜ道にしゃがみ込んだ。
ちょうど用水路脇のポンプ小屋が目の前にあった。

早春とはいえ芽吹きの季節にはまだほど遠く、
あぜ道で踏みしだかれた草もまだ冬枯れの色を残していた。
冷たい風に春の香りをかぐにはまだ早い。
歩くのをやめた私の身体は急速に冷えていく。
私は上着の身ごろをかき合わせるようにして小さく丸くなった。
ポンプ小屋がちょうどいい風よけになった。
携帯電話で話しながら、
私はポンプ脇のやわらかく湿った地面を見るともなしに見つめていた。

すると、そこに何か動くものがある。
ゴソゴソと枯れ草をかすかに鳴らして動き始めたそれは、
ゆっくりと私のほうに移動してきた。
私の前に姿を現したのは、焦げ茶色のぼってりした物体。
ガマガエルであった。



冬眠から醒めたばかりらしい。
まだ季節にはまだ早いというのに、
私が電話で話す声がうるさくて起こしてしまったのだろうか。



ガマガエルはのそのそと歩き始め、
私の前をあわてるでもなく、怖がるでもなく、
ゆっくりと過ぎていく。
カサコソと枯れ草が音を立てた。
のそりのそりと鈍重に歩いていったガマガエルは、
用水路までたどり着くと、
それまでの重たげな足取りがウソのように
俊敏に大地を蹴って水に飛び込んだ。
用水路の水がポチャンと音を立てた。



「今ね、ガマガエルが冬眠から醒めたよ!
 私の前を歩いて用水路に飛び込んでいったよ!」

私が興奮して電話口で告げると、友人は言った。

「それはね、きっといいことが起こる前触れに違いないよ。」

その年の初夏に、母は逝った。
私はほぼ二年にわたった介護生活を終えてその秋口には北京に戻った。
そして北京での仕事に復帰した。

母が逝ったことが「いいこと」だったと思っている訳ではない。
でも、それがなければ今の私の生活はない。

あのガマガエルは新しいことが始まることの前触れだったのだと、
今では思っている。

ガマガエルの覚醒をともに体験した友人は、
そうしてこの蛙の置物を私に贈ってくれた。

あの早春の蛙を、私も友人も忘れられずにいる。

2007年11月5日(月) 16:08 [ つれづれ ]
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ためしてみる?

このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を貴方にもたらすでしょう。


約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たったの3分ですから、ためす価値ありです。

まず、ペンと、紙をご用意下さい。先を読むと、願い事が叶わなくなります。




1)まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。




2)1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞれお書き下さい。




3)3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味のある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同性の名前をかく)



必ず、1行ずつ進んで下さい。先を読むと、なにもかもなくなります。




4)4、5、6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。



まだ、先を見てはいけませんよ!!

8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。




5)最後にお願い事をして下さい。




さて、ゲームの解説です。


1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。


2)3番に書いた人は、貴方の愛する人です。


3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。


4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。


5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。


6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。


7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。


8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。


9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。


10)そして11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。


これを読んでから、1時間以内にブログに貼り付けなさい。


そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。
もし、送らなければ、願い事と逆のことが起こるでしょう。
とても奇妙ですが、当たってませんか?

******

当たってたんですよ。
そりゃもうそれこそ奇妙なくらい。

なのでブログにアップしてみます。
普通はこういうの、アップしないんですけどね。

ちなみに私の人生を表す歌は、「秘密」(byスガシカオ)でした。
そんな人生かい・・・

2007年11月5日(月) 12:35 [ つれづれ ]
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歳の先取り
先日、お風呂上がりに体重計に乗ろうとして操作を間違い、
「ピピッ」
という電子音とともに年齢の設定が二つ進んでしまった。

二歳も年齢を先取りしてしまった。



実は、この体重計で歳の先取りをするのはこれが二回目だ。

40歳まであと数ヶ月の時にも、
同じように「ピッ」と一足先に40になってしまったのだ。
その時は、
「ま、いっか。このまま放っておけばホントに40になるんだし。」
とそのままにしておき、
数ヶ月後にめでたく40歳を迎えて実年齢と入力データの同期が取れた。


これは40歳の誕生日にやった「白波タワー」。芋焼酎だぜ。

今度の誤差は二年。

体重計上の42歳に追いつくまでに、私はどんな歳月を実際に刻むんだろう。

「ピピッ」と瞬く間に過ぎたデータ上の二年間を、
体重を量るたびにしばし見つめてしまうのだった。



2007年10月10日(水) 17:11 [ つれづれ ]
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ピナ・バウシュ、北京公演
20日、ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踏団の公演を観に、
天橋劇場まで行ってきた。

ピナ・バウシュというダンサー・女流振付家に、
もう長いこと憧れてきた。
私が「ああ、煙草を吸う姿が美しいなあ」と思う唯一の女性でもある。

演目は『カフェ・ミュラー』と『春の祭典』。
ピナ・バウシュの代表作品だ。

▼ピナ・バウシュと二作品について:
http://www1.ocn.ne.jp/~ncc/pina06/program.html

『カフェ・ミュラー』は、ピナが少女時代に見たカフェの光景を再現した
短いドラマのようなダンス作品。

舞台いっぱいにセッティングされたカフェのテーブルや椅子の間を
取り憑かれたように踊る白いドレスの女。

その女がぶつからないように動線を読んで猛烈な勢いで走り、
テーブルや椅子をなぎ倒してスペースを作り続ける男。

女と愛し合いながらも苦しむ男。

それらを端から観客のように見ることしかできないもう一人の女。

そして繰り広げられるドラマとは完全に別世界で、
誰とも関わり合うこともなく一人黙々と静かに踊り続ける
もうひとりの白いドレスの女。

(ピナ自身が踊る!もう60歳を超えているのに!
 その姿はまるで少女のように可憐で愛らしかったです。)

カフェには人生の喜びも、哀しみも、
それに喜びとも哀しみともつかない混沌としたものまでが、
濃密に凝縮されてそこにある。
・・・そんなことを静かに思った。

私はこのカフェにいる人々のうちの、誰にあたるんだろう。
私の前で必死に椅子やテーブルをなぎ倒し
私の行く道を作り続けている人がいるんだろうか。

それとも、私が誰かの道を作っているんだろうか。

それともそれとも、赤いハイヒールでちょこちょこと歩き回りながら、
どのドラマにも介入しないあの女が私?

それともそれとも、誰にも触れ合わず、
一人カフェの隅で寡黙に踊り続けるあの盲目の少女?

そして『春の祭典』。
生け贄をモチーフにしたストラヴィンスキーの楽曲に、
ピナが振り付けをほどこした作品だ。

『カフェ・ミュラー』上演後の舞台は、
幕間でも緞帳が下がらず
観客が見つめる中で舞台上に春の大地が再現されていく。

そう、春の芽吹きの頃のようなやわらかいしっとりした土が
舞台いっぱいに敷き詰められていくのだ。

この舞台転換自体が、一つのスペクタクル。
観客は知らず知らずのうちに春の生け贄の儀式に誘われていく。

ダンサーたちは、この土の上で踊る。
裸足で土を踏みしめ、蹴り、大地の上に横たわり、転がり・・・
汗をほとばしらせるダンサーの顔や身体は、
次第に土にまみれて汚れていく。

「大地の上で生きていく、それはまさにこういうことなのだ」
私の心の中の泉の底の底のその奥底まで、
そんな気づきがゆっくりと落ちていった。

自然の脅威の中で生きる人間たちは、
最後には一人の少女を生け贄として選び出し
集団の無言の暴力が彼女を追いつめていく。

・・・衝撃だった。
作品が始まってすぐに、涙が流れ始めた。
そしてその涙はずっと止まらなかった。

私は群舞が好きだ。
それも、大勢のダンサーが同じ振り付けで踊るのが好きだ。

30人以上のダンサーたちが、
しかも土を踏みしめながら踊るその圧倒的な迫力に、
私はただただ打ちのめされたようになって、
ひたすらひたすら涙を流し続けた。

それは本当に、
心の泉が後から後からあふれ出てくるかのような、
止めどない涙だった。

大地に生きる人間たちと生け贄の残酷さを扱った作品自体は
そう珍しいものではない。

事実、以前通訳でついた上海歌舞団の黄豆豆も、
横浜のコンテンポラリー・ダンスのフェスティバル参加時に
同じような題材で作品を創作している。

黄豆豆の作品が、叙事性にこだわって
主題の掘り下げが表面的なレベルにとどまったのに対して、
ピナの作品には二重三重の厚みが感じられた。

一度主題を解体し、咀嚼し、消化し、
じっくりと自分の中に取り込んでから
再びそれを構成し具現化しているのだと思う。

プリミティブで、土俗的で、暴力的で、残酷で、
力強くて、躍動的で、エロティックで、そしてスリリング。

人間の鼓動とも、生け贄の儀式の太鼓の音とも、
大地自体が刻む鼓動ともとれるような
太く力強いリズムに乗って、
ダンサーたちは猛烈なパワーを弾け飛ばしながら踊り続ける。
汗をほとばしらせ、息を弾ませ、
苦しみとも興奮ともつかぬ声を発しながら。

女性ダンサーの衣装は次第に汗に濡れて透け通り、
乳房があらわになっていく。

女性たちはまるでそれを誇示するかのように胸を前に突きだし、
そして乳房を揺らしながら大地の上を縦横無尽に走り回る。

男性ダンサーたちは力強いリズムでステップを刻みながら、
力強く、扇情的で、挑発的な波動を女たちに投げかる。

ついに女たちは男たちに駆け寄り、その胸に抱き取られ、
そして高く掲げ揚げられるのだ。

繰り返されるその営みの、グロテスクにして美しいこと!

それは季節が春に移り変わる大地の営みであると同時に、
初潮を迎え女性として開花し成熟していく通過儀礼でもある。

春の訪れは命が求める切実な歓びであり、
同時にその歓びとひきかえの鋭い痛みを伴うものなのだ。

土の上に広げられた赤い布は、
初潮や性的なものの象徴であるかのように、
観客の視覚に強いインパクトを与える。

自然や聖なるものに対する絶対的な恐れの中でも
繰り返さずにはいられない、
人間くさく泥臭い行為が放つ圧倒的な説得力、
血と性愛とが持つ原始的な力、
そしてそれに対してふつふつと沸いてくる抗いがたい共感。

劇場を出てからも、口を開けば涙がこぼれそうで
私はしばらく黙って夜道を歩いたのだった。

▼公演は23日までです。北京にいらっしゃる方はぜひ!
http://www.piao88.com/htmdoc/showinfo.asp?id=1494


2007年9月21日(金) 23:30 [ つれづれ ]
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北京の斜塔
ウォーキングがてら会社帰りにガシガシと歩いていたら、
目の前のビル群の間から傾いた建造物が・・・



ピサの斜塔ならぬ、北京の斜塔。
でもこれ、時間がたって傾いちゃったんではなくて、
最初から傾いている。

国有テレビ放送局、中央テレビの新本社ビルだ。



この二本の斜めの建築物が上でつながるんだそうな。
水平方向に伸びる梁のようなパーツが、二つの塔を結ぶらしい。

ゆがんだ新凱旋門?
ロの字を上から力を加えてゆがませたような形?
まるでエッシャーのだまし絵みたいだ。

地元北京では、
「大歪椅」(歪んだ大きな椅子)なんていう別称もついたようで・・・

果たしてこの椅子、ちゃんと背もたれがつくのかなあ。
クレーン落下事故が起きたなんていう話も聞くし、人ごとながら心配だ。

そして、完成した後の私の平衡感覚のほうも心配だ。
2007年8月31日(金) 17:13 [ 北京より ]
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