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イルカ的*日米*ナチュラル生活 by ミキマリ

 野生のイルカと泳ぐプログラムを続けて17年。
7年のアメリカ生活〜日本浦島生活を、子育て中心に自然・環境・食べ物などなど、日米比較しつつのテキトー日記。

9・11に思うこと
10年前の今日、9/11、私はバハマ洋上にいました。

バハマに生息する「野生のイルカと泳ぐクルーズ」のために、30人近くが寝泊まりできるボートをチャーターして、1週間まるまるバハマの海で過ごし、イルカが船のそばに来たら海に入って一緒に泳ぐプログラムを主催していたのです。

あの日は早朝からものすごい稲妻が空を切り裂き、バケツをひっくり返したようなどしゃぶり。
いつもは真っ青な空、真っ青な海と、360度明るいブルーの世界なのに、あの日はそれまでバハマでは見たことのない、暗く重い空。
まるで、世界が喪に服しているかのように。

10年前の9/11は火曜日だったのだけど、その2日間の日曜日から全くイルカを見かけなかった。
まあ、野生だし、今までも1〜2日全くイルカを見ないこともあったけど、9/11の火曜日も全く見ず、翌日水曜日も...。

初日の土曜日にイルカと会えて、たくさん泳げたとは言え、木曜日の夕方にはバハマを出てフロリダの港に戻らなければいけない。
キャプテンは必死に船を走らせてイルカを探してくれたけど、それでも背ビレひとつ見ることもなく夕方になってしまいました。

出発のために船のエンジンが加速し、マイアミへ向かって船が走り出す。

みんな、
「こういうこともあるんだな。自然相手だもの、仕方ないよね」
と思いながら、天気も回復してまた青く美しいバハマの空と海に心の中でさよならを言いながら、デッキに立って水平線を眺めていました。

すると...
船が走り出して5分も経つか経たないかの頃、50〜60頭のイルカたちが四方八方から船に向かって集まってきた!

バハマでフレンドリーに泳いでくれるマダライルカと、近寄っては来るけどさほどフレンドリーではないハンドウイルカの両方がいる!

私たちの船を取り囲んでジャンプしながら船に着いて泳ぐたくさんのイルカたちを見ながら、私はまるで映画のラストシーンのような展開に呆然とするばかり。

しばらくイルカのジャンプを眺めたあと、船をとめてみんなで海に入ってみる。
日本からの参加者20数人と、5人くらいのアメリカ人クルー、総勢30名近くの人間のあいだを60頭くらいのイルカたちが入れ変わり立ち替わり泳いでる。

同じ哺乳類とは言え、陸の生きものである私たち人間と、海の生きものであるイルカ。
そして、日本人とアメリカ人、マダライルカとハンドウイルカ。

バハマの青い海で一緒に泳いでいるその瞬間、そこに、「違い」というものは存在していないのです。
みんな、ひとつに溶け合って喜びの中で同じ時間を共有しているのです。

それは、2日前にニューヨークで起こった出来事、「憎しみ」「争い」「殺戮」とは全く正反対のものでした。

「こんな経験をしたことには、絶対に大きな意味がある。なにか自分にすべきことがあるんだ」と思ったのに、その後子供のが生まれたこともあり、何もしないままアッと言う間に10年が経ってしまいました。

子育てを中心に生きてきたこの10年。
アメリカで5年、日本で5年過ごしたこの10年。

様々な自分の経験を通して、やっと私がこれから実現したいことがクリアーになってきたところ。

近くに住む仲間と野菜を作る畑を持ち、そこにみんなで集まることができる建物がある

その土地の年配の方々から、風習や季節の行事を習い、子供と一緒に体験し、文化・伝統を体にしみこませる。
週末や夏休みなどには、遠くから来る人たちにも参加してもらえる場にして、そこを拠点に海や山への自然体験プログラムも行いたい。

都会の人、地元の人、大人、子供、そして外国人と日本人が一緒に畑で汗を流し、豊かな自然を体験し、交流できる場。
これは、10年前の今日、バハマの海でした「"違い”を超えて一つに溶け合う体験」を、生活の中で実現する場。

大それたことではなく、毎日の生活の中で、あの10年前のバハマで経験したことを生かし、実現したいと思う。

こういう場所を作り、同じ価値観を持つ人たちと畑を中心にコミュニティーのある暮らしをする。
そして、同じような国内外のコミュニティーのネットワークを作り、物々交換・情報交換、体験留学などをしたい。

これから先、日本国内で放射能汚染されていない本当に安全で信頼できる食べ物を手に入れるのはどんどん困難になるでしょう。

今回の原発事故を通して、「マス・システム」の中で生きることから、「食べ物もエネルギーも自立・自給」へシフトしたいと強く思います。

大手企業が効率重視の工場で作った加工食品を、マスメディアを使って宣伝し、大手スーパーで売る。
効率重視で化学肥料を使い、農薬を使い、JAや卸しが作った生産者よりも大きな利益を得る野菜や果物を、ただ「値段が安いから」と選ぶ。

そういう消費スタイルから、「本当に信頼できる人が、信頼できる方法で作った野菜、獲った魚を直接買いたい」と思うのです。

そういう人たちで強いネットワークを作る。
国内、海外に、そういう人たちの強くゆるぎないネットワークが蜘蛛の巣のように張りめぐらされたら、自然に企業や政治も変わらざるを得なくなるのではないか...と期待もしています。

いろいろと思うこと、やらなければいけないと思うことなどはたくさんあるのだけど、ありすぎてどう手をつけて良いのかわからなくなるので、とりあえず、一番強い思いのある「畑コミュニティー生活」を実現すべく「建物付き畑」探しをスタートします!

良き場所と、良き出会いがありますように。

2011年9月11日(日) 21:52 [ 震災・東電原発事故 ]
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御蔵島日記〜 DAY7
午前中に海へ。

今日も風波・潮波でボートで海を走るとボートはバンバンはたき、
波しぶきかぶりまくり。
でも、今のコースには子供がいなくて大人ばかりなので多少気が楽です。

今日も、昨日と同じ場所で同じ状況のイルカの群れにあいました。
海底の砂で体をスリスリしたり、砂に空気を吹きかけたり、イルカ同士で体を噛みあって遊んでいたり...

今日も人間とも一緒に泳いでくれたけど、最初は他に2隻しかボートがいなかったのに、あれよあれよと他のボートが集まってきて、どんどん泳いでいる人間の数が増殖してゆく...

そのうち三宅の大きな船の大きなエンジン音も聞こえてきて、大きな船からも人間がいっぱい入ってくる。たぶん、水面にはあ60〜70人の人間が泳いでたんじゃないかな。
それでもイルカは深い海底で自分たちで遊んでは、ときどき上に上がってきて人間と遊ぶ、というマイペースを保っていました。たいしたものだ。

「ボートが集まってイルカを取り囲んでいる所にはいたくない」と、静かな所へ移動して、そこでイルカと会って泳いでいると、
あっという間に他のボートが集まってきて、結局ボート大集合に...(^_^;)


お昼は食堂「やまや」さんでお昼ご飯とかき氷
海を見ながら、御蔵の湧水で作った絶品のかき氷に今年も感動。

午後は、山へハイキング
私も参加者のみんなと一緒に行きたかったけど、一度に山に行ける人数制限が7名までだったので私は宿でお留守番になりました。
みんなは御代が池へ。
山の上は雲がかかって真っ白だったようですが、それはそれで幻想的で「ミスト浴」のようだったとか。
ガイドさんの詳しい説明(マシンガントークだったらしい...)も面白かったようだし、みんな、深い御蔵の森のエネルギーを感じて帰って来ました
2011年8月17日(水) 22:41 [ イルカ・海 ]
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御蔵島日記〜 DAY6
ずっと日記書けてないまま、御蔵島での楽しい日々は過ぎております(^_^;)
なんかね、島でイルカと泳いで暮らしているとPCに向かう時間を減らしたくなってしまうんですね...

今日はAコースのみんなが帰り、Bコースの方々が無事到着。
Aコースはちびっ子が4人もいて賑やかだったので、急に静かになって​ちょっと寂しいくらい。

午後からイルカに行きましたが、底が砂地の所でイルカたちが砂を​つついたり、イルカ同士で遊んでいました。
魚を獲っていたわけではないようなので、砂で遊んでただけなのかよくわからないけど、小さなエイを追いかけたり、イルカどうして体を軽く噛んだり、胸ビレでスリスリし合ったり、じゃれて遊んでるような感じ。
若い子供のイルカは特に好奇心が旺盛で、私たち人間の間を活発に泳ぎまわっていました。
大人のイルカたちは、底の砂地で遊んでは人間と一緒にゆっくり泳ぎ、またイルカ同士で遊ぶ...
という感じで、延々30分くらい泳いでいたと思います。

船頭さんは、今回初めて来た人に
「これが普通だと思わないでよ〜​」
と念を押してました(^_^;)

でも、こういう時に限ってカメラ持って入るの忘れてるんだよね.​..(涙)

夕陽もきれいだったし、今夜は満月。
夜は月光浴しようと外に出たけど、けっこう雲が空を覆っていて、しかも風があってすごいスピードで雲が流れてる。

流れる雲の隙間に、ときおりまん丸いお月さまが煌々と姿を表す、幻想的な夜の世界。

海を照らすのではなく、私の頭上で雲の上の空が明るいくらいの光を放っていました。

前に山、上に満月、後ろは海...
ただ、立ち尽くすだけの私、でした。
2011年8月13日(土) 23:51 [ イルカ・海 ]
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御蔵島日記〜 DAY 1
昨夜の船で竹芝を出て、今朝、無事に御蔵島に到着。

いえ、無事 「着岸」。


昨日・一昨日ともに台風10号のうねりの影響で客船は欠航になっていて、昨夜の船も「御蔵島には着岸できないかもしれないという条件付き」

でも、条件付きは毎度のことだし、昨日・一昨日〜今日の状況を聞くにつけ、
「明日の朝は、たぶん大丈夫だろう」とふんで、予定通りに出発。

デルフィネスのプログラムは11日〜スタートですが、その前に夫・娘・お友達家族2家族と一緒に「御蔵島で夏休み」というわけなのです

今回、一緒に来ているお友達家族は御蔵島に来るのもイルカと泳ぐのも初めて。
高校生の女の子2人・小学生の女の2人=合計4人の女性 + 親
という構成ですが、竹芝から大きな船に7時間も揺られて小さな島に行くだけでも、
子供にとってはワクワク・ドキドキ大冒険気分。

東海汽船はけっこう揺れたものの、なんとか無事に着岸でき、午前中は一休みして、
午後からイルカへ。

天気良し、黒潮当たって水温高し。
「夏」

東周りで島の半周まではイルカに会わず、
「ほんとにイルカいるの〜?」
なんて言ってたけど、半周を過ぎてイルカ発見。

「うわ〜、ほんとにいた〜」
「うわ〜、たくさんいる〜」
「うわ〜、こっちに来るよ〜」

と、初めてチームは大騒ぎ。

イルカの様子を見て、いよいよ海へ。
ラッキーなことに、光のさす透明度の良いところでイルカと会えたので、
イルカがとてもきれいに、とても良く見えました。

海底の海藻に体をスリスリしているイルカ、
ゆっくりと寄ってきて、ゆっくりと私たちの近くで泳いでくれるイルカ、
今年生まれの赤ちゃんイルカ2頭がママ・イルカに甘えるように寄りそって泳いでいる姿...

本当にすぐ近くまで来てくれるイルカたちに
みな驚いていました。

夜は、星を見に行ったら、ものの10分の間に2つ流れ星
東京方向の空は、例年は御蔵からでも、ものすご〜く明るいのがわかるのですが
今年は月明かりは明るいけど、東京の空の明るさは格段に控え目。

不便になると、その分、今まで見えなくなっていたもの、
忘れていたものが見えるんですね〜

三宅.jpg

(三宅島もくっきり)
2011年8月9日(火) 20:25 [ イルカ・海 ]
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御蔵島プログラム参加費の一部寄付先
あっという間に8月ですね。

来週からスタートする「FEEL the NATURE in 御蔵島」にご参加頂く皆さまから頂いた参加費のうち、大人1人の参加費から1000円x人数分を下記の2つの被災地支援団体へ寄付させて頂きました

まだこれから直前に申し込みやキャンセルが入る可能性もあるので、すべてプログラムが終わった後で寄付をしようと思っていましたが、被災地での気温と湿度が上がる中、クーラーはもちろん扇風機もぜんぜん足りないという状況を聞き、1日でも早いほうがいいかと思い今日振り込みをさせて頂きましたので、ご報告させて頂きます。

<寄付先>

●「ふんばろう東日本支援プロジェクト〜家電を被災地に送ろう!〜」
1口¥3,000x4口=¥12,000

http://www.kauloco.com/ecwish/products/detail.php?product_id=4

●「RQ市民災害救援センター」〜活動支援金として

  ¥10,000

http://www.rq-center.net/

(「エコツーリズムセンター」が母体となり、自然環境教育に関わる人たちが多く参加している団体で、私も知り合いが何人かこの団体の活動に関わっているご縁で7月初めに5日ほどボランティア参加させて頂きました)

震災から4カ月半が経ち、必要とされる物・支援の内容や規模は場所により、人により多岐にわたり差が出てきています。

すでに仮設住宅に移った人、1階が津波で壊され、かろうじて残った2階に数家族で身を寄せ合って暮らしている人、大人数でどこかの家にお世話になれないからと家族バラバラであちこちの知り合いの家に住まわせてもらっている人、今だに朝ごはんが菓子パン一つ、昼ごはんはおにぎり1個、夕食は仕出しのお弁当1つという小さな避難所、菓子パン一つの学校給食...などなど...。

関東以西にいると「被災地はもうだいぶ落ち着いて、復興が始まっているのではないか」と思ってしまったりしますが、決してそうではありません

これからも被災地に心を寄せて、出来る限りの支援をしていきたいと思います。


いろいろと不安なことの多い中今年もご参加下さる皆さまに、上記の寄付をさせて頂きましたことをご報告させて頂くと共に、御蔵島で共に時間を過ごす機会を与えて頂くことに心よりお礼申し上げます。

「御蔵島の大自然の中で、野生のイルカと泳ぐ」という体験ができる私たちは、とてつもなく幸運な人たちだと思います。参加して下さった方々が、「イルカと出会う体験」から得たことを、少しでも誰かのため・何かのために役立てて下さいますように...



2011年8月2日(火) 22:57 [ 震災・東電原発事故 ]
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あらためて、「イルカと会いにゆく」ことに対する想い
早いもので、もう8月。
来週から、御蔵島で毎年行っている「野生のイルカと出会うプログラム」「FEEL the NATURE in 御蔵島」がスタートします。
今年もまた、御蔵島におじゃまするにあたって、ちょっと想うこと...


御蔵島では長年にわたりイルカの個体識別などの調査が行われています。

夏場だけの調査が中心でしたが、ここ数年は冬場にも船を出しての調査も行われ、より詳しいイルカの生態や個体数の把握ができるようになりました。

残念なことに、ここ数年赤ちゃんイルカの死亡率が高くなり、またここ2年は年に20〜30頭ずつ減っており、伊豆七島の他の島や海域へ移住しているイルカも確認され、個体識別されているイルカの数がこの先100頭を切るかもしれないということです。

理由は、「イルカに聞いてみない」とわからないというのが本当のところです。

地球温暖化や地殻変動による餌の分布の変動などによってイルカが移住しているのかもしれませんが、昨年・一昨年は台風が少ないうえに夏場に御蔵としては異例なほど凪が続き、イルカウオッチングの船が連日出ていました。

もしかするとイルカが「ボートや人間にうんざりした」ことが原因で御蔵を離れてしまった、また「追いかけまわされるストレスで赤ちゃんイルカの生存率が低くなった」ことも原因の一つである可能性は否めません。

単に人間とは関係のない理由だとしても、私自身、お盆の前後という1年で一番混む時期に御蔵でプログラムを行っている人間として、もう一度真剣に考えなければいけないと思っています。

そこで、船頭さんともよく話しあい、改めて下記のようなことを徹底したいと思っています。

・多数の船がイルカを取り囲んでいるような場合、その船団に入らないで船の少ない場所へ移動する
・人間に興味のなさそうな群れには何度もエントリーしない
・底のほうをゆっくり移動している休憩モードのイルカの群れには、潜って近くに行くことはせず海面近くから見るだけにする
・子連れ、特に赤ちゃん連れのイルカの群れにはこちらから積極的に向かってゆくのではなく、少し離れた所でゆっくり潜る・海面からウオッチングするなどあえて距離を保ち、向こうから来るのを待つ
・イルカに威嚇と思われる行動を取られたら、その群れには再度エントリーはしない

など。

上記のような姿勢で、私たちの「イルカに会いたい!」というエゴを抑え、もっとゆったりと御蔵の海に身を置いていること自体を楽しむようにしたいと思います。


「ほら〜、イルカあっちだ! こっちだ!!」と、バシャバシャとイルカに向かってゆく。

イルカの群れをたくさんのボートが取り囲み、Uターンする群れの前に回り込んで人間がドボンドボンと入る...。

そんなことが、本当に「イルカが好き」で会いに行く私たちのしたいことでしょうか?

イルカはアイドルではありません。

人間に追いかけられて、彼らが得るものは何もありません。

私たちが、「イルカに会いたい! 一緒に泳ぎたい! 写真撮りたい!」という「エゴ」「欲望」を丸出しに、イルカに向かうのはとても醜い行為に思えます。

そういうエゴや欲望が、大切なものを壊して来たのだと思います。

だから、せめてイルカに会いにゆくときくらい、そういうものは横に置きたいと思うのです。

もしかしたら、他の船やツアーの参加者の人に比べて、イルカを見る回数や時間は少なくなるかもしれません。

だとしても、それは船頭さんの責任ではなく、上記のような行動をとってもらう様にお願いしている私の責任です

イルカを「見る」時間や回数が少なくても、その分「イルカのほうから遊びたくて来てくれた」瞬間の感動は大きいものになると思います。

また、イルカにだけ目を向けるのではなく、イルカにあまり会えないときには透明度の良いところでシュノーケリング、崖や鳥ウオッチングなど御蔵島そのものを楽しみたいと思います。


3月の震災、そして原発事故という大きな出来事から、私自身、

「自然に対する畏敬の念を持つ」
「自分も自然の一部であり、地球・宇宙のリズムの中で生かされている」
「地球は私たち人間だけのものではなく、お互いにつながり、関係し合って地球という環境をシェアしている」

という想いを新たにしました。


あえて混んでいる8月に行く理由。

それは
「ウエットスーツを着ないで、水着で海の中に漂う気持ち良さ、海との一体感を感じることができる」
「セミの声、島のスイカ、かき氷 など、"島で夏休みを過ごす”楽しさがある」

から。

それでも、もし、デルフィネスがツアーを行わないことによって、その分その週にイルカと泳ぎに海にでる人数が減るのであれば、他の時期に行くとか、8月に島に行ってもイルカとは泳がずに陸で過ごすとか桟橋で泳ぐだけにするかもしれません。

でも、現実は私のツアーがなくても、そこに他のお客さんが入るわけで状況は変わりません。
それならば、一番混む時期に行く者として出来る限りイルカにストレスをかけないウオッチングを心がけたいと思います。

そこに気持ちを同じくして頂ける方たちと御蔵島での時間を共有できたら、きっと御蔵島で過ごす時間はやさしく深いものになると信じています。



...続きを読む
2011年8月1日(月) 21:55 [ イルカ・海 ]
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日本におけるペット産業に思う
3カ月ぶりに日本に戻り、
「日本でも犬を飼ってる人、ほんとに多いなぁ」
と改めて思う。

アメリカでも犬を飼っている人はものすごく多いけど、
違うのは
「どこから犬を買ってくるか」。

アメリカのペットショップでは、鳥や昆虫など小動物は展示販売しているけど
犬や猫はほとんど見ない。

犬や猫を買いたい場合は、ブリーダーを探して予約しておく。
子犬や子猫が産まれて数週間は親の下で育て、親から放しても良いとされている時期になってからもらってくる。
イギリスでも店頭での動物の展示販売は皆無と聞く。

でも、日本ではホームセンターやペットショップなどあちこちで目にする、
小さなガラスケースケージに入れられて、昼間はずっと人目にさらされて販売されている生後間もない子犬・子猫たち


そりゃ、見ればかわいいから
「欲しい!」「飼いたい=買いたい!」
って思って、なかば衝動買いに近い形で買う人も多いのでしょう。
それが、ペット産業の思惑でもある。

でも、生きものを買うことは、特に都心近郊など狭い所では特に思うよりもずっと大変なこと。
旅行に行く時に預ける先がなく、お盆とお正月前には捨てられるペットの数が急上昇すると保護ボランティアの人が言ってた...

予防注射や定期健診でもお金がかかるし、病気になって入院・手術となれば何十万という単位のお金がかかる。
アメリカで買ってた犬のジャックが11歳でガンがわかって入院・手術したんだけど、それもむなしく手術の2日後に入院先の動物病院で死んでしまった...
翌日、病院から届いた請求書は日本円で約50万円近くで倒れそうになった...
助かったならともかく、助からなくてもこの金額。


そういう覚悟なく安易に飼いはじめて、最後まで責任取れない人は多い。
日本で日々、どれだけのペットが捨てられ、殺処分されているか知れば知るほど怒りと涙が止まらない現状なのだけど、下記の記事を見つけて、良い取り組みだな〜と思った。


ちょっと古い記事ですが、AERA2008.12.8 号について書いてるNPOのブログ。
http://www.animal-family.org/index.php?itemid=661


"熊本動物愛護センターでは、殺処分ゼロを目指し、捨てに来た飼い主をとことん説得し、それでも飼えないという場合には、ときには殺処分に立ちあわせる。”


"飼い主に犬を抱えさせたまま、獣医師が麻酔薬などを静脈注射する。犬は飼い主の腕のなかで痙攣しながら亡くなっていく。そんな経験をした飼い主は「二度と飼わない」などと言い残し、帰っていくという。”


動物たちは、私たちにたくさんの喜びや楽しい時間を与えてくれるし、
動物たちとの生活で学ぶこともたくさんある。
だから、ペット飼うことで得られることは多いけど、人間のために繁殖させられ、売買され、飼育される彼らのことも、もっともっと真剣に考えてあげたい。

むごいけど、自分の都合で飼えなくなって殺処分するしかない状況に陥らせたのなら、その命の最後の瞬間を他人にやらせて自分は立ち去るだけではなく、しっかり立ち会って自分の腕の中で最後見取ってあげるのが当然だと思う。

こういう厳しい取り組み、他の自治体でも、やっていいんじゃないかな。
2011年6月27日(月) 10:56 [ 自然・環境 ]
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シロナガスクジラ見た!!!
たくさんの種類のクジラが集まる場所として「バハカリフォルニア」が有名だ。
夏はアラスカ・ベーリング海で過ごしたクジラたちが冬になると南下して、メキシコのバハカリフォルニアへ移動をして暖かい海で出産をするらしい。

バハでは、春先がホエールウオッチングのシーズンとして有名なので、今年はちょうど3月下旬にここサンディエゴに来たので「バハに行きたいな」と思ったのだけど、夫に「今、メキシコはすごく治安が悪くなっているから行かないほうがいい」と言われてあきらめた。

でも、サンディエゴはアメリカ・西海岸の一番南に位置する街で、一番南はメキシコ国境だ。
それで、サンディエゴ沖でもホエールウオッチングがさかんで、冬〜春にかけてはザトウクジラ、ミンク・クジラ、コククジラなどが見られ、夏場はシロナガスクジラが見られる

シロナガスクジラも夏場は南極海・北極海周辺でオキアミを食べ、冬場は暖かい海域へ移動して出産をするそうだけど、サンディエゴでは6月〜9月の夏場がシロナガスクジラのウオッチング・シーズンになっている。

キャプテンに聞いたところ
「このシロナガスクジラたちはアラスカとか遠くまでは行ってないようだ」
と言っていたし、シロナガスクジラの中にも北半球・南半球で違う亜種があるようなので移動範囲も違うのかもしれない。

というわけで、サンディエゴではつい最近シロナガスクジラが見られるようになったと聞き、
「日本に帰る前に参加してみよう」
と、娘のチビマリと二人で申し込んだ。


サンディエゴ沖でシロナガスが見られるようになったのはここ数年のことらしく、地元の人も知らない人が多い。
ほとんどの人が
「ホエールウオッチングは冬場〜春にかけてだから、もうシーズン終わってるでしょ」
と言う。

私が説明すると、
「えっ? シロナガスなんてここで見られるの?」
と驚く。


大きな船よりも、「多少波をかぶっても小さい船でのんびり行きたいな」と思い、
8名定員のゾディアックみたいなゴムボートの船に。

サンディエゴのハーバーを出て、すぐにアシカ・アザラシがみんなでお昼寝しているのを横目に沖へ。

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すぐに数百頭のコモン・ドルフィンの群れ
上にはペリカンもたくさん飛んでいるので、たぶん魚がいっぱいいてペリカンもイルカも一緒に魚を追っているのでしょう

webDolP6060939.jpg


ここでもイルカ類も春先が出産シーズンで、小さい赤ちゃんイルカが懸命にお母さんイルカとジャンプする様子も見られて、思わずチビマリと二人で大コーフン。
御蔵で見ているハンドウイルカより、ずっと小さいイルカなので赤ちゃんは本当に小さくって、それでもすごいスピードで泳いでる。

イルカたちはボートの舳先に乗るバウライドを楽しんだり、船の後ろの波に乗ったり真横でジャンプしたりと、いつまで見ていてもぜんぜん飽きないんだけど、クジラを探してもう少し沖へ。


すると、すぐにシロナガスクジラを発見
2頭いる。

ボートを止めて、ブローを待つ。
遠くに

「プシューッ」

とブローが見える。
でも、周りが静かなので、音はまるですぐ近くかのように大きく聞こえる。

3〜4回続けて呼吸をすると、その後10分くらい潜る。
さっきまでのイルカの躍動感とは打って変わって、こちらは「静」。

ボートを止め、波にゆらゆら揺られ、静寂の中、待つ。

待っている間に、アザラシが泳いでいたり、ちょっと遠くにハンドウイルカの群れを見たり、ミンク・クジラも1頭見かけた。


「あぁ、空が青いなぁ。
海は広いなぁ」


なんてボーっとしていると
「プシューッ」

すぐ先にクジラの大きな背中が盛り上がって、びっくりする。


最後、帰りがけに遭遇したシロナガスはけっこう近くに出てくれて、
背中しか見えないんだけど、それでもその大きさにただただ圧倒された

体長20〜30メートル。
地球上にいまだかつて生存している生きもので最大の生きもの


「死ぬ前に、一度会えれば...」
と思っていたシロナガスクジラだったけど、
こんなにすぐ近くで、簡単に会えてしまうなんて...

キャプテン曰く、私たちがシロナガスクジラに会った場所は
ハーバーからたった5マイル(約8キロ)。


日々、地球を汚している私たちだけど、こうやって目の前でこんな圧倒される存在を感じると、

「私たちが生きているこの地球は、人間だけのものじゃないんだ」

という当たり前のことを、改めて感じさせられる。


大量消費社会アメリカの大きな街のすぐ目の前の海で、
地球最大の生きものから、中型・小型のクジラ、アシカ、アザラシ、イルカたち、たくさんの種類の鳥、魚 などなど、日々、自分たちの生活を営んでいる。

日本がこんな状況だからこそ、なおさら、私の目の前にゆっくりと姿を現してくれたシロナガスクジラの、大きくて、荘厳で、やさしい存在感から教えられたことを忘れずにいたいと思う。

★ペリカン&コモン・ドルフィンの動画
http://www.youtube.com/user/DelphinesJapan#p/a/u/1/9EI_70_ijJU

★シロナガスクジラ動画
http://www.youtube.com/user/DelphinesJapan#p/a/u/0/xdvu-9dskYQ

★または上記2つは下記のフェイスブック・ファンページにもUPしています
http://www.facebook.com/#!/pages/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%82%B9-Delphines/151769911537897
2011年6月9日(木) 05:46 [ イルカ・海 ]
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東電福島原発の現場を支える吉田所長
東電福島第1原発1号機で、

「3月12日、原子炉を冷やすための海水注入が55分間にわたり中断したとされていたのに、実際は注入は中断せず継続していたことが分かった」

件でゴタゴタしていますね。


真相は、第1原発の吉田所長が、
「事態の悪化を防ぐためには、注水の継続が何よりも重要だと独自に判断して注入を続けていた
ということ。
詳細は下記サイト参照。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011052600542

1〜3号機すべてがメルトダウンしながら、その後なんとか現状を保っているのは、現場最前線で東電や政府とケンカしながら必死でがんばっているこの吉田所長によるところが大きいようなのです。

原子力委員会・原子力防護専門部会専門委員(長い肩書だ...)の青山繁晴氏が、メディアとして初めて福島原発の内部を取材したTV番組
「スーパーアンカー 〜 青山繁晴の“ニュースDEズバリ(4月27日放送)」で、青山氏が吉田所長の案内で福島原発の現場をレポートしていました。

私は放送直後にこの番組をyoutubeで見て
「緊迫した現場の責任者でありながら、とてもざっくばらんで冷静な人だ」
と、吉田所長に好感を持ったのですが、その後、この番組はyoutubeから削除されました。
残念ながら番組は見られませんが、個人の方が番組の文字起こしをしたのが下記のサイトです。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid992.html

もし、東電上層部や政府の指示通りに3月12日に海水注入を一時ストップしていたら... 
どちらにしてもメルトダウンは起きてしまったわけですが、もっと悲惨な結果になっていたかもしれません。
お上の言うことを無視して「現場を誰よりも知ってる」からこそ、独自の判断で海水注入を続けたわけです。

これだけの大事故。
もし、お上の言うことに逆らったことをして、それが裏目に出てもっと悲惨な結果になったとしたら... 

絶対に吉田所長の頭にもよぎったはずです。
それでもこんな大きなプレッシャーのかかる場面で、お上の言うことに逆らう行動をとる。
どれだけの勇気が必要だったことでしょうか。

また、この番組放送後に吉田所長には東電本社や保安院から圧力がかかったことを青山氏が5月4日放送の「スーパーアンカー」で伝えましたが、これもyoutubeからはすでに削除されており、下記の個人のブログに文字起こしされています。
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65732371.html


結果、東電副社長は
「海水注入を継続したのは技術的には妥当」
としながら、報告時期が遅れたことを理由に吉田所長の処分を検討していることを明らかにしました

事故前から東電福島原発の所長として一番現場を知っている、事故後も一貫して現場の責任者として経過を知っている吉田所長。
この人をクビにして他の人に陣頭指揮を執らせるメリットよりデメリットのほうが大きいのはあきらかでしょう。

お上の言うことを無視した、そのことを今まで報告していなかったという理由ですが、無視したほうが正しかったわけだし、報告してクビにされたり、現場がゴタゴタしたであろうリスクを考えれば、今はそんな理由で現場の責任者を交代させるより、続投させるほうが「事故収束」を第一優先に考えれば正しい選択だと思います。

下記ニュースサイトより、東電幹部の言葉
「大変なご迷惑をかけたことに違いはないが、事故が今の状況で済んでいるのは吉田の存在も大きい
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110526/dst11052622320038-n1.htm

今、ここで吉田所長が辞めさせらたら予断のならない東電福島原発の状況がもっと危機的状況に陥る可能性があります。

「吉田所長を続投させるべきだ」と思われる方は、下記へ声を届けることで少しでも後押しする助けになるかもしれません。

●東京電力・エコーボックス (ご意見・ご要望 送信フォーム)https://www4.tepco.co.jp/info/custom/service/echob_s-j.html

●東京電力・エコー・ライン
 電話 0120-12-8500
 FAX 0120-12-8589
 受付時間 月曜日〜金曜日 (休祝日を除く) 9時〜18時



2011年5月27日(金) 06:23 [ 震災・東電原発事故 ]
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「ビジョン」と「アクション」〜これからのこと
震災からあっという間に2カ月半。

被災地の状況は依然厳しく、東電福島原発も予断を許さないどころか、
今頃になって
「1〜3号機すべてメルトダウン」の発表


私自身、3月26日に成田を発ち、娘と二人でアメリカに避難。
親戚の家やホテルを転々としながら娘の学校を探し、アパートを探し、こちらでの生活を落ち着けることであっという間に日が過ぎて来た。

それでも、毎日時間があればネットで情報収集をする日々。

「何かしなければ」
という思いはあれど、

・被災地支援
・空気、土壌、そして海洋の放射能汚染
・福島の子供たち
・震災で親を亡くした子供たち
・避難区域に置き去りにされた動物たち
・関東〜静岡までもの放射能汚染
・食べ物の放射能汚染とそれに対する政府・自治体・企業の対応


などなど、気にあることは山ほどありすぎる。


そして、政府に対する不満・不安・不信感


時には怒りに体が震え、ときには絶望的な気持ちに陥る。

それでも、心の中にずっと持ち続けていたのは、
3月11日の震災の被害を見て思ったこと。

「私たちは、この震災から学んだことを、これから新しい価値観で自分の生き方〜日本を作りなおすことに生かさなければいけない」

ということ。



こちらでの生活もやっと落ち着いて、自分の中でやっと

「ビジョン」と「アクション」

の段階に来ました。(だいぶ遅いですけど(^^ゞ)



これから自分が生きて行く上での、はっきりとしたビジョン。

「自給自足的なコミュニティーのある暮らし」
そして、
「同じような価値観で暮らす国内外のコミュニティーをネットとリアルでつなぎ、ビジネス・情報交換・助け合いなど、有機的なムーブメントを創り出す」

こと。

詳しいことは、また別の機会に書こうと思います。



そして、具体的な
「アクション」。

政府に対して、言いたいことはたくさんあるけど、ただ不満を言っているだけではそのレベルで終わってしまい解決につながらない。

かと言って
「ネガティブなことは言わない、考えない」

と、現実から目をそむけて生きることをも私はしたくない。

どんなに田舎にひっこんで、ひっそりと自給自足の暮らしをしたところで、
やっぱり「日本」という枠の中で、その地域の自治体のルールに沿って生きなければいけない。

だから、やっぱり政府とか自治体とかのおかしいところはちゃんと声をあげて指摘する。
問題解決に向けて、具体的に行動を起こす。


自分が、家族が、友達が、本当に
「幸せ」
だと実感できる暮らしをするためには、

みんなが「幸せ」だと思える暮らしをビジョンとして抱きつつ、
そのプロセスの障害となることを解決するために、また、自分のことだけではなく
社会のことでもできることはアクションを起こす。


だって、人も、動物もみんなつながっていて、関連性の中で命をつないでいるのだから、
自分だけが小さな地域で「幸せ」だと思っていても、
まわりのいろんなことが間違ったままだったら、
いつかそれが自分の所にも回ってくる。


子供を持つ親として、娘が大人になった時に
「それで、ママは日本があんなに大変だった時、何をしたの?」
「どうして大人たちは、こんな世の中にしてしまったの?」


と聞かれた時に、ただうつむくしかない人にはなりたくない。

そんな、大それたことはできなくても、
「ママはあなたを守るために、出来る限りのことをしたよ」
と言える自分でありたい。


このブログは、個人的な日記と、イルカや海に関することを中心に書いていって、
被災地支援や原発のこと、これらに対する情報や具体的なアクションについては
別のブログを作ろうと思っています。

新しいブログができたら、すぐにこちらでご報告しますが、
それまではこちらのブログを使いますので、よろしくお付き合い下さいませ

2011年5月27日(金) 06:16 [ 震災・東電原発事故 ]
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