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一時保存

ぬるま湯に浸かる
追い炊きのできない風呂でお湯に浸かっていると、だんだんぬるくなってきて、でも出ると寒いからもう少し浸かっていると、ますますぬるくなって、ますます出るのがつらくなる・・・というのは今置かれている状況と類似なのだろうか、などと考え出して憂鬱になる冬のバスタイム。
2008年2月17日(日) 22:25 [ ブログ ]
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左右半身浴
「半身浴」と言えば、普通は浅めに張ったお湯に腰までつかる、下半身の半身浴ですが、自分一人入るのに、なみなみとお湯を張るのはもったいない(洗濯に使うにしても毎日洗濯するわけじゃないし)ので、お湯をごく浅く、15cmほど張って、胎児のポーズのような感じでバスタブの中で寝返りを打ちながら左右半分ずつ浸かる、左右の半身浴を最近やっています。
追い炊きができないユニットバスではお湯がどんどん冷めるので、この体勢ならお湯に浸かっている間、湯船のふたを完全に閉めておけるので冷めにくい、という利点もあります。
まあリラックスには程遠いですが、水とエネルギーの節約にはなるかな、と・・・。
2008年2月16日(土) 22:33 [ ブログ ]
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国産のチョコレート
テレビのニュースで、輸入物の高級チョコレートに押されて、国産のチョコレートが伸び悩んでいて、新たな市場として中国・台湾への輸出に力を入れている、とのレポートがありました。

確かにここ2,3年ほど、ジャン・ポール・エヴァンの伊勢丹出店あたりからか、バレンタインになると毎年デパートのチラシに知らない名前が増えています。で、どれもこれもやたら高い。それまでは高級チョコといえばゴディバで、相場も一粒2〜300円くらい、と思っていたのが、今や一粒500円らしい。甘い物好きとしては興味はあるので、多少は食べてみたりもしましたが、値段の割に感動せず、どうやら私の舌では違いが分からない模様なので、以来敬遠しています。

逆に、こういった超高級チョコを見慣れると、モロゾフやメリー、ゴンチャロフといった日本の“お使い物”チョコレートはお手頃に感じられてきます。なまじっか、マルコリーニの一粒××円のチョコだ、とか気負わない分、おいしく食べられるし。
個人的にお気に入りはモロゾフのプレミアムセレクションです。二千円でこんなにたくさんいろいろ入っててこんなにおいしいんだ、と感激してしまいました。ちなみに、同じモロゾフでも夏場にも売っている赤い缶の詰め合わせ(もう少し数が多くて安い)のは、割と普通のチョコで、「おいしい!」とまでいかないので、どうせならちょっとだけ奮発してプレミアムの方をお勧めします。(それでも一粒100円以下だし。)

日本のチョコメーカーには、高級チョコバブルに惑わされずにがんばってほしいと思います。

※ところでゴディバは、最近少し若者に迎合しているというかカジュアル路線に行きすぎの気がします。こちらも老舗の風格を保ってがんばってほしいです。
2008年1月6日(日) 22:57 [ 甘いもの ]
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「七つの質問」川上弘美
「七つの質問」への回答

1.トーストとイチゴジャム、ヨーグルト、ゆで卵、ミルクティ
2.すこぶるよい
3.英語の勉強を毎日少しずつ
4.***(口にすることに抵抗のある言葉は、書くことにも抵抗がある)
5.内心、または陰で馬鹿にしながら、親身な態度をとること
6.自分の感覚に合わないことを一方的に糾弾すること
7.今は疲れていません

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2008年1月3日(木) 23:36 [ 読書感想文 ]
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NHK Radio Japan
数ヶ月前から、朝の通勤の時に、ポッドキャストでNHK Radio Japanのニュースを聞いています。
基本的には、朝NHKのテレビでやってるトピックなのと、キャスターも基本的には日本人なので、少なくとも何の話題かは見当がついて比較的聞き取りやすいのですが、最近ひとつ残念なのは、低い渋い声でお気に入りのテルアキ・マナベ氏に当たらないのです。たまたまダウンロードする時間が合ってないだけかしら、それとも担当を変わってしまったのかしら・・・。

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2007年12月16日(日) 22:08 [ ブログ ]
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年賀状書きの季節
特に筆まめではない知人たちが、無味乾燥な賀状にならぬようにと添えてある手書きの言葉は、どこか無理をしたようなはしゃぎ方をしている。「夜のあぐら」長嶋有
・・・うー、すごい心当たりあるなあ、気をつけなくちゃ。しかも、全員違うコメントを入れなくても、同じコメントをほぼ全ての友人に使っても何ら問題ないはずなんですが(そもそもしょっちゅう会う友人は少数だし、年賀状のコメントなんて話題にしないだろうし)、ついそれぞれに違うコメントをつけなくちゃ、という強迫観念に取り付かれてコメントに悩み、遅々として進まず、出すのが大晦日になったりする、という本末転倒ぶりです。
その前にハガキのデザインもまだ決めてないのですが、そういえば昔はイラストをプリントゴッコの白で刷って青い絵の具を塗って浮き上がらせてみたり、巳年に一面にパイソン柄をシルバーで刷ったり、受け取ったほうは何じゃこりゃだろうけど自己満足で何がしかのアイデアで作ってたのが、最近はフリーのイラスト素材で無難にまとめてる感じで、イマイチ楽しくないのよね・・・。さてどうしようか。
2007年12月16日(日) 00:50 [ ブログ ]
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「ソーシャルデザインの思考」
 ここに書くのすごい久しぶりです、いろいろ書きかけて途中でやめて、とやってたのが安倍さんが辞任したころだったから、もう3ヶ月以上経つということか・・・。

 今日は、慶応SFCのオープンリサーチフォーラムのトークセッション「ソーシャルデザインの思考」を聴きに行ってきた。これからの社会をデザインするアーキテクト(およびその予備軍)に向けたセッションのようだったが、デザインされた社会を生きる利用者側というか大衆の一員として聴講。今の資本原理主義・株主第一主義的な流れや、すぐ訴える自己中な親や消費者が叩かれずに放置されている現状をぜひとも変えてほしい、でもどういう方向に変わればよいのか?といったあたりを聞けるのを期待して。
(と、つい大衆側の立場を前置きしてしまうのは卑怯ですね、多少IT土方的な働き方をしてるけれど、一応高い教育を受けた部類に入るし、やる気と行動力と努力があれば作る側の片隅に参加することもおそらく可能な環境にいるけど、そこまでやる気はないので引っ込んでいる、という状態。それと、こういう匿名の場では好き勝手言えるけど、実際に何か有益な議論や情報やアイデアを提供できない受身人間であるし、腑抜け、ヘタレでもあります。)

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2007年11月23日(金) 22:22 [ ブログ ]
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何気ないトークだからって無罪ではない
昨日の朝日新聞朝刊の相談室の内容に文句つけようとして、soudan@asahi.com にメールしたら戻ってきてしまい、「声」欄投書用アドレスは見つけたものの、「声」欄だともっと短くまとめないといけないので、とりあえずここに載せることにします。

***

11日朝刊の相談室の回答内容に対して、気になりましたのでメールします。
「女の子」の固定観念が苦痛、との相談に、何気ない悪気のないトークにそんな風に(注:「料理はするの?」「別に料理なんてしません」)返されたら逆セクハラだ、といった回答がされていましたが、無意識に悪気なく言ったことが相手を傷つけたり不快にさせるのも十分セクハラです。
しかもこの相談者は、無自覚に話をしてくる男性側の意識をどのように改めさせるか、という方向ではなく、相手に悪意がないことは分かっていて、その上で腹を立てずにすむにはどうしたらよいか、と自分の方で対応を変えようとして相談してきているのですから、それに対してその言い方はあんまりです。
不妊症の夫婦や何らかの理由で子供を持たない夫婦に(それと知らずに)悪気なく挨拶代わりに「お子さんは?」などと聞くのも、夫婦は子供を持つのが当たり前という固定観念と相手に対する配慮のなさからくる嫌がらせです。障害者に対する差別的な視線も(可哀想がるのを含め)悪気はなくても相手を不快にさせます。悪気がないからといって免罪にはなりません。
そして、会社の中で女性に対する保守的な固定観念を持った人たちの態度や発言にさらされるなかで、若い世代もだんだんとその感覚に慣らされていってしまい、子育てにおいても男の子・女の子で求めるものが違って性別役割分担がまた先の世代に伝えられていく、という状況にもつながると思います。(これは少々話を飛躍させてしまいましたが。)
相談者の方は、いちいち突っかかって雰囲気を悪くしないために、回答の後半の具体的な対処方法は参考にして、不快な発言をやり過ごしつつ、違和感や憤りを感じるその感覚は保ち続けてほしいと思います。明川哲也さんや室井佑月さんだったらもう少し別の回答をくれたでしょうに、この相談者は運が悪かったと思います。

***

今回の回答者は玉袋筋太郎氏で、まあお笑いの人だし、と言って済ますには「よりみちパン!セ」で執筆してたりするので、こういう感覚の人が14歳に向けて書いちゃってるわけ?ふざけんな。というのもあって文句メール出そうとしました。(まあ「漢(おとこ)」みたいなこと言い出す系統はジェンダーフリー賛同派の自分には合わないよなあ・・・以前何かのライブイベントで出てきたロマンポルシェ。も超ウゼーうるせーさっさと終われよ、と頭の中で悪態つきながら見てたし。)
2007年8月12日(日) 23:04 [ ブログ ]
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着なくなった服のリサイクル
ユニクロがだいぶ前から、着なくなったフリースの回収をしていますが、傷みが少なくそのまま再使用に耐えるものが多く、難民キャンプに寄付して喜ばれている、という記事を読みました(朝日新聞8/6夕刊)。記事では、当初フリースが大ヒットしたとき、安く大量に売ることで使い捨てを助長しないかとの懸念も出ていたことについても触れており、でもそれをリサイクル&国際貢献という形に解決した、という論調です。

この記事に限らず、物が片付かない、収納場所がない、といった問題の解決方法として、着なくなった服は親戚や知り合いに譲ったりフリーマーケットで売ったりして有効に処分しましょう、と勧める記事をよく目にしますが、私はこれは自己満足であり、とうていベストな解ではないと思うのです。
譲ったり売ったりというのは結局、自分はもう着ないけど、自分より服装にこだわりのない、または経済的に余裕がなくこだわれない人に下ろす、ということで、引き取り先として自分よりセンスや経済状態の点で劣った存在が十分にあることを前提にしています。譲ってもらった人も喜んでいるし、有効活用されているんだからいいことじゃない、というのが大勢の意見かもしれませんが、みんなが譲る側の人と同じくらいのこだわりと経済的余裕を持ち始めたら破綻するわけで、結局センス・経済とも上の方にいる特権層だけに許された、捨てるのに比べ心が痛まずむしろいいことをした気分を味わえる使い捨ての始末の仕方だと思います。
(福袋を分け合うのは、好みが合わないだけで自分と同程度のこだわりを持つ人でも好みが違えば喜んで着るということもありうるので、これは同レベルと考えてもよさそう、というかそもそも福袋を買うという時点でそれほどこだわりが強い人ではないはずですが、着なくなったから譲るというのはシーズン落ちの服なので、好みの違い云々より「型が古い」はずです。)
(それから、ユニクロのリユースは、使い捨て的に買う人が多い現状において、取り得るベターな解だと思うので、これを非難するつもりは毛頭ありません。文句の矛先は、使い捨て的に買い、飽きたからとリサイクルに出す人たちです。)

理想的には、自分でお気に入りを選び、それをずっと気に入って手入れしながら愛用し、すりきれて寿命がきたら惜しみながら捨てる(その前に雑巾として最後の役目を果たさせたり、ぼろ布として古紙回収に出す)、という感じではないでしょうか。

それは必ずしも高いこだわりの品でなくてもよくて、私はセールで買った\3,000のスカートでも通販で買った\5,900のセーターでもお気に入りのまま5年、10年と着ているものがありますが、これらは成功した買い物で、逆に気に入って買ったけどあまり着る機会がなかったり、気に入らなくなったけどまだまだシミもつかないし丈夫だな・・・というのは失敗した買い物で自分の負け、のように感じています。
2007年8月6日(月) 23:40 [ ブログ ]
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安倍首相続投
企業で不祥事が発覚したとき、トップが謝罪して辞任してとりあえず首を挿げ替えて責任取りました、と収束させようとするのは、根本解決よりともかく早くこの騒ぎを沈静化したい、というように見えることもあって、必ずしも辞任が潔いとは思いません。「反省すべき点は反省し」て、再発防止策・根本原因の排除を検討し、信頼の回復に努める、といった、続投して再建する方向もありだと思います。が、それはトップの意思と異なるところで不正が行われていた場合で(もちろんトップが把握できていないというのは落ち度ではありますが)、トップ自らが自覚して責任を持って推進してきたことが世間からすれば不正なことであったり、またはトップの方針が不正を育てる土壌を作ったのだったりしたら、辞任すべきと思います。

今回の安倍政権は、年金記録消失問題や官僚の不祥事/失言への対応が悪かったというだけなら、安倍首相が対応を反省して続投するというのもまだありかもしれませんが、国民は安倍政権がかかげる「改革」に否と言っているわけで、それを責任を持って続行する、というのは国民無視ではないか、と憤りを感じます。小泉前首相が、華々しく「改革」をアピールして登場したとき、多くの人が何か変えてくれる、社会を良くしてくれる、と期待して、以来「改革」は正義、それを妨げるのは抵抗勢力という負のイメージになっていきましたが、改革の結果悪い方に変わっただけだったり、改革といいつつ抜け穴だらけで意味がないものだったり(政治資金規正法の改正なんて、赤城農相の一連の報道でザル法なことが図らずも証明されてしまったようなものですよね・・・と思ったら安倍さん再改正を表明してますね)、響きのいい「改革」という号令にだまされたことにようやく気づいてきた、というところではないかと思います。

教育改革、年金改革、公務員制度改革、憲法改正、・・・どれも改革(または改正)と呼んで推進すべきもののように見せていますが、安倍政権の示す方向に変えることに対しては「否」だ、というのが今回の選挙結果でしょう。安倍首相の続投宣言は、自分の考える改革という名称の破壊を強引に推し進めようとしている権力者にしか見えません。強引な改革路線を全面的に見直し、改めた上で続投するというのならまあ・・・とも思いましたが、それなら安倍首相的には続投の意味がないでしょうから、やらないでしょうね。

ところで、民主党は今回一人勝ちでしたが、自民に対抗しうる唯一の野党ということで民主党に賛成なのではなく安倍政権に反対だから入れた、という人が多いと思われるので、ここで浮かれてすぐに墓穴を掘らないよう、気を引き締めてほしいものです。
共産・社民の選挙区候補者の多くは、選挙直前の情勢の報道で当選の見込みが薄いと報道されており、純粋に推したい候補者がそちらでも、死に票になるのを避けるため次善策で民主の候補に入れた、という人もいると思います。(今回は比例区も共産・社民は伸びてなかったのであまり関係ないかもしれませんが。)
それより今回の丸川氏の当選は報道によるのではないのかしら。投票の1週間前ころまでは、東京は自民=保坂氏、民主=鈴木氏、公明の山口氏が先行していて、残り2議席を自民=丸川氏、民主=大河原氏、共産の田村氏、無所属の川田氏が争っている、と報道されていましたが、結果は自民、民主とも先行と報道された候補者より追っていたはずの候補者の方が票を多く集めていて、党で選ぶ人なら2議席目を取らせるために票を投じた人がいるのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。

それから、国民新党は、選挙後に「参院過半数」のキャスティングボートを握る思惑が外れた、などと記事が出ていましたが、そんな「俺らの存在感を示すチャーンス!」みたいなこと言われたら有権者が萎えるのは当然です。自己満足を掲げられたってしょうがない。
2007年7月30日(月) 23:35 [ ブログ ]
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