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「七つの質問」川上弘美
「七つの質問」への回答

1.トーストとイチゴジャム、ヨーグルト、ゆで卵、ミルクティ
2.すこぶるよい
3.英語の勉強を毎日少しずつ
4.***(口にすることに抵抗のある言葉は、書くことにも抵抗がある)
5.内心、または陰で馬鹿にしながら、親身な態度をとること
6.自分の感覚に合わないことを一方的に糾弾すること
7.今は疲れていません

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2008年1月3日(木) 23:36 [ 読書感想文 ]
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「ナラタージュ」島本理生
 以前読んだ「リトル・バイ・リトル」はあまり印象に残っておらず、割とさらさら読める今どきの若い作家の小説、という印象だったのと、「この恋愛小説がすごい!」で第一位を取っているので、どちらかというとあまり期待せずに読み始めましたが、これは読後感が良かったです。

 Amazon等の感想では、葉山先生みたいなダメ男のどこがいいのかさっぱり分からん、といった意見もけっこうありましたが、私は断然葉山先生派です。確かに第三者から見たら、葉山先生は優柔不断だしずるい、のかもしれません。割と泉に共感して読んでいたのと、元々こういう打算も野心も悪気もなくちょっと少年的なところを残したまま年を取ったようなタイプが好きだから、だと思います。(現実にはこんな人はまず見かけないし、いたとしても「変わった奴」と思うだけなので、脳内限定かも。)
 逆に小野君は最初から何か違うと思っていたので、泉が小野君とつきあうことにした、というところでは、えー何で、やめときなよぅ、と思ってしまいました。小野君は途中から手帳は盗み見るはDVはするはの独占欲全開ぶりを見せてきて論外ですが、仮にそれがなかったとしても、前半の明るくソツのない小野君もなんかいけ好かなく、こういうのは「明るくて可愛くてちょっとドジな女の子」みたいのとくっついてればいいんだわ、などと毛嫌いしてました。(ついでに、黒川と志緒については、葉山先生と泉の対極にあるようなサバサバと我が道を行く気持ちのいい人たち、という印象で、彼らはお友達にいたら楽しいだろうと思います。)

 冒頭であらかじめ書かれているように、葉山先生と泉は別々の道を生きていくことになりますが、ある種ハッピーエンドというか、辛いけれども幸せな、やるせなさや不条理ではなく覚悟を決めたすがすがしさのようなものを感じました。彼らのような、恋愛の熱さや興奮や嫉妬があまり感じられず、淡々としているのに他人は決して入り込めない、独特な親密さでつながっている、というのはすごく憧れます。ずっと、苦しさと幸せを同時に抱えながら生きていくことになるとしても。ただ、泉の結婚相手は、泉を葉山先生の存在ごと受け止めているけれども、もし自分の恋人や旦那にこういうプラトニックな関係の相手がいたら耐えられないと思います。ベタな不倫より辛そう。その辺は私の器が小さいということか・・・。

 ところで、この二人の関係にはとても憧れますが、これって一方通行だったらほとんどストーカーなわけで、何とも思っていない相手からこんな風に想われるのは怖いし、待ち伏せたりなんだりという実害が絶対なくてただ想われてるだけだとしても気色悪いですよね。現実に知り合いにこういう関係のカップルはいないのですが、実在するのでしょうか。それとも、本人達のみが知るところなのかしら。
2007年6月3日(日) 21:36 [ 読書感想文 ]
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「ネット社会の未来像―神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド3」
 たまたま借りてきて、ちょうど都知事選前後に読んでいたのですが、小泉圧勝時の「低IQかつ不満がない層」をターゲットにする戦略など、そうだったのか、といろいろ納得するところがありました。(本書はだいぶ前の本ですが。)
 都知事選でも石原慎太郎氏は選挙前まではしおらしくしていて、終わったとたん元通りになってましたが、あれも演出として謙虚な姿勢を見せていたもので、戦略だ、という話も聞きます。映画「ザ・コーポレーション」では、企業による刷り込みや情報操作が行われていましたが、頭のいい専門家(に資本のある者が依頼して)がターゲットを分析して対策を立て、マスコミを利用して演出すれば、思想もかなり操作可能なのでしょう。司法にしても、裁判員制度が運用に入れば、素人相手なら演出と演技力次第で相当判決が変わってしまうだろうと想像されます。愚民というと語弊があるけれど、一般大衆は一部の金持ちと頭のいい連中の思い通りに動かされてしまう世の中になるのは非常に癪ですね。私も中途半端に関心があるので、ちょっとした「反主流」な思想に乗せられやすいところはあると思うので、変な団体にひっかかったり××かぶれみたいになったりしないよう気をつけねばなりません。
 本書は、広告主への配慮から真実を伝えにくいマスコミに代わり、独立したバイアスのかからない情報源を提供するインターネット放送(?)「ビデオニュース・ドットコム」での討論番組が元になっています。その考え方には賛成ですし、のぞいてみると確かにちょっと面白そう、夜TVでやってたらWBSの代わりに見たいところですが、私はどうもパソコンで動画を見る気がしなくて見てません、ごめんなさい。(回線が今時のブロードバンドよりは一段遅いからか? TVでインターネット動画が見れる環境があれば、食事しながらTVで見るかもしれません。)

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2007年5月7日(月) 23:50 [ 読書感想文 ]
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「巨船ベラス・レトラス」筒井康隆
 作家・評論家・読者など文学に関わる人々、文学をとりまく環境、を批判的に描いたメタフィクション、とまとめてしまうのは正しくないかもしれませんが、ともかく面白かったです。

 錣山氏は筒井氏本人がモデルと思われますが、他はパンクからきたのは町田康?それとも年齢的には(暴力温泉芸者はパンクではなかったと思うけど)中原昌也?笹川と根津も、近い作家いそうな感じの設定です。(ところで、私は純文学とエンタメが自力で区別できません。明らかにエンタメではなさそうなのは分かりますが・・・本作も、面白いけど純文学?で、こないだ読んだ「銀嶺の果て」はエンタメ? というレベルで分別できてません。別にそんなの気にして読まなくてもいいんですけど。芥川賞か直木賞か、初出が群像すばる文学界新潮か小説××か、といった周辺情報で判断してしまいます。)

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2007年5月6日(日) 23:44 [ 読書感想文 ]
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「野ブタ。をプロデュース」白岩玄
帯の推薦文の通り、面白いです。
でも、この野ブタくん、本文中でも再三「出来るデブ」と言われてるし、性質も素直で優しいいい子なんですよね。彼にケンカに勝てる腕力がなかったら、数学が全然できなかったら、あの作戦もこの作戦も使えなかっただろうし・・・いや、それはトレーニングで何とかなるかもしれない。でも、例えばいじめられながら育つうちに性格がひねくれて、「どうせ俺なんか」みたいな卑屈な感じになってたり、「あいつらみんなアホだ」みたいな人をバカにするような性格になってたら、こういう愛されキャラにはなれなかっただろうから、やっぱり性格の素質は重要だよなあ、と思いました。
そういえば、冗談言ったりツッコミ入れたりして笑いをとってる人でも、誰とでもしゃべり活発な部類に入ってる人でも、何かネガティブな雰囲気を感じさせる人がときどきいます。逆に、あまりしゃべらず、ときどき気の効いたことを言うというわけでもないのに、ポジティブな空気を持ってる人もいます。あの違いはどうやって作られていくのか、それすらもプロデュース可能なのでしょうか。あの、感じがいい人の雰囲気というのは、基本が「文句屋」の自分には無理だろうなあ・・・。
ところで、たまたまこれの前に読んだのが綿矢りさの「蹴りたい背中」で、こちらは「ぼくはわたしはあなたたちとは違うのよ、と一人で平気なふりをしてる」部類の子が主人公ですが、でも彼らも「ふりをしてる」ことを自覚してるのですね。作りこんで仲間に入るか、平気なふりして一人でいるか、今時の高校生は大変だなあ・・・と、昔は良かった的な感覚に陥りそうになったところで、何か楽しい会話をしなくちゃ、と頑張って疲れてしまうのは実は今も同じなことに気づきました。ぬー、全然進歩してないぞ私。
2007年2月18日(日) 19:13 [ 読書感想文 ]
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「オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す」 三砂 ちづる
私は30代・子ナシ・独身・彼氏ナシ・たいした仕事じゃないのに深夜残業&休出茶飯事・ヒステリー気味、と、著者の言うオニババそのものですが、
のっけから、「・・・と思います。」「・・・な気がします。」「・・・ではないでしょうか。」って、なんじゃそりゃ。感想文か?

現代の、都市に暮らす人々の間で、身体性が失われている、というのは分かりますが、それは出産に限ったことではなくて、昔の人は日の出と共に仕事や家事をするという自然のリズムで生活し、家事だって子供背負って川に洗濯板持って行って洗濯するとか、仕事もデスクワークでなく農作業だったりとか、体を使う生活していたわけで、そういうのを無視して出産だけにフォーカスしてしまうのは無理があると思います。
20代の仕事ができないころより、45歳頃の働き盛り、というのも、キャリアを抜きにして年齢だけで45歳が一番仕事できるなんていえないのではないでしょうか。集中力にしても新しい知識の習得にしても40過ぎたら一般的には衰えるし。積み上げてきた経験と、体力・判断力などを合わせた時にMAXになるのが45くらい、というのならまだ分かるが。それにしても、そう言ってる約45歳の筆者の本がこんなチラ裏な新書だし。
出産原理主義とでも言う感じで、これに全面的に賛同してるような人が近くにいたら超うぜーだろーなー。
身体性を取り戻すことが必要だ、という意見には、そうかもしれない、と思っていたところではありますが、それは女性に限った話ではないし、養老さんの本とかの方が参考になる気がします。
・・・感想おわり。
2007年1月29日(月) 00:01 [ 読書感想文 ]
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「煙幕」 深津望
主人公の語り手「わたし」が途中で違う登場人物に変わっていきますが、変わったことが明記されているので、さっぱりわけがわからなくなったりはしないのですが、どの時点から変わってたのか?とか、父と川端は同一人物のわけないはずだと思うけどどういうつながりなんだ?とか、???と思っている間に終わってしまった感じです。
やたらと何でも宣言してから語り出す文章にまだるっこしさを感じながらも、すたすた読み進めてしまいましたが、宣言の後に出てくる文章/言葉は一見関係ない話に飛んだように見えても読み流してはダメで、あらゆるところに伏線というか後で出てくるものが記されているので、注意して読み流さないように読み返す必要があると思います。
今回は貸出期間が切れたのでまたそのうち・・・。
2007年1月14日(日) 01:26 [ 読書感想文 ]
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「無限のしもべ」 木下古栗
「憂鬱なハスビーン」を読もうと思って群像の新人賞発表号を借りたので、せっかくなので他の受賞作も読んでみました。(こちらはまだ単行本化されてなさそう?)
既知外の妄想全開で、ストーリーといったものはなさげなのですが、地の文はポンポン跳ねたり床が抜けて落ちたりするように軽妙で、逆にセリフのところは非常にうざったいぐちぐちした話し方で、スピード感の落差があり、終盤で前に出てきたのと同じ言い回しが少し変えて繰り返されたりして、Aメロ、Bメロ、モチーフを変奏してリフレイン、みたいな感じで、ラストも何となくうまくまとまって終わったように感じさせてくれて、読後に気持ち悪さを残しません。
読んでいて面白かったです。次はどんな作品になるのかしら。
2007年1月8日(月) 23:41 [ 読書感想文 ]
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「「ニート」って言うな!」 本田 由紀, 内藤 朝雄, 後藤 和智
働く気が無くて働いてない人が増えてない、というのは知りませんでした。それにそういう人たちも、いったんは就職したが連日の深夜残業、先の見えない上層部の方針、かといって転職もままならない、という中で精神的に参ってしまってニートになる人もいるだろうから、やはり問題とすべきは働きたいのにまともな働き口が無い、という企業側の方だというのは賛成。(請負やら偽装派遣やら最近話題になったけど。)
「下流社会」は、あまりに少ないサンプルを元に推測で語りすぎな感じで期待はずれでしたが、この本はデータでいろいろ示してくれていて、説得力がありました。
ただ、改善方法の提案については、教育だけでどうにかなるとは思えません。14才の2,3週間の職業体験で何かがそれほど変わるのか? 何か感銘を受けて変わる子や、後々このときの体験が効いてくる子も中にはいるかもしれないけど、大多数に影響するほどには、そう簡単にはいかないのでは・・・。
あと、ニートのうち資格取得や留学、進学は問題ないように書かれていますが、それも頭でっかちの人間が逃避半分でやっている例もあると思うので、あながち彼らは「意欲的な若者だから問題ない」とはいえないのでは、と思います。
ただ、いずれにしても、何でも「自己責任」というもっともらしい言葉で片付けてしまう風潮に異議を唱え、マスコミによる「ニート」のイメージの修正を図るための誠実な本だと感じます。
2007年1月3日(水) 22:52 [ 読書感想文 ]
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「憂鬱なハスビーン」 朝比奈あすか
これ、嫌な感じの主人公の女を嫌らしく立体的によく描いている、といった感じの評だったと思いますが、むしろ共感しながら読んでしまいました。
自分は東大出でもないしプレゼンはしどろもどろだし競争に燃えるタイプでもないし、弁護士の旦那どころか彼氏の一人もつかまえられてないので、共感するなんて言うのはおこがましいのですが、子供の頃はお勉強ができて、大学受験までは成功して、仕事もちゃんとやるつもりで就職したけど仕事の能力は低くて、こんなはずじゃなかった、みたいな思いが多分あっていろんなことが不満、でも自分にまだ何か期待している・・・のです、私もきっと。

※ついでに実家の描写なんかもすごいリアリティで、数々のお菓子の空箱(ルコントにテオブロマに鶴屋吉信・・・でもマキシムは無いわ)、壁には新聞に毎月折り込まれるカレンダー(書き込みスペースが多くて便利)、古い茶箪笥に通販のキャスターつきのワゴン(古いものは捨てず、行き当たりばったりにいるものを買うからこうなる)・・・。

期待しなくなってあきらめてしまったのが熊沢くんなのかな。きっと、凛子さんが主観的に幸せになるのは難しいだろうけれど、投げやりにならずに折り合いがつけられるところまで、期待を持ったまま模索し続けるしかないのかな、と思います。

ところで、凛子さんは料理をしないでインスタントや買って来たジャンクフードを食べたりしてますが、料理が嫌いかつ苦手で素敵な人、って、実在の人でもフィクションでもなかなかいない気がするのですが、やっぱり料理嫌いは何か欠陥なんですかね・・・衣類だって昔は家で縫っていたのに今は買うのが当たり前になったんだから料理だって家庭からアウトソーシングされてもいいはず、という意見に賛同してたのですが。

さらにところで、こういう不利な境遇から努力で勝ち上がってきた人って、バイタリティは感じるけれど何となく余裕がないというか、やはり知的文化的経済的レベルの高い恵まれた環境で育ちながら努力もして、高い能力と人間性を身につけてきたようなエリート層みたいな人たちも必要な気がします。(緒方貞子さんとか。)階級の固定化は良くないと思うし、既得権益を守ることに固執するだけの人では仕方ないけれど。
2007年1月2日(火) 23:05 [ 読書感想文 ]
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