日本でのOL生活に区切りを付け、初めは
留学として来た上海。
留学を終えてそのまま上海で仕事を始め、
いつの間にかそのまま上海で結婚。
留学生⇒会社員⇒太太(主婦)...、
三変化を遂げた我の上海生活です。

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バスから落下の思い出。 [2006年08月18日(金)]
酷暑の中、今日はめげずにバスに乗ってお買物へ

中山公園の家楽福(カルフール)に行き、更にバス乗って虹橋
開発区の太陽広場内にある日系スーパー「しんせん館」へ。

「しんせん館」では主婦魂がメラメラ
色々と5割引だとか2割引だとかになっている商品を大量に購入
してしまいました(またしても・・・、貧乏性 )。

はてさて、そんなこんなで我はかなり頑なに(?)、バスやら時に
地下鉄やらに乗って移動をします(頑なになる必要は毛頭ないの
ですが・・・)。

でもって、上海のバスですが、最近ではめっきりキレイ
になりました。

我が初めて上海に来た当初は、バスはそりゃーそりゃー、なか
なかすさまじかったのですよ。
でもって運賃は(距離にもよるのですが)、0.5元(≒7.5円)
でした。超安い!

それが今となっては、大体バスの運賃は 2元(≒30円)です。

いつの間にか4倍に!!
すごいインフレだ!!

でも、確かにバスはその分とっても整備されました。
空調 も付いたし(今でも空調なしのバスは1元とか1.5元)、
液晶TV まで付いてる!!


↑バスの中の様子。こんな感じです。

かつては、乗るのさえ躊躇するようなバスだらけだったのに・・・。
ここ数年でホントに整備されてきました。
成長ってすごいなぁ・・・。

まぁ、今でもバスによってはすさまじいのもあったりするのですが

乗ったバスが途中で動かなくなって、乗客皆降ろされた
かと思いきや、乗客皆で後ろからバスを押させられたなん
てアンハッピーな出来事に遭遇したのも、つい去年のこと。
しかも2回も!(←共に57番のバスです

------ -----

バスと言えば、トラウマと言うか、切ない思い出があって、かつて
台湾に住んでいた頃(10歳の時)、
公共バスから落っこちたことがあるんです

通常、学校のスクールバス(日本人学校の)で登校していたの
ですが、その時はちょうどクラスのソフトボール大会の朝練で早く
学校に行かなければならず、公共バスに乗ってた時でした。

下車駅を目前に、「下りますよー!」とヒモを引っ張って(ヒモを
引っ張るとビーッとなる仕組みだった)、意気揚々と後部ドアの
前に立って下りる準備をしていたところ・・・。

運ちゃん、何を思ったのか、バスを猛疾走 させながら、我の
目の前のドアを開けたのです!!

我、スゴイ勢いで走っている時の外の景色を目の前に、足がガク
ガク
震えてしまって。
しかも、運ちゃんはバス停で止まる気配すらない。

「これって、どーゆーこと?!
 このまま降りろって?降りろって?・・・???」

と、頭の中が混乱して、次の瞬間、


我、バスから落っこってました。


バスから落ちる瞬間、ほんの一瞬の間だけだったにも関わらず、
10年間の人生の色々な場面が走馬灯のように頭の中を駆け
巡りました。

嗚呼、我死ぬのかしらー?

と思いました。
よく、人間死ぬ時にはそれまでの人生の出来事がそれこそ「走
馬灯のように」駆け巡る、と言うのを聞きますが、まさにそんな
感じで。
とってもミラクルな瞬間でした。

でも、次の瞬間、

固いコンクリートに全身を思い切り打ち付けて、
(しかも、すごい勢いで走っていたバスから落ちた為、衝撃
がものすごかった!!)
ものすごい痛みを覚えました。

でも、奇跡的に骨折などもなく、左半身の色んな箇所が打撲して
擦り切れただけで済みました

後から、実は肩からすごい出血していて、その時4枚重ね着して
いたのに、一番上にきていたトレーナーにまで血が染み出してきた
のにはビックリしましたが。

幸いにも、朝早い時間だったので、交通量が少なかったこと。
これがフツーの時間だったら、絶対後からバイクとかが走ってて
轢かれてた

そして忌々しき263番(←今でも忘れまい!)の運ちゃんは、我を
振り落とした後、バス停を50mくらい過ぎた辺りで、乗ろうとしてい
た人の存在に気付き、止まったものの、その人を乗せたら、また
スタコラサッサと走って行ってしまったのです!

絶対に許せーん!!

当時の我は、全然中国語なんて話せなかったにも関わらず、友
達の家に行ったり来たりするので、子供1人でかなりバスを乗り
こなしていました。

タクシーばかり使っていた母を横目に、ちょっと得意気になんて
なってたりして、変なプライドがありました(ちょこっとだけ)。
あの頃の自分にとっては、台北市内に縦横無尽に張り巡らされて
いたバスを乗りこなすことは、子供にとって遊び場が全然なかった
当時の、一種の冒険と言うか、危険な(?)遊びというか、そんな
感じで刺激的だったのです。

そんなこんなで、我にとって今でも場所こそ違えども、上海でバス
に乗ることは、子供時代への懐かしさでもあり、かつての変な
プライドに対するリベンジ(?)でもあり・・・。

と言う感じです。

とは言え、何も躊躇せずにタクシーに乗る潔さ
にも憧れちゃったりもするのですが・・・。

でも、タクシー生活に慣れちゃったら、帰国してからがツライ
だろーな

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