もう9月も終わりですね。。。
思い切り放置状態でした〜〜〜。
また、お菓子教室の西山先生に怒られる・・・・笑。
という訳で、サボっていた分・・・。
今日は、真面目なお話しよん!
私が一番最初にバレエを始めたのが小学一年生になってから。。。
その頃バレエのドラマが流行り、それがきっかけでした。。。
単純な私は直ぐに母に頼んで「バレエ習いたいよ〜!」と頼んだのですが、その頃既に鎌倉に引越しが決まっていたし。。。
その近所にはバレエ教室が無かったので、鎌倉に引っ越したらね〜〜。
という事でお預け状態。
引越しも終わり、見つかったバレエ教室が七里ガ浜の「パブロバ、バレエスクール」でした。
ココが何と?
日本のバレエ発祥の地でした。。。
大人になってある時期まで知らなかったの〜〜〜。
そんな凄い教室でバレエ習ってたんだ〜〜私ったら
このスクールは、ロシア人のエリアナ、パブロバさんの主催によるバレエスクールでした。
貴族の身分だったエリアナさんは、母(ナタリア)と妹(ナデジタ)と共にロシア革命から身を守る為に命がけで、日本に亡命してきたのです。
その後、日本の横浜でバレエの指導を始め(後鎌倉に移る)多数の日本のバレエ先駆者達を育てあげるが後、軍属として日本軍慰問旅行に出掛けてその途中、昭和16年に南京で戦病死する。
現在エリアナさんは、英霊として靖国神社の祀られてるそうです。
因みにアンナ、パブロワと良く間違われるみたいですが、全く別人ですからね〜〜。(エリアナさんも「瀕死の白鳥」踊ってるしね。。。)
エリアナさんが当時、日本で活躍している時期に「アンナ、パブロワ」が来日した時期も有ったようで
お客が混乱しないように、日本語ではパブロワを→をパブロバと記していたんですって。
エリアナさんが亡くなった後は、妹さんのナデジタ(ナージャ先生)が後を継ぐ事になり、私がこのバレエスクールに通う頃は、ナージャ先生は太ったお婆ちゃんでした。
足が悪かったので、歩く時は足を引きずってましたが、いつもニコニコして可愛らしい人でした。
私はあの頃のお稽古場が本当に大好きであの頃の記憶は鮮明に残っています!
だって〜〜!国道134号線沿いで目の前は海ですよ〜〜ん

正面はお天気が良いと、「大島」が見えて。
左がわは、逗子でしょ〜〜右側は「江ノ島」と「富士山」が見えたんですから。。。。
湘南では有名なレストラン「珊瑚礁」の隣よん
しかも、建物は「白い洋館」。
一歩中に入れば、そこはロシアでした〜〜〜スバラシイ〜バ、、、スパシーバ(笑)
ところが今はそのお稽古場は、跡形も無く取り壊されてしまって。。。すごーーーーーーーーく
残念残念残念。。。。。。。。。。。。。。
確かに老朽化して危なかったって事もありますが。。。もっとどうにか出来なかったのかな?
最近、あのスタジオの事が凄く思い出されて。。。ネットで色々調べてみた。。。。
ショックでした。。。。取り壊す前の資料が全くといって良いほど見つからない!!!
とりこわした後は、個人の方がスクール跡地に「パブロバ記念館」という故人の遺品の展示や資料の展示をする資料館のような施設を創って頂いたものの入管者数があまり無く当然赤字で、閉館していまいその建物は個人宅になってしまいました。(一時そこでバイトしてました。。。入管料500円だったかな。。。たしか)
ところで、あそこで展示していた先生達の遺品たちは一体どこに行ったんだろう・・・?疑問!
記念館の閉鎖。。。有るのは跡地に日本バレエ協会が贈ったモニュメントとエリアナさんとナージャ先生とお母様のナタリアさんのお顔が刻まれたレリーフのみ。。。。。
何だか凄く悲しい。。。。。
現在の日本のバレエダンサーのレベルは凄く高くなってますね!
でもこうして今バレエができるのは「パブロバ姉妹」のお陰なんですよね。。。。
このお二人の先生が日本で、バレエを教えて下さらなかったら「今の自分は何をしていただろう?」
パブロバ姉妹の存在を風化させないように、現在の若い日本のダンサー達にもエリアナ先生&ナージャ先生の存在を理解して欲しいと思います。
最近突然。。あの時の稽古場の事が凄く気になって。。。何故だか判らない。。。
あれほど素敵なお稽古場は未だかつて無いと言っても過言ではないと思います!!!
そんな素敵なスタジオでお稽古できた自分って幸せ者ですよね
皆様、是非この機会に「日本のバレエ発祥地ーエリアナ、パブロバ」で検索なさってみてください!
特に、生徒さんは必見です。
日本のバレエの歴史を知って欲しい・・・・。
日本では、本も発行されてます。
今後しばらくは、このパブロバ、バレエスクールの思い出話をして行きたいと思います。
ではでは、ごきげんよう
メグミ