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フリーで活動する心理カウンセラー(サイコセラピスト)です。『自分とのコミュニケーション』をテーマに、思考を問い直すThe Work of Byron Katieを日本に紹介する勉強会やワークショップも開催しています。マインドフルネスの教えを日々実践中!

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認知行動療法に関する市民講演会@成田
かなり直前のお知らせですみません…。

7月5日(日)に、成田市の保健福祉館で、認知行動療法に関する市民講演会が開催されます!

私も「今日からあなたもストレスに強くなる!早速使える認知療法エッセンス」ということで、バイロン・ケイティのワークをご紹介させていただきます。

1月の柏での講演会とほぼ同じ内容になりますが、今回は事前のお申し込みは不要ということですので、お近くの方は(そうでない方も)お気軽にいらして下さいませ。

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千葉といえば、この前の選挙で当選した千葉市長さん、若くてかっこいいですよね〜。ストレス多そうなお仕事なので、聞きに来てくれないかな〜。
2009年7月5日(日) 10:50 [ お知らせ ]
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R.I.P, Michael
マイケル・ジャクソン死亡のニュース、私も朝ニュースで聞いてびっくりでした。

すっかり忘れていたけれど、大学生の時、東京ドームまで行ったんですよねぇ。その頃は、既に90'sに入っていたので、80'sのBadやThrillerなどの時代より、もっと歌も踊りも洗練されてて、ついでにお顔も白くなってて、ホントにカッコよかった!!Do you remember the time?とかIn the closetとか、目の前で動くダンシング・マイケルに痺れましたねぇ。

彼は、大衆が狂喜乱舞するツボをすべて知っているというか、「ポォ!」とか「フゥ!」とかのおかしな叫び声を上げただけで、どーんと盛り上がり、こういう人を「生まれながらのエンターテナー」と呼ぶんだろうな、と思ったほどです。私の青春という名の90'sを彩ってくれたマイコォォ。寂しいですね。

美空ひばりさんが亡くなった時、母はファンでもなかったくせに、「彼女はすごい歌手だった。これで本当に昭和が終わった気がする。」と、彼女の偉大さを力説していて、さして興味もなかった私は、「ふぅぅん」と、聞き流してしまいましたが、もし私に言葉の分かる子供がいたら、絶対「マイケルは、それまでは別々だった、歌とダンスを融合させたすごい人なんだよ!!」と力説していたと思います。(そして、聞き流される…)

どうぞ安らかにお眠り下さい。
2009年6月29日(月) 10:23 [ つれづれ ]
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種を蒔いたら…
最近、しばらく会っていなかった友人や、遠方に住む友人が、急に連絡してきて、「おぉ、久しぶり!会いたいね〜」ということになって、そしてそれがすぐに実現するということが頻発しています。

大阪に住むTさんもその一人。で、先日、うちの近所のカフェで、彼女と近況をあれやこれやと報告していた時のこと。

私が、先月のデトックス・プログラム終了後、何となく、何とな〜くなんだけど、少しづつ何かが変わってきているよ〜な気がする、というようなことを言ったら、彼女は「そうそう、Mariさんは、もうそうやって、ちゃんと種を蒔いたのだから、後はで〜んと構えて、芽が出るのを楽しみにしてたらいいんですよ。」と言われ、何だか目からウロコどころか、魚ごと一匹(二匹?)飛び出てきそうなくらい、その一言にはびっくり。

そうなの、そうなのよね。栄養のいい土に種を蒔いて、お水を充分あげて、陽のあたる場所に置いてあげたら、もうその先に私がすべきことは何もないのよね

今までだったら、ちょっと芽が出ないと、土を掘り返して、「この種は、本当にダイジョーブなんだろうか??」なんて心配していた気がするし、芽を出すのも、花を咲かせるのも、実をつけるのも、ぜ〜んぶ自分の仕事だと思っていたような気がする・・・なのに、友達には、「○○ちゃんは、一人で全部背負い込みすぎなんだよぉぉ」なんて言ってたわ。およよよよ〜

「人事を尽くして、天命を待つ」の言葉通り、やるべきことをやったら、後は、信じて、委ねて、お任せすること。そっか、そういうことだったのか。もっと、楽に、肩の力を抜いてもいいんだよね。大切なことを教えてもらいました。Tさん、ありがとね

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いつも美味しい野菜を届けてくださる宮内農園さんのブログから拝借したズッキーニの花です
2009年6月24日(水) 10:31 [ 感じたこと ]
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父の日
今日は、父の日でしたね。毎年、必ず何かしているというわけでもないのですが、今年は、なぜか思い立って、妹との連名でワインを一本送ってみました。

私にとって、父親というのは不思議な存在で、社会的には立派で、浮気もせず、30代初めで庭付き一戸建てを達成し、家族のためによく働く人ではありましたが、小さい時は、当直や単身赴任でほとんど不在でしたので、一緒に遊んだ記憶があまりなく、親子の縁という意味では、希薄な方だったと思います。

また、愛情表現もあまり上手くなく、子供を褒めるということもしない(というよりはできない)人だったので、アメリカのTVドラマに出てくるお父さんを見た時は、衝撃を受けたものです。

そして、そのことが、私のこれまでの自己評価の低さにつながっていたとは、カウンセリングを勉強するまで、気づきもしなかったことでした。

でも、父は父で、浮気者で祖母を泣かせ、子供に手を挙げるような祖父からは、愛されたという記憶がなく、むしろ虐待されて育ったわけで、今となっては、「自分の父親のようにはならないようにしよう」と、彼なりのベストを尽くしていたことが理解できます。ただ、私の求めていた「理想の父親」ストーリーとはマッチしていなかった、それだけのことです。

やっと、そういうことが分かってからは、「お父さん、大好き!」になったわけではありませんが、少なくとも、父を責めるという気持ちはなくなり、あるがままの父を受け入れられるようになりました。そして、それはとても楽なことです。自由なことです。

今、夫婦関係、親子関係、職場での人間関係に不満がある人、上手くいっていないな、と思う人は、親との関係を検証してみるといいかもしれません。過去を美化する必要はありません。ただ、今、自分が親に対して、何を思っているのか、何を感じているのかを正直に認め、彼らのエゴが自分の中にもあるんだと気づいて手放していくことです。

親を許さないまま、そして自分を許さないまま、誰かと、そして多くの人と幸せな関係を築くというのは、不可能ですね。だから、あなたがあなたらしく、自由でいられるために、親に協力してもらおう、つまり「自分のため」と思えば、それは決して無駄な作業ではないと思います。
2009年6月21日(日) 15:46 [ コミュニケーション ]
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ヴィトンと、そのストーリーを手放す
先月決行した、デトックス・プログラムの項目の一つには、「今の私の価値観と合わなくなったモノを処分する」と言うのがありました。

そこで、私が真っ先に思いついたのが、もう何年も使ってなくて、たんすの肥やしになっていたルイ・ヴィトンのバッグや財布のこと。

一流ブランドの製品を持っているだけで幸せなんていうのは、もはや私にとって、20世紀どころか、旧石器時代の古い価値観ですし、最近は、環境にいいとは言えない皮革製品も持たなくなってきているので、処分をするのも時間の問題ではあったのですが、なかなか踏み切れずにいたのは、やはり、「思い入れ」という名の、頭の中のストーリーがあったからなんですね。

あぁ、このバッグは、香港で、まるで業者が買い付けに来たかのように、他に口紅一本買わずに、お店に並んだよなぁ、とか、この財布は、パリで「お前もか、ミーハー日本人め」というような、フランス人店員からの冷ややかな視線にもめげずに選んだんだよなぁ、とか、そういう今となってはどうでもいいストーリーが執着となって、新たなスペースを生み出すことを阻んでいたようです。

でも、「処分する!」と決めた途端に、タイミングよく、TVでそういう製品を買取してくれるサービスがあることを知り、さっそくダンボールにヴィトン製品と、それにまつわる過去のストーリーを詰め込んで、着払いで送ってしまいました。そっか、モノの方も、「要らない、要らない」と思われながら、私に持ち続けられるのは嫌だったのかも。あぁぁスッキリ!

モノもカラダも考え方も、古いもの、要らなくなったものは手放して、今の私に合った身の丈サイズで行きたいものです
2009年6月20日(土) 11:36 [ つれづれ ]
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ダメでいいじゃん
これまで、あなたを苦しめているのは、人でも状況でもなくエゴですよ、ということは散々書いてきましたし、でもエゴと戦ってもしょうがないから受け入れましょう、ということも、壊れたレコードのように書いてきました。

でもね、やっぱり、子供の頃から、父さん母さんからも、爺ちゃん婆ちゃんからも、学校の先生からも、親戚の叔父ちゃん叔母ちゃんからも、近所の小父ちゃん小母ちゃんからも、つまり、ありとあらゆる“大人”から「いい子」であることを強要されてきた私達には、「ダメな自分」を受け入れることは、至難の業です。

だから、認知療法では、「本当にあなたはダメな子なんですか?」「自分で自分を認められるところはありませんか?」と質問をして、「発想の転換」を促します。

でも、もっと大きな発想の転換って、「私はダメじゃない」ってことに気づくことじゃなくって、「ダメでいいじゃん、ダメなところがいいんじゃん」って、自分の不完全さを、あるがままに受け入れられることなんだろうなって思います。そしたら、自分だけでなく、相手にも完璧を求めなくなるし、ダメだ⇔いやダメじゃない、の終わりのない二元のループからも抜け出せて、楽になりますよね。

例えば、私は学校の先生ではないけれど、もしそうだったら、頭がよくて、何をやらせてもデキる子で、おとなしくて、何を言っても「はい、はい」って従う従順な生徒よりも、反抗するし、手はかかるし、憎まれ口も叩くけど、でもどこか子供らしくて、弱っちくて、憎めないっていうような生徒の方が印象に残るし、可愛いなっって思うのかもしれません。

そう思うと、私は過去に色〜んな人とお付き合いしてきたけれど、今でも懐かしいなぁ、今どうしてるかなぁ、と思い返したりするのは、そつがなく、スマートで、頼りがいのある「優等生タイプ」ではなくて、「本当に、おめぇはどーしようもねぇな!」「あーもーなんで、こんな人好きになっちゃったんだろう。」っていうようなダメンズの方かも…。(そして、その数の方が多い…あは

「ダメでいいじゃん。」そう思うと、自分を好きになれそうな気がしませんか?
2009年6月15日(月) 17:06 [ つれづれ ]
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スーパーエゴ
カウンセリングをしていると、中には「すみません、こんな暗い話ばかりで…」とか、「こんなつまらない話にお付き合いいただいて、ありがとうございます」などとおっしゃる方がいらっしゃるのですが、ちょっと、待ったぁぁ!

あなたの話は、「暗い」「つまらない」、それ本当?そう考えることは、自分の役に立ってる?そう考えて、自分が楽になる?誰がそんなこと言ってるの??

はい、答えはエゴですね。

それに、世の中、楽しくて、明るくて、面白いことばかりだったら、カウンセリングなんて必要ないですし、6人に1人が心の病なんてありえないし、現代社会にはびこる経済や治安への不安だって説明つかないですよ

なので、そんな時は、「(例えネガティブなものであっても)自分の感情を素直に表現することは、とっても大切だし、健康的なことですよっっ(奥さんっっ)。」とお話しています。いや、これは励ましでも慰めでもなく、本当にそう思うんです。

でも、それを邪魔するのがスーパーエゴなんですね。

スーパーエゴというのは、エゴの中でも、エゴの見張り番というか、ネガティブな思考や感情を持つことを諌める声、社会道徳や規範のことで、一見すると、とても「正しい」ものです。

なんだけど、ハートを持つ人間同士のコミュニケーションの上では、あまり役に立ちません。なので、むき出しの感情であるエゴよりも、むしろ、それを無いものにしようとするスーパーエゴの方がやっかいな時もあります。

で、なぜそんなものができるかというと、例えば、子供が「○○ちゃん、嫌い!もう、幼稚園行きたくない!」って言ったら、大人が「そんなこと言うものじゃありません。お友達は大事だし、ちゃんと幼稚園に行きなさい!」と教え諭すのは、当然の親の役割だと思いがちです。

でも、そういう時に子どもに伝わっているのは、「私には、あなたの気持ちよりも、お友達や幼稚園の方が大事です。嫌いだろうが、嫌だろうが、我慢しろ!お前の言うことなんか、知るかボケ〜!(あら失礼!)」なんですね。

そういうことが重なった結果、気づかないうちに「大人のようにふるまってしまう子供」、「自分の感情を押し殺して、大人の期待に合わせてしまう子ども」として育った場合、大人になってから、健全な人間関係や家族関係を築くことが難しいのは、な〜んら不思議なことでも何でもありません。(一時期よく耳にした「アダルトチルドレン」も、これに関係しています。)

なので、先ずは大人ぶるスーパーエゴを外し、子供のようなエゴと向き合って、「もう、君たちのお世話になることはなくなったよ。さようなら〜。」と手放して、自分ではない誰かを演じようとするのはやめ、本当の自分に気づくことが、正しく「大人になること」で、単に年齢を重ねることではないのねぇ、と痛感する毎日です。
2009年6月4日(木) 15:35 [ コミュニケーション ]
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ツレうつ
先日、たまたまTVをつけたら、「ツレがうつになりまして」というドラマをやっていました。

スーパーサラリーマンだったツレさんが、激務の疲れから、ある日突然、「死にたい」と言い出し、病院へ行ったら「うつ病」だと分かり、それから漫画家であるてんてんさんとの、夫婦二人三脚での闘病生活が始まり…というものです。

同名の漫画を読んでいなかったので、何の先入観もなく見たのですが、偏見の多い「うつ病」というものを理解する上でも役に立ちましたし、単純に夫婦愛のドラマとしてもよかったです。

そこで、早速本屋に走り、原作を読破。これまた、爆笑しながらも、涙なくしては読めない一冊でした。テーマがテーマだけに、悲痛で重たくなりがちですが、そこを上手く、漫画ならではのユーモアでカバーされています。

その中で、妻であるてんてんさんが、「うつになったツレさんには“アンテナ”があり、そのアンテナが、憂鬱になるものを色々とキャッチしていたようだ。そして、病気が治ったら、そのアンテナも消えていた。」というくだりがありました。

また、治療中に気をつけていたこととして、「“これは病気だからなんだ”と、自分と病気を分けて認識させることで、“やっかいな自分”という思い込みから抜け出せた」というのがありました。

そうなんですよね。この2つのことからも分かるように、ついつい私たちは落ち込んだり、ふさぎこんだりすると、「そういう自分が自分である」と、ネガティブな思考(つまりはエゴ)と、自分自身を同一化してしまいますが、そこを分けて、客観的に自分を見ることができれば、必要以上に自分を責めるという思考のパターンからは解放されますね。

他にも、認知療法的に、ツレさんがネガティブなことを言うと、てんてんさんが、「それは○○ってことだよ」という風に言い換えることで思考の転換を図ったとか、毎日日記をつけることで、同じ嫌なことを何度も考えてしまう癖が緩和された、などの工夫もありましたし、うつになって、電車に乗れなくなり、コンサートや人の多い所にも行けなくなったが、夫婦二人で、少しづつ出かける距離を延ばし、比較的人の少ない時間から人ごみに慣れるようにしていった、などの「これって、行動療法じゃなの!?」というような試みもされていたそうです。

ってことは、実はてんてんさんは、自然にツレさんにとっての優秀なセラピストとしての役割を果たしていたのかもしれませんね。(って、ちょっと偏った見方かしら…

そしてやはり、ツレさんの「うつになったことで、病気であっても、自分のありのままを受け入れられるようになり、うつになる前よりも人に優しく、思いやりを持てるようになった。」というような言葉が、印象的でした。

そう考えると、やっぱりエゴのアンテナって、持ってはいけないものでも何でもなくて、実は、私たちを成長させてくれるなんだなぁと、改めて思いました。(そうは思えないことも多しだけど…)ということで、ドラマも原作も、おススメです!
2009年6月1日(月) 17:08 [ 感じたこと ]
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コミュニケーション・セラピーのお知らせ
コミュニケーションセラピーでは、バイロン・ケイティのワークを基本にしながら、「あるがままを見つめる」ためのマインドフルネスや、欧米では、最先端の心理療法として注目されている仏教や禅などの教えも取り入れながら、自分の中にある役に立っていない「思い込み」に気づいて、過去からの感情的な痛みを癒し、アタマとココロとカラダのバランスを整えると同時に、「今」を大事にし、本来私たち一人一人に備わっている潜在能力や直感を高めて、あなたらしい人生のあり方を探っていきます。

お仕事はもちろん、家族や友人との関係、恋愛で悩んでいる方にもとても有効なセラピーです。

東京にお住まいの方は対面が可能ですが、それ以外の方、もしくは海外にお住まいの方でも電話もしくはSkypeによるセラピーを受け付けいています。(その場合、国内の銀行への振込みが可能な方に限ります)また、都内、もしくはその近郊にお住まいであれば、出張もいたします。ご相談ください。

対面の場合は1時間7,000円、電話・Skypeの場合は1時間6,000円となります。(延長の場合、10分1000円)出張の場合は、別途交通費がかかります。

お申し込み・お問い合わせはこちらまでお願いいたします。

お一人で抱え込まずに、スパやネイルサロンに行く感じで、お気軽にお申し込みください。一緒にココロのお手入れをしていきましょう!
2009年5月31日(日) 14:32 [ お知らせ ]
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錬金術
災難が降りかかってきた時、または、途方もなく「まずいこと」が起きた時は、その出来事には別の側面があるのです。

その出来事とは、病気、体が不自由になること、家・財産・社会的地位を失うこと、親しい人との別れ、愛する人の苦しみや死、自分の死期が迫っているなど、様々です。

そんな時には、悲嘆にくれるのではなく、「自分は、素晴らしいことが起きる、ほんの一歩手前にいるのだ」ということに気づきましょう。

なぜなら、痛みと苦しみという「卑金属」を、「黄金」に変える錬金術的な変化を起こす、一歩手前にいるからです。

その一歩は「手放すこと」と呼ばれるプロセスです。

〜エックハルト・トール「The Power of Now」より〜

2009年5月29日(金) 11:05 [ つれづれ ]
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