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フリーで活動する心理カウンセラー(サイコセラピスト)です。『自分とのコミュニケーション』をテーマに、思考を問い直すThe Work of Byron Katieを日本に紹介する勉強会やワークショップも開催しています。マインドフルネスの教えを日々実践中!

色々ありました
ブログがなかなか更新できなくて、すみません2月も、もう7日なのですね。早い、早い。

この1ヶ月は本当に、怒涛のように毎日が過ぎていきました。3年ぶりのフルタイムに加え、長い通勤、更に、立ち上がったばかりのNPOも課題が多く、その度にやきもきしていましたが、それも何とか落ち着き、またもや、一人ではなく、チームで動くことのパワーを身を持って知ることとなりました。やっぱり、不安や心配からは何も生まれないんですね〜。

また、私の今後のキャリアをどうするかの選択を迫られるような出来事もあり、一時期は昔のライフカードのCMじゃないけど、「どうする?俺?」って迷ったりもしましたが、最終的には、この2年で、千葉大の認知行動療法の養成コースと、精神保健福祉士のW資格を目指し、その後は医療系(コメディカル)のセラピストとして生きていく決心もつきました。

私自身は、「資格がないと不安」というのはないし、資格は質を担保するものでもないと思っているのですが、私が学んでいる認知行動療法は、そう遠くないうちに、保険点数化される予定で、私のような民間の立場のセラピストが今後、「認知行動療法」の看板を掲げて活動するのは、医師法違反になってしまうのです。

ですから、本当によいタイミングで精神科医である清水先生とのご縁をいただいたと思いますし、それも神様のお取り計らいかしら?と感謝しています。今後は、私個人の活動をしつつ、医療従事者としても精進していきたいと思っています。

更に更に、千葉での家探しもしなくてはいけなくて、当初は今月内に見つけて、3月末に引っ越す予定だったのですが、新築で駅から5分という掘り出し物件が出てきて、急遽今月末には今の家を出ることになりました。(あぁ、バタバタ・・・)

何か、引越しのことだけでも他にブログが一つできちゃいそうなくらい、不動産屋巡りから何から、色々あったのですが、ほぼ理想どおりのお部屋に決まり、今はホッとしているところです。残り少ないですが、東京での生活を楽しみたいと思います!

というわけで、個人セッションは、しばらくお休みとさせていただきます。再開の際には、こちらのブログでお知らせしますので、よろしくお願いいたします。
2010年2月7日(日) 22:50 [ つれづれ ]
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陪席
なかなか更新ができなくてすみません

実は、昨年まで週1回だった千葉大への勤務が、今年から急遽週5回となり、毎日片道1時間半の通勤×5日間=辛い&眠い・・・

これまでは、「たまにはお勤めもいいわよね〜」なんてお気楽出勤だったのに、副業が本業になってしまったようなライフスタイルの激変に、慣れるまで少し時間がかかりそうですが、早寝早起き&通勤でかなり歩くので、生活が健康的にはなっている気がします。

で、週5日も大学で何をやっているかというと、やはりスタートしたばかりのNPO関係のお仕事が主で、宣伝のためのチラシを作ったり、コンサルの方との事業展開のミーティングに参加したりしています。それがまた面白くて、「ストラテジー」とか「スキーム」とか「ソリューション」とか、ルー大柴ばりの横文字が並ぶ並ぶ・・・。

セラピストになって、しばらくバリバリのビジネスの世界からは隠遁していたせいか、何だか「ナメネコ」とか「エリマキトカゲ」という言葉を聞いたかのように、懐かしかったです。そうだった、そうだった。コンサル系との会議はこんなんだった・・・。

って懐かしがってる場合ではないのですが、先日、清水先生の認知行動療法のセッションに同席(=陪席)させていただいたことは、普段は人のセラピーを見る機会などないので、本当に勉強になりました。

先生のセッションは、穏やかなお人柄に合う、本当に漸進的というか、ステップバイステップというか、正に「患者さんに寄り添う」という感じで、私のチャキチャキ江戸っ子系というか、ツッコミ系関西人風のノリとは、かなり対照的なような・・・。

ま、先生のは診療行為ですし、回数も1回で終わるものでもないので、比べてもあまり意味はないかな?とは思うんですが、「こういう進め方もあるんだ・・・」と、かなり目からウロコでした。

精神科の治療は、看護士さんなどが付き添う外科や内科と違って、密室で二人っきりという設定が多いので、治療者が「独りよがり」になったり、いわゆる「二次被害」が起きてしまうこともありますが、(患者さんの同意が取れればですが)、陪席で、それが防げるというメリットがありますし、やはり人のセッションを見たり、見られたりすることで、セラピストの腕も上がりますから、心理職の方は、機会があれば、是非陪席してみてください。学ぶこと多しですよ。
2010年1月25日(月) 00:01 [ サイコセラピー ]
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フツーじゃないぜ
少し前のことになりますが、何があったというわけでもないのに、肩と腰がどうにも重くて辛かったので、キネシオロジーをやっている雅海さんのサロンに駆け込み、「ちょっとぉ、カラダがなんて言ってるか聞いてみてもらえますぅぅ?」とお願いして、筋反射テストをやってもらいました。

そしたら、雅海さんは、カラダのあちこちを触った後、「分かった、分かった。Mariさんって、分かりやすいね〜。」と一言。逸る心を抑えつつ、「何が出ました?」と聞いてみると、「うんとね、安定が嫌なんですよ、Mariさんは。」と意味深なことをおっしゃるのです。

え??安定が嫌??どういうこと??と更に突っ込むと、「要はね、今の自分を受け入れていないんです。ココロは、チャレンジとかワクワクとかドキドキとか、そういうものを望んで、安定なんて求めてないのに、アタマが、それじゃダメ!他の人と同じように、もっとフツーに生きなさい!と押さえつけてるから、その矛盾がカラダの歪みに出て、肩や腰を傷めつけてるんですよ。」とのこと。

そっかぁ、そうだったのかぁ。それを聞いた途端、憑き物が取れたように、ふっとカラダの力が抜けました。そうなのよね。堅実な両親に育てられた私は、常に「フツーが一番。出る杭は打たれるだけ。」と教えられ、まるでそれが神の声であるかのように、自分に言い聞かせ、信じてきたんだけど、30歳を過ぎたころから、大手企業は辞めるわ、フリーになるわ、いい縁談を断るわで、段々と風向きが変わり…。

ってことは、実は、それは神ではなく、エゴの声だったんですね。(神様は「出る杭は打たれる!フツーが一番」なんて言わないよね…。)

何だかそれって、例えるなら、神様の声だと思って、ずっとありがたく聞いていたのに、実はテープが繰り返し流れていただけ、と分かったというか、「オズの魔法使い」の、願いを叶えてくれると信じて、魔法使いに会いに行ったけど、カーテンをめくったら、実は、ただの人間だったと分かった、みたいな感じですね。しょぼい、しょぼい。やっぱり、自分のココロの中は、ちゃんと見た方がいいですね。

そう言えば、他の人にも言われたことがあります。「フツーがいいんだったら、とっくに見合いでもして結婚して、いい妻、いい母になってるでしょ〜。それを選ばずに、今のような、波乱万丈・不安定・行き先不明・予測不能のジェットコースター人生を送ってるってことは、そうしたくないってことだよ!(いい加減、あきらめな)」と。はぁ、そうでした、そうでした。それも、これも、私が選んだことでした。自分のことって、ホントによく分かっていないものです。

というわけで、思いっきりフツーという名のマラソンコースからは外れてしまったけれど、誰に迷惑かけてるわけでもないし、それもまたよし!ですね。超マイペースで、今年も、人とは違った走り方や景色や出会いを楽しみたいと思いま〜す
2010年1月12日(火) 15:24 [ ココロとカラダ ]
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2010年
かなり出遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします!

お正月は、実家で、いつものごとく、飲んで食べて過ごしました。おかげで、東京に戻ってからは、埃をかぶっていたコアリズムを引っ張り出してきて、正月太りの解消でございます。

今回は、3日の日に、近くのスーパー銭湯に行って、年に一度のお楽しみの「垢すり」をしてもらったのですが、韓国人のおばちゃんに「アナタ、ハダキレイネ〜」なんて言われて喜んでいたら、全身を容赦なくガシガシと擦られて、消しゴムのカスのような垢がポロポロと・・・。でも、おかげで、ゆで卵の皮をむいたような、ツルツルピカピカの肌になりました。ずっと、このままだったらいいけど・・・。

さて、今年は、住む場所も、働く場所も、仕事の内容も、変わることが決まっていますし、これまでとは違う未知の世界に飛び込むわけで、どんな1年になるのか、今の時点では、まったく予想すらできないのですが、まぁ、何とかなるでしょう〜、ということで、レッツチャレンジ&エンジョイの日々にしたいと思っております。

というわけで、お知らせをいくつか。

先ずは、以前に書いた千葉大での「認知行動療法」のセラピスト養成コースのことが、12月26日付けの朝日新聞朝刊に載っています。日本でも先駆的な取り組みですので、世間の注目度も高いのかもしれません。そんなプロジェクトに関わらせていただくのは、本当に光栄なことです。足を引っ張らないように、がんばらなくては・・・。朝日を購読されてる方、見てみてください。

次に、よしもとばななさんの近著「Q人生って?」に、バイロン・ケイティのワークのことが書かれています。憎しみから解放されるにはどうしたらよいか?という質問の答えとして、ホ・オポノポノと一緒に紹介されていますので、ご興味のある方は、チェックしてみてくださいませ。

最後に、以前に書いたNPO法人が認可されました!名称は、「認知行動療法推進協会」(長いっっ)と言いまして、私は恐れ多くも畏くも、「事務局長」を拝命しましたが、実質的にはパシリというか、小間使いだと思っていますので、フットワーク軽く、サイコセラピーの日本での普及のために、走り回りたいと思っています。何か動きがありましたら、こちらのブログでも、ご報告しますね。

というわけで、2010年も、頭と心と体を整えて、楽しい年にいたしましょう〜!
2010年1月6日(水) 21:28 [ お知らせ ]
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よいお年を
昨日、念願のThis is itを見てきました。やっぱり、マイケル・ジャクソンはすごい人でした。

私としては、もう50歳だし、ブランクも長いし、復活ライブといっても、「マイケルの懐かしのヒット曲メドレー」くらいのノリなのだろうなんて思っていたら、とんでもない!ダンスも、私が15年も前に、東京ドームで見た時以上の迫力とシャープさがあって、かっこよかったです〜。

映画の中で、彼のエンターテナーとしての天性の才能を絶賛する声が多かったけれど、インスピレーションを大事にしながら、何らかの形で、人を楽しませたり、喜ばせたりできるって、本当にステキですよね。

分野は全く違うけれど、私も、こんな風に人を喜ばせる仕事ができたらいいな〜と、マイケルのステージを見ながら、思ったのでした。

また、彼が、ダンサーやスタッフなどの仲間と接する時の姿勢にも学ぶものがありました。優しい言葉遣いや、Thank youの一言など、人とモノを作り上げていくということは、やはり尊敬や思いやりの気持ちが大切ですね。

私も、年賀状を書きながら、これまでなら「お約束だから、書いとくかぁ」で書いていた「お世話になりました」が、今年は、本当に私一人では、やり遂げられなかったことが多かったことを思うと、「本・当・にお世話になりました」という、思いを込めた一文になりました。

といわけで、今年も本ブログをご愛読いただき、ありがとうございました。来年も、あまり大した脈絡なく、ゆるゆると続けていく予定ですので、引き続き、よろしくお願いいたします。

ではでは、暖かくして、どうぞよいお年をお迎えくださいね。

2009年12月31日(木) 14:14 [ ご挨拶 ]
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今年の一文字は「転」
早いもので、今年も残り僅かになりました。経っている時間の長さは、毎年同じはずなのに、年を追うごとに加速して過ぎていっているような気がするのは、私だけでしょうか?

さて、昨年は、その年を象徴する一文字としてを選びましたが、この言葉をキーワードに、このブログを見てくださった方もいらっしゃるようです。その方たちも、やはり、昨年一年で、それまでの色んなネガティブな思いを手放されたのでしょうか。

で、今年ですが、認知行動療法を通じて、新たに精神医学の世界にご縁をいただいたことで、キャリアが思ってもなかった方向に転換し、流れが転回したことから、という言葉を選んでみました。英語で言うと、Changeというよりは、Shiftに近い感じでしょうか。

実際、3年前にキャリアカウンセラーとして独立した時には、「認知行動療法」という言葉すら知らず、そんなものに関わることになるとは、想像もできませんでしたが、いざ関わってみると、もしかしたら潜在的には望んでいたのかしら?というくらいに、学べば学ぶほど、奥が深く、面白い分野だと思っています。

また、夏から始めた「心と向き合う21日間コーチング」は、カウンセリングや「バイロン・ケイティのワーク」、マインドフルネスなどの、私がこれまでに身につけた様々なツールの集大成とも言えるもので、クライアントさんが自分の望む方向へ変わっていくプロセスを共に歩めたことは、とても素晴らしい経験でしたし、秋からの柏での市民講座は、本当に試行錯誤、紆余曲折の大変なプロジェクトでしたが、多くの方に助けていただいたおかげで、多くの参加者の方から、「受講してよかった」と言っていただける結果となりました。

というわけで、私のカウンセラーとしてのキャリアも、4年目にして、起承転結の「転」を迎え、後は「結」に向かって、信じた道を邁進するのみです。

実は、来年春から始まる、千葉大学医学部での「千葉認知行動療法士養成コース」に研修生として採用され、2年間をかけて資格取得を目指し、認知行動療法のトレーニングやスーパーバイズを受けながら、うつや不安障害を持つ方の臨床や研究に関わらせていただくことになりました。また、それに関連するNPOも立ち上がるので、来年からは、その活動も始まります。

折しも、私の星座である天秤座は、今年の秋から2年間「土星入り」をし、その期間は、新たな役割が与えられ、残りの人生を充実させるための、試練と修行の日々になるそうで、星回りまでそうなっているのですから、流れには逆らえないですね。そういう意味では、3年間つけてきた「Mari」という、民間カウンセラーとしての仮面は、そろそろ外す時期なのかもしれません。

とはいえ、これまで通り、個人セッション21日間コーチングは続けていきますので、どうぞ、お気軽にご活用くださいね。自分と仲良くなることは、必ずよい変化をもたらしますよ
2009年12月28日(月) 17:40 [ つれづれ ]
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ふぉん・しいほるとの娘
楽しみに見ていた「仁」が終わってしまいました。毎週ハラハラドキドキで、でも、それぞれのキャラクターの人間味あふれる、とてもいいドラマだったと思います。

実在の歴史上の人物も登場していたので、日本史の勉強にもなりましたし、大河ドラマや時代劇を見ない私には、吉原や江戸時代の暮らし、日本の医学の歴史を知るにも、いい機会でした。

今は何でもインターネットで分かる時代なので、私も早速ドラマに出てきた人をググったりしていたのですが、その際に「楠本いね」という名前を見つけ、「女性で初めての西洋医」ということで、彼女の生い立ちに興味を持ち、色々と調べてみました。

すると、彼女はあの有名なシーボルトと、出島の遊女の間にできた子供で、まだ女性には学問ではなくて芸事という時代に、シーボルトの弟子たちに付いて、当時で最先端の医療を学び、妊婦が男性の医師に診られるのを嫌い、手遅れになってしまうケースが多いことから、女性で初めての産科医となったことが分かりました。

そのような非凡な経歴の上に、やはり、江戸時代に生まれたハーフということで、その生涯はなかなか波乱万丈だったようで、更に興味を持った私は、「ふぉん・しいほるとの娘」という小説を読んでみることにしました。

これが、本当に面白くて、シーボルトや彼女の人生についてだけでなく、鎖国時代や出島での暮らし、幕末から明治維新にかけての日本や、医学の発展の歴史なども分かって、気がつけば、寝る間も惜しんでページをめくっていました。

また、医者としてのいねさんは、師にも恵まれ、順調だったようですが、一人の女性としては、父親との確執などもあり、不運というか、悲劇的というか、そういう教科書には決して出てこないであろう部分も、彼女の人生を、更にドラマチックにしていました。

マンガでは、咲さんが彼女に刺激を受けて、女医を目指すのだそうですし、あの福沢諭吉も、彼女の仕事ぶりを高く評価して、皇室の医師に推したらしいですが、いねさんの強さと医学への熱意には、確かに心打たれるものがあり、それも当然のことかもしれません。

でも、福沢諭吉が、彼女に、維新後は男も女もないのだから、町医者に留まるではなく、大病院を作り、医業を盛り上げてほしいという意志を伝えた時、彼女は、「私は、古い日本の女です。男性に交じって、師の講義を聞かせてもらえただけでも光栄なこと。男の方の前に出る気など、毛頭ありません。開業医で十分です。」と固辞したエピソードには、彼女の謙虚さというか、強いだけではない部分が伺えました。

というわけで、その生涯を「女性のために、女医を」と頑張ったいねさんですが、状況は、100年以上経った今でも、あまり変わっていないような気もしますね。せめて、オンナ心の分かる男性産婦人科医が増えていればいいのですが、どうなんでしょうか…。
2009年12月22日(火) 12:50 [ つれづれ ]
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景気回復の秘訣は・・・
先週、無事に、柏でのバイロン・ケイティのワークの市民講座が終了しました!

2ヶ月超、全6回に渡る長期プロジェクトでしたが、1度も穴を開けず終えられたので、今は、ホッとすると同時に、めったに感じることのない達成感というものを味わっています。

最初は、バイロン・ケイティのワークや認知療法はもちろん、「心のケアをする」という発想すらなかった方達に向けて、このセルフヘルプのためのワークをどう教えたものか、前例がない中で、資料やパワーポイントを準備しなくてはならず、暗中模索のスタートでした。

そのせいか、第一回目は、具合が悪くなるほどに緊張したりもしましたが、関わって下さった方達のご協力もあり、回を経ることに慣れてきて、(先生と呼ばれる違和感にも慣れてきて)、何とか好評のうちに終えることができました。

また、この市民講座は、バイロン・ケイティのワークの効果の医学的検証も兼ねていたので、毎回、開始前と終了後に、HADSとBDIという調査票を書いてもらい、不安やうつの数値の変移を追っていたのですが、今のところ、かなりよい数字が出ています!

私としては、結果云々よりも、とにかく、参加者の皆さんに楽になっていただければ・・・という思いでしたが、数字でちゃんとそれが証明され、こちらも一安心です。

以前にも書きましたが、ここまで来るのには、決して楽しいことばかりではなくて、迷ったり、苦しんだりしながら、それでも私なりに頑張ったつもりなので、「上手くできたか?」と聞かれたら、もっと上手くできる人もいるでしょうから、「分かりません」というのが正直な答えですが、「ベストを尽くしたか?」と聞かれれば、自信を持って「Yes」といえると思います。

今後は、各回のデータを統計処理し、参加者の方の声なども入れたところでレポートを作成して、千葉大学や柏市の方にご報告することになります。

折りしも、不況の影響が市の財政にも及び、今回のような保健福祉事業の予算も見直しの対象になっているんだそうです。でも、私は、景気回復のためには、給付金でも、国債でもなく、私たち一人一人が、メンタルケアを身につけ、心も体も健康に働き、生産性を高めることだと、真剣に思っていますし、その思いは、このプロジェクトに関わった方達も同じなので、知恵を絞って、さすがの蓮ほう議員でも予算削減できないような内容に仕上げなくてはいけませんね・・・。

とは言え、提出には、まだ時間の猶予はあるので、今はしっかり疲れを取ることにしたいと思います。明日は、大好きなスパ・ラクーアでアロマ・マッサージでもしてもらおうかな〜。

そう言えば、ちょうど3年前にバンクーバーでタロット占いに行った時、占い師のおばさんが、私に会うなり、開口一番、「あなたがマイクロフォンを手にしゃべってるのが見える」と言われたことがあるのですが、その時は、「何言ってんだ??この人、大丈夫か??」くらいにしか思いませんでしたが、その予言は当たりましたね。すごぉぉい。

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2009年12月14日(月) 21:13 [ お仕事 ]
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私の体は健康でなければいけない?
今日は、柏での市民講座の5回目でした。慣れてきたこともあって、以前ほどの緊張はなくなってきたものの、予想外のちょっとしたハプニングがありました。

この講座は、私の代わりに教えられる人がいないこともあり、食事や体調管理には気をつけていたつもりでしたが、事もあろうに、行きの電車の中でお腹や腰が痛くなってしまったのです。

「よりによって、こんな時に…。」「こんな痛みを抱えたまま、3時間も立ちっぱなしで教えるなんて、考えただけで具合が悪化しそう。」そんなことが頭をよぎり、本当なら、手元資料を再度見直して、最後の手順確認をしたかったのに、そんな余裕はありません。薬も飲めないし、どうしよう…。

そんな時こそ、ワーク!ということで、ちょうどバッグの中に入れていたバイロン・ケイティの1冊目の「Loving what is(あるがままを愛する)」を取り出し、体に関する思い込みの章をめくりました。

そこには、「あなたが、私の体は今の状態と違っていなければならないと考えるならば、その考えこそ病気です。」「あなたの思考が健康であるなら、あなたの体が問題となることは決してありません。」「あなたが癒すのは体ではなく、あなたの心です。体を癒すのは、医者の仕事です。」など、その時の私にビンゴ!なメッセージがびっしりと…。

そこで目が覚めました。「そっか、痛みがあっていいんだ!だって、痛いんだから。」と。そして、体に痛みがあることと、仕事のパフォーマンスには何の関連もないことも。「こんな体だから、この講座を教えることなんてできない。上手くいかない。」そういう考えこそが、私に痛みを与えていたのでした。

そしたら、不思議ですね。その後、痛みを感じることは、一度としてありませんでした。

そして、偶然にも、医者への不信をワークした参加者の方が、「先生、やっと、分かりました。私は医者に不満を感じていたわけではなく、神のビジネスに首を突っ込んで、自分が病気になった事実と戦っていたことがストレスだったんですね。」とおっしゃったのです。

私は「そうかもしれませんね。であれば、次はご自分の体についてワークしてみてはいかがですか?」と提案しました。

そしたら、「私の体はどんどん悪くなって、老いていってしまうだろう。」など、いかに自分の体について、ネガティブな思い込みを信じていたかに気づかれ、「これでは、どれだけの医者にセカンドオピニオン、サードオピニオンを求めたところで、不安が消えることはありませんね。だって、私自身が良くなることを信じていないんですから。」とおっしゃったのです。こういう真実を突くような一言を聞くと、身震いがするほど、この仕事をしててよかったと思います。

医療も自己責任の時代と言われますが、私達の責任は、いい医師や治療法や病院を見つけることでも、プレミアムな保険に入ることでもなく、実は、自分の体をあるがままに受け入れて、不安や恐れを手放すことかもしれません。そしたら、何をどうすべきかは、自然に見えてくるでしょう。

う〜ん、これからの、自分の体との付き合い方が、大きく変わりそうな大発見でした
お疲れさまでした!(←私に)
2009年11月29日(日) 00:37 [ The Work ]
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「嫌われたくない」コインの表と裏
以前まで、あまり面白いと思ったことがなかった「お笑い番組」ですが、最近は、疲れた日の終わりに見ると、結構癒されたりして、そういう時は、日本っていい国だなって思ったりします。でもやっぱり、キャラで作られたコントのような笑いはダメで、あくまで自然なものしか受け付けませんが・・・。

そう言えば、10月にお会いしたロンドンの小堀先生も、日本のお笑いが恋しいって言ってました。分かるような気がします。

で、久々に私の笑いのツボをヒットしたのが、先週のアメトーークの「人見知り芸人」。人前に出るのが仕事なのに、人見知りという芸人さんが集まって、その苦労ネタを披露し、最後は克服のためのレクチャーを受けるというもの。

そのレクチャーの先生が、アンタッチャブルの山崎で、彼の「人見知り一考」には、私もうなずくものがありましたので、その事について書いてみようと思います。

彼いわく、「人見知りなのは、人に嫌われたくないから。でも、そう思ってる時点で、もう既にあなたたちは嫌われているんです。」

なるほどね。ホント、そうかも。そういう人は、黙っておけば、余計なことを言わなければ、嫌われることはないと思い込んでいるのかもしれませんが、人が人を嫌う理由なんて色々で、「話の下手な人は嫌い」という人もいるでしょうから、必ずしもその考えは役に立ってはなさそうです。

逆に、「人に嫌われたくないから、盛り上げなければならない、話し上手でなければならない」と信じてる人もいるでしょう。でもこれも、「おしゃべりな人は嫌い。口が達者な人は嫌。」で一掃される可能性がありますから、この考えも用を成しているとはいえませんね。

つまりは、人見知りにしろ、おしゃべりにしろ、やっていること(行動)は違っても、その裏にある「人に嫌われたくない」という思考は同じですから、単に表現形が違うだけの、同じコインの表と裏という気がします。そして、その思い込みを信じている限りは、常に自分の行動をジャッジしてしまいますから、息苦しくもなるでしょう。

で、番組では、「ホメホメテンション」とか「ご無沙汰理論」とか、人見知り克服のためのテクニックを紹介してましたが、確かに参考にはなるものの、でも、そういうことを「人に嫌われたくないから」やっても、あまり上手く行かないのではないでしょうか。やっぱり、その思い込み自体を手放さないことには、嫌われたくない⇔でも、嫌われてる気がするという、悪循環は断ち切れません。

なので、人にどう思われるを考えて行動する、よりも、自分が楽しいか、心地いいか、を選択したほうが、自分の心も体も喜びますし、周りの人も幸せにしますよね。

そういえば、お笑い芸人って、笑わせようと肩に力入っている人より、自然体で面白い人のほうが生き残ってる気がします。何ごとも、無理は続かないということでしょうか。やっぱり。
2009年11月26日(木) 23:49 [ コミュニケーション ]
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