生い立ち
| ○1954.07.27 | 東京台東区浅草の台東産院で生まれました。真夏の赤子はあせもだらけだったらしいよ。 |
| ○大学は出たけれど | 一応、元気がとりえのサラリーマンになりました。ファッション系の営業だったりしました。デザインを描いたりもしました。 |
| ○石の上にも三年 | の間はわき目も振らずに全国を渡り歩く営業マン。しかーし!ブランチ(支社)の社長と馬が合わずに退社。若気のいったり来たりってとこでしたね。 |
| ○山で鍛えた | 食事当番の腕前を見込まれ、兄の経営するカジュアルレストランの皿洗い長に!! |
| ○粘土をいじらせたら右に出る物は居ないねんど | の技を使って、毎日パイ生地との戦いをしていました。キッシュミー!&パイラヴユー?(分かる人変態だぜ) |
| ○彫刻刀を研ぐのが旨かったのが | 包丁にも繋がるなんて、世の中何が役に立つか分かりませんテ。 |
| ○22年間の長きに渡り | いちおうオーナーシェフとして2号店のアンドラをやっていたのだけれど突然、都会の生活が、早すぎるリズムが「このままではヤバイ」と思いましてね。
ゆっくりしたリズムしかない土地で1から出直したいと考えて里山・塩沢・石打に来たって訳ですのよ。 |
| ○2004年のクリスマスに | この地に「オーストリアの民家」の外観を持つアンドラ・モンターニュをオープンしたのですぜ。
料理もワインも「フレンチ畑」なのに、なぜかオーストリアワインが大好きになってしまいこのような暴挙?に。 自称オーストリアワインの親善大使であります。100アイテム以上のオーストリアワインがありますからね。まだフランスワインの方が多いんだけどね。 |


