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一度きりの人生だもの

・・・
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬 名僧のごとくにわかるのです

死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と

・・・

「さくら」茨木のり子


まぶしい笑顔の日
今日は、とてもうれしい日だった。

おじいさんに、席をゆずったら、
すごく素敵な笑顔を頂いたから。

あまりにもやさしい笑顔だったから、涙が出てしまった。

***

私は、溜池山王からやく20分間電車に乗って帰るのだけれど、
乗って2駅くらいで、私の隣に、おじいさんが立った。

はじめは、おじいさんと分からなかったのだけれど、
つり革を二つ両手でしっかりと握って、
両足を肩幅以上に広げて立っていたので、
気になってさりげなく横をみたら、年をとった人の腕が見えた。

帽子をかぶって、スーツを着て、
じっとどこかをみて、まるで立っている事に一生懸命なようだった。

おじいさんの前に座っていた男の人は、
ちらりとおじいさんの顔をみるとすぐに、うつむいて寝てしまった。

ある駅で、私の前に座っていた人が降りたので、
おじいさんに「どうぞ」とその席をゆずった。

おじいさんは少し驚いたようにこちらを見て、
暗い表情で、小さな声で何かをいって席に座った。

よかったよかった、と思っていたら、
すぐに次の駅でおじいさんが立ち上った。

混み合った電車の中で、おじいさんが立ち上りざまに
帽子を片手であげて、「ありがとう」を2回も言ってくれた。

「とんでもないです!」というと、

すれ違いながら、まぶしいほどの美しい笑顔で

「たった一駅でしたけれど、とても楽でした。」

あまりにもきれいな笑顔だったから、
思い出すたびに、じーんとして、胸が熱くなる。

座るときの暗い表情は、
立っていた時の疲れなんだろうなと思った。

こちらこそ、素晴らしい笑顔をありがとう。おじいちゃん。
2007年5月29日(火) 21:25 [ ブログ ]
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「いただきます」の心
東国原知事が、昨日もテレビに出ていた。
石原都知事の当選に、「東京の傲慢が・・・」とコメントしたらしい。

その傲慢の意味は、と問われた時彼は、

「東京の人の生活は、田舎の人たちの生活に支えられているんだ。」

と答えていた。

東国原知事は、
石原都知事に気負いしている様子だったけれど、
私はその主張はとても強いと思った。

だって東京が、東京だけで生きていけるはずがないもの。

農業とか漁業を必死に守ってくれる人がいるから、
私たちは命を維持できている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ご飯は一粒も残さないようにって母に教わって育ったんだ」
と会社の先輩は言いながら、ご飯を食べていた。

「農業をやっている知り合いが近くにいてね、
とにかくお米をつくることが大変なんだって・・・」

私は、食べていた手を止めて、じっと料理を見た。
お米の向こうには、田んぼで農作業する人の姿を、
野菜の向こうには、畑で草むしりする人の姿を、
そして調理されたお肉をみて、生きていた頃の姿を思い浮かべた。

まったく私たちは、尊い命を頂いて、
この生を明日につないでいるのだなぁ。

「いただきます」といって、手を合わせて感謝する、
その本来の意味合いを、改めて噛み締めた一日。

都会の日常に、農村を想う。

2007年5月7日(月) 21:54 [ ブログ ]
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「防衛」=「武力」の考え方
しかも、この「防衛」の手段が「武力」というのも、
本当に意味があるのだろうか。        

アメリカは三つ子の赤字まで作って、
莫大な予算を防衛費につぎ込んできたのに、
なぜ9.11のテロを防ぎ得なかったの。

私は、「防衛」=「武力」という考え方自体を
改める時期が来ているのだと思う。
武力で意味がないのなら、対話をすればいい。
人の命を守るために、人が死ぬ可能性が高まるのはあまりに悲しい。

日本が軍備を強化すればするほど、
アジアの中で緊張が高まって軍拡競争がはじまるだろう。
(中国は、そうしなくても軍拡してるっぽいけれど)
アジア諸国で軍拡競争が始まる様子は、
日本が徐々にアメリカの銃社会になっていくような
イメージと重なって、怖い。

武力は本当に、最低限でいい。
国際社会の協力なら、今くらいでいい。
憲法9条があるから、拡大解釈に限度があって、
限度があったから、本格的な軍備化が防ぎえたのだと思う。

「現実と合わない」から憲法を変えるというのは、
憲法の存在意義についての議論が抜け落ちているように思う。
権力が肥大化して、政治が戦争をまた始めないように
憲法を定めて、その中で法律を作りましょうということだったのに。

おなかをいためて、人の命を生み育てる女性として、
なぜその尊い命を捨てさせる危険な世の中に
進むことを賛成できるのか。

私は、平塚らいてふの平和主義に賛成する。
2007年5月4日(金) 10:52 [ ブログ ]
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憲法改正について
昨日は憲法記念日で、憲法改正の問題が
テレビだけでなく、多くのブログで語られたらしい。

もはや現実に合わなくなっている憲法を変えよう
というのが、改憲派の主流な意見になっている。

・国際社会の要請に応えるため
・国防のため


先日、アメリカで韓国の男性が起こした銃の乱射事件。
「ボーリングフォーコロンバイン」の映画が流行って以降、
アメリカでは、銃社会に対する論議が再燃しているという。

私は、そこに武器という手段が存在するとき、
人が死ぬ可能性はぐんと高まると思う。

銃を持つことを是とする人が、
「問題は銃ではなく、使う人の心の問題」と言っていた。

それは本当にそのとおりだと思うけれど、
たとえ悪い心を持ったとしても、
そこに銃という手段が存在しなければ、
銃で誰かが死ぬことはなかったはずだ。

でも、みんなが一斉に保持するのをやめなければ、
誰も銃を手放したくない気持ちもわかる。
核みたいなものかしら。
そういう意味で、銃刀法のある日本は平和なのかも。

「防衛」のために軍事化するのは、
過去の歴史から当然かもしれないけれど、
一度武力をすべて捨てた日本が、改めて
銃を持ち始めるのは、みずから危険な社会に赴くようで
なんだかもったいない気持ちがする。

しかも、この「防衛」の手段が「武力」というのも、
本当に意味があるのだろうか。           ・・・「防衛」=「武力」の考え方 に続く
2007年5月4日(金) 09:16 [ ブログ ]
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人と地球
今日テレビを見ていたら、こんな言葉に会った。

人と海の出会う場所を考える。
人と馬の出会いをつなぐ。

「人と○○」

普段、特になんの意識もしなかったものが、
「人と」という言葉がつくだけで、
特別な距離感と、意味合いで見えてくる。

日常の中に、あたりまえに存在しているものを、
このように取り出して言葉にすると、
不思議とそれへの愛着のようなものが
生まれてくるような。

ためしに。

人と時計
人と鏡
人と家

このように言語化した瞬間、そのほかの全てのものがなくなって、
「人」である私と、対象物だけが向き合っている
ような気持ちになる。

そして、その対象物が自分にとってどうなのかを
考えてみるのだ。

うむ、こんな風に役立ってくれているんだなと思うからか、
その仮想的な、クローズドな空間からの親近感からか、
その対象物がやたらと大切なものに思えた。

何かを大切にしようと思うとき、
「人と○○」はもしかするともしかして、
すごく重要なキーワードなのかもしれない。

人と人
人と地球

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070503-00000032-mai-bus_all

2007年5月3日(木) 22:57 [ ブログ ]
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初めてのRSS

教育業界からWeb関連業界へ転職し、
すべてが新しい。

よく雇ってもらえたなと思えるほど、
インターネットやパソコンの知識が人並み以下だから、
毎日毎日人一倍、ワクワクしてしまうのだ。

昨日教えてもらったのは、RSS。

情報収集の一つのツールらしい、ということは
今まで参加してきた会議の中でわかっていたけれど、
これほどまでに画期的なものだったとは!

チェックしている情報の更新を知らせてくれる。
ニュースもブログも。

なんだか、情報の最先端に触れているようで、
鳥肌が立ってしまう。

こうしてパソコンの前に座っているだけなのに、
世の中はめまぐるしく変化をしているのだなぁ。

革命的に変わった、情報収集ライフ。

RSS様様。
2007年5月3日(木) 22:41 [ ブログ ]
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自分の体に向き合う

人の体は、ケアすればするほど、それに応えてくれる。
それがとてもうれしいし、自分の体をいとおしく思える。

そんな風に、高校時代の友人は語った。

普段健康をいただいていると、
自分の体について考えることがない。
時々、体調をくずしても回復してしまえば
もう放ったらかしだ。

もっと違う切り口で、体について意識しなければ。

友人とは、高校時代一緒にお琴部に所属していて、
二人とも特に運動が特に得意ではなかった。

友人が運動を始めたのは、
陸上部の彼氏ができてから。
デートのような気分で一緒に夜、
走り始めてからだそうだ。

静かな夜に、誰もいない道を走ると、
いろいろなことを考えるけれど、
自分の中の汚い気持ちを背中の後に
振り落としていくような気持ちになると
言っていた。

汚い気持ちを、捨てて走る。

息が切れて、走り終えたとき、
きれいな気持ちだけが残って、
なんともすっきりとした気分になる、と。

そんな風にいわれると、とても惹かれる。
そうはいっても、高校生のころの持久走
のきついイメージがあるんだよな、というと、

「きつくなったらやめる」

といった。ジムで走るとき、いつもそうしているらしい。
それを繰り返していると
いつのまにか、ずっと前には走れなかった距離を
何の苦労もなしに走れているという。

そういう成長に気がつくとき、この上ない喜びがあふれるという。
がんばっただけ、体は応えてくれるから。

風邪になったりすると、体の方を疎ましく思ってしまうけれど、
そうじゃないんだ。
疎ましいのは風邪。

愛をかければかけるほど、丈夫になるんだという。

普段、意識していない自分の体について、
健康について、考えるきっかけをもらった一日。
2007年4月29日(日) 23:57 [ ブログ ]
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社長語録1
大好きな社長語録

これからは、言葉にする時代じゃなくて、感じる時代やと思うんよね。
・・・自称スピリチュアルな社長、らしい。

集中できなくなった時、がんばって仕事するヤツより、
サボるヤツの方がよっぽどできると思う。
・・・うちの会社にはリラクゼーションルームがある。

会社移転先の物件に求める条件は、家賃、広さ、日当たり、オーラ。

おまえは、ファンタジー採用や!

2007年4月28日(土) 13:00 [ ブログ ]
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負の思いを伝えること

今日、社長からお叱りいただいた。
というよりも、アドバイスを頂いた。しかも、笑顔で。

会議中でもいいから取次ぐべきだった電話を、
保留にせずに「すぐに折り返し連絡する」という
ことにしてしまった。

社長は、保留にしてあるものだと思って私の話を
聞いたのに、私が「折り返し」と言うものだから、
「あ、折り返しね。わかったわかった」と会議に
戻ってしまった。

しかし先方にはすぐに折り返すといってある。
このままにしていると、非常に待たせてしまい
不快な気分にさせてしまうと、勇気を持って
もう一度会議のところに入っていった。

帰りが遅くなる、という会議の参加者の
気持ちが空気で伝わってきた。
とにかく心から謝った。

その後、会議も終わり、
たまたま社長ととおりすがったときに、
「先ほどは申し訳ありませんでした」と言った。

すると、少し間をおいて、
「そのことについては大丈夫。大切なのは、
はじめの段階で「すぐに」折り返すということを
伝えることだ。」と笑顔で教えてくれた。

「申し訳ありませんでした。次から気をつけます」と
言うと、もやもやしていた気持ちがすっきりした。
社長からの言葉は、その一言だけだった。

===================


新しく入った会社では「クレド」という社員全員が
共有して持っている信条のようなものがある。

その中に、個人的な感情については隠さずに言いなさいとか、
誰かによって不快な気持ちになったら出所に言って
納得するまで話し合いなさいとか、約束が守れない相手には
それを直ちに指摘しなさいなどがある。

それらはいずれも、心の中に生じた他人への負の想いは
すぐに吐き出して、負の想いを抱く原因を解決することが
大切だといっているのだ。

そのようにしなければ、なんらかの行為によって
不快な気持ちにさせられた人は、相手を悪く思う気持ちを
増幅させてしまい、不快にさせてしまった方も
相手への恐怖感のようなものを増幅させてしまう。

負の感情は、何もわからなければわからないほど
放置すればするほど、いやというほどに増幅するという。

そしてそうした気持ちは、あらゆる行為に無駄なエネルギーを費やさせてしまうという。
「あの人は私のこと、こんな風に悪く思っているんじゃないかしら」みたいに。
確かにそれでは、仕事のパフォーマンスも落ちるだろう。

こうした一見、当たり前の良識を
社員全員の‘信条’として共有しているから、
誰に対しても素直に話せるのがいい。

ベンチャーは風を切るように走るけれど、
風通しのよさもまた、抜群だ。
2007年4月11日(水) 22:47 [ ブログ ]
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自分との約束

信頼関係は、約束事を守るということを
積み上げていくことによって、成立する。

たとえ小さなことでも、約束事を守らないと、
その関係に小さなヒビが入る。そのヒビは、
少しずつ重なって、大きな亀裂を生んだりする。
「この人は、信用できないなぁ」って。

自分も一緒。

自分との約束を守ると、自分との信頼関係が生まれる。
自分を信用できる。自信が持てる。

なるほど自信とは、根拠のないものだと思っていたけれど、
日々過ごす中に、自分との約束を果たすことで生まれるのだなぁと、
今日の社長による研修で学んだ。

明日の自分をどうしたいか、
一週間後の自分はどうありたいか、
3ヵ月後は?一年後は?

自分の約束事を作ってみようと思う。
今ここで書いている自分よりずっと、成長していますように。

もとい、成長させる、だ。
2007年4月10日(火) 21:48 [ ブログ ]
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