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ごめんね・・・

2008-06-27 23:59:27
毎日が本当に慌ただしい。
次から次にやらなければならないことが
押し寄せて、てんてこ舞いだ。

間もなく入院なので、やることが山ほど。
一番心配なのは、留守の間の夫の両親のこと。
数ヶ月前から準備をしようと思い動き始めた。
介護保険を利用しようと思っていたら
義母が、介護保険の更新の通知をしまい込んでいて期限切れ。
新規で申請をしなければならなくなっていた。
区役所に問い合わせ、新たに申請書を送ってもらう事に。
ところが、これまた通知をしまい込んでわからなくなったりと
なかなか前に進まない。
あれをやってこれをやって・・・
あれもやってこれもやって・・・
なんとか少しづつ手続きが進み
やっと配食サービスの手続きまでは完了。
本日初めての配食サービスを受けるに至った。
これで、私がいない間の両親の夕食は確保できた。
介護保険でまかなえる配食サービスは週に2回だけど、
自費で追加も出来るので心配ない。
でもデイサービスまでは、間にあわなかった。
義母が少々渋っているので・・・。
前々からデイサービスにはなんとなく抵抗があるようだ。
なかなか外出しようとしない両親には
今回がいい機会だと思ったんだけどな〜。
義父の認知症がかなり進んでいて
義母もお世話に疲れているようなので
すぐにでもデイサービスをと私は思っていたのだが・・・。
ケアマネージャーさんもまだ決まっていない。
とりあえず私が退院して元気になり、
義父を認知症の専門医に受診をさせてから
ケアハウスの見学をし、それから考えましょうという
指導員の方のアドバイス通りにすることに。
指導員の方のおっしゃることは
私が説得するより何倍も説得力があるようで
義母もすんなり受け入れてくれた。

また、私が家にいない間の1週間ほどは、
福岡に住む夫の姉が上京してくれて
両親の面倒を見てくれる事になったのでとりあえずは一安心。
この姉は、両親が福岡に住んでいる頃、
両親の世話をしてくれていたので、
慣れているし、実の娘だし心配ない。

一方、私の手術を心配する実家の母は
何度も「上京しなくていいの?」と言っていたが
母も高齢なので「来なくても大丈夫だよ!」と断り続けていたら
茨城に住む叔母(母の妹)が突然亡くなり
急きょ上京する事に。
だけど、私は6月一杯は仕事と自分のことと夫の両親のことで一杯一杯。
朝から夜遅くまで家には誰もいないし
母をひとり我が家に置いているわけにはいかない。
浦和に住む叔母に頼むことに。

母は6人きょうだい。
長女ー83歳。認知症で上京できず。
次女ー80歳。上京。
三女ー77歳。私の母。上京。
長男ー74歳。上京。
四女ー70歳。6月24日逝去。
五女ー67歳。独身。浦和在住。

五女の叔母は、67歳だけどかなり若く
昔から私の姉のような存在。
彼女の家はしばらくの間、80歳、77歳、74歳、67歳の
高齢者で賑わうことになってしまった。
申し訳ないと思うけれど、思い切って甘えます。
きょうだいだからいいよね

年齢だけみると、すっげぇ〜!と思うけれど
80歳の伯母なんて、信じられないくらい若い。
この伯母はエリザベス女王に似ていてかなり美しい。
唯一の男性の叔父はなんとロバート・デニーロ似。
昔から娘に、「叔父はロバート・デニーロに似ている」と話していたけど
以前娘はロバート・デニーロを知らなかったので
ピンときていなかったらしい。
今回久々に叔父をみた娘は
本当にロバート・デニーロに似ていたのでかなり感動していた。
五女の伯母は、ちょっとダイアン・キートン似。
そして私の母は
エド・サリバン(♂だけど)似。
母以外の3人は、全然変わってなくて
相変わらず若々しく、すぐにわかったけれど
肝心の自分の母は、数年の間にあまりにも歳を取っていて
信じられない事だが、すぐには母とわからなかった。
エド・サリバン似だったはずの母は、
すっかりおばあちゃんになっていた。
夫から言われて母と気付いたくらいだ
胸が苦しくなった。

話がそれたが、四女の叔母のお葬式に戻る。
23日に危篤だという連絡が入り
24日の早朝亡くなった。
その日のうちに母・伯母・叔父達は上京し、亡くなった四女の叔母の家へ。
25日がお通夜。
26日告別式。
ところが26日・27日は、私の入院前の検査で
26日の告別式には出られない。
夫がお通夜に連れてってくれると言うけれど
夫も忙しいが私の仕事のほうも滅法忙しい。
私の職場が26日改装OPENだったのだ。

昨年から出たり入ったりまた出たりで
結果、穴の空いたままの事務所は、
4月に新人男性正社員入社で一段落。
しかし、彼が全部門研修を終え、
事務所にたどり着いたのは5月後半。
私の仕事を全部覚えてもらうには
ギリギリセーフ?
私が仕事を休むまであと数日だけど、
少々危なっかしい。
もちろんまだ入り立てで慣れてないので無理もない。
26日改装OPENの為のPOPを
25日中に山ほど作らなければならない。
ある程度は作っていたが、まだ原稿が上がって来ていない部門がいくつか・・・。
もちろん仕事はPOPだけじゃなく、あれやこれやとあるので
新人の彼だけに任せるのは酷というものだ。
でも、お通夜に行きたい。
亡くなった叔母のためでもあるけれど、
とにかく母に会いたい。
もう何年も会ってないし・・・。

しょうがないので、25日は早朝から出勤して(通常は午後から勤務)
出発ギリギリまで黙々とPOP作製&諸々。
なんとか間にあわせる事ができた。
万が一変更が出ても、フォーマットが出来ているので
あとは彼でも簡単に出来る。
ほっ

夕方、夫,娘と3人で茨城へ。

亡くなった叔母が、母と私を会わせてくれたようだ。

でも・・・
小柄な母は、ますます小さくなっていた。
母と気が付かないくらい。

母達きょうだいと私の家族は
本当に久しぶりに再会した。
彼女らの母(私のおばあちゃん)が亡くなってからというもの、
皆が会える機会は、こういった悲しい場面でのみとなってしまった。

入院前に、浦和の叔母の家に行く事を約束して
皆と別れた。
名残惜しそうな母の姿が目に焼き付いてはなれない。

ごめんね、お母さん
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