お試し同居その1
2006-12-05 02:25:13
11月28日
義父と義母を迎えに、久々に博多へ帰省!一人で帰省するのは初めてだ。
両親とのお試し同居をするために、狭い我が家のになんとか両親の為の一部屋を作るため、連日大掃除をして来た。ゴミ袋何十袋分も処分したが、結局はきちんと片付かないまま迎えに行くことになってしまった。
いろいろ準備をしていて、一睡もしないで出発した私。9:50発の新幹線のぞみ17号に乗るために東京駅へと私鉄を乗り継ぐ!慣れないラッシュに閉口しながら、丸ノ内線の乗り込んだ!私の目の前にはスーツ姿のサラリーマンが壁を作っていた。彼のスーツから独特の匂いがしていて、私の鼻を衝く。嫌いな匂いではないが、段々と気持ち悪くなってきた。そのうちに呼吸困難に落ち入り、東京駅まであと2駅しかないが、降りようかどうしようか迷っていた。しばらくすると、「誰か倒れてるぞ〜」という声がして、はっと我に返る。倒れていたのは、なんと自分だった。東京駅まであと1駅の大手町で降ろされる。駅員さんから、「大丈夫ですか?今車いすを持っていますから。」と言われたが、降りたとたんに呼吸が楽になった。新幹線に乗る予定があることを告げ、お詫びとお礼を言って、次の電車に乗り込んだ。こんなことは生まれて初めてだった。まさか自分が意識を失うようなことになるなんて・・・。
無事東京駅に着き、義母から頼まれていた7件分のお土産を買う。お土産は、東京ばな奈黒ベエにしようと決めていた。早めに出発していたので、途中のトラブルでロスした時間もたいして影響はなく、余裕で買い物を済ませ、新幹線に乗り込むことが出来た。


ほっと一安心。そして爆睡。あっという間に博多駅に到着。博多駅で、晩ご飯用のお弁当と、明日の朝食用のパンを3人分買い、タクシーで両親の待つ家へと向かう。家に着くと、義父が玄関の前で私を待っていた。何時位に着くと言っていたわけじゃないので、かなり長いこと待っていたに違いない。私の顔を見て、義父の顔がほころんだ。「迎えにきて良かった。」と思った。義父は、杖をつきながらヨタヨタとしているのに、私の荷物を持とうとしてくれた。私に気を使ってくれている。何だか申し訳なくなってきた。家に入ると、義母は事前に送りそびれた荷物を、また荷造りしていた。まだ準備ができていないので、落ち着かない様子だ。19時に、宅配業者の人が荷物の集荷に来るというので、それまでには何とか漏れがないように荷物をまとめなければということで、焦っていた。何とか集荷までに間に合った。その後は、ご近所への挨拶。この家は、以前私たちの家族が博多に住んでいた時に買った家で。購入後約1年半住んでいた。ところが東京へ転勤することになって、会社に社宅用として借り上げて貰うことになっていたのだが、義父が気に入っていたので、別荘代わりに使うといって、会社に借り上げて貰うのを断った家だ。その後、当時両親が住んでいた家が、区画整理の為に立ち退きをしなくてはならなくなり、当初は別荘代わりのはずだったこの家が、本宅となってしまったのだ。それから17年。私たちより、両親が住んでいた期間のほうが、はるかに長い。しかし、ご近所の方々には、帰省の度にお会いしているので、私とも顔見知りだ。とりあえずお試し同居だと言っても、名残を惜しんで挨拶はなかなか終わらない。全部の挨拶が終えた時には、時計は21時を回っていた。挨拶もなかなか終わらなかったが、義母との会話も終わらない。義母の話が止まらないのだ。義父の耳の聞こえが悪いらしく、まともに会話が出来ないと義母は日頃からぼやいていたが、よっぽど会話に飢えていたらしく、夜中まで延々と続く。
義父と義母を迎えに、久々に博多へ帰省!一人で帰省するのは初めてだ。
両親とのお試し同居をするために、狭い我が家のになんとか両親の為の一部屋を作るため、連日大掃除をして来た。ゴミ袋何十袋分も処分したが、結局はきちんと片付かないまま迎えに行くことになってしまった。
いろいろ準備をしていて、一睡もしないで出発した私。9:50発の新幹線のぞみ17号に乗るために東京駅へと私鉄を乗り継ぐ!慣れないラッシュに閉口しながら、丸ノ内線の乗り込んだ!私の目の前にはスーツ姿のサラリーマンが壁を作っていた。彼のスーツから独特の匂いがしていて、私の鼻を衝く。嫌いな匂いではないが、段々と気持ち悪くなってきた。そのうちに呼吸困難に落ち入り、東京駅まであと2駅しかないが、降りようかどうしようか迷っていた。しばらくすると、「誰か倒れてるぞ〜」という声がして、はっと我に返る。倒れていたのは、なんと自分だった。東京駅まであと1駅の大手町で降ろされる。駅員さんから、「大丈夫ですか?今車いすを持っていますから。」と言われたが、降りたとたんに呼吸が楽になった。新幹線に乗る予定があることを告げ、お詫びとお礼を言って、次の電車に乗り込んだ。こんなことは生まれて初めてだった。まさか自分が意識を失うようなことになるなんて・・・。
無事東京駅に着き、義母から頼まれていた7件分のお土産を買う。お土産は、東京ばな奈黒ベエにしようと決めていた。早めに出発していたので、途中のトラブルでロスした時間もたいして影響はなく、余裕で買い物を済ませ、新幹線に乗り込むことが出来た。


ほっと一安心。そして爆睡。あっという間に博多駅に到着。博多駅で、晩ご飯用のお弁当と、明日の朝食用のパンを3人分買い、タクシーで両親の待つ家へと向かう。家に着くと、義父が玄関の前で私を待っていた。何時位に着くと言っていたわけじゃないので、かなり長いこと待っていたに違いない。私の顔を見て、義父の顔がほころんだ。「迎えにきて良かった。」と思った。義父は、杖をつきながらヨタヨタとしているのに、私の荷物を持とうとしてくれた。私に気を使ってくれている。何だか申し訳なくなってきた。家に入ると、義母は事前に送りそびれた荷物を、また荷造りしていた。まだ準備ができていないので、落ち着かない様子だ。19時に、宅配業者の人が荷物の集荷に来るというので、それまでには何とか漏れがないように荷物をまとめなければということで、焦っていた。何とか集荷までに間に合った。その後は、ご近所への挨拶。この家は、以前私たちの家族が博多に住んでいた時に買った家で。購入後約1年半住んでいた。ところが東京へ転勤することになって、会社に社宅用として借り上げて貰うことになっていたのだが、義父が気に入っていたので、別荘代わりに使うといって、会社に借り上げて貰うのを断った家だ。その後、当時両親が住んでいた家が、区画整理の為に立ち退きをしなくてはならなくなり、当初は別荘代わりのはずだったこの家が、本宅となってしまったのだ。それから17年。私たちより、両親が住んでいた期間のほうが、はるかに長い。しかし、ご近所の方々には、帰省の度にお会いしているので、私とも顔見知りだ。とりあえずお試し同居だと言っても、名残を惜しんで挨拶はなかなか終わらない。全部の挨拶が終えた時には、時計は21時を回っていた。挨拶もなかなか終わらなかったが、義母との会話も終わらない。義母の話が止まらないのだ。義父の耳の聞こえが悪いらしく、まともに会話が出来ないと義母は日頃からぼやいていたが、よっぽど会話に飢えていたらしく、夜中まで延々と続く。
かぼちゃ畑のこと


