葉山に住みはじめて2年あまり。
奥様である奈緒子さんの親友がこの地に暮らしていたことから、
夫婦ふたりでよく遊びに来るようになり、
次第に葉山という町に“惚れて”しまったからだと宮本さんはいう。
「実家が下関で海の側だったから、
波の音が聞こえる場所が恋しくなったのかも(笑)」
現役時代はジャイアンツ球場に近い川崎市王禅寺に住み、
ジェネリーノ・エリアのたまプラーザにもよく食事に出かけたそう。
今でも馴染みの焼肉屋には、時折、顔を出す。
故郷を離れ、暮らした街はどこもそれなりに居心地がよかったが、
葉山ほど好きになったところはない。
いわく、葉山は“帰ってきたくなる町”。
「都内で夜遅くまで飲んでいても、絶対、帰ろうって思う。
昔だったら、都内で泊まっていたのに。不思議だよなぁ(笑)」
そんな惚れ込んだ町で、今、宮本さんは葉山巨人軍をつくり、
第二の野球人生を歩んでいる。野球を通じて、
未来を担う子どもたちを育てていくことだ。
「実は、この町にも残念ながら荒れている中学校があります。
決して多くはないけれど、でも悪い影響を周囲に及ぼしている。
それを3年で変えようと思っています。
この葉山巨人軍の力で!必ず変えてみせますよ!」
力強く語る宮本さんの声には自信がみなぎっている。
なぜなら、葉山巨人軍で教えているのは
野球の技術だけではないからだ。
夢をもつこと、チャレンジ精神、七転び八起き、
チームワーク、仲間の大切さ――。
どれも人として忘れてはならない大事なことばかり。
野球というスポーツを通して学んだこれらは、
きっと子どもたちの心に深く刻まれているはずだ。

「どこに行っても通用する大人に育てたい!」
宮本さんは何度も繰り返す。
その確固たる決意に共感し、
奥様の奈緒子さんも11名のコーチ陣も真剣に子どもたちに向き合い取り組んでいる。
桜の花びらが舞い散る春の日も、
真夏の炎天下の日も、そして秋も冬もこれらからもずっと…。
「“巨人軍”と聞くと、ミーハーな気持ちで付けたと思われがちだけど、
そうじゃない。
巨人軍のように歴史を築いていきたい。
そんな願いをこめて名付けました。
なんたって“軍”ですからね。厳しいところは厳しいですよ(笑)」
いずれは「葉山といえば葉山巨人軍」
といわれるようになりたいと夢を語る宮本さん。
その日は想像しているよりもずっと早くやって来るに違いない。
取材/文 室作幸江