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「ジェネ的No.1イクメン人物伝」

「ジェネ的No.1イクメン人物伝」
自分の子どもだけでなく、
社会的に幅広く子育てに関わる素敵なパパたち。
それがジェネリーノの考える、「イクメン」です。

Vol.3「しゃべることのできない犬の健康は飼い主が守る」
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愛犬が病気になったとき、できる限りの手当てをしてあげたい
と飼い主であれば誰もが思うはず。

でも、それと同時に、高額医療に悩むジェネリーノ読者も多いようです。
そこで、何か解決策がないか高本さんに意見を求めると…。

「高額医療に対しては、ペット保険が有効ではないでしょうか。
現在、ペット先進国のイギリスでは、
ペット保険の加入率が50%なのに対して、
日本では、わずか4%程度しかないそうです。
それは、ペット保険というものに対して、
飼い主への浸透性が薄いからだと思いますが、
保険はこれからますますポピュラーになってくると思いますよ。
日本でもペット保険などのシステムがもっと整備されて、
人間と同じように犬もクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を問われる時代ですから。
セカンドオピニオンも当たり前と聞いていますし。
病気にかかり、高額医療もやむを得ない場合も多いかもしれませんが、
ペット保険のようなシステムを利用するのは有効な方法だと思います」。

と、具体的な案を提案いただきました。そしてもうひとつ、

「できるだけ犬の大病を未然に防げるように、
ONE BRANDでも「かかりつけ医」を推奨して、
白金高輪動物病院の佐藤先生のコラム
『動物は話せない』を連載しています。

自分の子どもがまだ赤ちゃんで、しゃべることのできない時期は特に、
親も子どもの健康には人一倍気を付けて見守りますよね。
人間の子どもも犬も同じ。
しゃべることのできない犬の健康を守るためには、
日頃から飼い主さんが、意識的に犬の健康状態に
目を向けることが必要だと思います」。

と、しゃべれない動物に対して配慮が必要なことを教えていただきました。

住環境が整い、医療技術の発達が進む中、
人間も犬も長寿の時代にきています。

何年後かの犬との暮らしに目を向けて、
今から準備しておくことが必要だということを感じました。

取材・文/高橋 晴美

2010年9月23日(木) 19:59 [ ワンブランド 高本誠也 ]
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「犬を飼うには責任が伴うもの。自分が犬を飼っているという覚悟を持つことが大事」
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会社を立ち上げて、改めて「犬との縁の深さ」
に驚きを感じているという高本さん。
ONE BRANDでは、

「保健所に引き取られた犬や猫の殺処分ゼロ」
を目指し、
ONE LOVE ACTION! というプロジェクトを展開しています。


「僕は、国内でも唯一、殺処分ゼロを成し遂げている熊本市の出身であり、
それが実家の近くであったこと。それが、今の仕事に大きく影響しています。
「自分がやらなくて誰がやる!」という気持ちがある」
と、熱く語る高本さん。

「犬を飼うと決めたときに最低限、人として持っていてもらいたいと、
僕が思うモラル。
それは『自分が犬を飼っているという自覚を持つ』ということ…
当事者意識ですね。
これは実際にあった話ですが、ある店の中で、愛犬が粗相をしてしまったそうです。
そのとき飼い主は、
謝るのではなく「犬なんだから仕方ないじゃない」と、逆切れをしたというんです。
でも、それは違いますよね。

犬を飼っているのはその人。
犬を家族として飼っている以上、しつけなどすべて、飼い主の責任なんですよね。
そういう覚悟や責任感のある人は、犬を捨てたりしないし、
マナー違反もしないと思うんです。
だから、そういう覚悟や責任感があれば、
逆に、犬との向き合い方やしつけ方は、自由でいいんじゃないか。
と、僕は思います。そういうものは、縛られるものではなくTPOだと思いますから」。


「自分が犬を飼っているという自覚を持つ」。
それは、私達人間の家族でも同じことがいえるのではないでしょうか。
公共の場で自分の子どもが騒いでいても、
注意しようとしない。
見かねて他人が注意すると、逆切れしてしまうような親を最近よく見かけます。

子どもを持つという自覚が持てないまま親になってしまった人は、
自分の子どもが社会に出たときに、
独り立ちできるような大人に育てることは難しい。
高本さんの話を伺い、育児について、改めて深く考えさせられました。


取材/文 高橋 晴美
2010年9月14日(火) 11:00 [ ]
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「‘愛犬’をテーマとしたフリーペーパーを発行」 「高本誠也さん」Vol.1 
ジェネリーノを発行する白金・世田谷・田園調布エリアは、
都内の中でも特に犬を飼う世帯数が多い地域であり、
動物病院、ドックグッズ専門店、ペットサロンなどの店舗も多く点在しています。

ジェネリーノの読者の中には、犬との暮らしそのものが、
生活スタイルであるという方も多いのではないでしょうか。

そんな中、「ONE BRAND」(ワン・ブランド)というフリーペーパーが、
世田谷で子ども向けイベントを実施し、地域に根付き始めています。

そこで今回、「ONE BRAND」の発行人であり、
子どもを持つパパでもある高本誠也さんにスポットをあて、
インタビューに伺うことにしました。

高本さんはニッポン放送を退職後、
現在、株式会社ONE BRAND代表取締役社長として、
愛犬をテーマとしたフリーペーパー「ONE BRAND」を発行。
さまざまな企業とのコラボレーションを展開しながら
ONE BRANDマインドを世の中に広げています。

今年、発行から5年目を迎えた「ONE BRAND」。
高本さんに、何故、「犬」に特化したメディアを創ろうと思ったのか?
高本さんと犬の気になる関係を聞いてみると…。

「幼いころ、実家で犬を飼っていました。
犬は純粋で人懐こく、とても可愛い存在。
コロ・あいちゃん・マミーという3匹の犬は、
特別意識はしていなかったけれど、確かに家族の一員でした。

それと、当時僕の実家では犬は外で飼っていて、
ご飯はその日のおかずを分け与える程度で、
ドックフードを別に買い与えるようなことはしていませんでした。
でも妻の実家では、犬も家の中で人間と共に生活をし、
犬に服を着せたり、ペットサロンに連れて行ったりして、
僕の家とはまるで違う飼い方をしていることに、
カルチャー・ショックのようなものを感じたんです。

そして、起業を考えていた時期は少子高齢化時代であり、
まさに「セレブブーム」。
そんな中で、妻の実家の愛犬のように、
象徴的に家族化している犬の存在があることに気付いて。
犬を飼っている人は犬と散歩をしますよね。
散歩で出会う犬友達ができて、
お互いを○○ちゃん(犬の名前)のパパとか
○○ちゃんのママとかで呼び合ったりして、
愛犬を通してコミュニティを広げている。

そこには、必ず共有する情報が必要になるはず。
そう確信したんです。

爽やかな笑顔がとても印象的な高本さん。
奥様の実家で飼っていた愛犬の存在が、
起業のヒントのひとつだったというのは意外な事実でした。

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【高本誠也 プロフィール】
1970年熊本県熊本市生まれ。明治大学政治経済学部経営学科卒業後、ニッポン放送に入社。
12年間ラジオ局で、営業・企画・編成に携わりマスメディアを学ぶ。
ストイックに仕事をこなす中、働きざかりの32歳の時、突然「くも膜下出血」で倒れ、九死に一生を得る。この経験が、これまでの人生観を見直すきっかけとなり、35歳で退職。その後、株式会社ONE BRANDを設立。株式会社ONE BRAND代表取締役社長に。
愛犬家に特化したメディア 犬と暮らしに+ONE Donation Style Magazine
「ONE BRAND」(ワン・ブランド)を発行。プライベートでは一男一女の父。

※犬と暮らしに+ONE
ONE BRANDのホームページはこちら

取材/文 高橋晴美
2010年9月8日(水) 13:34 [ ワンブランド 高本誠也 ]
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葉山巨人軍に託す思い(宮本和知さん最終回)

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葉山に住みはじめて2年あまり。
奥様である奈緒子さんの親友がこの地に暮らしていたことから、
夫婦ふたりでよく遊びに来るようになり、
次第に葉山という町に“惚れて”しまったからだと宮本さんはいう。

「実家が下関で海の側だったから、
波の音が聞こえる場所が恋しくなったのかも(笑)」

 現役時代はジャイアンツ球場に近い川崎市王禅寺に住み、
ジェネリーノ・エリアのたまプラーザにもよく食事に出かけたそう。
今でも馴染みの焼肉屋には、時折、顔を出す。

故郷を離れ、暮らした街はどこもそれなりに居心地がよかったが、
葉山ほど好きになったところはない。

いわく、葉山は“帰ってきたくなる町”。

「都内で夜遅くまで飲んでいても、絶対、帰ろうって思う。
昔だったら、都内で泊まっていたのに。不思議だよなぁ(笑)」

 そんな惚れ込んだ町で、今、宮本さんは葉山巨人軍をつくり、
第二の野球人生を歩んでいる。野球を通じて、
未来を担う子どもたちを育てていくことだ。

「実は、この町にも残念ながら荒れている中学校があります。
決して多くはないけれど、でも悪い影響を周囲に及ぼしている。
それを3年で変えようと思っています。
この葉山巨人軍の力で!必ず変えてみせますよ!」

 力強く語る宮本さんの声には自信がみなぎっている。
なぜなら、葉山巨人軍で教えているのは
野球の技術だけではないからだ。

夢をもつこと、チャレンジ精神、七転び八起き、
チームワーク、仲間の大切さ――。
どれも人として忘れてはならない大事なことばかり。
野球というスポーツを通して学んだこれらは、
きっと子どもたちの心に深く刻まれているはずだ。

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「どこに行っても通用する大人に育てたい!」
宮本さんは何度も繰り返す。
その確固たる決意に共感し、
奥様の奈緒子さんも11名のコーチ陣も真剣に子どもたちに向き合い取り組んでいる。
桜の花びらが舞い散る春の日も、
真夏の炎天下の日も、そして秋も冬もこれらからもずっと…。

「“巨人軍”と聞くと、ミーハーな気持ちで付けたと思われがちだけど、
そうじゃない。
巨人軍のように歴史を築いていきたい。
そんな願いをこめて名付けました。
なんたって“軍”ですからね。厳しいところは厳しいですよ(笑)」

いずれは「葉山といえば葉山巨人軍」
といわれるようになりたいと夢を語る宮本さん。

その日は想像しているよりもずっと早くやって来るに違いない。

取材/文 室作幸江

 


2010年8月27日(金) 17:53 [ ]
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固く結ばれた野球人の絆

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現在、葉山巨人軍に所属する小学生はジュニアと
トップの両チームを合わせて71名。
そして、総監督の宮本さんを筆頭に11名のコーチが指導にあたる。
驚くことに、このコーチ陣はいずれも甲子園や社会人野球で活躍した
輝かしい球歴の持ち主。
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さすが宮本さん、豊富な人脈を生かしてのチームづくりですねと感嘆すると、
「ほとんどが今まで面識のない人たちなんだよ(笑)」。

 なんでも、宮本さんが親しい仲間のひとりに少年野球チームの
結成を打ち明けたところ、口コミで話が伝わり、次々にコーチとして参加したい
と名乗りを挙げたくれたのだとか。しかも、全員ボランティア!

「本当にうれしいよね。みんな甲子園をめざしてがんばってきた仲間だから、
世代は違ってもつながり合える。
いわば、“野球人の絆”。一生のつきあいですよ」

野球という共通の志をもって集まってきた仲間たち。
「野球が好き!」「野球の楽しさを子どもたちに伝えたい!」
多忙な日々の合間を縫って、葉山のグラウンドに駆けつける理由は
それぞれあるだろう。けれど、根底にあるのは、
「同じ野球人として、誰かがやるなら自分も一肌脱ごう!」
という心意気なのではないだろうか。なによりその“誰か”が宮本さんであるならば。
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野球人の絆といえば、現・読売巨人軍の原監督からも
「何かできることがあれば喜んで協力する。
応援するからがんばれ!」とエールを送ってもらったという。
尊敬する原監督の指導法は、
宮本さんにとっても学ぶべき良き手本であり、
“原監督イズム”と称して自身も受け継いでいる。

「とにかく選手一人ひとりに声をかけてあげること。
そうすれば、子どもたちは『ちゃんと自分のことを見ていてくれるんだ!』
とうれしくなるし、やる気もどんどん湧いてくる」

 とはいうものの、71名もの大所帯。
一人ひとりに声をかけていくなんて、そう簡単にできるものではないと思うが…。

「でも、やっぱり一人ひとりわかってあげないと。
子どもの目をきちんと見て、あいさつの声にも耳を澄ませて。
声のトーンでどんな状態かわかりますから。
指導する側はつねにアンテナを張っていないと!」

 そう語る宮本さんは、チーム全員の名前と顔を一致させ、
練習中もたえず子どもたちに声をかける。
取材時にもこんなことがあった。久しぶりに練習に参加した選手を見つけるや、
「おー、○○くん、久しぶりだな。元気だったか?」
総監督直々に声をかけられた子は、緊張でちょっとドキマギしながらも「…ハイ!」。

しばらく練習を休んだせいで、顔を出しづらい気持ちもあっただろう。
でも、宮本さんのひと言で、その子はきっと心が軽くなり、
野球がまた好きになったはずだ。
野球人の絆――。

それはこんなささやかなエピソードがきっかけとなって固く結ばれる。

取材/文 室作幸江

2010年8月20日(金) 12:34 [ ]
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勝つことよりも教えたい大切なこと
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どんなジャンルであれ、
プロが指導すると聞けば英才教育を連想してしまうが、
宮本さんのチームはちょっと違う。
しかも、「勝つことは二の次」と断言する。
勝つことよりも教えたいことって、一体なんだろう?
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「野球チームという“組織の中でのルール”です。
マナーやあいさつですね。
ひとりでも自分勝手なことをすれば、チームはバラバラになってしまう。
どうすればチームがひとつにまとまるか?
同じ目線をもって取り組んでいかないと、チームワークはできない。
そうした組織づくりの基本を子どもたちに教えていきたいと思っています。
これは大人になっても必要なことですから。
あいさつもそう。
元気な声でしっかりあいさつできれば、好感度はグンとアップします」

 自分自身、子どもの頃から野球やサッカー、バレー、
バスケなどさまざまなチームスポーツに関わってきた。
仲間と一緒に泣いて笑って、肩をたたき合い、
喜び合えるチームスポーツが大好きだと宮本さんはいう。
そこで得た経験はなにものにも代え難い。
さらに、と宮本さんは続ける。

「学校では教えないことをここで教えたいですね。
そのひとつが競争心。
最近は“順位をつけること”を避ける傾向がありますが、
葉山ジャイアンツでは違う。
あえて順位をつけることで、這い上がる気持ちをもたせたい。
『悔しい! 自分も上のチームに入りたい!』
『早くレギュラーになりたい!』
そんな思いが自分自身を奮い立たせ、モチベーションを上げていくんです」

 子どもたちに教えたいことの話になると、俄然、
宮本さんの言葉は熱を帯びる。
そして、「勝つことは二の次」という言葉の真意も次第にはっきりしてくる―――。

「子どもたちには、土日に行う練習は“発表の場”だと言ってあるんです。
月曜から金曜までの5日間、1時間でも30分でもいい、
どれだけ練習してきたか? その成果をグランドで見せてほしい、と。
僕はその5日間を評価したい」

 事実、野球未経験者だった5年生の2名が
日々の自主練習のおかげで、レギュラーの座を獲得したという。
その話を披露する時の、宮本さんの誇らしげな顔といったら!
「子どもたちの成長を見るのが楽しみで…」と満面の笑みになる。

「紅白戦の試合で負けて泣いている子を見ると、
うれしくなるんですよ(笑)。
『悔しいか?』って聞くと、『悔しいです!』と答えながら涙がポロポロ。
こっちまで泣けてくる。
一生懸命やっているからこそ悔し涙が出るわけで、
テキトーにやっていれば『まぁ、しょうがねーか』で終わってしまう。
悔し涙を流せる子は成長が早いですよ」

 試合に勝つことは大切。けれど、それよりも子どもたちに教えたいのは、
自分自身を奮い立たせ、一生懸命に取り組み、
仲間とともにチームをひとつにまとめていくこと―――。
それが宮本さんの熱い思いである。

2010年8月5日(木) 20:27 [ ]
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宮本和知さんVOL2「指導者としての宮本流こだわりとは」
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 小学生の野球といえば、硬式ボールを使ったリトルリーグが頭に浮かぶが、
宮本さんが総監督を務める葉山巨人軍は
あえて軟式野球に取り組んでいる。それはなぜか?

「プロ野球OBによる野球教室で全国を回っていたときのこと。
たまたまリトルリーグに入っている子がいたので、
バッターボックスに立ってもらったんですよ。
すると、その子はボールをなぜか避けてしまう。ボールが怖いんですよ。
練習中にボールが当たって痛い思いをしているから、
恐怖心が先に来るわけ。それを見て、成長の途中にある小学生にわざわざ
硬式野球をさせる必要はない、とはっきり思いましたね」

 宮本さんによれば、読売巨人軍に所属する25歳以下の現役選手15名に
アンケートをとったところ、小学生時代に硬式野球を経験した人はゼロ!
ソフトボールもしくは軟式野球経験者だったという。

「子どものうちは、とにかく早くボールに慣れ親しんでほしい。
どれだけの力を込めれば、どこまで飛ぶのか。
どんな軌道を描いて、どこに落ちるのか。
そうした感覚は経験しなければわかりませんから。
まずは、ボールに対する恐怖心をなくす。だからこそ軟式野球なんですよ」

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 指導者としてのこだわりはボールだけにとどまらない。
その教え方も然り。
3年前にロサンゼルスでスポーツ心理学を学び、
メンタルトレーナーのライセンスを取得した宮本さんだからこその持論がある。

「いまの時代、どういうふうに子どもたちを育てていくか?
なかなか難しいですよね。
ガツンとこちらが強く言うと、シュンとなってどこかに行ってしまう子たちも多いから(苦笑)。
だからこそ、叱ったときには必ずフォローの言葉を入れるようにしていますね」

 宮本さんいわく、叱ることは大事。
でも、ポジティブな言葉を使うことで、
モチベーションを上げることがいちばん大切と、きっぱり。

「たとえば、『キミ、足は速いけど、バッティングはイマイチだよね』
と言えば、聞いたほうは『そうなんだ…』とがっかりしてしまうけど、
『キミ、バッティングはイマイチだけど、足は速いよね!』
と言えば、『ハイ、ありがとうございます!』ってうれしくなるはず。

事実はひとつだけど、
言い方次第で落ち込みもすれば、俄然やる気にもなるんですよ」

 確かに、そのとおり! 大人だって後者のように言われれば、
気持ちが自然と前向きになる。純粋な子どもであれば尚のこと。
「人の心をつかむには、褒め上手、聞き上手になること」
と宮本さん。

なるほど、普段の子育て生活にもぜひ取り入れたい教えである。

2010年7月30日(金) 17:40 [ ]
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宮本和知さんVOL1 【子どもたちのために「葉山巨人軍」を結成】
読売巨人軍の人気投手として活躍し、
現役引退後はキャスターやコメンテーターとして活動の場を広げる宮本和知さん。

今年3月には、ジェネリーノにとっても縁のある葉山町で
少年野球チームを設立したという。

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その名も「葉山巨人軍」。

地域の人たちからは「葉山ジャイアンツ」と親しまれ、
チーム結成からわずか半年ながら、着実に町に根ざしつつある。

宮本さんと少年野球。
その意外にも思える組み合わせに大いなる興味を抱き、
さっそくチームが練習するグランドへと向かった。

 すっきりと晴れ渡った日曜日の昼下がり。
「さー、いくぞ!」 午後1時からの練習開始を待たずに、
大きな声で子どもたちを鼓舞しながらノックをするのは宮本さんご本人。
表情イキイキ、「野球が好きでたまらない!」というのが遠目にも伝わってくる!
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グランド脇では、奥様の奈緒子さんが笑顔でチャキチャキと
マネージャー業務をこなす。
そう、葉山ジャイアンツは宮本さんご夫妻が二人三脚で作り上げた、
二人にとってはわが子のような存在なのだ。

「2年前に葉山に引っ越してきたとき、
ご近所の方から『ぜひ葉山に少年野球のチームを作ってほしい』
と頼まれたのが、そもそものはじまりです。
葉山ではソフトボールのほうが盛んで、小学生の子どもたちが
野球をする環境がなかったんです。

そういう声を多く聞き、自分たちも葉山に暮らし始めて、
どんどん町が好きになったものだから、『よし、僕にできることであれば…!』
と、女房とふたり、チーム結成に踏み出したんです」

 とはいえ、まったくのゼロからのスタート。
まずは場所を確保しなければならない。
ふたりは教育委員会や町内の学校に何度も足を運んだ。
どんなに宮本さん自身が有名人であっても、
宮本さんが率いる少年野球チームは新参者。
ソフトボールやサッカーなどさまざまなスポーツチームで
グランド使用がフル状態のなか、
『なぜ、今、少年野球なのか』を地道に説得していく日々。
グランド使用の目処がたつまで、なんと1年近くかかったという。

 こうしてチームが発足してからも二人三脚ぶりは変わらない。
毎週土日の2日間、陽が暮れるまで、宮本さんは子どもたちと一緒に野球少年に戻り、
奈緒子さんは71名の少年少女たちとコーチという名の
大きな子どもたちの母となり、グランドを走り回る。
実は、奈緒子さんは妊娠6ヵ月。
宮本さんとしては母子の体が気になる今日この頃なのだが……。

「あいつも好きなんですよ!
みんなと一緒に大きな声を出してグランドにいるのが。
本当はそろそろ家でゆっくりしてほしいんだけど(笑)」

 もし自分一人だったら、絶対、チームづくりなんてできなかったという宮本さん。
奈緒子さんの力強いサポートがあってこそ実現した葉山ジャイアンツ。
いま、ようやく確かな一歩を歩み始めたところである―――。

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取材/文 室作幸江
2010年7月22日(木) 16:22 [ 元読売巨人軍 宮本和知さん ]
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宮本和知さん プロフィール
「ジェネ的No.1イクメン人物伝」
自分の子どもだけでなく、社会的に幅広く子育てに関わる素敵なパパたち。
それがジェネリーノの考える、「イクメン」です。

  宮本和知さん

【プロフィール】
1964年山口県下関市生まれ。

高校卒業後、社会人野球の川崎製鉄水島に入社。

1984年のロサンゼルスオリンピックでは日本代表として金メダリストとなる。

同年、読売巨人軍にドラフト3位指名。

1985年、読売巨人軍に入団。

3度の胴上げ投手を経験(’89年セ・リーグ、’89年日本シリーズ、’90年セ・リーグ)。

1997年に現役引退。

現在はタレントとしてさまざまなメディアで活躍中。

プライベートでは一女の父。

今冬には待望の第二子誕生予定。
 
※宮本和知オフィシャルサイト

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2010年7月16日(金) 23:34 [ 元読売巨人軍 宮本和知さん ]
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前田さんVOL4 「女性には輝いていてほしい」
休日には中学1年の娘さんの友人家族と家族ぐるみの付き合いを楽しむ。
「僕は料理が好きなんで、ホームパーティーもよくやります。
父親同士はもちろん、母親たちともよく雑談しますよ」

ショップでの接客の様子からもわかるように、
女性とも自然な会話が楽しめる人なのだ。

 現役時代は寂しがりやなその性格から、個人練習も単独で取り組むことは少なく、
よく後輩を誘っていたという前田さん。
今でも仲間とワイワイ過ごすのが大好きだ。

「自分だけがハッピーなのではなく、
家族や仲間もみんなハッピーでいられる環境がいちばんの理想。

特に妻には輝いていてほしい。
サッカーを引退した今は仕事面では彼女の方が現役。
これからも彼女のやりたいことをバックアップしていきたいと思っています。
何か好きなことを見つけて取り組む女性は輝きが違います。

うちでフラを習い始めた女性たちも
すぐに『フラビューティー』と名付けたいくらいキラキラしてきますよ。
読者のみなさんにも何かひとつ、好きなことを見つけて取り組んでみることを
お勧めしたいですね」

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前田さんの奥様のフラショップ
アネラウィンクHPより

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前田治 Fスポーツ
2010年5月10日(月) 21:52 [ 元Jリーガー日本代表 前田治さん ]
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