’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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”ソムリエ・バッジ” [2008年02月29日(金)]


梶光夫 高田美和/'65

'60年代の初め、青春歌謡のスターだった梶光夫さんは、現在は世界的なジュエリー・デザイナーとして活躍されていますが、10年程前に高輪プリンスのパミール国際館で行われた、ジュエリー・フェアでお目にかかったことがありました。私はイベントの仕事で関わっていたのですが、そのときの梶光男さんは若い頃と変わらず、大変爽やかな印象でした。恩年63歳だそうですが、現在も爽やかです。幾つになっても爽やかでありたいものですね。


このフェアの担当課長だった高輪プリンスの、私と同年代のダンディな黒服Aさんの、襟元に輝いていたソムリエ・バッジに憬れたものです。そのバッジがほしくて、私もソムリエの資格を取ろう!というきっかけになりました。いつか挑戦しますが、取り敢えず先にソムリエ・バッジをネットでゲットしました。(笑い)ゴールドなのでダーク系のブレザーの襟元に輝かせます。

私は落ち着いた雰囲気と安心感から、シティ・ホテルのバーやラウンジ、レストランを利用する事が多く、昔は札幌のホテルや、新宿ヒルトン、京王プラザには友人もおりましたので、会員制の『PLAYBOY・CLUB札幌』にはビジターカードを発行して頂いて、バニーガール嬢とプライベートでもお付き合いをしていました。20代半ばのとてもハッピーな頃でした。
東京ではホテルマンの友人達と新宿センチュリーハイアット1階にあったディスコ、『サンバクラブ・リージェンシー』へもよく行きました。当時の友人達はリタイアして郷里へ帰ったり、サイパンへ赴任してそのまま移住していたりと、現在は会う機会が少なくなり寂しいです。

現在立ち上げ準備中のアパレル・ブランド名で、こぢんまりとしたカジュアルなバーを併設しようと考えています。ワインとワインベースのカクテル、スコッチウイスキーを中心に、気取らない雰囲気とリーズナブル・プライスで、それに合うフード・メニューも思案中です。ブランド・コンセプトは60's Tasteですので、ユニフォームも私がデザインするアイビーです。企画倒れにならないように石橋を叩いて慎重に進めようと思います。

”今日を生きよう” [2008年02月26日(火)]

Blog Ivyscene1968 The・Hit・Studio Vol.U


今日を生きよう/グラス・ルーツ ’67

この曲はザ・テンプターズが、デビュー曲の”忘れ得ぬ君”で、B面にショーケンのボーカルでカバーしました。

When I think of all the worries people seem to find
And how they're in a hurry to complicate their mind
By chasing after money and dreams that can't come true
I'm glad that we are different, we've better things to do
May others plan their future, I'm busy lovin' you
人が出くわす心配事を考えたり
せわしく金や叶わぬ夢を追いかけて
人は話をややっこしくすることを考えたりすると
ボクはうれしくなるんだ
ボクたちはそうじゃないから
ボクたちはもっといいことを知っているから
人は人,明日のことを考えていればいい
ボクは君のことを考えるので忙しい

(1-2-3-4)
Sha-la-la-la-la-la, live for today
Sha-la-la-la-la-la, live for today
And don't worry 'bout tomorrow, hey, hey, hey
Sha-la-la-la-la-la, live for today
Live for today
シャラララララ 今日を生きよう
シャラララララ 今日を生きよう
明日のことは心配しないで
シャラララララ 今日を生きよう

We were never meant to worry the way that people do
And I don't need to hurry as long as I'm with you
We'll take it nice and easy and use my simple plan
You'll be my lovin' woman, I'll be your lovin' man
We'll take the most from living, have pleasure while we can
みんなみたいに悩みなんかなかった
君と一緒なら世間に流されることもない
のんきに構えてシンプルな人生設計で行こう
君はボクの愛すべき人で,ボクは君の愛すべき男
精一杯生きて楽しめるだけ楽しもう

(2-3-4)
Sha-la-la-la-la-la, live for today
Sha-la-la-la-la-la, live for today
And don't worry 'bout tomorrow, hey, hey, hey
Sha-la-la-la-la-la, live for today
Live for today
シャラララララ 今日を生きよう
シャラララララ 今日を生きよう
明日のことは心配しないで
シャラララララ 今日を生きよう

Baby, I need to feel you inside of me
I got to feel you deep inside of me
Baby please come close to me
I got to have you now, please, please, please
Gimme some-a lovin', gimme some-a lovin'
Gimme some-a lovin', gimme some-a lovin'
Baby gimme some-a lovin'
Gimme some-a lovin, I need all your lovin'
Gimme some-a lovin, I need all your lovin'
Give me some love, now
I need all your lovin'
君がボクの中にいると思わなくてはだめなんだ
君がボクの奥深くにいると思わなくてはだめなんだ
もっと近づいて
君がいなくてはだめなんだ
愛がほしい
愛がほしい
愛がほしい

Sha la la la la la
Sha-la-la-la-la-la, live for today
Sha-la-la-la-la-la, live for today
And don't worry 'bout tomorrow, hey, hey, hey
Sha-la-la-la-la-la, live for today.
シャラララララ 今日を生きよう
シャラララララ 今日を生きよう
明日のことは心配しないで
シャラララララ 今日を生きよう

” 霧の中の二人” [2008年02月25日(月)]


Blog Ivyscene1968 The・Hit・Studio Vol.T


霧の中の二人/マッシュ・マッカーン '70

'71年7月に後楽園球場で行われた、グランド・ファンク・レイルロードのコンサートで前座を務めたのが、カナダの4人組グループ”マッシュ・マッカーンでした。日本人受けする、哀愁のあるサウンドが大ヒットしました。'60年代の日本のG・Sのヒット曲も、オルガンをフューチャーしたマイナーコードの楽曲が多かったですね。

A child asks his mother; "Do you love me?"
And it really means: "Will you protect me?"
His mother answers him; "I love you."
And it really means; "You've been a good boy."
子供が母親に尋ねる「ボクのこと愛してる?」
それは「ボクを護ってね」という意味だ
母親は答える「愛してますよ」
それは「いい子でいるのね」という意味だ

And as the years go by
True love will never die
年月が流れ
真の愛は死なない

At 17 a girl says; "Do you love me?"
And it really means; "Will you respect me?"
The teenage boy answers; "I love you."
And it really means; "Can I make love to you?"
17歳のときに彼女が言った「私のこと愛している?」
それは「私を尊敬してね」という意味だ
10代の少年は答える「愛している」
それは「やってもいいかな」という意味だ

And as the years go by
True love will never die
年月が流れ
真の愛は死なない

I-I-I will love you forever
I-I-I will love you forever
君を愛す 永久に
君を愛す 永久に
(instrumental break)

At 65 his wife says; "Do you love me?"
And it means; "I'd like to hear it again."
Her husband says to her; "I love you."
But it really means; "I'll love you till the end"
65歳のとき奥さんが言う「わたしのこと愛していますか」
それは「その言葉もう一度聞きたいの」という意味だ
夫は妻に言う「愛しているよ」
でもそれは「最後まで君を愛す」という意味だ

And as the years go by
True love will never die
年月が流れ
真の愛は死なない

Now you're asking me if I love you
And it really means; will I marry you
And I answer her ; "yes I love you."
But it really means that I won't be untrue
今君はボクに私のこと愛してる? と聞いている
それは本当は「結婚できる?」という意味だ
ボクは彼女に答える「ああ愛しているよ」
それはずっと嘘をつかないということだ

And as the years go by
True love will never die
年月が流れ
真の愛は死なない

I-I-I will love you forever
I-I-I will love you forever
君を愛す 永久に
君を愛す 永久に

”ソウル・トレイン” [2008年02月24日(日)]

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ソウル・トレインのテーマ/スリー・ディグリーズ


マイケル・ジャクソンが幼少の頃のジャクソン・ファイブなど、モータウン・レーベルの豪華アーティストが多数出演した、アメリカの人気音楽番組”ソウル・トレイン”が、'70年代初めに日本でもオンエアされていました。番組のスポンサーはJUNでした。
ROPEやJ&R他、JUN・HousingのCMもあって、サントロペ・ハウスなど、ヨーロピアン・デザインの注文住宅に憬れたものです。
当時JUNのロゴが入った、ソウル・トレインの黒のTシャツが大流行しました。

Tシャツは着ませんでしたが、油彩画を描く時にJUNのロゴ入りエプロンを使っていました。中学の頃はJUNのタータンチェックのジャンパーや、ボタンダウン。シェットランド・クルーネックセーター、ライン・ソックス、レザーのビーチサンダル等‥、
VANと併用して着ていた、VAN・JUNの時代です。縫製もしっかりとしていて、価格帯がVANより少し安かったと思います。特に'68年に履いた、JUNのチャッカ−ブーツが良かったのです。VANREGALのチャッカ−ブーツは、14歳の私にとっては大人の靴でした。ちょうど40年前なので、私のアイビー歴は今年で40周年になります。

”雨のささやき” [2008年02月23日(土)]

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Rain/José Feliciano '69

昭和44年、私が中学三年の秋に深夜放送のラジオから流れていた、ホセ・フェリシアーノの”雨のささやき”が好きでした。アコースティック・ギターと、エコーさせたフルートのような音色の、イントロが美しいバラードです。
一時、”ながら族”という言葉が流行した時期がありましたが、当時は深夜放送を聴きながら、勉強をする学生が多かったのです。

私は社会人になってからも、FMやFENを聴きながら仕事ができる環境にありました。クリエイティブ(広告制作)の部署は、フレックス・タイム制が導入される、かなり前から出勤時間も服装も、ケース・バイ・ケースで、ある程度自由でした。深夜まで仕事をする事が多く、当時は海外とテレックスで交信していた時代です。今はI・Tの便利な世の中になりました。

学生時代から夜遊びと夜更かしは得意でしたので、宵っ張りの朝寝坊型になりました。年を取ると”朝は早いよ、鶏起こす”とよく言われますが、(言われていない?)夜型の私は若いのでしょうか・・・?

”雨のささやき”

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” ふたりのシーズン” [2008年02月22日(金)]


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22曲入りですが、サイズの関係でジャケットの写真は16枚です。その中から今日は'68年に大ヒットした、ザ・ゾンビーズの” ふたりのシーズン”です。


ザ・ゾンビーズ

'67年にデビューしたザ・カーナビーツの、”好きさ 好きさ 好きさ”は、ザ・ゾンビーズの'66年のヒット曲、”I love you”のカバー曲でした。

"青い影" [2008年02月20日(水)]

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22曲の曲目から今日は、”青い影”です。

'71年に、つのだひろの”メリー・ジェーン”がリリースされて、'73年に大ヒットする前、ディスコでのスロー・テンポの曲は、'67年に大ヒットした”青い影”が主流でした。'66年に、ニューヨークのゴーゴー・クラブの様式を取り入れたスタイルで、横浜中華街にオープンして一世を風靡していた、「RED・SHOES」を思い出します。時代的にアメリカ色が濃いトレンディなクラブでしたが、残念ながら'71年に閉店しました。

東京では私が心に残す1968年に、赤坂にオープンした本格的なディスコティーク”MUGEN”が好きでした。当時はアイビー・ルックが先端ファッションだった、爽やかな時代です。


青い影/プロコル・ハルム(小惑星)'67年

オルガンの荘重なイントロは、バッハの”カンタータ140番”「目ざめよと呼ぶ声あり」をモチーフにしたとされています。2000年に「サラ・ブライトマン」がカバーした青い影は、クラシック色豊かなアレンジがとても良いです。
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”雪景色” [2008年02月17日(日)]

今年の冬は強い寒気の影響で、先日は福岡、北九州地方にも積雪があったのをニュースで見ました。北海道も暖冬だった昨年と比べると、大変な降雪量です。凍えそうなくらい寒い湖や河には、優美な白鳥が集まっています。


札幌中島公園

先日、茶道家の宗幸さんのブログに書かれていた、
”雪は心を白く清めてくれますね・・・”という文章を拝見して、北海道で二度目の冬を過ごす私の心も、雪で清められているような気がするのです。しっかりと清めてから、東京へ帰ろうと思います。(笑い)

雪を数える単位を御存知ですか?”ひとひら、ふたひら”と数えるのだそうです。雪がしんしんと降る夜空を見ていると、白い妖精が舞い降りているような感じがします。ネオンに浮かぶ、夜の雪景色は幻想的です。

先日読んだ新聞の文化欄の末尾に、雪に因んだ、心に残る万葉集の歌が紹介されていましたので、本文を割愛して掲載します。遠い古のロマンです。

『日本語 ― その美しさ、奥深さ』
法政大学名誉教授 粟津則雄

”降雪を見て「万葉の歌」を思い起こす”
ついせんだって、東京に、久しぶりにかなりの雪が降ったが、降りしきる雪を眺めているうちに、『万葉集』巻第二に収められた穂積皇子(ほづみのみこ)の「降る雪はあはにな降りそ吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の寒からまくに」という歌が心に浮かんだ。「但馬皇女(たぢまのひめみこ)の薨(こう)じて後に、穂積皇子の、冬の日雪降るに、遥かに御墓を望みて、悲傷流涕して御作りたまひし歌一首」という詞書がある。

但馬皇女は天武天皇の娘で、異母兄高市皇子(たかちのみこ)の妃であったが、高市の弟穂積皇子と深く愛し合った。彼女は和銅元年(708年)6月25日に世を去り、吉隠の猪養の岡に葬られた。これは、その年の冬に彼女を想って詠まれたものだろうが、雪にむかって「あはに」つまりたくさん降るなと呼びかけ、吉隠の猪養の岡は寒いだろうからと言うことばを読んでいると、1300年前に大和に降っていた雪が、眼前の雪と混じりあって現在も降り続けているような気がしてくる。

そしてそのことがまた、穂積皇子が感じていたであろう彼女の肌のあたたかさをも、併せ感じさせるのである。そして、それはそのまま、日本語の美しさや奥深さの持続と、生き生きと重なり合うのである。

(文芸評論家、草野心平記念文学館館長)

”花のサンフランシスコ” [2008年02月16日(土)]

Blog Ivyscene1968 The・Hit・Studio Vol.U

1967〜8年の、サンフランシスコの”フラワー・ムーヴメント(愛と平和)”と、そこから発生した”ヒッピー・カルチャー”の代名詞となる「花の〜」は、サンフランシスコに行く時は、髪に花飾りをつけていくようにと歌われて、当時の学生を中心に大ヒットしました。

グラフィック・アーティストが多く集まるサンフランシスコには、永住権を取って仕事をしている友人もいます。私にとって思い出深い都市でもありますので、そう遠くない老後を、物価が安いシスコで暮らしてみるのも、悪くないかなあと思います。ちなみに中学生の頃は、ハワイへ移住するのが夢でした。'60年代は海外旅行、そのものが夢の時代でした。

20年程前に、スペインの南海岸にあるリゾート地”コスタ・デル・ソル”でリタイア後を過ごす為に、移住するのがブームになった時期がありましたが、現在はあまり聞かなくなりましたね。


花のサンフランシスコ
スコット・マッケンジー/'67年

If you’re going to San Francisco
Be sure to wear some flowers in your hair
If you’re going to San Francisco
You’re gonna meet some gentle people there
もしサンフランシスコへ行くなら
必ず花を髪にさしなさい
もしサンフランシスコへ行くなら
きっとやさしい人たちに出会うはず

For those who come to San Francisco
Summertime will be a love-in there
in the streets of San Francisco
Gentlepeople with flowers in their hair
サンフランシスコに来る人には
夏が人と出会うときになる
サンフランシスコの通りには
花を髪にさした優しい人たちがいる

All across the nation,
such a strange vibration
People in motion
there’s a whole generation,
with a new explanation
People in motion, people in motion
国じゅうを揺るがす
この不思議な動き
人々はじっとしていられない
新しい考えを持っている
ジェネレーションが集まる
人々はじっとしていられない
人々はじっとしていられない

For those who come to San Francisco
Be sure to wear some flowers in your hair
If you come to San Francisco
Summertime will be a love-in there
If you come to San Francisco
Summertime will be a love-in there
サンフランシスコに来る人たちへ
きっと花を髪にさしなさい
もしサンフランシスコにくるなら
夏が人と出会うとき
もしサンフランシスコにくるなら
夏が人と出会うとき

”マダガスカル・バニラ” [2008年02月13日(水)]

”酒なくて 何の己が 桜かな”私が好きな句です。桜を待たずとも、すでに梅が開花の時点で心はうきうきしております。

酒と飲み友達は、私にとってなくてはならないものですが、若い頃から洋菓子が大好きな、二刀流です。
飯倉のスウェーデン・レストラン”ストックホルム”のケーキ。虎ノ門のホテル・オークラ”カメリア・コーナー”の、洋酒をふんだんに使ったムースケーキ。銀座”トップス”のチョコレートケーキが好きです。昔、ホテル・アルファ札幌、現在はホテル・オークラ札幌のカメリア・コーナーには、昔も今も通い、テイクアウトをします。


先日、神戸の西洋菓子処、”FOUQUET'S” (フーケ)の、”マダガスカル・バニラ”というケーキを頂きました。変わっているのは要冷凍(−18度以下)です。マダガスカル産のバニラビーンズを使った生クリームと、ソフトなスポンジのシンプルなものですが、アイスクリームケーキとは違う味わいで、大変美味しく頂きました。熱いエスプレッソと合います。




ティーカップ、ソーサーは、結婚式の引き出物で頂いたウェッジウッドです。ボーダー状のデザインは、16世紀の”グロテスク模様”を元に、ギリシャ神話の「グリフィン」をモチーフとしているそうです。ターコイズ・ブルーを使った、ウェッジウッド社の陶磁器が好きです。
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