’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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”多事争論” [2007年11月28日(水)]


今年も表参道や、六本木ヒルズのクリスマス・イルミネーションが美しい季節になりました。札幌も11月22日(木)から始まったホワイト・イルミネーションが綺麗です。2007年も残りひと月ですね。私がこちらへ来て一年が過ぎました。「なまら 早いんでないかい」(北海道弁で、とても早いですねという意味です。)

北海道発、苫小牧、ミートホープ社の食肉偽装。札幌、石屋製菓の賞味期限の改ざんなど、人間が口にする物を、営利目的に平気で誤魔化す事件が全国で相次いでいます。怒り心頭という方々が多い中、賞味期限を改ざんして、8月に摘発された札幌の石屋製菓が、22日に『白い恋人』の販売を再開しました。

三連休を前に、新千歳空港では飛ぶように売れていました。購入していた人達へのインタビューに対して、”これだけ叩かれたのだから、もう大丈夫でしょう” ”美味しいから、販売再開を待っていました”という返答をしていた人達の感覚には呆れました。この人達は、消費者を軽視された事に憤りを感じなかったのでしょうか!?
「なまら はんかくさいんでないかい」(北海道弁で愚の骨頂という意味です。)

昔は東京への土産に『白い恋人』を随分買いました。今は東京でも手に入るようになったので、春に帰京した際に買った、札幌や新千歳空港でしか購入出来ない、ROYCE(ロイズ)の生チョコレートとホワイトチョコレートが好評でした。生チョコはウィスキーやブランディーによく合うので、私も大好きなのです。

60's Avenue [2007年11月24日(土)]

『女は流行を・・・男は思想を着るのである』


1954年 VAN・CONCEPT

'60年代のヴァン・ヂャケットは、全国主要都市に支店と、特約店のVANショップがあり、大手百貨店からの取引依頼に対しては、「他社の商品と並べて売られるのは困る」といって、VANコーナーを設けて、販売にはVANの社員が就くというシステムがありました。

今では普通になっているブランド・ショップのコーナー分けを、当時からやっていたのです。昔からクレジットのイメージが強い丸井に対しては、「当社の商品を月賦で売ってもらう必要は無い」といって取引の依頼を断るなど、その他にもVANのモデル店だった「テイジン・メンズショップ」銀座本店では、”お客様には当社の商品は合わないと思います”と、着る人を選ぶ事もあったようです。

当時の時代性を知らない人達には、なんて高慢なのだろうと思われる事でしょうね。そのブランド・ロイヤリティーを強く誇示していた、当時のVANを着る事に私達は一種のステイタスを感じていたのです。

'70年代初頭の第二次アイビー・ブームの後、'74年頃には、Mr.Van、VAN.BROWNなど、VANの一部の商品が量販店にも並ぶようになり、VAN長崎屋なるものも出てきました。高いグレードを保持していたKentもありましたが、黄金の'60年代の、高嶺の花だったVANに魅了された私達は、IVY・LookのVANから心が離れていったのがこの頃でした。
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”ホーム・パーティ” [2007年11月20日(火)]


気が早いのですが、東京でホーム・パーティに使うコースターを購入しようと思い、VANに問い合わせたところ、今年はやっていませんでした。白無地のコースターを買ってきて、ラミネート加工をして作ってしまいました。私が個人用に使うコースターですが、VANに内緒ですよ!(笑い)

以前やっていた、ホーム・パーティのメイン・ディッシュは、館一シェフお奨めの”スパニッシュ・オムレツ”です。あとはチビ太もお奨めの?
” 館一特製おでん”。生ハムサラダ、クリームチーズにいくら、キャビア(もどき)、などをトッピングしたカナッペ。等‥の和洋がテーブル狭しと並びます。(正しくはテーブルが狭しです)飲み物はビール、ウィスキー、焼酎はいつもあるので、お好みのドンペリ、ロマネコンティ、へネシーなどの持込を大歓迎します。

”高校教師” [2007年11月18日(日)]

1991年に、独特な語り口の桃井かおりさんを起用した、
”世の中、バカが多くて疲れません?”というビタミン剤のC・Mをオンエアしたところ、”バカとはなんだ!”というセリフに対してのクレームが殺到した事がありました。
”バカ”を”利口”に差し替えられたのですが、私は”お利口が多くて…”の方がインパクトがきつい表現だと捉えるのですが…!直接的だと即、反応し、遠回しな皮肉には鈍感なのでしょうか!?C・Mに限らず、この手のクレームをつけてくるのは社会的地位の高い方々が多いのです。 私もお利口さんが多過ぎて疲れたので、チョコラ○○ドリンクでも飲もうかしら!

ここ数ヶ月間の私は、経営や社員教育に対する基本の何たるかも解っていないような、経営陣としてのモラルが低いクライアントにストレスが満杯でした。

'74年に加山雄三さんが女子高の教師役で出演していた、12チャンネル(現テレビ東京)の『高校教師』というテレビドラマがありました。若大将の頃とは正反対の、うだつが上がらない地味な教師の役柄でした。当時の加山さんは、私生活でも多額の負債を抱えて大変な情況だった頃です。

33年前の制服とは思えない、キャメルのセンターフックベンツのブレザーです。当時、ブームのひとつだったスケ番グループの、総長O・B役で出演していたのが、桃井かおりさんでした。2004年〜2005年にCSの「ファミリー劇場」で再放送されましたが、挿入歌に使われていた森山良子さんの『ある日の午後』が好きでした。もう一度再放送してくれないかなあ!このドラマを覚えている人がけっこう多いのです。

もう一つ'93年にTBSで放送され大ヒットした、真田広之が教師役の『高校教師』は、スポンサーの一社が「ヴァン・ヂャケット」でしたので、真田広之のファッションがオーセンティックなアイビー・ルックで、とても爽やかな印象でした。

テーマ曲は、私が昔好きだった女性フォークシンガー『森田童子』の「ぼくたちの失敗」と、挿入歌に「男のくせに泣いてくれた」などが使われていて、普段テレビをあまり観ない私も、毎週録画をして観ていました。映像と音楽の使い方がとても綺麗で、衝撃的な内容のドラマでした。

森田童子ベスト・コレクション

1.ぼくたちの失敗
2.蒼き夜は
3.雨のクロール
4.蒸留反応
5.哀悼夜曲
6.孤立無援の唄
7.さよなら ぼくの ともだち
8.逆光線
9.サナトリウム
10.男のくせに泣いてくれた
11.春爛漫
12. G線上にひとり
13. ラスト・ワルツ

二年前の桜花爛漫の季節に恋焦がれる人がいて、森田童子の”春爛漫”をよく聴いていました。その年に撮った桜ですが、私の心を映したかのように咲き乱れています。桜は怖いくらいに美しい花だと思います。

” ファッションの多様化” [2007年11月13日(火)]

一昨年頃から、昔大流行したワンポイント・ブランドが復活していますね。当時は、マンシング、ラコステ、マクレガー、クロコダイル、トロイブロス、プレイボーイ、等‥は一流ブランド扱いで、専門店か百貨店で販売されていましたが、現在は購買層が変わったのか、販売形態も様変わりしています。

マンシング・ウェアーが日本で発売されたのは、アイビーブームの'64年でした。私がアイビー・ルックに凝りだした'67〜'68年に、衿と袖の部分に二色のラインが入る、ペンギンマークがかわいい半袖のポロシャツを好んで着ていました。

先日某デパートで、昔流行ったマクレガーのバーゲンをやっていたので覗いてみましたが、現行の商品には購買意欲をそそるものがなかったので、取り敢えず秋・冬物のカタログを頂いてきました。

私はピーコートを一度も着た事がないのですが、ブラックウォッチも良いかなぁと思います。以前、アイビー談義をしていて、ピーコートの話から後輩のIが言っていた、おすぎとピーコートという、くだらないオヤジギャグを思い出しました。

さて、'69〜'71年頃に、裾幅19cmに3.5cmダブルで、ウエスト位置よりやや落として腰骨あたりで穿く、スカマン(横須賀マンボ)と呼ばれていたスラックスが流行して、メンクラにも紹介された事がありました。上はマンシングやクロコダイルのポロに、Vネックセーターかカーディガンで、靴はハッシュパピーのブラックバックス。ヘア・スタイルは6:4パーツのハワイアン・リーゼントで、何故かフーテン・アイビーと呼んでいた、2〜3年で消えたファッションがありました。

その後は私も着た、コンポラ、ニュートラ。そして『傷だらけの天使』でショーケンが着ていたブランドのBIGIや、ニコル、マルセルなどの、ヨーロピアンが大流行して、ファッションの多様化時代を迎えました。この頃から、アイビーだった私の友人達はヨーロピアンに走り、TRAD・BRANDには見向きもしなくなったのです。これで一部の友情も壊れました。(笑い)

流行は繰り返されると言われますが、その時代において少しアレンジされています。数年前から中高生などの若者のスラックスを見ると、昔のスカマンを思い出すのですが、下げ過ぎです!短足の後姿が妙に滑稽なのです。

”木下恵介アワー” [2007年11月10日(土)]

『記念樹』 第9回児童福祉文化賞受賞作品 

『ALWAYS 三丁目の夕日』に続いて、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』が全国で大ヒット上映されていますね。私はまだ観ていませんが、大ヒットの要因は、”美しい心の国 日本”の情緒があった戦後昭和の時代。貧しくもあったけれど、今は無くしつつある心の豊かさと、温かさがあった時代でした。その高度経済成長期の昭和を、懐かしさと憬れの想いで、この映画を観る人が多いのだと思います。私は”温故知新”という言葉が好きです。

2005年にスカパーのホームドラマチャンネルで、懐かしい木下恵介アワーの全作品を制作順に放映されていました。「記念樹」は私が小学6年生の頃、昭和41年4月5日〜昭和42年2月14日迄、毎週火曜日21:00〜21:30 TBS系列で放送されていた、子供心にも残る作品でした。さすが”ドラマのTBS”と言われるほど、CMを挟んで実質25分足らずの放映時間の中で、お茶の間の心を掴んだみごとな構成のドラマでした。

私は昭和40年10月24日〜昭和41年11月13日迄、毎週日曜日20:00〜20:56日本テレビ系列で放映された青春ドラマ、夏木陽介主演の「青春とは何だ」(原作・石原慎太郎)に女子高生役で出演していた高杉早苗さんのファンでした。

出演
■馬渕晴子 ■高杉早苗 ■長谷川哲夫 ■有川 博 ■ 田村正和 ■松川 勉 ■ジェリー伊藤 ■八木千秋 ■東京ぼん太 ■津坂匡章 ■柳家金語楼
■松本典子 ■石立鉄男、他、毎回ゲストが出演。

横浜の養護施設・あかつき子供園で育った園児たちは、桜が散る季節に結婚をして施設を去ることになった、保母の池貝先生(馬渕晴子)に別れを告げます。施設の子供たちが大好きだった先生の嫁ぎ先を訪ね、小遣いを出し合って結婚祝いに買った桜の苗木を庭に植えます。その一本の桜の木で堅く結ばれた、池貝先生と子供たちの15年間の絆を描いた心温まるテレビドラマです。

『みんなで植えた桜に春が来て♪今年も花が優しく開く』

涙腺が弱い私は、記事を書きながらこのあたりで涙があふれます。

それから15年の歳月が流れますが、それぞれの想いでふと先生のもとを訪ねてみたくなる、皆の顔を見たくなる、その思いだけは変わらぬままなのです。ドラマは、そんな彼ら小市民の現在(高度経済成長期の中にあっても決して豊かではない)の慎ましい暮らしやその中におけるささやかな夢を、横浜〜戸塚〜大船〜平塚〜小田原等の東海道線沿線を舞台にして描かれています。毎回のように回想される桜の苗木を植えるシーンが実に印象的でした。

小坂一也さんが歌ったドラマの主題歌も心に残ります。

団塊世代の定年後のファッション [2007年11月06日(火)]

アイビー世代とも呼ばれる、団塊世代が学生だった'60年代は、『VAN』『JUN』などの三文字ブランドが大流行して、アイビールックの2大ブランドのJUN・VAN(順番)を競い合って着ていました。



某、老舗百貨店の通販事業部、紳士用品部の金井宏之さんは、ある雑誌に団塊世代のファッションに対する、画期的な考え方を語っています。

『団塊世代は60年代、70年代のアイビーブームを経験し、学生時代にお洒落を楽しんだファッション感度の高い世代です。ところが、社会人になってからは仕事が忙しくて、お洒落は後回し。紺とグレーのスーツを制服のように着回すようになってしまいました。でも昔、自分がアイビールックを着ていた時代を思い出して、お洒落することをもう一度思い出してほしいですね』

博報堂エルダービジネス推進室が2005年7月に発表した、団塊世代のファッション意識が高いことを示す調査結果があります。

『団塊世代のファッション実態調査』によると、ファッションにかける年間金額は、40代男性が、6万8,518.5円、女性が 9万5,459.8円。60代は男性が7万9,029.1円、女性が9万4,771.9円。50代(団塊世代)がもっとも多く、男性 8万2,650.9円、女性 13万5,476.2万円。という結果が出ています。前後の世代を引き離して、洋服にお金をかけている団塊世代は、'60年代のファッション・リーダーでもあり、世に若者文化を形成した、オピニオン・リーダーだったと言えるでしょう。

私の周りにいる往年のアイビー・リーガースの方々は、学生時代から現在も尚、お洒落を通し続けていますので、ファッションにかける金額はデーターに出ている数字を遥かに上回る事と思います。(笑い)

”トワ・エ・モワ” [2007年11月04日(日)]

1970年のクリスマス・イヴに、渋谷公会堂でロック&フォークの祭典”S・O・Sコンサート”が開催されました。


G・Sブームが衰退して、多くのグループが解散した頃ですが、ザ・ワイルド・ワンズ、ザ・モップス、ザ・ハプニングス・フォーが出演しました。フォーク・グループはトワ・エ・モワ、フォーク・クルセイダースの北山修、加藤和彦、赤い鳥、ジローズ、他、当時のビッグ・ミュージシャンが集結したコンサートでした。前年、'69年の夏にアメリカで行われた、”ウッドストック・コンサート”の日本版のようなこのコンサートを収録した、二枚組みのL・Pレコードがありますが、今となっては貴重なアルバムです。

S・O・Sコンサートでは、トワ・エ・モワ(あなたとわたし)の白鳥英美子・芥川澄夫に、ユー&ミーというお二人が、キーボードと他の楽器で友情出演していました。”Tiny Sparrow”(小さな雀)という美しい曲を今も鮮明に覚えています。

Disc 1
1 サマータイム/ロック・キャンディーズ
  〜時には母のない子のように/ロック・キャンディーズ
2 知床旅情/シュリークス
3 カーペット・マン/ナウ
4 突然/杉田二郎
5 愛とあなたのために/ジローズ
6 戦争を知らない子供たち/全日本・アマチュア・フォーク・シンガーズ、杉田二郎、北山 修
7 カム・アンド・ゴー・ウィズ・ミー〜チルドレン、ゴー・ホエア・アイ・センド・ティー/赤い鳥
8 誰のために/赤い鳥
9 竹田の子守唄/赤い鳥
10 ザ・タウン・ザット・アイ・ウォズ・ボーン/モップス
11 御意見無用(いいじゃないか)/モップス
12 ベリー・ラスト・デイ/トワ・エ・モワ
13 小さな雀/トワ・エ・モワ

Disc 2
1 誰もいない海/トワ・エ・モワ
2 切狂言/ザ・ハプニングス・フォー
3 おまえの世界へ/ザ・ハプニングス・フォー
4 ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ/加藤和彦
5 もしも/加藤和彦
6 ふしぎな日/加藤和彦
7 オール・アイ・リアリー・ウォント・トゥ・ドゥ/ザ・ワイルド・ワンズ
  〜ミセス・ロビンソン/ザ・ワイルド・ワンズ
8 バイ・バイ・ラヴ/ザ・ワイルド・ワンズ
9 いいのかな/ザ・ワイルド・ワンズ
10 グッド・モーニング・スター・シャイン/ザ・ワイルド・ワンズ
11 ドント・レット・ミー・ダウン/全員


9月17日(月)北海道厚生年金会館

9月にチケットを頂き、37年振りにトワ・エ・モワのコンサートに行ってきました。私は以前から、アカペラの”アメイジング・グレイス”が好きで、白鳥英美子さんのCDでは聴いていたのですが、生で聴くのは初めてでしたのでとても感動しました。白鳥さんが高校時代にジョンバエズに憬れ、ギターの基本コードである、スリーコードで作ったという”夕焼けを追いかけて”はとても美しい曲でした。

コンサート内ではワイルド・ワンズ、タイガース、テンプターズ、ヴィレッジ・シンガーズなどの、G・Sグループのリクエストを取ったところ、私の周りの席にいたおじさんもおばさんも、会場内は圧倒的にタイガースに拍手喝采でした。芥川さんのユーモラスな「モナリザの微笑」と、リュ シウォン が最近カバーされて有線などでもよく耳にする、「花の首飾り」が懐かしかったです。

芥川澄夫さんは団塊世代(1947年〜49年生まれ)の59歳で、かなり渋くなられていました。トワ・エ・モワ解散後は、音楽活動をしばらくされていなかったようですが、広い音域のよく通る歌声は素晴らしく、当時と変わりません。
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館一
秋のコンサート (09/06)
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”真珠の涙” (07/31)
きんちゃんへ
”真珠の涙” (07/17)
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