60's Avenue [2007年09月30日(日)]
平凡パンチ別冊付録'67年1月号
表紙の、ヘア・ドライアーのホワイトと、モデルが着ているレッドのセーターとの、コントラストの使い方が斬新ですね。当時流行していた、ホワイトのタートルネック・セーター!ホワイト&レッドのトップスに、チャコールグレイ、もしくはグレンチェックのスラックスがベストコーディネイションでした。
ザ・ブロードサイド・フォー
↑モッズキャップ、今あったらほしいアイテムです!
60's Avenue [2007年09月28日(金)]
'60年代の爆発的な人気二代ブランド、VAN&JUNの他に、アイビーブランドだったTAC、VOXがありました。
'69年秋〜'70年冬のシーズンに、ツイードのホームスパンやヘリンボーンの、スーツ、ジャケット、スラックスが大流行しました。そして'60年代中頃に人気があった、チャコールや、ミディアムグレイのスーツに変わり、キャメルやグレイフランネルの明るい色も良かったです。当時、タータンチェックのシックスフッター(6尺/約180センチ)と呼ばれるマフラーも流行りましたが、ツイードに良く合います。私はブラックウォッチか、レッドのタータンチェックが好きです。ツイードやタータンチェック、グレンチェックの素材が、当時はとても新鮮だったのです。
60's Avenue [2007年09月26日(水)]
若大将シリーズで、確かアルプスの若大将だと思うのですが、青大将が口ずさんでいた”♪プールサイドに夏が来りゃ イェイ イェイ イェイ イェイ イェイ ♪イェイ イェイ イェイ イェイ”は、'67年に大流行した、レナウンのニットファッション”イエイエ”のコマーシャルソングでした。イギリスから小枝のような女の子、”ツウィギー”が来日して、ミニスカートが大流行した年でもありました。
メンズファッションにもイエイエがありました。今見ると普通ですね。と言うか、当時は七:三が主流でしたので、中央のモデルの二方はアイビーに見えます。
'60年代中頃の最先端ファッション!左からアイビー、カジュアル、モッズ、コンチネンタルスタイル。当時の若者はダンディーでした。年齢的には団塊世代を中心とした、その前後の世代ですね。今の私としては、ダブルブレスト六つボタンのモッズスーツを、アイビー調に着こなしてみたいですね。
”和のテイスト” [2007年09月22日(土)]
今年から大量定年退職に入った、団塊世代をターゲットにしたマーケティング戦略が行われています。出版業界も団塊向けの雑誌や、'60年代文化への回帰的な内容を特集するものが、数多く出版されています。
私の仕事関係で、集英社や小学館とお付き合いがあるのですが、小学館から発行されている「駱駝」は、A4より少し大きめのサイズで、旅行やグルメなどの幅広い情報と充実した内容で、写真やレイアウトも上品にまとめられていると思います。号によって価格がスライドする雑誌もありますが、隔月刊の「駱駝」は各号が880円と、お手頃価格になっています。
今回の特集は、くろすとしゆきさんと、大橋歩さんのアイビー対談です。
くろすさんが着ているジャケットのストライプは、日本の丹前の生地で、鰹縞という柄だそうです。'60年代の中頃に、それに「タンゼンストライプ」という名前を付けて、VANでジャケットやボタンダウン・シャツを出したそうです。私の記憶にも何となく残っていますが、正しく和のテイストだったのですね。
昨年のブログ「和のテイスト」に、母の遺品である縞柄の反物で、ボタンダウン・シャツを作ろうと書いたのですが、紺の裏地をあしらって、白蝶貝のボタンを使ったサマージャケットにしても良いかなあと考えています。シャツとジャケットの両方が出来ると嬉しいのですが、着られるのは来シーズンになりますね。
3月の60's Avenueに書いた、現在立ち上げ準備中である、私のブランドネームを縫いこむ第一号にしようかと思います。お洒落だった亡き母も、きっと喜んでくれる事でしょう。
”県民性の面白さ” [2007年09月18日(火)]
”人づきあいのヒント?”「県民性のおもしろさ」
今回の秋田県で終了です。
台風12号の影響で秋田や山形など、東北地方が大雨になっていますが、実りの秋、作物への影響が心配です。
私の友人に秋田県人はいないのですが、グループ企業のデザイナーだったSさんが秋田出身でした。私と同年代のSさん夫妻は、港区以外には住まないというこだわりを持っていて、私が初めて伺ったのは泉岳寺近くの瀟洒なマンションでした。
ご夫婦でクリエイティブの仕事をしていたのですが、奥様はMacintoshがまだ一般的ではなかった頃に、C・Gを駆使する、気鋭のイラストレーターでもあり、よく港区内で個展を開いていました。その奥様と初めてお会いした時の、私に対するfirst impressionが、「館一さんてVANの人ですね」と言われて、?と思ったのですが、VAN=アイビーなんですね。という意味なのでした。
当時の私は1型のアイビーではなく、ブランドもAVON HOUSEのものが多く、ワイドやスタンドカラーのシャツにアンコンジャケット、ルーズフィットのツータックパンツというスタイルでしたので、アイビーに見える?と驚きでした。長年アイビーを着ていると、雰囲気がそうなるのでしょうか?嬉しい事ですね。今ではトラディショナルが、私の生き方になっています。
当時毎週のように行っていた、中野の料理屋での写真です。
ニットのポロセーターに、千鳥格子の麻のだぼだぼパンツでしたが、
デカパンではないだす!
和風造りの3階建ての店で、これは2階席で撮られたものですが、吹き抜けになっているので下を見下ろすと、炭火の豪華な炎が美しいのです。
”秋田、おしゃれでグルメ”
街のアイビーリーガース [2007年09月15日(土)]

MEN'S CLUB 1980年10月号より
私はこの年の1月と5月に所用で名古屋へ行きましたが、やはりアイビーリーガーが多い街でした。'80年はVANが再建した年でしたが、まだVANショップがなかった名古屋に、何故かVANの袋を持っている方が多いので選んでみました。肖像権を考慮して、オリジナルに加工を施しています。
この方が手にしているのは、'69年〜'70年の”グローバル・アイ”の頃の袋ですね。
昔のアイビーキャップを思い出しました。彼のはシャツと同じバティック・プリントでした。右の彼のように、シャツの裾を外に出して着る着方も、名古屋にかぎらず日本全国で流行しましたね。(くろすとしゆきさんの寸評より)
VANの袋は持っていませんが、'60年代を感じさせる爽やかなお二人です。
'66年に”遠い渚”が大ヒットしたシャープホークスが、紺と白のロンドンストライプのボタンダウンの裾を出して着ていたのを真似て、中学の頃にくるぶし丈のコットンパンツに、素足でブラウンのスリッポンを履き、ロンドンストライプのシャツの裾を出して着ていました。”みゆき族”のブームから4年が過ぎた頃ですが、両手をポケットに入れ、”みゆきウォーク”をする生意気盛りでした。
みゆき族と言えば、日テレのお昼の番組、みのもんた司会の「おもいっきりテレビ」9月12日の”今日は何の日”で、43年前の9月12日”みゆき族が一斉補導された日”を取り上げていました。意図は昨年から市場ターゲットにもなっている、団塊世代を意識したものだと思います。一般的な出来事ではないので、当時の東京を知る関東圏内在住以外の方は、中高年でもみゆき族の存在を知る人は少なかったと思います。
アイビー全盛期の'65年前後の深夜放送でD・Jをやっていたみのもんたが、番組内で当時の若者が夢中になった二代ブランドのVANとJUNを、当時人気を博していたコメディアンの「伴 淳三郎」のギャグで、”バンジュン、アジャパー”と揶揄したところ、リスナーの若者達から抗議の葉書が殺到したそうです。その、みのもんたが司会をする高視聴率の番組内で、”みゆき族”を取り上げた事は皮肉と言うか、日テレ上層部と総合プロデューサーの企画に、ユニークな思惑を感じるのは私だけでしょうか?(笑い)
記事本文に戻って、70年代以降の街アイを見るとヘアスタイルが長めの人が目立ちます。私は中学時代からヘアスタイルを大きく変えないので、毛髪が寂しくなりつつある現在は、自然と七:三に分かれてしまうのです。
今回は長いので、最後まで読んで頂きありがとうございます。
”安部首相辞任” [2007年09月14日(金)]
一昨日、安倍総理が1年足らずで、突然退任したニュースを見て驚きました。昨年9月に総理大臣に就任した際には、私と同年齢の総理大臣が初めて誕生した事を、大変喜ばしく思いブログにも書きました。
昨日のニュースでは胃腸障害で入院をされたようで、退任表明をしてから入院されるところに、生真面目さを感じます。自分の立場が不都合になると、体調不良を理由に入院という形を取る政治家が多くいますので・・・!「機能性胃腸症」という、あまり聞かない病名ですが、大変気の毒に思います。
昨年のブログにも書いたように、世代違いの海千山千が揃う国会で、毛並みのよろしいお坊ちゃまにとっては、この一年の重圧は、相当な心労であった事とお察しします。かく云う私も8月中旬に、レベルは違いますがストレス性の胃腸障害を起こして、1週間ほどお粥と点滴のお世話になりました。とても辛い思いをしましたので、私の性分としましては他人事と思えないのです。マスメディアには人間的な基本マナーを持って、療養中だけでもそっとしておいて頂きたいものですね。
最近の一部の電波メディアは、国民に正しい報道を伝える義務を云々という、大義名分だけは整えていますが、実情的にはくだらないバラエティー番組を垂れ流しにしているような、企業イメージが強いのです。視聴者に及ぼす悪影響を考慮できていない、視聴率だけが優先の、ここ数年の番組制作に対しては知的水準を疑います。
このような本音を書くと、記事を抹消されるケースが多いのですが
、筋を通す私は敢えて書くのです!
AMERICAN DREAM [2007年09月12日(水)]
G・Mの古き良き時代/完
1955年型シボレー・ステイションワゴン
童話に出てくるようなイラストですね。赤レンガの煙筒に、風見鶏がある屋根の家。子供の頃にテレビで観た、黄金期のアメリカン・ハウスに憬れました。
当時の日本映画でもG・Mの車がよく使われていました。私が幼い頃に見た欧米車のなかでは、比較的大衆的だったと思われる、シボレーに乗っている方が多かったと記憶しています。
60's Avenue [2007年09月10日(月)]
平凡パンチ'66年9月別冊付録
'66年のアイビー全盛期に、当時のスーパー・アイドルだった”三田 明”が歌った「アイビー東京」と言う曲がありました。'67年に私が初めて自分で買った、ハンディータイプの赤いヘア・ドライアーにも、IVYという商品名が付いていました。当時は何にでも”IVY”を付けるほど、アイビーとはかっこいい事の代名詞だったのです。
方や、'60年代の流行歌(懐かしい響きですが、今は死語ですね)には、「雨の夜あなたは帰る」という曲がありました。♪雨の夜にあなたは帰る そんな気がしてならないの・・・そんな貴方のカルダン・コート・・・♪歌謡曲にも使われたほど人気があったのが、ヨーロッパ・ブランドの”カルダン”でした。
カルダンのアトリエとモデルたち
アイビーシスターだった私の姉と友人達は、当時の二代ブランド、VAN&JUNでしたが、アイビールックに対して、コンチネンタルが流行り始めていた'66年の暮れに、すべてVANで統一しセンスが良かったY・Kさんが、いち早くコンチを取り入れて着ていたのがカルダンの、チェンジポケットでウエストを絞ったタイプの、ベージュのバルマカンコートでした。私の洋服選びの基本的なものは、'60年代アイビーのY・Kさんのお手本があったからなのです。今ではカルダンを着る人は少ないですが、当時はフランスの人気ブランドでした。
'67年頃に出た、VANのコンチネンタル・スーツ。ポスターのコピーに時代を感じます!
アイビールックの仕掛け人、故 石津謙介氏のファッションは、ヨーロピアンでしたね。