’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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60's HITSTUDIO [2007年04月30日(月)]


『ザ・テンプターズ』

1965年、埼玉県大宮の高校生、田中、高久ら4人で結成したバンドに松崎が参加して活動が始まる。バンドのテーマ曲「太陽の誘惑」にちなみテンプターズと名乗り、1966年3月からは大宮のダンスホール「大蔵」の専属バンドとなる。中学生の萩原が飛入りで歌い、メンバーに加入。1966年10月、「中川三郎・ディスコ・ティーク」恵比寿店のオーディションに合格し、専属バンドとして人気を集める。その後メンバー2人が抜け、1967年2月に弟バンドの大口が加入し、5人組となる。新宿店、有楽町店へと移るごとに人気も上昇し、1967年5月、田辺昭知にスカウトされ、スパイダクションと契約し、ジャズ喫茶、テレビなどへの出演を通して人気が上昇する。

1967年10月25日、フィリップスより松崎作詞・作曲の『忘れ得ぬ君』でシングルデビュー。松崎自ら歌い10万枚記録。


1968年3月発売の第2弾『神様お願い』が萩原のソロでオリコン2位の大ヒットになり、タイガースの対抗馬となる。



'86年 夏、TDKのCMに起用された、桑田バンドの『神様お願い』、画像はカラーとモノクロのコラージュ・シーンに、当時のゴーゴー・クラブを再現したCMでした。
A面の曲がメジャーでしたが、B面の『神様お願い』は桑田バンドの編曲が迫力のサウンドに仕上がっています。

1968年6月発売の第3弾 『エメラルドの伝説』は、萩原のソロでオリコン1位の特大ヒットとなりタイガース&テンプターズ時代が到来したのでした。

MEN’S CLUB U [2007年04月28日(土)]

『サマー・タイム・マテリアル』


前列のヨットタイプのキャンバス・デッキはリーガル。このタイプは'60年代にVANのを履きました。後列は右からSUN LUCKY、トップサイダー、ベンチャー。


右のモデル、力石勝彦が着ているナイロン・ツイルのヨット・パーカーがとても良いです。当時はこのタイプでダーク・マドラスのレインコートもありました。今再び着たいアイテムですね。


バミューダ・ショーツにラインソックス、レイン・ハットのスタイルのときに、”探検に行くの?”と言われたことがありました。



MEN’S CLUB [2007年04月27日(金)]


『サマー・タイム・マテリアル』 
「ペアー・ファッション」


ジャケット・HARVARD


ジャケット・VAN SPORTS

白のボタン・ダウンに小紋プリントのタイ、グレイのスラックスにローファー。オーセンティックにコーディネイトされています。


ジャケット・HARVARD

夏はライティー・マドラスのジャケットが良いですね。

IVY LEAGUE [2007年04月23日(月)]

               IVY LEAGUE

アイビーリーグの最高峰・ハーバード大学

HARVARD UNIVERSITY



60's Avenue [2007年04月22日(日)]

昨日の夕方のフライトで、今日からは再び北海道生活の始まりです。先月末に帰京した際のフライトは、新千歳空港の上空が濃霧の為、飛行機の離着陸が出来ず大幅に遅れて、予約していた便より1便早いのに変えても羽田到着は零時近くでした。今回は順調で、予定時刻よりも10分早く到着しました。天候も思ったより暖かで、まずまずの滑り出しです。
これからの北国は百花繚乱、草花が一斉に芽吹く、爽やかな季節の到来です。東京の友人達からは羨ましがられています。


60年代〜70年代のIVYブランド。中でも私の思い出に、強く残っているのは、'66年〜67年頃の”EIFFEL”の『IVY SISTERS』で、私の姉がVAN、JUNと共に着ていたブランドです。当時、『ホイホイ・ミュージック・スクール』というテレビ番組があって、鈴木やすしと司会をやっていた木の実ナナが、当時女性ファッションで大流行していた、ノースリーブのタートル・ネックで、胸部分にIVY SISTERSのロゴ入りのを着ていました。あとは三文字ブランドのVAN、JUN、ACE、TAC、JAXに、LASS、靴のVAN REGAL、SNEEKER VANもとても懐しいです。これらは全て60'sのブランドです。SNEAKERのスペルの違いに気付いたと思いますが、これはヴァンヂャケットの石津謙介氏が遊び心でわざとやった事だそうです。

平凡パンチ創刊号(昭和39年5月)

昭和女子大学 [2007年04月20日(金)]

3月27日の最終のフライトで帰京して3週間余り。住まいの整理と引越しで、2箇所へ荷物を送り、他にも手続きの変更処理などで超多忙な日々を過ごしておりました。
久しぶりの友人達とも数人しか会うことができず、明日夕方のフライトで再び北海道へ戻ります。今回は6月迄の予定です。
(山下君、ブログを閲覧してくれてありがとう。7月に再会しましょう)

福岡の鮫島宗哉さんが昨日から上京していますが、4月21日(土)から母校である、昭和女子大学オープンカレッジで、コーチング講座を行います。入門編を6月まで毎月1回、13時〜17時の1回4時間で、全部で3回、延べ12時間です。僕は誠に残念ながら参加できません。
男性である鮫島さんの母校が何故女子大かというと、幼稚園が昭和女子大学付属なのです。団塊世代の鮫島さんは、僕が生まれた昭和29年の卒園です。

講座詳細
『昭和女子大オープンカレッジ』HPのここに紹介されています。
昭和女子大学といえば、1999年6月14日〜7月17日、光葉博物館にて、20年の歳月をかけて日本の古典建造物を描くというタイトルで、穂積和夫イラストレーション原画展がありまし。
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コメント
館一
秋のコンサート (09/06)
鮫島宗哉さんへ
”真珠の涙” (07/31)
きんちゃんへ
”真珠の涙” (07/17)
館一
”コイン・リング” (05/09)
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