”青山VAN物語” [2007年02月28日(水)]
「青山芸術祭」に同封されていた、石津祥介氏のメッセージを併せて掲載しました。
B.D.C会員のみなさまへ
青山通りの街路樹が色づき始めた昨年の10月20日、草月会館で行われた「おかえりなさい石津謙介さん」の会から早くも一年になります。年令とともにゆっくりと流れる筈の時間が、思ったより速く過ぎるといささかアワテたい気持ちになり、これもせっかちな年寄りの兆候かと懸念している始末です。
2007年が近づくにつれ、世間では中高年向け雑誌が続々と発刊されたり、新聞のシニア欄が増えたりと、団塊世代ブームの様相をみせています。
お陰で私にもVANや中高年を語る仕事が次々と飛び込んでくる昨今です。
同封の「青山時間」122号では「VAN物語」の第15回が掲載されています。筆者の後藤氏によれば「まだまだ書くことに種はつきない」とのことなので期待している次第です。恒例の青山芸術祭も10月16日〜30日の間、青山通りを中心に「街頭フラッグ」が掲げられ、28日〜30日の3日間はイベントも開催されます。紅葉のケヤキ並木と、話題の「表参道ヒルズ」のショッピングも兼ねて、青山散歩などいかがですか。お待ちしております。
ボタンダウンクラブ会長 石津祥介
文 : 後藤 健夫 1952年東京生まれ。『ポパイの創刊メンバー。マガジンハウス退社後「いろんなことあって」最近までは『ライトニング』編集長。現在、充電中。「青山のVAN本社の前は通学路(バスで通過)だった」というBDシャツ以外は着ないVANの学生。
「ネーミングとは、つまり、ボクにとっては遊びのひとつだから、とても好きで、これはもうボクのひとつの道楽、といってもいい」
ネーミングの天才=石津謙介が『石津謙介オール・カタログ』(講談社)で語っているように、遊びの心がいっぱいの名前はいつまでも流通している。例えば・・・。団塊世代なら懐かしいビジネスシーンでタイを合わせる半袖のシャツ=ホンコンシャツから始まり、ダブルブレストの4つボタンのブレザー=ニューポートブレザーやジップフロントのジャンパー=スイングトップという和製英語。コンサイスの英和辞典に載っていても不思議がないほど、見事な英単語だ。
しかし、石津謙介作成の和製英語の最高傑作は、そう、トレーナー!ニューヨークのブルックスブラザーズで「アイ・ウオント・トゥ・バイ・トレイナー」と汗流し真っ赤になりながら懇願している日本人は、まだ、いるはずだ。
対応する白人店員の顔が青くなる。トレーナー、通じません。スウェットシャツですもの。
「ボクがネーミングしたもので、いまだに残っているものはずいぶんある。例えばファッション物だと、代表的なのがトレーナーだ。最近はまた復活して、時々聞くけど、あいつの本名はスウェットシャツという。汗のにおいがしてきそうだし、いかにも語呂が悪い。だから、これはトレーニングする人のためのシャツだからトレーナーにしたわけだ。このシリーズでは、ほかにコーチをする人が着る、ということでコーチャージャケット、スポーツを観戦する人たちが着る、というのでスペクテイターコート、などおしまいにERのついたネーミングをずいぶん作ったものだ」
この石津謙介の解説からも、VANのスポーツに対しての強い愛情というかこだわりを感じる。そもそもアイビーというスタイルは、アメリカの東部8大学の学生&卒業生が好むファッションを指すが、その8大学(ハーバード、イエール、プリンストン・・・・・・以下省略)のことをアイビーリーグと呼ぶのは、釈迦に説法で申し訳ないがアメリカンフットボールの対抗戦リーグから来ている。日本にアイビーを布教した定着させたVANがアメリカンフットボールに関心がないはずはない。当然チームを結成しちゃいました。ヴァンガーズ!

「ボクのネーミング術のセオリーは、いってみれば非常に平凡なことなのだが、@その名前の響きの良さ、Aもちろんその意味、B全体の字の形、C一度聞いたら絶対に忘れない響き、という四つの要素を、同時に満たすことのできるものでなければならない、ということだ」というのが石津謙介のネーミングの心得。VANGUARDSという名前もセオリー通り、直線片側3車線の王道です。VANの番兵という意味で韻を踏んでいる。
石津祥介氏が今年のパールボウルで100番を着てコイントス。
アメリカンフットボールのヴァンガーズが結成されたのは1965年。
1970年代、中期を代表するアメリカのイラストレーター=デイブ・ウィラードソンの作品。
長文のため、後の文章は割愛しました。
B.D.C会員のみなさまへ
青山通りの街路樹が色づき始めた昨年の10月20日、草月会館で行われた「おかえりなさい石津謙介さん」の会から早くも一年になります。年令とともにゆっくりと流れる筈の時間が、思ったより速く過ぎるといささかアワテたい気持ちになり、これもせっかちな年寄りの兆候かと懸念している始末です。
2007年が近づくにつれ、世間では中高年向け雑誌が続々と発刊されたり、新聞のシニア欄が増えたりと、団塊世代ブームの様相をみせています。
お陰で私にもVANや中高年を語る仕事が次々と飛び込んでくる昨今です。
同封の「青山時間」122号では「VAN物語」の第15回が掲載されています。筆者の後藤氏によれば「まだまだ書くことに種はつきない」とのことなので期待している次第です。恒例の青山芸術祭も10月16日〜30日の間、青山通りを中心に「街頭フラッグ」が掲げられ、28日〜30日の3日間はイベントも開催されます。紅葉のケヤキ並木と、話題の「表参道ヒルズ」のショッピングも兼ねて、青山散歩などいかがですか。お待ちしております。
ボタンダウンクラブ会長 石津祥介
青山
物語
連載第15回
VANの遊び心
その名もヴァンガーズ
物語 連載第15回
VANの遊び心
その名もヴァンガーズ
文 : 後藤 健夫 1952年東京生まれ。『ポパイの創刊メンバー。マガジンハウス退社後「いろんなことあって」最近までは『ライトニング』編集長。現在、充電中。「青山のVAN本社の前は通学路(バスで通過)だった」というBDシャツ以外は着ないVANの学生。
「ネーミングとは、つまり、ボクにとっては遊びのひとつだから、とても好きで、これはもうボクのひとつの道楽、といってもいい」
ネーミングの天才=石津謙介が『石津謙介オール・カタログ』(講談社)で語っているように、遊びの心がいっぱいの名前はいつまでも流通している。例えば・・・。団塊世代なら懐かしいビジネスシーンでタイを合わせる半袖のシャツ=ホンコンシャツから始まり、ダブルブレストの4つボタンのブレザー=ニューポートブレザーやジップフロントのジャンパー=スイングトップという和製英語。コンサイスの英和辞典に載っていても不思議がないほど、見事な英単語だ。
しかし、石津謙介作成の和製英語の最高傑作は、そう、トレーナー!ニューヨークのブルックスブラザーズで「アイ・ウオント・トゥ・バイ・トレイナー」と汗流し真っ赤になりながら懇願している日本人は、まだ、いるはずだ。
対応する白人店員の顔が青くなる。トレーナー、通じません。スウェットシャツですもの。
「ボクがネーミングしたもので、いまだに残っているものはずいぶんある。例えばファッション物だと、代表的なのがトレーナーだ。最近はまた復活して、時々聞くけど、あいつの本名はスウェットシャツという。汗のにおいがしてきそうだし、いかにも語呂が悪い。だから、これはトレーニングする人のためのシャツだからトレーナーにしたわけだ。このシリーズでは、ほかにコーチをする人が着る、ということでコーチャージャケット、スポーツを観戦する人たちが着る、というのでスペクテイターコート、などおしまいにERのついたネーミングをずいぶん作ったものだ」
この石津謙介の解説からも、VANのスポーツに対しての強い愛情というかこだわりを感じる。そもそもアイビーというスタイルは、アメリカの東部8大学の学生&卒業生が好むファッションを指すが、その8大学(ハーバード、イエール、プリンストン・・・・・・以下省略)のことをアイビーリーグと呼ぶのは、釈迦に説法で申し訳ないがアメリカンフットボールの対抗戦リーグから来ている。日本にアイビーを布教した定着させたVANがアメリカンフットボールに関心がないはずはない。当然チームを結成しちゃいました。ヴァンガーズ!

石津謙介氏のユニフォーム
「ボクのネーミング術のセオリーは、いってみれば非常に平凡なことなのだが、@その名前の響きの良さ、Aもちろんその意味、B全体の字の形、C一度聞いたら絶対に忘れない響き、という四つの要素を、同時に満たすことのできるものでなければならない、ということだ」というのが石津謙介のネーミングの心得。VANGUARDSという名前もセオリー通り、直線片側3車線の王道です。VANの番兵という意味で韻を踏んでいる。

アメリカンフットボールのヴァンガーズが結成されたのは1965年。

長文のため、後の文章は割愛しました。























バレンタインが過ぎると、次は春の訪れを知らせる、『桃の節句』ですね。
私の両親は他界しましたが、親孝行らしい事が出来なかった事に今、後悔の念が強いです。親孝行は親が健在のうちにしておくべきですね。亡くして、初めて解る親の有り難みとは愚かな事です。







