IVY LEAGUE U [2006年10月27日(金)]
IVY LEAGUE [2006年10月27日(金)]
”和のテイスト” [2006年10月15日(日)]
’68年1月号には「男の着物」と題したページがありました。
ひと頃女性達の間で和服を洋服にリフォームして着るのが流行っていて、私の姉もワンピースにして着ていました。
画像の縞柄は着物の生地です。一昨年、突然他界した母の遺品のひとつで、これは反物の状態です。母が何かを仕立てようと思っていたのでしょう。
以前からアイビーストライプは和のテイストだと感じていました。この柄はアイビーストライプに比べると色使いが少し少ないですが感じが似ていると思います。
ネットを通して知り合い、「ブラックウオッチとCAPE・COD・SPIRIT」でトラバを戴いた、往年のアイビーファンの方が、
の浴衣で作られたというボタンダウンのシャツを拝見して、僕もこの生地でボタンダウンを作ろうと思います。綿素材なので半袖にすると良いかもしれないですね。たぶん、二着分できると思います。一枚は女性用にオーダーしようかな!
今日は往年のアイビーファンさんのページのカテゴリー、「ペットの話」を拝見しましたので、今は亡き愛犬、「吾郎」君が幼犬だった頃をアップします。和のテイスト「秋田犬」です。
'60s Avenue [2006年10月14日(土)]
先日お会いした くろすさんが昔、執筆していた雑誌を発見!忘れていました。
先週見つけていればこの本にサインを戴いたのに・・・・・残念です。
次回のチャンスに期待する事にしましょう。
【若者たちに占領された夏】 くろす としゆき
1934年東京都文京区生まれ。服飾評論家。
’54年慶応義塾大学、’55年にセツモードセミナーに入学。在学中はバンドとアイビーに熱中し、穂積和夫氏らとアイビークラブを結成。
両校を卒業後、’61年VANに入社。おもにアイビー、トラッドの商品開発およびプロモーション分野を手掛ける。
’70年退社し、クロス・アンド・サイモンを設立と同時にダンロップ、リーガルの顧問に就任。同社解散後はテレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」にレギュラー出演。エッセイストとしても活躍中。
大人の街といわれていた銀座が、ある年の夏、若者たちに占領されたことがあった。「みゆき族」とよばれる高校生中心のグループにである。彼らはみゆき通りを中心に、銀座通りにたむろした。(中略)その数3,4百人、休日は倍以上にふくれあがった。こんな騒ぎが初夏から夏休みいっぱい続いた。1964年、東京オリンピックの年である。
この集団の特徴は、当時若者の間で人気爆発のアイビースタイルでキメていた点にある。男性は半袖のボタンダウンシャツ、丈の短いコットンパンツ(ソックスが10センチ程のぞく)か、バミューダショーツ。女性はコットン製のロングスカート、共地のリボンベルトをだらりと下げる。頭に二つ折りのハンカチーフをかぶる。そして男女共に大きな紙袋か麻袋(フーテンバッグとよばれていた)を抱え、肩をゆすって歩く。
わたしは「みゆき族」より10年程前にアイビーに熱中した世代で、当時アパレルメーカーの企画部員だった。洋服屋から見るとアイビースタイルとは思えぬ妙なファッションもあったが、彼らはいわばお客様。興味深く服装や行動を見守っていた。
「みゆき族」以前にも太陽族など、族と名のつく若者の集団はいくつかあった。中で「みゆき族」が異質だったのは、ストリートファッションの集団であったことと、思いもよらぬ場所、銀座で生まれた点にある。また、若者たちがマスコミに取りあげられたことも、かつてない画期的な出来事といえる。これを機に、若者文化の時代に突入した。
「みゆき族(女子)」の典型的なスタイル。
みゆき通りにたむろする「みゆき族」の少年・少女。
「みゆき族」がトレードマークのように持っていたVANの紙袋。
初期の「みゆき族」の前身でもあった、「六本木族」の女の子。(’62年頃)ファッションに’50sの香りがします。うしろは東京タワー。映画「三丁目の夕陽」の時代です。
芸術の秋 「映画」 [2006年10月13日(金)]
カフェブロ・トップページの、編集部がセレクトしたおすすめブログ、三篇のひとつに、本日、私のブログを「 映画から音楽まで、60年代カルチャー満載!」「ivyscene 1968」 とセレクトして戴き、身に余る光栄です。アクセス戴いている皆様、カフェブロ編集部の皆様に感謝です。
一昨夜、私のブログに登場する姉に、所用で23時に電話をしたところ、話が弾み、終わったのが深夜1時を過ぎていました。先日のブログにも書きましたが、毎年のように同窓会が行われて、今月も一泊旅行で同窓会をやるそうです。卒業して40年近く経つのに、教頭を始めとする先生方も出席するそうで、皆さん良い関係を続けています。なかなか出来ない事です。
私もよく知っている姉の友人で、女子大卒業後に「山野愛子美容学院」を経て、美容関係で活躍していた女性が55歳で亡くなりました。クルーザーを何艘も持つハイ・ソサエティーでしたが、病という不可抗力に人生の悲哀を感じます。同窓生が何人か病に倒れているようなので、あの’60年代の先端をはつらつと謳歌していた頃の姿を知る私は胸が痛みます。
当時、姉が聴いていた4曲入りのサウンドトラック、EP盤「男と女」、
良いフランス映画がたくさんありました。
「 男と女 」
(1966年/フランス)
出演 :アヌーク・エーメ、ジャン・ルイ・トランティニャン、
監督 : クロード・ルルーシュ
第39回(1966年)アカデミー賞 脚本賞、外国語映画賞/第19回(1966年)カンヌ国際映画祭 長編部門 グランプリ 受賞作品。
共に連れ合いに先立たれた男女が、互いの悲しい過去を引きずりながら恋に落ちていく様を描いた大人のラブ・ストーリー。
フランシス・レイのテーマ曲「男と女」が大ヒットしました。フランス語のボサノバ調の曲と、ハモンドオルガンをフューチャーした、ささやくような挿入歌もとても良い曲です。
ルノー・ベルレイの「個人教授」など、’60年代後半のヌーベルバーグが懐かしいです。
“ I care you ” [2006年10月11日(水)]
マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング 株式会社
日本法人代表取締役社長 柴田励司氏。
毎週、配信戴いているメールマガジンから、特に10月8日付けの内容に感銘しましたので、一部割愛して御紹介します。
『部下を大切に思う気持ち』
ロンドンです。思ったよりも寒く、ホテルの部屋では暖房をいれています。
さすがに、朝日が昇るのも遅いです。朝の6時半頃にロンドンタワーの辺りを走っていますが、その時間では真っ暗です。
昨日はこちらのお客様にご配慮いただき、Queen劇場で「レミゼラブル」の20周年記念講演を観てきました。「レミゼラブル」は大好きな作品の一つで、これまでもニューヨークで2回、
サンフランシスコとシカゴでそれぞれ1回、ロンドンで2回、アムステルダムで1回、日本で2回観ています。
今回のロンドン版は、やや演出に荒いところがありましたが、ジャン・バルジャンとエポニーヌの出来が素晴らしく、全体としては十分に満足です。まだ一度も観たことがない、という方はぜひ!(「ミュージカル=宝塚」という方のイメージを一新できると思います。)
さて、このミュージカルの底辺に流れるテーマは「他者へのCare」です。ストーリーをご存知でない方にとってはチンプンカンプンでしょうが、銀織機を盗んだジャン・バルジャンに対する神父のCare、ジャン・バルジャンのコゼットへのCare,エポニーヌのマリウスに対するCare、ジャベールのジャン・バルジャンに対するCareなどなど、自分以外の人間に対するCareが目白押しです。ここに20年にわたって、世界中で人々の心をつかんでいる秘訣があると思います。
楽曲がすばらしいミュージカルは他にもたくさんあります。作曲のクロード=ミッシェル・シェーンベルクの作品としては、ミス・サイゴンの方が楽曲的には優れていると思います。しかし、テーマの深さでレミゼラブルに及びません。
人はやはり、誰かをCareしたいし、Careされたいものです。組織運営上、みな、それぞれ役割があります。
上司という役割、部下という役割、派遣という役割など、関わり方は多様です。しかし、お互いにお互いをCareするような組織運営ができれば、そこに信頼を超えた強い結びつきが生まれるのではないかと思っています。
プロの仕事集団にはCareはいらない。そこに必要なのはMissionの共有だけだ・・・というハードボイルドがお好きな方もいらっしゃると思います。それを否定はしません。しかし、長くつき合っていく組織であれば、私はそこに「相互の結びつきと信頼」を求めたい。
Careというのは「そのヒトのことを大切に思う」ことです。「大切に思う」からこそ、そのヒトの体調や精神状態などを気にします。仕事で悩んでいないか、困ったことは起きていないか、自然に気を配ることができます。
組織を引っ張るリーダーというのは「あのヒトと一緒に働きたい!」と思われるヒトであるべきというのが私の持論ですが、その秘訣の一つに部下を大切に思っているかどうか、があると思います。
これまで、何故「あのヒトと一緒に働きたい」と思われるかというと、「わかってくれるヒトだ」と部下に思われるから、と説明してきましたが、そのベースにあるのは「部下を大切に思う気持ち」だと思います。
パフォーマンス上問題がある、ケミストリー(相性)が合わない、ひどい失敗をしでかした、文句ばかり言う、問題ある部下の典型的な状況です。もし、この部下が倫理的に問題ある(嘘をつく、一生懸命やらない)のであれば「大切に思う」必要はありません。しかし、そうでない場合は、問題があっても「大切に思う」気持ちと態度で接するべきだと思います。そうであれば、仮に組織の外に出てもらうことになったとして、そこには「感謝」こそあれ「憎しみや怒り」は生まれないはずです。
組織が集団皿回し状態になると、上司も自分の仕事をこなすので精一杯になって、とてもヒトのCareなどしていられなくなります。みな、ヒトのCareはできないけれど、こんなに仕事をしているから自分はCareされるべきだと考えます。
でも結局誰もCareしてくれないので、常に不満に思うようになります。そうなると組織がギスギスします。
同じ組織でありながら、できるだけ双方向のコミュニケーションを避けようとします。コニュニケーションを強く望んでいるが故に、反動的な態度をとるようになってしまいます。
この場合、皿回しを解消するか、それが短期的に難しい場合には、皿回しの状態でもヒトのCareができるヒトを投入します。それは経験豊かなリーダーかもしれませんし、外部のカウンセラーかもしれません。または、癒し系の若手社員かもしれません。
いずれにせよ、Careのない状態を長らく放置してはいけません。これは、組織の一番上の人間(社長)と人事責任者の責任です。
“ I care you ”、部下に対してそう言えるリーダーの集団をつくりたいですね。
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『柴田励司の人事の目』
VAN COLLECTION [2006年10月10日(火)]
VAN COLLECTION
池袋東武百貨店のイベント「エンジョイ大人時間」、本日は穂積和夫さんとくろすとしゆきさんのトークショーがあって、アメリカーノさん、MR・Hさんと一緒に参加しました。
MENS・CLUBのイラストを飾った穂積和夫さんは、ブルー・オックスフォードのB・D、レジメンタルタイ、アメリカン・トラディショナル・モデルのネイビー・ブレザーにブルー・ジーンズ。初期のVAN JACKETから’66年にKentを立ち上げた、くろすとしゆきさんは、やはりブルー・オックスのB・Dにアイビー・ストライプのジャケット、濃いキャメルのチノパンに同色のソックス、靴はブラウンの、懐かしいBASSのペニー・ローファーでした。お二方共、素敵に年輪を重ねておられます。
’70年代に入り、リーガルをアイビーではない人達が履くようになった頃、バスやジョンストン&マーフィーのローファーを愛用するようになりました。これもこだわりです。(笑い)
’72 Come On!Sportsman
'73 Sports Communication
’75 My Woody Country
’70年代初頭のVANは、スポーツ路線のポスター・カレンダーが多くありました。今は紛失しましたが’73年にVAN SHOPで戴いたアメフトのポスターがありました。私の知人で、J・PRESSの「オンワード樫山」に大学からアメフト選手で入社をした人がいました。そのチームには元ヴァンガーズの選手もおりましたが、バブル崩壊のあおりで企業のスポーツチームは殆ど無くなりましたね。残念です!