’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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”博多時悠塾” [2006年09月14日(木)]

「私の人生観 そして 人物観」

自然体な声と話し方で、大まかな人間性を理解できるものです。若い時にはない、年の功が成す業だと思う。特に面識がない人と電話で話すと微妙なアクセントから出身地まで判る場合もあります。(警察関係ではありませんが。)言葉は心から発するものなので、その人間性が顕著にでるものです。私が20歳前後から30歳代の頃に、公私に渡って知り合いに成れた企業のトップ陣や、医師の方々の人間的な琴線に触れてみて、それを自分の将来に置き換え、地位や肩書きではなく、人物像として”この人のように成りたい”と強く思える方々がおりました。現在自分がその年代になり、肩書きだけではない、その目標に近づく事が出来たと思っております。

いつからかIQよりもEQ(心の指数)に重点が措かれるようになり、企業の採用基準等も、出身校や成績も勿論大事ですが、人物重視型になってきています。

最近ですが、声、心に対する深い思考、洞察に感銘できる人物と出会いました。8月28日のArchive64に書いた、NPO(特別非営利活動法人)「博多時悠塾」の塾頭でもある鮫島さんという方です。彼はアナウンサーで、コーチング、ファシリテーションの講師でもあるので、発声や会話、コミュニケーション等のプロですが、文章、声、話し方から人柄が伝わってきます。そしてマーケティング・プランナー、アカウント・ディレクター。広告業界での大先輩でもあります。余談ですがイニシャルも同じなのです。(笑)

博多時悠塾の発足について鮫島さんの言葉を引用します。

「自由と言う言葉の響きから、連想し、みんなで合意した、われらのコンセプトが”時悠!”」

「僕らが昨年春結成した僕ら団塊の世代が、60代を迎えるにあたって、定年後に、”残された人生、時空間を、悠々と過ごそう”という意味合いをこめて、博多時悠塾と、自らを命名したのだった。」

5月3日に開催された「博多時悠塾」のイベントの内容を先日拝見して、「団塊世代よ!憤怒の河を漕ぎ出そう!」のタイトルを元に行われたパネルディスカッションで「”憤怒の河”をあなたは何に置きかえる?」との問いに、私なりの要約した意見を述べさせていただきました。

「団塊世代の全共闘、みゆき族(東京オリンピックを控えた日本のポイントゾーンの銀座に、敢えて何故たむろしたのか。)などの風俗を含めての、当時の体制に逆らう抗議的な行動と共に、今の政治的な体制、政、官に対して、団塊世代だけではなく私達の世代を含めた、今置かれている状況をどう打破するかが私にとっての”憤怒の河”を漕ぎ出すという事になるでしょうか。」

このような集まりは大変有意義な事だと思います。いつか機会をいただき、キックオフ・パーティーも含めて参加させていただきたいと思います。

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鮫島さんの青春!!「ザ・ランチャーズ」
北国のチャペル / 真冬の帰り道

G・S 17 [2006年09月13日(水)]




’67年『日本航空世界一周航路開設記念』でザ・サヴェージ「夜空に夢を」ザ・スパイダーズ「太陽の翼」がリリースされて、共作のアルバムも出ました。 ビートルズ全盛の頃にサヴェージはザ・シャドウズを目指していたそうです。グループ名もシャドウズの曲から付けられていますが、サヴェージの意味(荒くれ者)とはかけ離れたダンディーなルックスでした。インストゥルメンタルのグループでしたが、当時、勝ち抜きエレキ合戦でザ・ゴールデン・カップスと競い、数点の差でサヴェージが優勝して’66年に「いつまでも いつまでも」でデビューします。寺尾聡のボーカルも良かったですね。「夜空に夢を」は私のカラオケレパートリーにも入っている大好きな曲です。「夜空に広がる 果てしない夢を〜叶えてあげるさ 君のためなら〜僕は君が好きだ 好きだ・・・・・銀の翼が 僕にあったなら〜飛んでゆきたいな 夜空をかけて・・・・・」当時の曲はロマンがあります。




旅情 [2006年09月12日(火)]

東京・墨田区向島は花柳界の名残、江戸の風情が残る下町です!’83年頃、向島の検番近くにあったスナック「旅情」は姉妹で経営する店で、センスの良い妹さんはその昔みゆき族でした。私とファッションや音楽、美術の話題で盛り上がり、正月に和服姿で踊ったツイストは、さすがに年季が入っていました。場所柄、お座敷帰りの芸者さんが旦那衆と来ているのを見て、お座敷遊びに憬れたものでした。銀座の綺麗どころとは又違う華やかさがありますよね。また、人形師の辻村ジュサブロウさんが常連でみえていて、店には作品写真のドライマウントが飾られておりました。やはり常連客で、博報堂の早稲田OB会の諸氏が、ジュサブロウさんの作品写真を油彩で摸写したいという話になり、私も賛同しました。その後、東京や日本を離れる事が多くて行けませんでしたが、懐かしく思い出しましたので久しぶりにお邪魔しようかと思います。しかし50代になった僕が判るかなぁ・・・・・。

’55年「旅情」(サマータイム・イン・ヴェニス)

水の都ヴェニスへバカンスでやってきたハイミスのジェーン(キャサリン・ヘプバーン)はレナート(ロッサノ・ブラッツィ)というハンサムな男性と知り合う。彼の案内でヴェニスを観てまわる内、ジェーンは次第にレナートに淡い恋心を抱いてゆくが、レナートに息子が居ることを知ったジェーンは、自分がからかわれていたと思い込み、ヴェニスを立ち去る決心をする・・・・・。ヴェニスの玄関口、サンタ・ルチア駅でのラスト・シーンが心に染み入る古典的な愛の名作です。

『アラビアのロレンス』 『ドクトル・ジバゴ』 などで知られる巨匠デヴィッド・リーン監督が、世界各地を舞台にした映画製作を始めるきっかけともなったラブストーリー。名曲 『サマータイム・イン・ヴェニス』の調べに乗せて、水の都を魅力的に捉え、女性心理を巧みに表現するキャサリン・ヘプバーンの演技力と存在感、演出などによって、見事な“映画の旅情”として描かれている。(DVDデータベースより一部引用)

昔、ローマのクリスタル・センターで、土産にエナメル絵付けのヴェネチアン・グラスを購入した事がありましたが、この映画に出ている赤いグラスはJAL国際線のC・Pをやっていた友人から戴きました。私はヴェニスへは行っていないので、2月末の「ヴェネチア・カーニバル」の時期に行き、仮面を付けてみたいですね。

ケイリー・グラント [2006年09月11日(月)]

今日で「セプテンバー・イレヴン」から5年です。この事故も日本では風化されつつありますが、アメリカ史上最悪のテロ攻撃事件として記憶に残る、2001年9月11日の出来事は大きな問題が残されていると思います。今春、アメリカで公開された映画「ユナイテッド93」。カナダ、ヨーロッパでは論議が巻き起こっているそうです。物事は深く捉えるべきですね。「美しい心の国日本」は何処へ!


サスペンス映画の巨匠、
アルフレッド・ヒッチコック監督の大傑作。
’59年 「北北西に進路を取れ」


広告代理店経営者のロジャー(ケイリー・グラント)は、ある日タウンゼント(ジェームズ・メイスン)から宝石密輸団のキャプランというスパイと間違えられ、国際スパイ団の陰謀に巻き込まれて必死の逃亡劇を繰り広げる。殺人の濡れ衣を着せられて、逃亡しながら事件の真相をつかもうとする彼に、謎の美女(エヴァ・マリー・セイント)が絡み・・・・・。





■ 汽車やセスナ機など乗り物はもちろんのこと、細かな小道具などを実に効果的に用い、4人の大統領の顔が彫られた『サウスダコタ、ラシュモア山麓 』でのクライマックスまで、スリリングかつロマンティック、そしてユーモア精神をも忘れない名演出の数々!(作品解説より抜粋)

オードリー・ヘプバーン主演映画 [2006年09月10日(日)]


’63年 「シャレード」

殺人事件に巻き込まれていく未亡人をオードリー・ヘップバーンが演じた、ケイリー・グラントとのロマンティック・サスペンス。


「ケイリ―・グラント」
’32年に「その夜」で映画デビュー。その年には主役に抜擢されるようになった。「めぐり逢い」や「北北西に進路を取れ」、「シャレード」と充実した演技力を発揮して秀作を残す。’70年にはアカデミー名誉賞を受賞。’86年、アイオワ州での講演先の劇場で脳卒中のため急死。( イギリス/ブリストル 出身)



’66年 「おしゃれ泥棒」


遠い記憶が蘇えりました。この映画が上映された’66年当時、高校2年だった姉がよく話していた作品です。画像のオードリーのショートヘアーを真似ていました。姉がやっていたboyishly・IVY・Sisterは当時の「MENS CLUB」に掲載されていました。後のショーケン、ピンキーもこのヘアースタイルでしたね。

●贋作画家の父親を持つ親孝行娘ニコル(オードリー)が、父親の悪事がバレる前に、展示中のビーナス像を相棒と共に盗み出そうとするが・・・・・。

●「ローマの休日」で一世を風靡した、巨匠ウィリアム・ワイラー監督とオードリー・ヘプバーンが贈る、ロマンティック・コメディの代表作。相手役は「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥール。
全世界の女性が憧れる、華麗なジパンシー・ファッションのオードリーとスタイリッシュなパリの街が見事に溶け合っています!

作品を彩る出演者は、「ゴッド・ファーザーPart3」のイーライ・ウォラック、「ベン・ハー」のヒュー・グリフィス。(資料より抜粋)

ティファニーで朝食を [2006年09月09日(土)]

’61年 「ティファニーで朝食を」


■ オードリー・ヘプバーン
’53年「ローマの休日」で主役の座を獲得。作品の大ヒットと共にアカデミー主演女優賞を受賞し、一大ブームを巻き起こす。以後はスター街道を突き進み「麗しのサブリナ」、「尼僧物語」、「ティファニーで朝食を」、「暗くなるまで待って」でアカデミー主演女優賞にノミネートされる。晩年はユニセフに親善大使として参加。ソマリアで難民救済に力を注いでいたが、’93年、直腸ガンのため、63歳でこの世を去った。近年のCMなどにオードリーの映像が使われているように、“永遠の妖精”はいつまでもその清純な美しさで我々を魅了し続けている。(ベルギー/ブリュッセル 出身)(資料より一部引用)


この映画で、ジョージ・ペパードのファッションはアイビーですね。ツイードのジャケットや、ネイビーブレザー、センターフックベンツのスーツ、ステンカラーコートなど、洗練されたニューヨーカー・ファッションでした。ニューヨークの”ブルックス・ブラザーズ”の服を着ていたと思います。

■ ジョージ・ペパード
ブロードウェイを経て57年に映画デビュー。’61年の「ティファニーで朝食を」でオードリーと共演して一躍スターとなった。以降の作品では人気が伴わずに低迷期を送っていたが、’83年スタートのTVシリーズ「特攻野郎Aチーム」でAチームのリーダー、ハンニバル・スミスに扮して再び親しまれた。94年、肺炎で他界。 (アメリカ/ミシガン州デトロイト 出身)(資料より抜粋)


ローマの灸日 [2006年09月08日(金)]

「ティファニーで定食を」に続く第二段!
’77年の2月に卒業祝いを兼ねて、フランス、イタリア、ギリシャの旅をしました。この年のヨーロッパは大寒波で、風邪気味での慣れない海外旅行は大変に肩が凝りました。したがって「ローマの灸日」(ローマでお灸をした日)と相成った次第です。当時はまだ羽田発着でしたね。


ゴールデンウィークに渋谷東急本店で行われた’60sグラフィティの「CINEMA AVENUE」では「ティファニーで朝食を」のポスターを購入しましたが、同時開催された、東横店「’60sダイニング」のレストラン街も懐かしい味わいがありました。

オードリー・ヘプバーン主演の数ある名作から、私の思い出に残る作品を紹介します。今回は超大作と思われる、『ローマの休日』。 この作品が配給された頃、私はまだ生まれておりませんでした。Fjbでご一緒だったMさんからは、もう生まれていたとの誤解があるようなのですが。(笑い)

’53年 「ローマの休日」





列島歓喜の一日 [2006年09月06日(水)]


今日は秋篠宮紀子様、男子ご出産のニュースで、もちきりですね。
「皇室典範問題」が気になっていたところですが、国民的に大変おめでたい出来事です。

皇后陛下が学生時代にお書きになられた詩をテーマに作られた、吉永小百合さんの曲「ねむの木の子守歌」を思い出しました。


'66年の「勇気あるもの」
(吉永小百合&トニーズ)
も良い曲でした。


友人のお孫さんとの2ショットです。



           

'60s Avenue [2006年09月05日(火)]

BEE GEES

’67年デビュー。新曲をリリースする度に全米、全英のヒットチャートに昇ったグループです。日本では「星空のマサチューセッツ」というタイトルでカバー曲が出ました。当時「マサチューセッツ」「ホリデイ」をコピーしていたG・Sのグループがいましたが、英語がメチャメチャでした。ザ・ジャガーズの「キサナドゥーの伝説」という曲がありますが、レコードジャケットを見ると、「キサナドーの伝説」のまま発売されていました。発売したレーベルや各セクションで気付かなかったのでしょうか!今では考えられない、高度成長期末の未熟な時代だったと云えますね。
「若葉のころ」は、後にテレビドラマの主題歌にも使われたとても良い曲です。「サラ・ブライトマン」のアルバムでもカバーされています。

’67年
■ ニューヨーク炭鉱の悲劇
■ ラヴ・サムデイ
■ ホリデイ
■ マサチューセッツ
■ ワールド
’68年
■ ワーズ 
■獄中の手紙
■ ジョーク
’69年
■ 若葉のころ



’60年代とはサウンドが180度変わり、
映画 「サタデイ・ナイト・フィーバー」で、
空前のディスコブームとなりました。
私の好きな曲は「哀愁のトラジディ」
いまだにTRAD愛好家の私は、
「哀愁のトラじじいでしょうか。」


’77年
■ 愛はきらめきの中に
’78年
■ スティン・アライヴ
■ 恋のナイト・フィーヴァー
■ モア・ザン・ア・ウーマン
■ エモーション
■ 失われた愛の世界
’79年
■ 哀愁のトラジディ

太陽の彼方に [2006年09月04日(月)]


太陽の彼方に

3日に更新した「サラ・ブライトマン」のアルバム、「ラ・ルーナ(月)」の下書きをしていたときに、偶然目にしたニュースの見出し,「月のけむりが見えるかも?」。欧州宇宙機関(ESA)の、役目を終えた無人月探査機「スマート1」が、日本時間3日に月の南半球に衝突する。衝撃で巻き上げられる表土は、一般的な天体望遠鏡や双眼鏡で地上から観測できる可能性もある。とのことでしたが、残念ながらアジアでは昼間の時間帯で見られませんでした。



ザ・アストロノウツ

● 太陽の彼方に( Movin ) ● ホット・ドッギン ● ファイアウォーター  ● サーフ・パーティー ● ギアーは叫ぶ ● ホット・ロッド・パーティー ● サーフィンNo.1 ● パイプライン ● ミザルー ● バットマン ● サーファーズ・ストンプ ● 太陽の渚 ● チェッ・チェッ・チェッ


ザ・スプートニクス

● 霧のカレリア ● 空の終列車 ● アマポーラ ● ジャニー・ギター ● 夢みるギター ● モスクワの灯 ● 禁じられた遊び ● スパニッシュ・ジプシー・ダンス ● スパニッシュ・アイズ ● スプートニクスのテーマ

「ザ・アストロノウツ」「ザ・スプートニクス」上空の空気が澄む、天体観測には最適な季節に向けて、宇宙と宇宙船に因んだ名を持つグループです。
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館一
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”真珠の涙” (07/31)
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”真珠の涙” (07/17)
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