’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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団塊パンチ [2006年08月31日(木)]



来年から始まる団塊世代の定年退職に向けて、団塊世代をターゲットにしたマーケット戦略が始まっています。テレビなどのメディアでも取り上げられています。yahooでは「団塊パンチブログ」がスタートしました。

「 Magazine for Babyboom Generations」
元気な50代のための意識革命マガジン

以前私のブログにも書いた、’67年、TBSテレビの朝の番組「ヤング720」。司会はデビュー間もない頃の「ジュディー・オング」でした。

■ 「ヤング720」はいかに制作され、消えていったのか?
■ VANの神話 「逃亡者」 
■ 全国の元アイビー・リーガーたちに捧げる。
■ キャロルの時代―1970年漂流
(記事内容は1より引用)
など、団塊世代ではない私も飛びつきたくなる記事が満載です。’75年4月の日比谷、野音で行われた「キャロル解散コンサート」は私も行きました。

'60s Avenue [2006年08月31日(木)]


1968年にデビューしたオランダ出身のグループ、ショッキング・ブルー。日本人受けする哀愁感漂うメロディーラインにブラスが入り、サウンド自体はシンプルですが、好きなグループでした。「ビーナス」は世界的なヒットで注目され、日本では他にも「悲しき鉄道員」「悲しき恋心」など、シングルが発表されるたびにラジオやチャートをにぎわしました。「マリスカ・フェレス」のヴォーカルとキャラクターも良かったですね。私の好きな曲は「悲しき恋心」で、マイナーとメジャーメロディーの組み合わせが良い曲です。インクポットはサイケデリック・サウンド調でもあります。ケネディー・ハウス銀座で聴いたビーナスのイントロ部分、バンドリーダーのギターのカッティングが最高でした。

■ヴィーナス  ■ホット・サンド
■ディーモン・ラヴァー  ■あの娘をはなすな
■悲しき恋心  ■ショッキング・ユー
■明日に向う道  ■悲しき鉄道員
■マイティ・ジョー ■インクポット
■タイム・スリップス・アウェイ 
■悲しきハプニング
■センド・ミー・ア・ポストカード 
■ハロー・ダークネス

VAN COLLECTION [2006年08月30日(水)]

’60sVAN COLLECTION

Archive58の記事でお名前を忘れていたモデルを思い出しました。「 力石勝彦」です。京都のVANコレクターさんから詳細な情報を戴き、ありがとうございました。

私が初めて自分で買ったメンクラは、’68年の1月号で、表紙はダッフルコートに、コカコーラの瓶を持ち、雪がちらつくイメージのものでした。モデルは長沼淳です。長沼淳がメンクラに始めて登場するのは’67年7月号で、VANのキャンペーンロゴの中でも最高峰の「CAPE COD SPIRIT」が裏表紙を飾っている時でした。’67年に活躍しているモデルは「戸田昭」「一ノ瀬賢」「井手正勝(現アダムス社長)」「森富雄」「進みのる」「力石勝彦」「藤井薫(VAN社員殉職)」等と’66年7月16・17日に実施された「MEN'S CLUB 第一回男・女ファッションモデル一般募集」で入選した「早川武二」「奥井勝道」「伊里信行」「江本正」「手塚一志」等が活躍しています。井手正勝さんは’88年に飯倉ラフォーレで行われた、VANのファッションショーでお見かけしましたが、独特のオーラがある人でした。ついでに私の過去の栄光、大昔に「SOS」からお声がかかりましたが、辞退しました。様々なファッションを着こなすモデルの仕事は大変です。(男性は特に)IVY ONLYの時代ではありませんでした。
MENS CLUB’67/5

前回アップした、「1967丸VANステッカー」のデザインが1967年8月号の裏表紙を飾っていたそうです。1961〜62年の丸VANのステッカーは、当時アトムシールやプラモデルで使った懐かしい水溶きシールだそうです。’62年頃に、マーブルチョコレートのキャップを送ると、アトムシールセットが当たりましたね。上原ゆかりのCMでした。懐かしい!


「向かい獅子」のステッカーは’68年頃、革表紙のルーズリーフノートに貼りました。
VANの三色パターンで、白ベースに黒、赤、黒。赤ベースに黒、白、黒。黒ベースは白、赤、白のVANのロゴ入りの鉛筆やノートもありました。おかげで成績もVAN(トップ)でした???。’66年当時、私の姉が持っていたメンクラの裏表紙もこのパターンでのVANの広告がありました。

懐かしいラジオ放送 [2006年08月28日(月)]

「懐かしいラジオ放送」

昨日更新をした記事に、加筆と画像を加えました。

札幌に赴任していた頃、'80年のゴールデンウイーク明けに、度々行っていた出張先で、ひょんな事からNHK室蘭放送局の「夕べのひととき」というFMの60分、生放送番組に出演する機会がありました。内容はゲストの想い出の曲を流して、そのエピソードを語るというものでした。リハーサルが無かったので緊張しましたが、大変楽しい一時間でした。担当アナが二人おりまして、お一人はNHK総合テレビ「お元気ですか 日本列島」の人気コーナー「気になることば」のことばおじさんで有名なアナウンサーの梅津正樹さんでした。

私の想い出にまつわる曲といえば当時も60'sです。NHKの資料室からもLPを用意して戴き、「G・S」、「加山雄三 武道館コンサート’76」からザ・ワイルド・ワンズのシーン、ザ・ブロード・サイド・フォーの「星に祈りを」などの曲目でエピソードを語りました。
当時、我が社の優秀なフォトグラファーがスタジオで写してくれた数カットの写真と、録音テープがあったのですが、なにしろ四半世紀以上前なので見つかりません。写真の梅津氏は当時とお変わりなく、現在もダンディーですね。当時、リスナーからの人気は大変なものだったそうです。


8月14日のarchive47に書いた記事、北海道、室蘭市出身のG・S、「ザ・サマーズ」の検索サイトから、元HBC北海道放送局のアナウンサーだった、鮫島さんと言う方のブログに出会い不思議な縁を感じております。加山雄三の従兄弟であるザ・ランチャーズの喜多嶋兄弟の、ドラマーだった喜多嶋瑛(兄の方)と親交があった、慶応ボーイの彼はアナウンサーの後、広告代理店○○堂を経て2003年、フリーのアナウンサーに。現在はコーチングと言う仕事もされており、全国いたるところでセミナーを開き、コーチとして講演をされております。

鮫島さんのブログに書かれている、札幌の「NEWYORK MINUTES」のママのエピソードに’73年くらいにHBC釧路放送局で深夜のラジオ番組を持っていた鮫島さんが、母の日に番組内で「母さんが〜夜なべ〜をして・・・・・。」とピアノの弾き語りをするシーンが出てきます。一昨年、それまでは元気だった私の母が、突然の怪我で入院をして、ひと月で他界してしまいました、最愛の母を思い出して、ジーンときましたね。私も当時の番組収録をした、オープンリールのテープから興したというCDを、是非聴かせて戴きたいです。そして札幌へ行った際は「「NEWYORK MINUTES」に寄らせていただきますね。

「母さんの歌」 窪田 聡 作詞/作曲

1.母さんが夜なべをして手袋編んでくれた。木枯らし吹いちゃ冷たかろうて、せっせと編んだだよ。故郷の便りは届く、いろりの匂いがした 。

2.母さんは麻糸つむぐ、一日つむぐ。お父は土間でわら打ち仕事、お前もがんばれよ。故郷の冬はさみしい、せめてラジオ聞かせたい 。

3.母さんのあかぎれ痛い、生味噌をすり込む。根雪もとけりゃもうすぐ春だで、畑が待ってるよ。小川のせせらぎが聞こえる、なつかしさがしみとおる。

本日更新するこの記事のヒントは鮫島さんとの出逢いからです。冒頭に綴った思い出が蘇えりました。とても嬉しい出来事です。

'60s Avenue [2006年08月25日(金)]

Creedence
Clearwater
Revival

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルは、アメリカ南部特有の泥臭いサウンドを持ち味とした、サザンロックの先駆者的存在のバンドです。活動期間は短いながらもロック界に大きな足跡を残しました。

1967年にサンフランシスコのローカル・レーベルからデビューし、1968年にバンド名を「クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル」と改めます。同年にスワンプ・ロック(南部のロック)のカバー曲「スージーQ」がヒットして、当時ヒッピー文化が全盛だったサンフランシスコでは異色の存在として脚光を浴びます。

1969年から1970年にかけて、C・C・Rの代表曲となる「プラウド・メアリー」、「ダウン・オン・ザ・コーナー」、そしてベトナム戦争を皮肉った「雨を見たかい」といったヒットを飛ばしますが、1972年に解散。

[ ジャケット資料より一部引用 ]


C・C・R BEST・HIT

■スージー・Q ■アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー ■プラウド・メアリー ■バッド・ムーン・ライジング ■グリーン・リバー ■ダウン・オン・ザ・コーナー ■トラベリン・バンド ■フール・ストップ・ザ・レイン ■アップ・アラウンド・ザ・ベント ■雨を見たかい ■スウィート・ヒッチハイカー ■サムデイ・ネバー・カムズ

ディスコでチークダンスの名曲といえばプロコム・ハルム「青い影」つのだひろ「メリージェーン」ですが、C・C・Rの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」が中間にありました。ちなみに札幌出身の友人は、東京ロマンチカの「小樽の人よ」だったそうです。私の好きな曲ですが、ダンスホールだったのではないでしょうか?

この頃、日本では「吉田拓郎」「高田渡」「岡林信康」「泉谷しげる」などのフォーク全盛期に入りますが、私はG・S衰退後の邦楽には全く興味が失せていました。輝きの’60年代から、世相的にも暗い暗雲がかかりはじめた’70年代への変わり目でした。したがって、「C・C・R」「ショッキング・ブルー」「シカゴ」「サンタナ」。そして「スティービー・ワンダー」を始めとするモータウンレーベルのフィラデルフィア・サウンドへと移行します。

muir woods [2006年08月24日(木)]

MUIR WOODS
NATIONAL MONUMENT


バブルが崩壊する少し前に、1$100yenを切った時期がありました。その頃はアメリカ好きの友人と、毎年サンフランシスコへ行っていました。G・Wはさけて、6月頃だと「BARGAIN・SAIL」になるので充実したショッピングを楽しめます。私は「BLOOKS・BROTHERS」「dunhill」「BALLY」がお目当てです。コードバンのベルトや革製品は「BALLY」。「dunhill」はボーダーのポロが好きですが、アイビーベルト(リボンベルト)も良いのがあります。「BROOKS・LISLE」のB・D、ポロには胸にひつじのブランド・マークが入らないので気に入っています。’70年頃にVANが出していた「Van Heusen」もシスコにありました。グラフィック・アーティストが集まる街でもあるので、アートも楽しめます。私が最も好きなサンフランシスコ郊外、「ゴールデンゲート・ブリッジ」の少し先にある、「ミュアウッズ国定公園」は樹齢1000年を越す、レッドウッドの大木が生い茂り、陽光を遮っています。「苔生す」辺りは日本情緒も感じますが、ディズニー・アニメに出てきそうな森です。

世界中で有名な童話「クマのプーさん」。プーの作者「アラン・アレクサンダー・ミルン」は、1882年イギリスのロンドンで学校長の末息子として生まれました。幼い頃から作家になることを夢見ていたミルンは、ケンブリッジ大に進学すると本格的に文筆活動に入り、卒業後は父親の反対を押し切ってフリーライターになります。その後、雑誌編集に携わりエッセイストとして注目を集めるようになり、31歳で女流作家ダフネと結婚。第一次大戦下、劇作家としても名を挙げます。1920年、息子クリストファー・ロビン誕生を機に、童謡・童話を執筆。息子と彼の持っていたぬいぐるみを題材に『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』を発表し、ベストセラーになりました。晩年は闘病生活を余儀無くされ、最愛の妻に看取られながら74歳の生涯を閉じました。

ウォルト・ディズニーが、私のこだわりの年でもある1968年に、短編アニメ映画 『プーさんと大あらし』 を製作し、アカデミー賞の短編アニメ映画賞を受賞しました。その後も数多くのプーさんのおはなしが映画化、TVシリーズ化され、その人気は今も衰えることを知りません。
私が幼稚園児の頃は、アニメ「101匹ワンちゃん」がありました。

オールディーズのロック・グループより『プー横丁の家』という楽曲を紹介しているぺージがあります。アメリカン・トラディショナルが良くお似合いの
「きんちゃんの部屋」へ訪問。

G・S 16 [2006年08月23日(水)]


’60sHitStudio


’76年頃、ダウンタウン・ブギウギ・バンドがG・Sの曲をカバーしたアルバムがありました。アレンジされたサウンドが新鮮で良かったです。エンディングで流れるオリジナル曲、「Do you remember yesterday’s yesterday 」は当時活躍したG・Sのグループ名が歌われています。G・Sの曲はほとんどがマイナー・コード進行で、日本人が好む哀愁のあるメロディーラインの曲が多かったですね。そしてラストコードはメジャーセブンでした。

■曲目
1、フリ フリ 2、好きさ 好きさ 好きさ 
3、君に会いたい 4、長い髪の少女
5、ノー・ノー・ボーイ 6、おかあさん
7、想い出の渚 8、青い瞳
9、シーサイド・バウンド 10、神様お願い
11、スワンの涙 12、小さなスナック
13、恋はもうたくさん 14、白いサンゴ礁
15、ブルー・シャトー
(エンディング)Yesterday’s Yesterday


’G・Sブームからおよそ20年後の平成2年に、「想い出の九十九里浜」でデビューし、G・Sのカバー曲を出した「Mike」。ジャケットのミリタリールックの衣装は、当時「ザ・スパイダーズ」が使っていたものだそうです。「ブルーライト・横須賀」のCDジャケット衣装はVANのエンブレム付きブレザーでした。「Mike」のプロデュースにはGSの方々が関わっていました。

■曲目
1、想い出の九十九里浜 2、スワンの涙 
3、好きさ 好きさ 好きさ 4、エメラルドの伝説
 5、想い出の渚 6落ち葉の物語 
7、君に会いたい 8、亜麻色の髪の乙女 
9、長い髪の少女 10、あの時君は若かった

「想い出の九十九里浜」では、”ああ 九十九里浜 夕陽が泣いている”など、12曲の曲名が入っています。各曲にグループのヴォーカルが参加していますが、エメラルドの伝説では珍しくショーケンが参加しています。

先日、「ザ・ワイルド・ワンズ」の島さんのグループ「島英二&ココナッツ・クラブ」が出演する、ライブハウスなどを運営する企業からトラックバックを頂きました。ネット・コミュニケーションの幅が広がり大変嬉しく思います。

VAN・COLLECTION [2006年08月22日(火)]


’60s VANCOLLECTION


イラスト・穂積和夫
実家で古いメンクラを見つけました。
(実家での古いお宝探しがブームです。)

私が「MENS CLUB」を愛読し始めた頃のモデルは、’67年にデザインを変えて発売された資生堂「MG5」のCMに出ていた「団次郎」や「長沼淳」でした。もう一人すごいハンサムモデルがいたのですが、名前が出てきません。その方は’82年頃には「高島屋」の専属モデルをやっていました。当時は青山の「セントラル・ファッション」のモデルが多かったですね。VANのテーマが「DISCOVER・AMERICA」の頃のイメージは、甘いマスクと都会的なハンサムが売りでした。少し後が「蟇目亮」「草刈正雄」などですね。昔、青山で蟇目さんを見かけましたが、かっこよかったです。Archive3に書いた女性は’60年代に「M・C Sister」のモデルだった方です。

珍しい西暦入りと、セピア色が時代を語る、’61年のVAN Sticker(私のブログを見てくださっている方からの画像です。)VANマニアとしてはすごいレアものです。

G・S 15 [2006年08月21日(月)]


’60sHitStudio
THE・WILD・ONES

'66年11月5日、東芝キャピタルより、「想い出の渚/ユア・ベイビー」でレコード・デビュー。元祖湘南サウンドです。'68年に入りサウンドの幅を拡げるために、ドラム、ピアノ、オルガン、フルートなど幅広く楽器をこなす、チャッピーこと渡辺茂樹を加え「バラの恋人」をリリース。ジュリー、ショーケン、チャッピーのG・S御三家となります。G・Sブーム衰退と共に'71年10月に解散しますが、ファンの強い要望により、'81年7月5日葉山マリーナに4千人ものファンを集め、再結成ライブを行い、久々のワイルド・ワンズサウンド「白い水平線」をリリース!現在は加瀬邦彦がオーナーの『ケネディーハウス銀座』で定期ライブや加山雄三とのジョイント並びに「ハイパー・ランチャーズ」(島 英二と植田芳暁が参加)で、ライブ活動を行っています。ケネディーハウス銀座は、当時ジャズ喫茶だった『メイツ』のあとです。

■小さな倖せ/’67年2月
ユニフォームはVANのジャケット。


■青空のある限り/'67年9月



■愛するアニタ/’68年1月


■バラの恋人/’68年4月


■花のヤングタウン/’68年7月

若大将シリーズ [2006年08月20日(日)]


「リオの若大将」


’68年7月13日封切
コパカバーナの浜辺に、ザ・ランチャーズの面々。ハレンチな青大将の横やりが入って、雄一のデートはむちゃくちゃにされる。

挿入歌
ロンリー・ナイト・カミング、シェリー、
ある日渚に、花のさだめ、恋のシャロック

「ある日渚に」
渚に寄せる光る波は、優しい君と僕の愛をよぶ調べ。忘れはしない可愛いあのえくぼ、懐かしい微笑み胸に抱きしめて。ひとりで夕べ見た君の夢〜目覚めれば寂しく、かもめが飛んでいた。君待つ舟に今は人もなく、せつなく僕は君の名を呼ぶさ・・・・・

68年9月10日発売
ある日渚に収録
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”真珠の涙” (07/31)
きんちゃんへ
”真珠の涙” (07/17)
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