’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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”千の風になって” [2008年01月21日(月)]


昨年大ヒットした”千の風になって”は、アメリカ合衆国発祥とされる詩、通称『Do not stand at my grave and weep』に、電通OBで作家の新井 満(あらい まん)氏が日本語での訳詩を付け、自ら作曲を務めたことにより生まれた楽曲です。このような曲が大ヒットして、徐々に心の時代に入りつつあるのは嬉しい事です。将来を担う若者達の為にも”美しい心の国、日本”が蘇えってほしいものですね。

アメリカの人権の母、”エレノア・ルーズベルト”の言葉より。

『晩年の幸福の秘訣は、
人生に なおも興味をもち、
可能な限り活動的で、
他人の役に立ち、
多忙で先を
楽しみにすることである』

私は20代の頃から”大器晩成型”と言われていたのですが、25歳前後から、当時は雲上人のような存在だった上層部や、取引先などのキーマンから、群を抜いて高いポジションに抜擢されるチャンスに恵まれました。その後も39歳までは順風満帆な人生で、かなり年上の人達から気を使って戴くことが多かったせいか、同年や少し後輩の人達からは、”差を置いて接する偉そうな人”という印象があったそうです。私はそういう意識が全くないので、これは誤解なのですが、無意識のうちに、自分中心に周りが動くような錯覚を起こしていたのでしょう。

厄年の40歳に入って以降は、病気や怪我などで一線を退く事になり、まさしく山有り谷有りの人生でした。一昨年の秋、人生観を書かれていた海外在住の人のブログに、”幼少期からずっと恵まれた環境に育つと、その分この10数年間に付けが回ってきて、苦労の人生を集約されて与えられているのだと考えています。でも人生の辛酸を舐めた分、人の痛みが解る人間になれたように思います”と書き込みをしたことがありました。

年末のブログに書いたように、今年からやっと運勢が上向きになりそうです。ルーズベルトの言葉のように、諦めずに、ポジティブに人生を切り開く努力を積み重ねてきた結果として、”大器晩成”の人生である事を願います。

”多事争論” [2007年11月28日(水)]


今年も表参道や、六本木ヒルズのクリスマス・イルミネーションが美しい季節になりました。札幌も11月22日(木)から始まったホワイト・イルミネーションが綺麗です。2007年も残りひと月ですね。私がこちらへ来て一年が過ぎました。「なまら 早いんでないかい」(北海道弁で、とても早いですねという意味です。)

北海道発、苫小牧、ミートホープ社の食肉偽装。札幌、石屋製菓の賞味期限の改ざんなど、人間が口にする物を、営利目的に平気で誤魔化す事件が全国で相次いでいます。怒り心頭という方々が多い中、賞味期限を改ざんして、8月に摘発された札幌の石屋製菓が、22日に『白い恋人』の販売を再開しました。

三連休を前に、新千歳空港では飛ぶように売れていました。購入していた人達へのインタビューに対して、”これだけ叩かれたのだから、もう大丈夫でしょう” ”美味しいから、販売再開を待っていました”という返答をしていた人達の感覚には呆れました。この人達は、消費者を軽視された事に憤りを感じなかったのでしょうか!?
「なまら はんかくさいんでないかい」(北海道弁で愚の骨頂という意味です。)

昔は東京への土産に『白い恋人』を随分買いました。今は東京でも手に入るようになったので、春に帰京した際に買った、札幌や新千歳空港でしか購入出来ない、ROYCE(ロイズ)の生チョコレートとホワイトチョコレートが好評でした。生チョコはウィスキーやブランディーによく合うので、私も大好きなのです。

”高校教師” [2007年11月18日(日)]

1991年に、独特な語り口の桃井かおりさんを起用した、
”世の中、バカが多くて疲れません?”というビタミン剤のC・Mをオンエアしたところ、”バカとはなんだ!”というセリフに対してのクレームが殺到した事がありました。
”バカ”を”利口”に差し替えられたのですが、私は”お利口が多くて…”の方がインパクトがきつい表現だと捉えるのですが…!直接的だと即、反応し、遠回しな皮肉には鈍感なのでしょうか!?C・Mに限らず、この手のクレームをつけてくるのは社会的地位の高い方々が多いのです。 私もお利口さんが多過ぎて疲れたので、チョコラ○○ドリンクでも飲もうかしら!

ここ数ヶ月間の私は、経営や社員教育に対する基本の何たるかも解っていないような、経営陣としてのモラルが低いクライアントにストレスが満杯でした。

'74年に加山雄三さんが女子高の教師役で出演していた、12チャンネル(現テレビ東京)の『高校教師』というテレビドラマがありました。若大将の頃とは正反対の、うだつが上がらない地味な教師の役柄でした。当時の加山さんは、私生活でも多額の負債を抱えて大変な情況だった頃です。

33年前の制服とは思えない、キャメルのセンターフックベンツのブレザーです。当時、ブームのひとつだったスケ番グループの、総長O・B役で出演していたのが、桃井かおりさんでした。2004年〜2005年にCSの「ファミリー劇場」で再放送されましたが、挿入歌に使われていた森山良子さんの『ある日の午後』が好きでした。もう一度再放送してくれないかなあ!このドラマを覚えている人がけっこう多いのです。

もう一つ'93年にTBSで放送され大ヒットした、真田広之が教師役の『高校教師』は、スポンサーの一社が「ヴァン・ヂャケット」でしたので、真田広之のファッションがオーセンティックなアイビー・ルックで、とても爽やかな印象でした。

テーマ曲は、私が昔好きだった女性フォークシンガー『森田童子』の「ぼくたちの失敗」と、挿入歌に「男のくせに泣いてくれた」などが使われていて、普段テレビをあまり観ない私も、毎週録画をして観ていました。映像と音楽の使い方がとても綺麗で、衝撃的な内容のドラマでした。

森田童子ベスト・コレクション

1.ぼくたちの失敗
2.蒼き夜は
3.雨のクロール
4.蒸留反応
5.哀悼夜曲
6.孤立無援の唄
7.さよなら ぼくの ともだち
8.逆光線
9.サナトリウム
10.男のくせに泣いてくれた
11.春爛漫
12. G線上にひとり
13. ラスト・ワルツ

二年前の桜花爛漫の季節に恋焦がれる人がいて、森田童子の”春爛漫”をよく聴いていました。その年に撮った桜ですが、私の心を映したかのように咲き乱れています。桜は怖いくらいに美しい花だと思います。

”感 謝” [2007年10月31日(水)]


過去のブログにアップした曲目の中から、22曲を選別して作りました。(個人用です)CDジャケットの裏面には、私が新たに立ち上げる『Create・Tateichi』のブランド・ロゴをデザインしています。

ブランド・ロゴマーク入り、アクリル仕様で円形ロケット型のキーホルダーを作成中です。これはブランド公開前のセールス・プロモーション用として、親愛なる方々に数量限定でお配りする予定です。

早いもので、2007年もあと二ヶ月で終わりますね。人の一生には、それぞれに波乱万丈な出来事が、多かれ少なかれ起こるものです。順風満帆なだけの人生は有り得ません。一年前の今頃の私は、プライベートとビジネスで、とても困難な状況下にありました。昨年のブログにも書きましたが、一年前の10月28日の土曜から数日間は沈んだ気持で名古屋におりました。その後11月末から北海道へ来て、まもなく一年が経ちます。一般的に、人は過去を美化して考える傾向性がありますので、”あの程度の事で何であんなに悩んだのだろう”という事が多々有りましたが、それは抱える問題の度合いにもよります。昨年の出来事については、私の中でまだクリアー出来ていないのです。

そんな辛労が重なっていた時期に、私のブログに同サイトから初めての訪問者がありました。URLを辿ってみたところ、カナダ、バンクーバー在住の女性のブログでした。『バンクーバー通信』を拝見して、今まで私の周りにいた帰国子女や、海外駐在経験を持つキャリア・ウーマンの方々の手記とは少し違う、穏やかで飾りの無い温かさを感じたのです。コメント欄に恥ずかしながらも、不思議と大人気の無い愚痴を書けたのも、Joeyさんのところでした。
当時の彼女は、ビジネスとプライベートで失意の状況だったにも拘わらず、私の書き込みに長文で激励のレスポンスを戴きました。御自分が辛いときに、見ず知らずの他人を思いやるなんて、なかなか出来る事ではありません。

私のプロフィールにある格言、「人の心の機微を知れ」は、”周りに思いやりを持って接し、繊細な気配りをしなさい”という意味で、部下達に伝えてきた言葉です。彼女は人の心の機微を、深く読み取ることができる人なのです。現在、日本に帰国されているJoeyさんは体調を崩されている様子ですが、人生には紆余曲折があります。純粋で前向きな努力家故に、壁にぶつかる事が多いと思うのですが、この先には勝利の人生が待っていることでしょう。今は焦ることなく、ゆっくりと時を過ごすのも、長い人生においては大切な事だと思います。

昨年、ネットを通して知り合った、もう御一方がおります。先行きが不安で気持が沈みがちだった昨年の師走に、札幌で初めてお逢いして、いろいろなお話の中から勇気を頂くことができた、福岡の鮫島宗哉さんです。ホテルオークラ・札幌(昔の思い出が深い、旧ホテルアルファ・札幌)のラウンジで、初対面とは思えないほど会話が弾んだ別れ際、会計票を取り合っていた際に、(笑い) 『気楽におごりあえるようになりましょうね』という鮫島さんの言葉に、温かい人間性を感じました。11月末の連休に、鮫島さんがファシリテーション講座で札幌に来られます。是非、時間調整をして再会できたらと思うのですが、日程的にover・bookingしそうなのです。

20代の頃に、象足さんの叔父上から、『館一の正義感は固執し過ぎている!物事の”清濁を合わせて読む”人格者でなければならない』等‥。いつも厳しいお言葉を頂いておりました。当時の私は”うるせえオヤジだなぁ”と思っておりましたが、今では私も”うるせえオヤジ”になりました(笑い)。私の父とはまた違う意味で、叱咤激励と共に銀座のBARや、新橋の料亭など、社会勉強もさせてくださった、恩ある大先輩に感謝をしております。

”夏の月” [2007年09月21日(金)]

私が30歳を迎えた'84年は、Los Angeles Olympicが開催された年でもありました。当時、仕事をしながら流していた、FENでもロス五輪を中継していました。

この頃のFMで好きだった曲は、当時31歳だったシンディー・ローパーの「ハイスクールはダンステリア」と、杏里の「気ままにリフレクション」でした。夏の出会いと別れを爽やかに歌っていたのが気に入って、銀座三越の地下にあったレコードショップで購入しました。当時はまだレコードの時代です。


その後の杏里はあまり聴いていなかったのですが、9年前にCanonのCMに使われた曲の詩の内容を、過ぎ去った昔の出来事になんとなくoverlapさせて、聴いていたのが「夏の月」でした。上空の空気が澄み、月が美しい今頃の季節です。私は月を愛でる事が好きなもので、”よさこい節”の歌の文句にもある”月の名所は桂浜”。昔、9月下旬に高知へ行った時に、宿泊先のホテルからタクシーを使って、夜の桂浜へ月を見に行ったものでした。


『夏の月』

本を読んでも眠れない夜 あなたの背中を見てた
重い硝子の窓を開けたら 気持いい風が吹いた

いつからか気がつけば 頬づえついて ぼんやりしている
古い灯台 白い波 光る海 何かを探すように

月だけが知っていた 私達のこの恋は
いま小さな花火みたいに ひっそりと終わるの

ふたりよく来た葉山の砂に 足跡残し歩いた
ボトルのままの冷えたミネラル おでこにつけて思った

優しさも 我侭も 弱さも全部 わかって私は
あなたを愛し なにひとつ怖くない そんな自分怖くて

体の温もりに 変わらないこの暮らしに
甘えあってお互いが だめになってしまうのなら
別々に生きていく だれも知らない明日を
まだ私も知らない私 見つけだしてみたい

ふたりきりこのままで 黙ったままで あの星祈ろう
旅路のような長い夜 明けたとき 微笑みあえるように

時計を戻しても 悪いところ直しても
きっとふたり同じこと 繰り返してしまうのでしょう
夏の月が見ていた 私達のこの愛は
いま小さな花火みたいに 美しく心に

月だけが見ていた ふたりのこの恋を

一句浮かびました。
”過ぎ去りし 季節(人生)を思う 秋の宵”
2007/9/21:by館一

”まことちゃん” [2007年08月07日(火)]


先日、漫画家、楳図かずお氏の新築邸に、武蔵野市の周辺住民2人が「異様な外観になり、閑静な住宅街の景観を破壊する」という理由から、工事差し止め仮処分を東京地裁に申し立てていた。というニュースを見ました。

赤と白の横縞模様の外観で、屋根部分には”まことちゃん”の”グワシ”ポーズのシンボルがあり、窓になっている目の部分から外を眺めるというのですから、斬新なデザイン?ですよね。(笑い)

もしも?私の近所にこのような家が建ったら、どうしましょうか?私はまことちゃんのキャラクターを、楽しいと思うので歓迎するかも知れません。何事もそうなのですが、自分の範疇にあるもの以外には、許容出来ない事が多くなるのでしょうね。特に山手と呼ばれている地区(武蔵野市は例外)に住む、極々一部の”頭でっかちなだけ”のおばさん達はネ!

一言居士である山手婦人は、都内の老舗ホテルのティー・ルームや、老舗百貨店などで、(”家政婦は見た!”ではなくて私は見た)随分と自己中心的な、立ち居振舞いが見られるのですが、本人達には認識が出来ていないんザンス。
因みに、私は幼い頃からざーます系に人気があるのです。
シェー!
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”バラ色の雲” [2007年07月27日(金)]

理容店というと、昔は”MEN'S CLUB”にも紹介された、高円寺のアイビー・カット専門店「ブルー・バード」を利用していましたが、アイビー・ルックをやらなくなってからは、通算20年来の付き合いのある床屋へ行っています。

出張や転勤先の地方で一番困るのが、センスの良い床屋探しですね。北海道では昨年12月から、床屋を数軒変えています。最初は説明通りにやってくれるのですが、次に行くと、「前と同じでいいですか?」と言うので任せると、とんでもない事になります。

前回行った店ではカットも前と違い、おまけに「眉毛の下は剃りますか?」と聞くので、「ハイ」と言って寝ていたら(床屋では必ずと言っていいほど、寝ます)、起きてびっくり!!あっと驚く為五郎〜!!(ギャグが古すぎ?)眉全体を細めにカットされているではないですか

散髪屋だけに”怒髪天を突く”怒りを覚えて、雷を落としてやろうかと思いました。理髪だけに、利発な仕事をしてほしいものですね!!今回行った店は下調べをしておいたので、カットも接客マナーも、まあまあの出来でしたが・・・・・・。


そんな事で、今週日曜日の19時頃に床屋を出て、見上げた夕暮れの空がこんな感じでした。実際には、ターコイズ・ブルーの空が部分的に残り、白い雲がピンク色に染まっていて、とても綺麗でした。こんなバラ色の夏空を見るのは久しぶりです。カメラを携帯していなかったので、実写できなくて残念。


「バラ色の雲」
バラ色の雲と 思い出をだいて
僕は行きたい 君の故郷へ

野菊をかざった 小舟のかげで
くちづけ交わした 海辺の町へ

※初めて見つけた 恋のよろこび
君はやさしく 涙をふいていた

バラ色の雲と 思い出をだいて
逢いに行きたい 海辺の町へ
逢いに行きたい 海辺の町へ


ヴィレッジ・シンガーズはアイビー・ルックでしたが、後列左の笹井一臣(ベースギター)、右の小松久(リードギター)と、前列左の林ゆたか(ドラム)はVANです。'60年代はシェットランド・ウールのクルーネック、Vネックセーターやカーディガンと、ラム・ウールのVネックセーターなどがポピュラーでした。

前列中央の清水道夫(ギター、ボーカル)と右の小池哲夫(キーボード)の、ベン・ケーシー風のタートルネックと、ジップ・クルーのリブ編みのセーターは、'67〜'68年頃にJUNやEDWARDSがやっていたと思われる、このような新しいデザインが、当時はとてもかっこ良かったのです。

小池哲夫さんは「亜麻色の髪の乙女」の作曲をした、すぎやま こういち氏と共に、私の業界と関連する、CM音楽制作会社を設立し、CMプロデューサーとして活躍。現在は、J・A・M「日本広告音楽制作者連盟」の副理事長もされています。

羽田 健太郎 [2007年06月04日(月)]

テレビの音楽番組などで親しまれた、作曲家でピアニストの羽田健太郎(はねだ・けんたろう)さんが2日午後11時53分、肝細胞癌のため東京都内の病院で亡くなりました。享年58歳でした。

3月12日のブログに羽田健太郎さんの記事を書いていたので、(archive/154) 突然の訃報を聞いて、驚きとともにすごいショックです。
心より慎んでご冥福をお祈りします。

私も昨年5月の癌検診で、胃と大腸に癌の陽性反応があり、精密検査を受けておりました。現在仕事で北海道にいる為、定期健診などをさぼっていますが、祖父も父も癌で他界していますので充分に気を付けたいものです。

北の国から 20章 [2007年02月17日(土)]




広告会社のクリエイティヴ局でS・P(セールス・プロモーション)企画に携わっていた頃に、四季を大きく分けた年間行事である、正月、バレンタイン、桃の節句、端午の節句、七夕、ハロウィン、クリスマスなどのプランニングとディレクションをやっていました。
私が手掛けたひとつは、大型量販店の、バレンタインのS・Pツールで、神社の巫女さんをモチーフにした、おみくじ式の立体P・O・P(ポイント・オブ・パーチェズ)がヒットしたことがありました。

バレンタインが過ぎると、次は春の訪れを知らせる、『桃の節句』ですね。
今日は私の父の月命日ですが、父の誕生日が3月3日でした。
女の子の節句に生まれた父の性格はというと、柔道、空手の有段者で非常に厳格な人でした。
性格は少し違うようですが、顔立ちや、立ち居振る舞いがよく似ていると言われます。
因みに私の誕生月は父とは対照的な『端午の節句』の5月です。

私の両親は他界しましたが、親孝行らしい事が出来なかった事に今、後悔の念が強いです。親孝行は親が健在のうちにしておくべきですね。亡くして、初めて解る親の有り難みとは愚かな事です。

北海道へ来て3ヶ月近くになります。地方都市は勝手が違うので、とても不便な部分が多いのですが、東京を離れてみて、自分の人生を冷静に見つめる心の余裕ができました。ポジティブ・シンキングです。
このような時間も人生には必要なのかもしれませんね。


「薫風の五月晴れ」
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館一
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