’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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”品格は運命を創る” [2007年12月03日(月)]

新聞に良い記事があったので、抜粋して紹介します。

「広島大学・大学院教育学研究科・青木多寿子準教授」
『個性』と『品性』

アメリカで、あるみすぼらしい格好の男性が仕事を探していました。靴も服もボロボロ、身体も不潔で、何日も風呂に入っていないに違いないと思わせる風ぼうで、とても仕事を探せそうにありません。
 ところがその男性は、面接を受けて一流の新聞社に一発で就職したのです。一体、何が起こったのでしょうか。その謎は、男性の的確な話し方と礼儀作法にありました。その男性は、端正で正確な英語を話し、しっかりした礼儀作法を身につけていたのです。

端正で正確な英語とは、日本語で言えば、尊敬語、謙譲語などを上手に操ることに相当すると思います。しっかりした礼儀作法とは、硬すぎず、砕けすぎず、無理のない、自然な身のこなしを指すと思われます。 
 実はこの男性は、イギリスで高い教育を受け、しっかりした仕事をしていた人でした。アメリカに渡ってすぐスリにあって、着るものを含め、全財産を失ってしまったということでした。

この話は、品格の効用をよく表していると思います。人の性格には二つの側面があります。一つは、生まれつき持っている個性、もう一つは生後の習慣で身につく品性です。個性は生まれつきのものですが、品性は自分が気をつけて、良い習慣を獲得してゆけば、良い品性を身につけることができます。

品格の教育について本を書いているアメリカのリコーナーは、子どものころ、学校で毎日目にした次の詩を著書で紹介しています。
この詩の最後の行、『品格は運命を創るから』という言葉は、本論で最初に出した男性の例がよく物語っています。

考え方に気をつけて・Watch your thoughts,
考え方はことばになるから・they become words.
ことばに気をつけて・Watch your words,
ことばは行動になるから・they become actions.
行動に気をつけて・Watch your actions,
行動は習慣になるから・they become habits.
習慣に気をつけて・Watch your habits,
習慣は品格になるから・they become character,
品格に気をつけて・Watch your character,
品格は運命を創るから・it becomes your destiny.
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60's Avenue [2007年11月24日(土)]

『女は流行を・・・男は思想を着るのである』


1954年 VAN・CONCEPT

'60年代のヴァン・ヂャケットは、全国主要都市に支店と、特約店のVANショップがあり、大手百貨店からの取引依頼に対しては、「他社の商品と並べて売られるのは困る」といって、VANコーナーを設けて、販売にはVANの社員が就くというシステムがありました。

今では普通になっているブランド・ショップのコーナー分けを、当時からやっていたのです。昔からクレジットのイメージが強い丸井に対しては、「当社の商品を月賦で売ってもらう必要は無い」といって取引の依頼を断るなど、その他にもVANのモデル店だった「テイジン・メンズショップ」銀座本店では、”お客様には当社の商品は合わないと思います”と、着る人を選ぶ事もあったようです。

当時の時代性を知らない人達には、なんて高慢なのだろうと思われる事でしょうね。そのブランド・ロイヤリティーを強く誇示していた、当時のVANを着る事に私達は一種のステイタスを感じていたのです。

'70年代初頭の第二次アイビー・ブームの後、'74年頃には、Mr.Van、VAN.BROWNなど、VANの一部の商品が量販店にも並ぶようになり、VAN長崎屋なるものも出てきました。高いグレードを保持していたKentもありましたが、黄金の'60年代の、高嶺の花だったVANに魅了された私達は、IVY・LookのVANから心が離れていったのがこの頃でした。
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”木下恵介アワー” [2007年11月10日(土)]

『記念樹』 第9回児童福祉文化賞受賞作品 

『ALWAYS 三丁目の夕日』に続いて、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』が全国で大ヒット上映されていますね。私はまだ観ていませんが、大ヒットの要因は、”美しい心の国 日本”の情緒があった戦後昭和の時代。貧しくもあったけれど、今は無くしつつある心の豊かさと、温かさがあった時代でした。その高度経済成長期の昭和を、懐かしさと憬れの想いで、この映画を観る人が多いのだと思います。私は”温故知新”という言葉が好きです。

2005年にスカパーのホームドラマチャンネルで、懐かしい木下恵介アワーの全作品を制作順に放映されていました。「記念樹」は私が小学6年生の頃、昭和41年4月5日〜昭和42年2月14日迄、毎週火曜日21:00〜21:30 TBS系列で放送されていた、子供心にも残る作品でした。さすが”ドラマのTBS”と言われるほど、CMを挟んで実質25分足らずの放映時間の中で、お茶の間の心を掴んだみごとな構成のドラマでした。

私は昭和40年10月24日〜昭和41年11月13日迄、毎週日曜日20:00〜20:56日本テレビ系列で放映された青春ドラマ、夏木陽介主演の「青春とは何だ」(原作・石原慎太郎)に女子高生役で出演していた高杉早苗さんのファンでした。

出演
■馬渕晴子 ■高杉早苗 ■長谷川哲夫 ■有川 博 ■ 田村正和 ■松川 勉 ■ジェリー伊藤 ■八木千秋 ■東京ぼん太 ■津坂匡章 ■柳家金語楼
■松本典子 ■石立鉄男、他、毎回ゲストが出演。

横浜の養護施設・あかつき子供園で育った園児たちは、桜が散る季節に結婚をして施設を去ることになった、保母の池貝先生(馬渕晴子)に別れを告げます。施設の子供たちが大好きだった先生の嫁ぎ先を訪ね、小遣いを出し合って結婚祝いに買った桜の苗木を庭に植えます。その一本の桜の木で堅く結ばれた、池貝先生と子供たちの15年間の絆を描いた心温まるテレビドラマです。

『みんなで植えた桜に春が来て♪今年も花が優しく開く』

涙腺が弱い私は、記事を書きながらこのあたりで涙があふれます。

それから15年の歳月が流れますが、それぞれの想いでふと先生のもとを訪ねてみたくなる、皆の顔を見たくなる、その思いだけは変わらぬままなのです。ドラマは、そんな彼ら小市民の現在(高度経済成長期の中にあっても決して豊かではない)の慎ましい暮らしやその中におけるささやかな夢を、横浜〜戸塚〜大船〜平塚〜小田原等の東海道線沿線を舞台にして描かれています。毎回のように回想される桜の苗木を植えるシーンが実に印象的でした。

小坂一也さんが歌ったドラマの主題歌も心に残ります。

”虹と雪のバラード” [2007年07月07日(土)]


「札幌冬季五輪のリリカルな公式記録映画」
篠田正浩 監督・岸田今日子(ナレーション)

4月に東京の廃盤レコード店で購入した、トワ・エ・モア(あなたとわたし)の「虹と雪のバラード」は、1972年2月に開催された”札幌冬季オリンピック”の歌でした。
この歌の作詞者・河邨文一郎(かわむら・ぶんいちろう)さんは、札幌医大の教授で、北大在学中から金子光晴に師事した詩人でもありました。

1965年に、マスコミなどから”プリンス・アイビー”と云われていた、皇室唯一のアイビーリーガーだった、三笠宮智仁 親王殿下も札幌オリンピックに御公務で列席されました。
私は個人的に、オープンな家風の三笠宮家一族のファンでもあります。

私のブログに曲と共に、ときどき歌詞も書いていますが、歌詞検索からの訪問者もいらっしゃいますので、今回も載せますね。


「虹と雪のバラード」
<The Ballad of Rainbow & Snow>
河邨文一郎:作詞
村井 邦彦:作曲 
小谷  充:編曲

虹の地平をあゆみでて
影たちが近づく 手をとりあって
町ができる 美しい町が
あふれる旗、 叫び、 そして唄
ぼくらは呼ぶ あふれる夢に
あの星たちのあいだに眠っている
北の空に
きみの名を呼ぶ オリンピックと

雪の炎にゆらめいて
影たちが飛び去る ナイフのように
空がのこる まっ青な空が
あれは夢? 力? それとも恋
ぼくらは書く いのちのかぎり
いま太陽の真下に
生まれかわるサッポロの地に
きみの名を書く オリンピックと
生まれかわるサッポロの地に
きみの名を書く オリンピックと

”定年後の人生を考える”<完> [2007年07月04日(水)]

私より10歳ほど上の、東京の知人の中に、心身ともに健康体でありながら、定年後の人生を趣味以外は何もしないで過ごしている方々がいます。(60歳を過ぎて、受け入れ先が云々という、社会体制の問題を超えての考えです)能力も可能性もたくさん持っている、優秀な方々なので残念に思います。
余計なお世話だ!と思われる方には、人生に対する価値観の相違と、論点が変わってきますので、議論の余地はありませんが・・・。

私は少なくとも、可能な限り、現役で社会に関わっていたいと考えています。
私が独自で行ったマーケッティング・リサーチでは、今のところアパレル他社ではやっていない、私の記憶にあるものと、今まで培ったセンスから、60's IVYのエッセンスをデザイン化したブランドを、サイドビジネスで立ち上げようとしています。、社会には定年がありませんので、健康で動く事が出来るうちは、還暦以降も社会に関わりながら、社会に貢献するという、ポジティブな自分であり続けようと考えるからです。起業するからには、利益の追求は当然ですが、儲け主義に走ると良い結果は得られません。社会と顧客との関わりを大切にしてゆくブランドにします。

北海道で購読していた新聞の日曜版コラムに、シリーズで12回連載されたものから、5回選んで掲載しましたが、今回の6回目で終わります。末尾の文章表現が、団塊世代に対して、私としては途惑う部分がありますが、割愛するのも変ですし、今回で最後なのでそのまま掲載します。

”生きる”「団塊世代の心と暮らし」<完>
明治学院大学 心理学部(生涯発達心理学)教授 佐藤 眞一
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へそ曲がり辞典 [2007年06月24日(日)]

北海道のミニコミ誌に” ブラックジョーク的 ”鋭い切り込みの、面白いコラムがありましたので掲載します。笑えますよ!!

「生活のバランスシート」
へそ曲がり辞典3 伊勢谷 隆(税理士)


● 熟年離婚
実は合法的爺捨て山。働かせるだけ働かせておいて、子供も味方につけ、お役御免と棄てる悪魔の行為。稀に亭主への悪行への復讐として行われる場合もある。

● 格差社会
怠け者が言い訳にするために大事にしている用語。格差のない社会は社会全体が貧しくなることは歴史が証明していること。

● 一期一会
一度会ったがもう二度と会いたくない奴の事。

● 日本国憲法
たくさんの信者がいるところを見ると、怪しい宗教の経典だろう。このことで語る気にもならないほど、非論理的な存在になっている。

● 大学
入学試験で選抜されてこそ学生が大学生といえる学校。定員割れした大学の学生は、大学のレベルの学習が困難なものが多い。学歴が簡単にお金で買えるところ。そんな学歴に意味なし。

● 人口の減少
日本の人口が老齢化により将来減少するという予測。これだけなら良いが、労働人口の減少により外国から人を入れるとか、経済が大きく縮小するという経済学者の考えはおかしい。

● 肥満
体の動きが不自由になるだけ太ること。どんな人が肥満になるかというと、不健康な男性、頑固な女性、男性に優しくされない女性、怒りをいつも我慢している男性などである。

● 結婚
一瞬の人生の間違い。

● 離婚
正気に戻って人生を考え直した結果。

● 出来ちゃった結婚
いやらしい、恥ずかしい、高離婚率。

”定年後の人生を考える” [2007年06月18日(月)]

先日更新した、「インテグリティ」の追記的に、久しぶりに”団塊世代の心と暮らし”を更新します。
一部の、閣界、官界、大企業の経営陣などの不祥事を通して、“社会全体の軽薄化 ”を感じますが、早急な処方箋としては『大人の英知を磨く努力』に尽きると考えます。

(新聞コラムより)

”生きる”「団塊世代の心と暮らし」<5>
明治学院大学教授 佐藤 眞一

脳年齢の測定が中高年に流行っている。ゲーム機で暗算を繰り返すと、画面に脳年齢が算出される。その結果に一喜一憂する中高年の姿が、ニュース映像に流れたことも記憶に新しい。このゲーム機を待合室に置く病院もあるそうだ。

”脳トレ”人気は、高齢社会に生きる私たちの老いの不安を象徴している。美容やサプリメントなど、アンチエイジングも同様だが、これらはどうやら単なる「老いへの抵抗」ということでもなさそうだ。たいていの中高年は、実年齢よりも若いと感じているからである。実際の年齢と、実感している年齢との隔たりを埋めようとする気持が、老いへの不安と相まって、私たちをアンチエイジングや脳トレに駆り立てるらしい。

自分の年齢を何歳程度に感じているか―それを、心理学では「年齢アイデンティティ」と呼ぶ。私の調査によれば、50代の男性で11歳、女性で17歳ほど若く感じていた。60代では男性15歳、女性では何と、20歳以上も実年齢を下回る結果が出た。つまり、50代や60代の中高年は、年齢を40代にしか実感していないのだ。事実、最近の中高年は一昔前に比べ、服装も髪型も若々しい。高齢社会は、老いのテンポを遅らせる社会でもある。

いつまでも若さを保つことは、人々の理想だろう。だが、若さの追求のみが価値あることなのだろうか。計算の速さは、いくら頑張っても小学生に勝つことはできない。ゲームで高得点を出すことが、大人の知能として大事なはずはない。

心理学者・キャッテルは、パズルを解いたりすばやく計算する能力を「流動知能」と呼び、言語能力を背景にした洞察力、理解力、判断力などを「結晶能力」と名付けた。
流動知能は脳の性能を示す能力で、青年期がピークである。その一方、結晶能力は、脳の成長が停滞する青年期以降も経験の累積によって高まり続け、80代、90代でも伸び続けることができる。

結晶能力はまさに「大人の知能」である。そして、この結晶能力がより高次の「知恵」や「英知」の基礎となることが、最近の研究で明らかになってきた。
若さにとらわれるばかりでなく、成熟した大人の英知を磨く努力は、脳トレ以上に、高齢社会に生きる中高年にとって必要ではないだろうか。

60's Avenue [2007年06月02日(土)]


”戦場に散った恋人のかたみを胸に”
(ジャケット・コピー)

「帰らぬ少年兵」

'66年、当時IVY SISTERだった私の姉上が、高校時代に聴いていたレコード、コリーン・ラベットの「恋する少年兵」「帰らぬ少年兵」は、ベトナム戦争の為に間を引き裂かれ、愛する人を失った悲哀を歌った曲です。両方とも物悲しいトランペットの響きとギターの演奏に、ほとんどナレーションのような語りが入った曲です。

米軍が投下した枯葉剤によるサリドマイドの被害は、ベトナム戦争が終結した、32年後の現在にまでも及んでいます。この世から「戦争と悲惨」の二字を消したいものです。これはケネディの思想でもありました。

” ケネディと歌おう ” [2007年05月30日(水)]

アメリカ人がみなアクティブ・シチズンである必要を語った。「Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.
(祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい)」
さらに、「人類の共通の敵」暴政・貧困・疾病および戦争と戦うために、ともに参加してくれるように世界の国家に依頼した。
ベトナム戦争でも、自らが切り開こうとしたアメリカ軍のベトナムからの早期撤退計画は、自らが暗殺されたことによって頓挫しました。


アメリカ文化に憬れ、アイビー・ルックをこよなく愛した'60年代の若者のヘアー・スタイルに、”ケネディ・カット”というネーミングが付くほど、団塊世代を中心とした日本の若者が憬れた'60年代のヒーローであり、現代でも理想的なリーダーとして名が残る「ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ」は、私が最も尊敬する人物の一人です。

鮫島宗哉さんのコレクションの中に、貴重なケネディのレコードがあり、画像と解説をいただきました。
「星影のビギンなど、4曲入りのコンパクト盤とLP盤の2種類があります。シナトラのリプリーズレコードが製作したものですね。
;:;:;:;
ケネディ大統領とコーラス 『ケネディと歌おう』 17cmLP ビクター SJET140  世界最古級のサンプリングもの。」

現在、このレコードの入手はとても難しいので、曲を聴ける日が待ち遠しいです。

『ケネディと歌おう]』



音楽プロデューサーのジョージ・アトキンスと、ハンク・レヴィンの手により、1961年の就任演説を、今で言う「サンプリング」の手法でコーラス曲と絡ませ、1963年に制作したアルバム。沒後に「自由の讃歌(LET US BEGIN BEGUINE)」がシングルカットされ、特に日本では1986年にシルベスター・スタローンが出演した麒麟麦酒のCMに改めて使用されるほどのヒットとなっています。

”定年後の人生を考える” [2007年03月06日(火)]

(新聞コラムより)

”生きる”「団塊世代の心と暮らし」<4>
明治学院大学教授 佐藤 眞一

和歌や俳句に興じた江戸期の隠居者「遊楽」が育んだ成熟文化
「人は十三迄はわきまえなく、それより二十四五迄は親のさしずを受け、其後は我と世をかせぎ、四十五迄に一生の家をかため、遊楽する事に極まれり」<井原西鶴『日本永代蔵』(角川文庫)より>

人生とは、懸命に働いて45歳までに生涯の基礎を固め、その後は「遊楽」して過ごすに極まる、と西鶴は書いた。江戸初期、”人生50年時代”の町人が抱いた理想の生き方である。

大阪の裕福な商家の跡取りに生まれた西鶴は、早くから俳諧に秀で、妻の急死の直後、34歳で剃髪し隠居した。その後の西鶴の活躍はめざましく、文学にますますのめり込みながら、52年間の人生を終える。西鶴には妻子の急死や生活苦など不幸な面もあったようだが、文学に「遊楽」した残りの人生は、きっと幸せだったろう。

歴史家の氏家幹人氏によれば、江戸時代、武士の隠居理由は、病身以外に認められなかった。そこで、楽隠居の方便として、病気を装うことも多かったようだ。武士も、西鶴の描く町人も、職業からの引退後は「遊楽」することを理想としていたのである。

では、この「遊楽」とは何だろう。隠居後に仏門に入り、学問を通して心穏やかに過ごそうとする武士や豪商は多かった。その一方で、西鶴のように和歌や俳句、絵画などの創作活動に遊ぶ者もあった。江戸文化の爛熟は、これら隠居者たちの活躍の成果でもある。

ヨーロッパでも、例えば精神分析学のユングは、40歳を人生の「正午」と位置づけ、その後は個性化と呼ぶ自己実現のプロセスに移行すると述べている。「遊楽」とは自己実現の課程であり、それによって、人は唯一無二の存在として個性化するのである。成熟した大人の文化は、こうして育まれる。

私たちの研究によると、引退後の人々には、自己実現型の生きがいを持つ者とともに、家族や仲間との人間関係の中に生きがいを見出す人も多い。どちらのタイプも、「楽しむ」ことで共通している。
江戸時代の隠居もまた、仕事や身分から離れて身体が楽、気分が楽というだけではなく、自ら積極的に「楽しむ」ための隠居だったようである。
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