’60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

プロフィール


ブックマーク
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ

”眉山” [2008年04月05日(土)]

昨夜、フジテレビで放送された、さだまさしのベストセラー小説をドラマ化した「眉山」は、感動的なドラマでした。「眉山」のあらすじは、徳島を舞台に、入院した母親を見舞った娘が、母がかつて愛した人の話を聞いて、隠された母親の人生を知るストーリーです。母親役の富司純子が癌におかされていて、娘の父親でもある、かつて愛した医師に、献体の遺志があることを、娘に託していたのでした。私の死後も献体して、医学に役立てたいと考えております。

以前から行きたかった徳島の阿波踊りのシーンと、市内の何処からでも見えるという、眉山の美しい景色も最高でした。8月に行く予定の福岡の帰りに、岡山から徳島を周ろうと考えています。

”雪景色” [2008年02月17日(日)]

今年の冬は強い寒気の影響で、先日は福岡、北九州地方にも積雪があったのをニュースで見ました。北海道も暖冬だった昨年と比べると、大変な降雪量です。凍えそうなくらい寒い湖や河には、優美な白鳥が集まっています。


札幌中島公園

先日、茶道家の宗幸さんのブログに書かれていた、
”雪は心を白く清めてくれますね・・・”という文章を拝見して、北海道で二度目の冬を過ごす私の心も、雪で清められているような気がするのです。しっかりと清めてから、東京へ帰ろうと思います。(笑い)

雪を数える単位を御存知ですか?”ひとひら、ふたひら”と数えるのだそうです。雪がしんしんと降る夜空を見ていると、白い妖精が舞い降りているような感じがします。ネオンに浮かぶ、夜の雪景色は幻想的です。

先日読んだ新聞の文化欄の末尾に、雪に因んだ、心に残る万葉集の歌が紹介されていましたので、本文を割愛して掲載します。遠い古のロマンです。

『日本語 ― その美しさ、奥深さ』
法政大学名誉教授 粟津則雄

”降雪を見て「万葉の歌」を思い起こす”
ついせんだって、東京に、久しぶりにかなりの雪が降ったが、降りしきる雪を眺めているうちに、『万葉集』巻第二に収められた穂積皇子(ほづみのみこ)の「降る雪はあはにな降りそ吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の寒からまくに」という歌が心に浮かんだ。「但馬皇女(たぢまのひめみこ)の薨(こう)じて後に、穂積皇子の、冬の日雪降るに、遥かに御墓を望みて、悲傷流涕して御作りたまひし歌一首」という詞書がある。

但馬皇女は天武天皇の娘で、異母兄高市皇子(たかちのみこ)の妃であったが、高市の弟穂積皇子と深く愛し合った。彼女は和銅元年(708年)6月25日に世を去り、吉隠の猪養の岡に葬られた。これは、その年の冬に彼女を想って詠まれたものだろうが、雪にむかって「あはに」つまりたくさん降るなと呼びかけ、吉隠の猪養の岡は寒いだろうからと言うことばを読んでいると、1300年前に大和に降っていた雪が、眼前の雪と混じりあって現在も降り続けているような気がしてくる。

そしてそのことがまた、穂積皇子が感じていたであろう彼女の肌のあたたかさをも、併せ感じさせるのである。そして、それはそのまま、日本語の美しさや奥深さの持続と、生き生きと重なり合うのである。

(文芸評論家、草野心平記念文学館館長)

”北の国から2007” [2007年12月15日(土)]

私が好きな、作家、脚本家、演出家である『倉本 聰』さんは、’73年から札幌、’78年からは富良野に移住して富良野塾を創り、「北の国から」や「ニングルの森」などを書かれて、北海道を拠点に活躍をされています。


富良野GROUPとは、富良野塾を卒業し研鑚を重ねた俳優とライターによる集団です。

沈まぬ太陽 [2007年06月30日(土)]



book offで買った、山崎豊子の「沈まぬ太陽」は初めて読みますが、残念ながら下巻が無かったので、東京へ帰ってから探すつもりです。「ダラスの熱い日」は学生の頃に一度読んだけれど、再度購入。他には五木寛之の「戒厳令の夜」「海を見ていたジョニー」などが好きでしたが、「ソフィアの秋」「ノルウェイの森」も再度読みたかった本です。


もう一冊は、現在「鈍感力」がベストセラーになっている、渡辺淳一文学の中でも特に好きだった「まひる野」です。'60年代後半に、全共闘の内ゲバで殺人を犯してしまい、本人も仕返しに遭い、植物人間状態になってしまった、加害者(ゲバ抗争に加害者、被害者のたて分けはおかしいのですが・・・)の姉と、大学病院の教授の肩書きを持ち、名外科医である被害者の父が、不運な出会いから恋に落ちてしまうというストーリーの、大人の純愛を描いた小説です。これは何度読んでも、ラストシーンではハンカチが必要になります。まだの方は上・下二巻ですが、是非一度読んでみてください。

ハリー・ポッター [2007年06月29日(金)]

古書店というと、カビ臭いイメージが強いのですが、本格的な専門書や、廃盤レコードなどを探すときには、やはり私も古書街の神田神保町へ行くことが多いです。
昨年、パート・タイムのおばさんから社長になった、雇用格差問題を破るべく、努力の出世をした人が勤める”book・off ”は、古本ながらもちゃんと帯が付いて、価格のわりには質の良いものが揃っています。”インテグリティ ”を推奨する企業だと思いますね。

普段はじっくりと本を読む時間がなかなか取れないもので、気が早いのですが、読書の秋に向けて(これもまた難しい)古本を数冊購入しました。


「ハリー・ポッターと賢者の石」初刊は、6年前の夏に左足首にひどい骨折をして、三ヶ月間入院をしていた頃に、病棟で話題になっていました。同僚からは”お見舞いに伺うときにお持ちしましょうか? ”と言われていたのですが、”女性や子供向けじゃないの? ”と、あさはかなことを言っていました。仕事人間だった当時の私にとっては、突然遭った不慮の事故から仕事と自由を奪われ、主治医からは、一生松葉杖の生活になるかもしれないと言われて、気持ちが不安定になっていましたが、折をみていつか読みたいと思っていましたので、今回はDVDも一緒に購入したのです。


ハリー・ポッター(英国版)は、過日のブログ、”アメリカン・グラフィティ ”に書いたatticus氏の愛読書でもあり、25日のブログ、「ハリー・ポッターの哀しみ」には、ハリー少年が秘めている心の綾を、ピュアな感性で見事に書かれています。私が今回ハリー・ポッターを読むきっかけになったのも、オーディオ・ブックを聴くほどのハリーのファンである、atticus氏からの触発でもあります。

”山崎豊子作品” [2007年03月20日(火)]

テレビドラマ「華麗なる一族」(原作:山崎豊子)が最終回を迎えました。学生時代に原作を読んだときの、クライマックス・シーンでは涙が流れましたが、“映画は原作を越えられない”といわれるように、長編物を短縮した、初の(‘73年)映画化のシーンは物足りなさを感じました。
今回のテレビドラマ版も、関西のお笑い系タレントがシリアスな役柄で出演していたりと、この小説の内容に見合った重厚な演技が出来るキャスティングではなかったので、感情移入はありませんでしたが、一昨夜のクライマックス・シーンでは、やはり涙腺がゆるみましたね。

『白い巨塔』原作:山崎豊子

先日GEOで、ビデオ版「白い巨塔」が安価で販売されていたので購入しました。’66年のモノクロ作品ですが、キャスティングが重厚で内容とともに、リアルタイムの60年代の家屋や家具、照明などを観るのが懐かしく、楽しいのです。これも原作は高校時代に読んでいました。

<キャスト>田宮二郎・東野英治郎・田村高廣・小沢栄太郎・藤村志保・小川真由美

昭和38年、サンデー毎日に連載され、社会に大きな波紋を投げかけた小説を、「砂の器」の橋本忍が脚色し「戦争と人間」「金環触」「あゝ
野麦峠」の社会派監督として名高い山本薩夫が挑んだ問題作。‘66年度キネマ旬報賞作品賞および監督賞に輝き、大病院の権威を指す“白い巨塔”という言葉は当時の流行語にもなった。
大阪・浪速大学医学部は東教授(東野英治郎)の定年を控え、後任をめぐり揺れていた。若きエリート助教授・財前五郎(田宮二郎)が有力だったが、東教授は自信過剰な財前に反感を持っていた。義父(石山健二郎)の力を借り裏工作に走る財前。
その渦中、同期の里見助教授(田村高廣)の忠告に耳も傾けずに、ある患者の手術を強引に進めてしまう。これが後に誤診の疑いで裁判にまで発展。そびえたつ白い巨塔の内部で何が起こったのか!?欲望に狂う人間医師を、田宮二郎が迫真の演技で迫る戦慄のヒューマンドラマ。

作家・逢坂剛 1章 [2007年01月29日(月)]

私が好きな作家の一人である、『逢坂 剛』。1986年、第96回直木賞受賞作の『カディスの赤い星』を読み大ファンになりました。現在、逢坂氏の事務所がある神田神保町の“すずらん通り”には古書店を始め、昔ながらの喫茶店「ブラジル」、レストラン「ろしあ亭」、などの飲食店が有り、私が好きな街です。また、神保町にはロシアン・レストラン「バラライカ」本店もありました。私は東銀座の「バラライカ」へ行くことが多かったのですが、本格的なロシア料理に、バンドが奏でるロシア民謡の名曲も良い雰囲気でした。


東京都文京区生まれ。本名:中 浩正。挿絵画家の中一弥の息子。
開成中学・高校を経て、中央大学法学部へ進学。
1966年に卒業し博報堂に勤務する傍ら、執筆活動を行う。1997年には31年勤めた同社を退社し、神田神保町にオフィスを構える専業作家となった。

ギターとフラメンコをこよなく愛し、スペインを舞台にした作品が多い。2001年から2005年まで日本推理作家協会理事長を勤めた。
初めて手がけた本格歴史小説『重蔵始末』が好評である。

■ 略歴
1980年― 「屠殺者よグラナダに死ね」(後に「暗殺者グラナダに死す」に改題)により第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。
1986年 ― 『カディスの赤い星』により第96回直木賞、第5回日本冒険小説協会大賞を受賞。

1987年 ― 同作により第40回日本推理作家協会賞を受賞。

『カディスの赤い星』


フリーのPRマン・漆田亮は、得意先の日野楽器から、ある男を探してくれと頼まれる。その男の名はサントス、20年前スペインの有名なギター製作家ホセ・ラモスを訪ねた日本人ギタリストだという。わずかな手掛りをもとに、サントス探しに奔走する漆田は、やがて大きな事件に巻きこまれてゆく・・・・・。

国際冒険小説の達成点。直木賞・日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞を受賞。

(「BOOK」データベースより)

作家・逢坂剛 2章 [2007年01月28日(日)]


『百舌の叫ぶ夜』

能登半島の突端にある孤狼畔で発見された記憶喪失の男は、妹と名乗る女によって兄の新谷和彦であると確認された。
東京新宿では過激派集団による爆弾事件が発生、倉木尚武警部の妻が巻きぞいになり死亡。そして豊明興業のテロリストと思われる新谷を尾行していた明星美希部長刑事。
錯綜した人間関係の中で巻き起こる男たちの宿命の対決。その背後に隠された恐るべき陰謀。迫真のサスペンス長編小説。


『幻の翼』

かつて、能登の断崖に消えた“百舌”は復讐を誓い、北朝鮮の工作員として、日本に潜入した―。稜徳会病院で起きた大量殺人事件は、明確な理由もなく突然の捜査打ち切りが発表され、背後に政治的な陰謀がからんでいるのではと、取り沙汰されていた。捜査に当った倉木尚武警視は、大杉良太警部補、明星美希部長刑事などと共に闇に葬られようとする陰謀を執拗に追う。息もつかせぬサスペンス長編小説。

(「BOOK」データベースより)

北の国から 16章 [2007年01月23日(火)]

北海道出身の作家「三浦綾子」


三浦綾子記念文学館
北海道 / 旭川市


クリスチャンでもある医師の辻口啓造は、妻、夏枝が村井と密かに逢引中(まだ深い仲まで進展していない)に、佐石土雄によって娘のルリ子を絞殺される不幸に遭う。

啓造は信仰するキリスト教の教え「汝の敵を愛せよ」の実践と、妻の背信行為に対する屈折した復讐心(実の娘に手をかけて殺した男の娘とも知らずに育てさせ、頃合を見て真実を知らせて落胆する夏枝を見たい)から、佐石土雄の娘(しかし、本当の親は中川光夫と三井恵子で、佐石とは血縁関係は無い)陽子を引き取る(陽子の名前は夏枝がつけたものである)。

陽子が小学1年生になったある日、夏枝は啓造の日記から挟まれていた手紙を見つける。その内容より、陽子の真の出自(養子である陽子は、自分の実娘の殺人者の娘である事)や、何も知らずに陽子を育てていることに気付いてしまう。
そして、陽子の首に手をかけたのであった(その後も、中学校の卒業式に陽子が読もうとしていた答辞を白紙に変えたり、北原が一度送った手紙を北原に返してしまったりしている)。

一方、陽子のほうも、牛乳配達の手伝いをしていた小学4年生のときに、自分は本当は辻口夫妻の実の子では無い事を知る(その時に受けたショックの為、牛乳配達の仕事を辞める)。
高校生になった陽子は、徹(義兄)の大学の同級生の北原という青年と出会う。陽子は北原に好意を持ち、北原は、陽子に結婚を申し出る。しかし夏枝は、陽子が実の子供の仇(殺人犯 佐石)の娘であるということを2人に向かって言う。そんな母親の仕打ちにより追い詰められた陽子は・・・・・。(原作より)

1966年1月23日-4月17日、NETテレビ(現テレビ朝日)で連続ドラマ化。

■ 出演 新珠美千代、内藤洋子、芦田伸介、市原悦子、田村高廣、北村和夫 。
[白馬のルンナ / 昭和42年]

■ 内藤洋子

茨城県神栖市に生まれる。父は医師。

小学生のときから雑誌「りぼん」のモデルをし、北鎌倉女子学園在学中の1965年、スカウトされ、黒澤明監督の『赤ひげ』の「まさえ」役でデビューする。翌1966年、恩地日出夫監督の『あこがれ』に主演し、ゴールデンアロー賞などを獲得、また、テレビドラマ『氷点』にも主演し、アイドルとして一世を風靡する。歌手としても活躍し、松山善三監督の『その人は昔』の挿入歌、『白馬のルンナ』は大ヒットとなった。

その後も、『伊豆の踊子』や『年ごろ』、『地獄変』などの作品に出演し人気を博したが、1970年に音楽家の喜多嶋修と結婚して、惜しまれながらも芸能界を完全引退した。

北の国から 14章 [2007年01月15日(月)]


私が好きな作家『渡辺純一』。「氷紋」「北都物語」「まひるの」「ひとひらの雪」など渡辺文学はほとんど読破しましたが、昨年秋に初めて読んだ『うたかた』

“この世はすべて「うたかた」だから、現実(とき)を燃えて生きねばならぬ・・・・・。”
お互いに家庭を持つ男女が北海道旅行をするシーン!初夏と冬の石狩の別荘、冬の阿寒湖、摩周湖が印象的です・・・・・。

次に読む作品は『シャトウルージュ』。


札幌すすきのに程近い中島公園そばにある


わたなべ・じゅんいち=1933年、北海道生まれ。札幌医大などに勤務の傍ら作品を発表、68年に上京し作家生活に。70年『光と影』で直木賞、80年『遠き落日』『長崎ロシア遊女館』で吉川英治文学賞、2003年、菊池寛賞を受賞。

| 次へ
2008年04月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
コメント
館一
秋のコンサート (09/06)
鮫島宗哉さんへ
”真珠の涙” (07/31)
きんちゃんへ
”真珠の涙” (07/17)
館一
”コイン・リング” (05/09)
ネットワーク

トラックバック

http://www.cafeblo.com/ivyscene1968/index1_0.rdf






(c) 1999-2008 Cafeglobe.com All rights reserved