”バラ色の雲” [2007年07月27日(金)]
理容店というと、昔は”MEN'S CLUB”にも紹介された、高円寺のアイビー・カット専門店「ブルー・バード」を利用していましたが、アイビー・ルックをやらなくなってからは、通算20年来の付き合いのある床屋へ行っています。
出張や転勤先の地方で一番困るのが、センスの良い床屋探しですね。北海道では昨年12月から、床屋を数軒変えています。最初は説明通りにやってくれるのですが、次に行くと、「前と同じでいいですか?」と言うので任せると、とんでもない事になります。
前回行った店ではカットも前と違い、おまけに「眉毛の下は剃りますか?」と聞くので、「ハイ」と言って寝ていたら(床屋では必ずと言っていいほど、寝ます)、起きてびっくり!!
あっと驚く為五郎〜!!(ギャグが古すぎ?
)眉全体を細めにカットされているではないですか
!
散髪屋だけに”怒髪天を突く”怒り
を覚えて、雷を落としてやろうかと思いました。理髪だけに、利発な仕事をしてほしいものですね
!!今回行った店は下調べをしておいたので、カットも接客マナーも、まあまあの出来でしたが・・・・・・。
そんな事で、今週日曜日の19時頃に床屋を出て、見上げた夕暮れの空がこんな感じでした。実際には、ターコイズ・ブルーの空が部分的に残り、白い雲がピンク色に染まっていて、とても綺麗でした。こんなバラ色の夏空を見るのは久しぶりです。カメラを携帯していなかったので、実写できなくて残念。


ヴィレッジ・シンガーズはアイビー・ルックでしたが、後列左の笹井一臣(ベースギター)、右の小松久(リードギター)と、前列左の林ゆたか(ドラム)はVANです。'60年代はシェットランド・ウールのクルーネック、Vネックセーターやカーディガンと、ラム・ウールのVネックセーターなどがポピュラーでした。
前列中央の清水道夫(ギター、ボーカル)と右の小池哲夫(キーボード)の、ベン・ケーシー風のタートルネックと、ジップ・クルーのリブ編みのセーターは、'67〜'68年頃にJUNやEDWARDSがやっていたと思われる、このような新しいデザインが、当時はとてもかっこ良かったのです。
小池哲夫さんは「亜麻色の髪の乙女」の作曲をした、すぎやま こういち氏と共に、私の業界と関連する、CM音楽制作会社を設立し、CMプロデューサーとして活躍。現在は、J・A・M「日本広告音楽制作者連盟」の副理事長もされています。
出張や転勤先の地方で一番困るのが、センスの良い床屋探しですね。北海道では昨年12月から、床屋を数軒変えています。最初は説明通りにやってくれるのですが、次に行くと、「前と同じでいいですか?」と言うので任せると、とんでもない事になります。
前回行った店ではカットも前と違い、おまけに「眉毛の下は剃りますか?」と聞くので、「ハイ」と言って寝ていたら(床屋では必ずと言っていいほど、寝ます)、起きてびっくり!!
あっと驚く為五郎〜!!(ギャグが古すぎ?
)眉全体を細めにカットされているではないですか
!散髪屋だけに”怒髪天を突く”怒り
を覚えて、雷を落としてやろうかと思いました。理髪だけに、利発な仕事をしてほしいものですね
!!今回行った店は下調べをしておいたので、カットも接客マナーも、まあまあの出来でしたが・・・・・・。そんな事で、今週日曜日の19時頃に床屋を出て、見上げた夕暮れの空がこんな感じでした。実際には、ターコイズ・ブルーの空が部分的に残り、白い雲がピンク色に染まっていて、とても綺麗でした。こんなバラ色の夏空を見るのは久しぶりです。カメラを携帯していなかったので、実写できなくて残念。

「バラ色の雲」
バラ色の雲と 思い出をだいて
僕は行きたい 君の故郷へ
野菊をかざった 小舟のかげで
くちづけ交わした 海辺の町へ
※初めて見つけた 恋のよろこび
君はやさしく 涙をふいていた
バラ色の雲と 思い出をだいて
逢いに行きたい 海辺の町へ
逢いに行きたい 海辺の町へ
バラ色の雲と 思い出をだいて
僕は行きたい 君の故郷へ
野菊をかざった 小舟のかげで
くちづけ交わした 海辺の町へ
※初めて見つけた 恋のよろこび
君はやさしく 涙をふいていた
バラ色の雲と 思い出をだいて
逢いに行きたい 海辺の町へ
逢いに行きたい 海辺の町へ

ヴィレッジ・シンガーズはアイビー・ルックでしたが、後列左の笹井一臣(ベースギター)、右の小松久(リードギター)と、前列左の林ゆたか(ドラム)はVANです。'60年代はシェットランド・ウールのクルーネック、Vネックセーターやカーディガンと、ラム・ウールのVネックセーターなどがポピュラーでした。
前列中央の清水道夫(ギター、ボーカル)と右の小池哲夫(キーボード)の、ベン・ケーシー風のタートルネックと、ジップ・クルーのリブ編みのセーターは、'67〜'68年頃にJUNやEDWARDSがやっていたと思われる、このような新しいデザインが、当時はとてもかっこ良かったのです。
小池哲夫さんは「亜麻色の髪の乙女」の作曲をした、すぎやま こういち氏と共に、私の業界と関連する、CM音楽制作会社を設立し、CMプロデューサーとして活躍。現在は、J・A・M「日本広告音楽制作者連盟」の副理事長もされています。







