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Ivy Scene 1968

'60年代の音楽、ファッション、文化にこだわりを持ち続けて数十年!

昭和レトロなるものが、ブームになっている昨今。
少し違った観点から、マイ昭和レトロともいうべきスタイルを、
〜遠い〜記憶をたどりながら綴りたいと思う・・・・・・。

2006年6月15日

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館一
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60's Avenue/THE KINKS
The Kinks.jpg

1964年2月にリトル・リチャードの「ロング・トール・サリー」をカヴァーした曲でデビューした、イギリスのロックバンド「The Kinks(キンクス)」は、イギリス4大バンドであるビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フーに並ぶグループです。1964年にリリースされたファースト・アルバムに収められた、「ユー・リアリー・ガット・ミー(You Really Got Me)」、「オール・オブ・ザ・ナイト(All Day and All of the Night)」は日本でも大ヒットし、グループ・サウンズがカヴァーしていた曲です。


2010年3月18日(木) 12:00 [ Oldies ]
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THE WILD ONE'S
愛するアニタ.jpg

ザ・ワイルド・ワンズのメンバーは1941年生まれの加瀬邦彦さん、1947年生まれの鳥塚繁樹さん、島英二さん、そして植田芳暁さんは1948年生まれとなっていますが、彼は早稲田大学在学中の頃に川崎のジャズ喫茶でドラムを叩いていて、当時「平凡パンチ」に載っていたワイルドワンズのメンバー募集記事に出会い、メンバー入りを果たしていますので、私が知るところでは実際は1945年生まれのようです。既に還暦を過ぎているザ・ワイルド・ワンズの皆さんは、現在もパワー全開ですね。

8年前に東京の住まいのマンションで、ある日エレベーターに乗ったら植田芳暁さんと、オックスのボーカルだった真木ヒデトさんがいてビックリした事があったのですが、私の部屋の階下にスタジオ・ミュージシャンが住んでいて、当時GSのCDを作る企画があって打ち合わせで訪ねていたそうでした。植田さんは'82年の6月頃に、イベントで植田芳暁&ザ・ヴォイスのライヴを日本橋高島屋の屋上でやった時と、植田さんの実家がある東横線の元住吉でお会いした事がありました。

渡辺茂樹さんがオルガンで加わった、1968年の懐かしい映像です。バスドラムに付いている小さなシンバルを、当時私も真似て付けていました。


2010年3月15日(月) 11:58 [ G・S Scene ]
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Saddle Oxford
THE SADDLE.jpg

以前、フローシャイム(FLORSHEIM)のコブラ・ヴァンプをUPしましたので、今日はダッキーブラウンとフローシャイムという、新旧のアメリカを代表する2大ブランドがコラボレートした、「フローシャイム バイ ダッキー ブラウン(Florsheim by Duckie Brown)のファースト・コレクション、「THE SADDLE」からサドル・シューズです。カラーはスモーク・グレイ×コニャックと、ブラック×ブラウンという渋い配色です。

Florsheim by Duckie Brown.jpg

「フローシャイム バイ ダッキー ブラウン」の、私が大好きなキャメル・ブラウンのウィング・チップです。ミディアム・グレイの無地、グレン・チェック、ハウンド・トゥース(千鳥格子)、ピン・チェック、ヘリンボーンのグレー系のスーツにとても合う靴です。

SADDLE.jpg

wing tip.jpg

2007年5月にUPしていたREGALのサドルと、御茶ノ水の富士見坂を下って錦華通りと分岐する角にある靴店で、4年前に購入したソフト・レザーのウィング・チップです。

ワイルド・ワンズは1981年に再結成をした頃から、ブラック・オン・ソーテルのサドル・シューズを履いていました。


2010年3月8日(月) 00:43 [ Fashion・Scene ]
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60's Avenue/YOKOHAMA
BluesMessage.jpg

伝説のゴーゴー・クラブ、本牧の「ゴールデン・カップ」で人気を博していた頃の、ザ・ゴールデン・カップスが得意としたR&Bを収録したサード・アルバム、「BLUES MESSAGE」は41年前の1969年3月10日にリリースされました。ゴールデン・カップスは、1967年〜1971年まで中華街にあった、ニューヨークのスタイルを取り入れた本格的なゴーゴー・クラブ、「レッド・シューズ」にも出演しましたが、コンサート以外のライヴは洋楽のみで、G・Sのレパートリーをやらないグループでした。

江戸の情緒が残る浅草に、当時の「レッド・シューズ」出身のオーナーが経営する、Live Bar「RED SHOES」があるそうなので是非行ってみようと思います。あとは私が昔よく行っていた、渋谷の本格的な英国風パブ「HUB」の浅草店は、年齢層の高い落ち着いた客層でディキシーランド・ジャズのライヴも楽しめます。


「レッドシューズ」は現在の西門通りと福建路が交差する角にありました。現在は中華料理店だらけの感がある横浜中華街ですが、1950〜'60年代はバー、キャバレー、クラブが密集していた時期があり、「大珍楼」や「酔仙酒家」などのある西門通りも、当時は店名にアメリカの地名を使ったバーやクラブが軒を連ねていたそうです。中山路と名づけられている「獅門酒楼」や「六鳳居」のある通りは、当時は米兵たちからハッピー・アベニューと呼ばれていた通りでした。


幕末にペリー艦隊が横浜へやってきたとき、綺麗に湾曲した根岸湾を見てアメリカのミシシッピーを想い出し、ここを「ミシシッピー・ベイ」と名づけたという話は、横浜の人の間ではよく知られています。また、太平洋戦争後、初めてアメリカ軍が本牧に上陸したときにも、この沿岸がフィリピンのナスグブという所に似ているという理由から、ここの住宅地区をナスグブ・ビーチと名づけています。
2010年3月1日(月) 23:45 [ Rhythm & Blues ]
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60's Avenue/Fashion
一昨年の夏にNHKのBS2で毎日放映されていた日活青春映画を観て、私は映画のストーリーと共に1960年代のファッションやインテリアなどを含めた、'60年代カルチャーを観るのが好きなのです。主演をしていた御三家の西郷輝彦、舟木一夫、三田明などのファッションはアイビールックでしたが、当時はヴァンヂャケット社が、映画の衣装提供をする作品が多かったそうです。

スパイダーズでデビューする前の堺正章、井上順、歌手の布施明なども、当時はヘア・スタイルが七:三分けのIVYでした。その後モッズ・ルックが上陸し、布施明、スパイダーズはモッズでしたが、長髪だったG・Sの中にも、IVYではないですがVANの服を着ている人が結構いたそうです。今のようにファッションが多様化していない時代でしたので、アイビー、モッズ、コンチはカッコよさの代名詞でした。

三田明1.jpg

三田明.jpg

三田明はJUNを愛用していたそうですが、ファッション雑誌のモデルでVANが提供する衣装を着ているものもありました。

ヘイ・ボーイ.jpg

1966年4月15日にフィリップスから発売された、3枚目のシングル「ヘイ・ボーイ/ミシェル」です。B面はビートルズの曲のカヴァーです。120万枚を超えた大ヒット曲の「夕陽が泣いている」は、5枚目のシングルとして1966年9月15日に発売されました。




2010年2月27日(土) 01:00 [ Fashion・Scene ]
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北国のチャペル
北国のチャペル.jpg

2006年9月14日のブログ「博多時悠塾」で紹介している私が大好きな曲、ザ・ランチャーズの『北国のチャペル』をUPします。ランチャーズは加山雄三の従弟である喜多嶋瑛(Ds)、喜多嶋修(Lg)兄弟と、慶応の学友の大矢茂(Sg)、渡辺有三(Bg)の4人のメンバーで、1967年11月25日に「真冬の帰り道/北国のチャペル」でレコード・デビューし、以降は加山雄三から独立した活動を開始していました。「真冬の帰り道」はスマッシュ・ヒットし、G・S史上に残る名曲です。

2010年2月25日(木) 00:25 [ G・S Scene ]
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なげきの真珠
なげきの真珠.jpg

1968年3月にリリースされた中村晃子のG・S歌謡第2弾、「砂の十字架」を昨年8月19日にUPしましたので、第3弾の「なげきの真珠」をUPします。この曲のリリース月が不明なのですが、「砂の十字架」の後なので、多分1968年の夏から秋ではないかと思われます。



「砂の十字架」のライヴ・バージョンです。G・Sの楽曲及びG・S歌謡は、ギターのコード進行が基本のマイナー・コードを使った8ビートが多いので、典型的な3つか4つの循環コードを覚えると弾く事が出来ます。よく使用するコードの早見表です。ギターのロー・コード、ハイ・コード、ピアノのコードのおさえ方を掲載しています。

http://www.ady.co.jp/song-chord/chorditiran.htm

2010年2月23日(火) 06:00 [ Music・Scene ]
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エメラルドの伝説
エメラルドの伝説.jpg

G・Sブームの影響から、私が中学生時代にバンドを組んでドラムを始めた頃、ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツ、ワイルド・ワンズの植田芳暁、バニーズの井上正、テンプターズの大口広司のドラムスをレコードからコピーして叩いていました。

先日、Dr.SCOOPさんから頂いたコメントで、ザ・テンプターズのドラマーだった大口広司さんが、2009年1月に亡くなっていたことを知って驚きました。死因は肝臓癌で、享年58歳だったそうです。そしてサイド・ギターとオルガンを弾いていた田中俊夫さんも、1997年に白血病で享年50歳で亡くなっていたことを知りました。グループ・サウンズの方々が数年前から続けて亡くなって、拙ブログでも哀悼、追悼の記事を書いておりました。




テンプターズのサード・シングル「エメラルドの伝説」は、1968年6月にリリースされた2週間後にオリコン1位になった曲でした。1968年はエメラルドの原石が南米で多く発掘されて、エメラルド・ブームになった年だったと何かの本で読んだ事があります。

2010年2月22日(月) 18:18 [ G・S Scene ]
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Now The Time For Love
ザ・ワイルド・ワンズと沢田研二のユニット、「JULIE with THE WILD ONES」の、"渚でシャララ"というシングルが2月10日にリリースされ話題になっていますね。オリコン1位を狙います!という意気込みで、3月にはアルバムも出て全国コンサート・ツアーの企画もあり、アジアへ進出してのコンサートもやるようです。ブームから40年以上が経ち、還暦を過ぎたグループ・サウンズが、北京や上海で受けるかも知れませんね。私としては興味がありませんが。

now the time for love.jpg

G・Sブームが去った1971年に、沢田研二(vo)、萩原健一(vo)、井上尭之(g)、岸部修三(b)、大野克夫(kb)、大口ヒロシ(ds)による、「PYG」がデビューしました。当時、高校2年だった私はあまり興味がありませんでしたが、同級生が聴いていた「自由に歩いて愛して」、「花 太陽 雨」を、今聴くと懐かしさがあります。


2010年2月19日(金) 00:26 [ G・S Scene ]
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Traditional shoes
the wild one's.jpg

昨日UPしたザ・ワイルド・ワンズの、ファースト・アルバムの記載に誤りがありましたので、訂正をして画像を追加しました。早速、詳細と画像を送って頂いたn-projectさん、ありがとうございます。このアルバムは東京の自宅にあるのですが、記憶違いと思い込みが激しい私は、このブログを立ち上げた4年前から、n-projectさんのお世話になっておりました。以来、京都の方角に足を向けて寝ていません。(笑い)

久しぶりにファッションの話題です。かつて、すごい数のブランド・シューズがあったと言われる、悪名高きイメルダ・マルコス夫人とまではいきませんが、私も数十足の靴を持っていて、一度も履いていない靴もあります。9年前に左足首を粉砕骨折してからは、REGALなどの硬い革靴をあまり使用しないので、幅が3Eの軽いものを新たに買っているため、以前の靴はシューズ・ボックスの肥やし状態となっているのです。

GUCCI.jpg

ビット.jpg

昔、ニュートラが流行した頃に好んで履いた、GUCCIのビット・モカシンは現在も好きで履いています。と云っても冬の北海道では靴が傷むので履きませんが、皮底の靴は雪道でも滑らないので、デスク・ワーク主体のときにはあまり外出をしないので、ウイング・チップやプレントゥを履きます。

FLORSHEIM COBRAVAMP.jpg

1960年代から人気がある、米国フローシャイム(FLORSHEIM)のユーマ(YUMA)です。甲部の形状がコブラの頭部を思わせることから、「コブラ・ヴァンプ」と通称されるこのモデルは、日本でも1960年代にVAN REGALから発売されて、アイビー・リーガーの定番靴でした。

THE WILD ONE'S.jpg

1967年6月15日にリリースされた、ザ・ワイルド・ワンズのファースト・アルバムです。ダブル・ジャケットの裏面は、「丸VAN」「RACING MATE」のワッペンが付いた、ダブルネーミングのレーシングスーツを着て写したものです。歌詞カードには撮影協力「ヴァン・ヂャケット」、「レーシング・メイト」のクレジットが入っています。1982年の夏に日本橋高島屋の屋上で、植田芳暁のバンド「ヴォイス」のライヴをやったときに、ワイルド・ワンズが全盛のG・Sブームの頃、植田芳暁はポルシェに乗っていたというエピソードを話していました。これに記憶違いはありません。(笑い)

VAN REGAL.jpg

画像では分かりにくいのですが、左から島英二のブラウンのデザート・ブーツ、鳥塚繁樹のブラックのヴァンプ、加瀬邦彦はブラックのデザート・ブーツ、植田芳暁のコイン・ローファーはVAN REGALでした。ワイルド・ワンズも当時IVYで、銀座のテイジン・メンズ・ショップを利用していたそうです。



ファースト・アルバム収録曲、オール・オブ・マイ・ライフです。
2010年2月15日(月) 00:50 [ Fashion・Scene ]
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