”いさお(勲)なき”とは、あるがままという意味です。できたら、束縛をされず、解放された想いを、時々つづっていけたらといいなぁと想います。あるがままに・・・

人があるがままに生きられるように、へいわ、じんけん、日々の暮らしにも、ささやかですが目配りしてゆきたいものです。

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手と手−その2 [2007年08月22日(水)]
連日の猛暑でブログまで気が回らなかった。
地球温暖化で気温は上昇するばかり。
私たちの「便利な生活」を追及したツケ?
南国沖縄の方が余程涼しいとの便りあり。

2週間ぶりに千葉の病院にいる母に会って
きました。前回も書いたとおり母を看るのは
私だけです。

11時に自宅を出て、R16号・首都高・アクアライン
経由で2時間弱で着きました。
車で出掛けたのは、朝メールで友人が結語に
「いざ勝負!」とあったので勇気づいたのです。
情け無い話しですが母の病態が心配でたまら
なかったのです。



床灯台のフォトスタンド


母は「認知症」病棟の集中治療室から病室に
移っていました。肺炎が軽快したからです。
でも。「認知症」は軽度。寝たきりで要介護5。
病院からは介護施設に移るのが望ましい、と
言われていますが、そう簡単に施設の空きは
ありません。


母の言葉・・・ゆっくり絞り出すような声です・・・。

母:「わざわざきてくれたんだネ。」
私:会いたかったんだよ。ゴメンネ。

母:「苦しいところはないよ。」
私:本当。よかったよ。

母:「習志野の家に帰りたいよ。」
私:帰りたいよね。帰りたい・・・。

母:「ウンチは出ていない。」
私:そう。出たら教えてね。


母がリングを二つ「持っていっていい」という。


私:このリングもう指にはめないの?
母:「(ウンとうなづく・・・)」

私:じゃ、私のチェーンにリング付けておくね。
母:「いいよ・・・。」


母のために牧師が書いてくれた聖句


母は痩せてきた。7日の時より言葉は出ていたが息づかい
が荒く感じられた。リングは、看護師が、指が細くなり、脱落
して紛失してはいけないという判断で外されていた。
何か、リング(指輪)を持っていっていい、ということに、実は
余りいい気持ちはしなかった。いい予感がしない?という方
が適切か。


神さまのなされることは、皆時にかなって美しい。

私の覚悟はできているのだが。母のことをいつもいつも
思っているだろうか?病院に預けていて慢心して、心を
傾けているだろうか?と自問をするのだった。



母の手と私の手をつなぐ


猛暑のせいばかりでなく、もう少しでいいから
母のことを気に掛けてあげたい。
「よろしくお願いします。」
「済みませんがきちんと看て下さいね。」
と遠慮せず看護師さんたちに言っても
いいのかもしれない。
病院に行けない時看護師さんに電話を
してもいいのかもしれない。
「変わりありませんでしょうか?」

いつものように、母の手を握りしめていたが、
今日はやたらと自責の念が募るのだった。

神さまに「母に癒しと安らぎの時を与えて下さい。
あなたの愛で包んで下さい。」とお願いばかり
していた私があった。

私は、もっと、母の手を握っていたいのだ。
まだ、母の手の温もりは命を感じるのだ。

仕事や私の小さな悩みなど実はどうでも
いいことなのだ!と思えてもくるのだった。


「真夏の夢」−MIDI音楽
〜こんなキレイな海ではなかったけれど、小さな時毎夏、鎌倉・材木座に一家で海水浴に行ったね。
Posted at 20:10 | 日記 | この記事のURL
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