”いさお(勲)なき”とは、あるがままという意味です。できたら、束縛をされず、解放された想いを、時々つづっていけたらといいなぁと想います。あるがままに・・・

人があるがままに生きられるように、へいわ、じんけん、日々の暮らしにも、ささやかですが目配りしてゆきたいものです。

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☆長男と会う [2008年06月26日(木)]
昨日、長男が私の家に初めて遊びに来た。

鉄道会社に入り早5年が経つという。

早いものだ。千葉の田舎から毎日上野の

高校に通っていた彼。

本当に鉄道が好きなのだ。

好きな鉄道会社に入れるというのは

希有なケースであろう。

全て彼の努力だった。

今、車掌をしている彼は、

様々な人間模様を見ているらしい。

電車が遅延すると車掌に文句を言ったり、

ヒドイ場合は車掌室のドアーを蹴る輩も

いるとのこと。

他方、車掌にくってかかる輩の間に仲裁に

入る乗客もいるという。

電車が遅れるのは、運転手や車掌のせいではない。

安全運行のために列車指令から緊急停車の指示が

出れば従うしかないのだ。

誰でも考えれば当たり前のことなのだ。

それだけ、特に通勤客は時間に追われながら

生活しているわけだ。

みなさん。電車が遅れても車掌や運転手に

当たるようなことはないですよね。

そのようなことをしていると益々電車は遅延

してしまうそうです



「甘いもの好きでしょ?」と長男は焼き菓子を置いていった。
社会人になったなぁ。もう自分の手を離れていることに安堵した。
スペイン料理の店で夕食をして駅まで長男を送って行き、別れた。
Posted at 23:30 | 日記 | この記事のURL
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☆遅れてきたプレゼント [2008年06月18日(水)]
私にはKayoという19歳の娘がいます。

訳あって別々に暮らしています。

いつもどうしているかなぁって心配を

していますが、元気そうに暮らしているようです。

気立てのやさしい子に育っているのが

何よりも嬉しく思います

それは、私譲りではないにしても、

嬉しいものなのです

                 

そんな娘から「父の日」のプレゼントが届きました

何が入っているんだろうと?と興味津々でした

親ばかですから、娘の添え書きを紹介します。

「お父さんへ
いつもありがとうね。元気ですか?無理だけはしないでください。
私も忙しい日々が続いていますが充実しています。
また、夏休み(8月かなぁ)に会いましょう。
これから、夏バテに気をつけてくださいな。
ステキなカバンでしょ?使ってね(笑)
では、またねKayo」




なんかウルウルしてきます。
私の若作りの趣味をちゃんと盗んでいるところに
脱帽しました。私は少し派手めだからね。

娘のくれたショルダーバッグ。
ずっと使いたい。
そう素直に思える夜です。

神さまは、すてきなサプライズを娘に託していたようです^^
Posted at 09:00 | 日記 | この記事のURL
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☆ガチョウと夕食 [2008年06月12日(木)]


昨日、今日と来月の勤務表を作成するため、

職場の一室にこもり放しでした。

今月は、何故か忙しい日々が続きます。

自分の担当する患者様と夕刻散歩に

出掛けました。

隣の病院の林を抜けた所で

ガチョウと出会いました

昔、こんな駄洒落を言い、

皆を震え上がらせました


「ガチョウが商売を始めたよ!」

『どんな商売なの?』

「ガチョリンスタンド〜




それで、寒気を催した私は、

帰宅後、ネバリの出る夕食をこさえました


☆オクラ・山芋入り納豆
☆生モズクとオクラの酢の物
☆減塩味噌汁(生モズク入り)


いやはや、忙しい毎日^^

早く休んで、明日は勤務表を完成させなくては
Posted at 23:02 | 日記 | この記事のURL
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☆面会 [2008年06月09日(月)]
思いきって 手放せば
すべては手の中に

                                   晴佐久昌英





昨日の夜勤後、千葉の病院に母を尋ねました。
母の眠気が強いので手を握っていました。

「辛いの?」と問うと母は首を横に振り否定しました。

「哀しいの?」と問うと、母は子どものようにうなずきました。

ずっと天井ばかり見つめてきた母の哀しみを、
私には感じきることができませんでした。

神さまに、母を強く見守り、愛して下さるように。
病室を聖霊で満たしてくださるように。
病や障がいにある一人ひとりにも
神さまの愛と慰めがゆきわたりますように
と、身勝手な祈りをしてきました。

病院を出ると、湿度の高い梅雨空の風に私は包まれて、
駅に続く長い坂を下っていました。

梅雨空は誰の哀しみ救えるか
Posted at 16:46 | 日記 | この記事のURL
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☆彡6月1日はいい日だったみたい彡 [2008年06月02日(月)]


「ポールズ・ヒマラヤン・ムスク」というバラの花もしぼみ始めた。野のバラの命は確かに短いかもしれない。また来年、たくさん苦難を経るのかもしれないけれど、「ポールズ・ヒマラヤン・ムスク」。君と会いたいなぁ。
 

                  
                      

祭壇の上にはしぼみ始めそうなバラとまだ芽しか出ていない紫陽花の花をあしらって生けてあった。白壁に花は似合うものですね。間もなく梅雨入りです。



                 

昨日、バースデーカードをもらった。たくさんの寄せ書きがあった。バースデーカード。毎年必ず平等に貰えるというのは、祝福された気持ちになるものだ。


                      

で、お決まりの「昼食会」。昨日もご馳走が並んだ。K姉の作った「サーモン・マリネ」はいつ食べても美味しい。絶品^^厚切りの生ハムは久し振り。男子の作ったキャベツの和風煮もなかなかだった。物価が上がっている。写真には見えないが、ヒジキ煮を2人の方が作ってきた。ヒジキは毒素排泄の作用があるのでよい。今度は、ここに自分の得意料理を並べたい。爽やかな風の吹くいい一日だった。明日も「きっといい日」になるように祈り、力を注ぎたい。

昨晩、隣町に住む、「こころの病」を抱えた方の地域支援施設を、もう何年も前から運営しているNと電話で話した。彼は、今は犬と2人?の生活。同じ部署で働いている時から活動的だった。「今度、気軽に遊びにおいでよ。」と言われた。彼の元気さを少し分けてもらいに行こう。
Posted at 12:23 | 日記 | この記事のURL
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☆カクテル・ローズ [2008年05月28日(水)]
教会の近くの、米軍住宅との境の
フェンスの、誰が飢えたかバラの花

カクテル・ローズが咲いていた。


私に似た花
それはきっといい花だろう















Posted at 13:20 | 日記 | この記事のURL
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☆夜のバラに [2008年05月22日(木)]



           
     
米軍住宅とのフェンスにバラが咲いた

私の教会はこの前にあります

Eijiさんが丹精込めたバラが咲いた

歌っているように咲いた
                
夕べの祈りでは哀しみと涙を喜びに換えたくて・・・

あなたに祈った

あなたは何も応えなかった

夜の静寂に 「風はおもいのままに吹くよ」

と言っているような気がした

夜のバラは大好きな菅英三子さんのようだ

ソプラノの声で夜の女王が歌いそうだった

マスカーニのアヴェ・マリアを聴きたい夜

Posted at 10:30 | 日記 | この記事のURL
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☆かりゆしウェア [2008年05月02日(金)]


一昨日沖縄から帰ってきました。

この時期1週間のお休みを頂くのは

少し勇気が入ったかなぁ

ダイビングが3日間。

あとは内緒

で、沖縄では、てびち、ぐるくんの唐揚げ、うみぶどう等

沖縄の料理と泡盛で夜を過ごしました。

買い物は自分用に安い”かりゆし”を買ってきました。

高いのは1万円を越えますが、普段着や旅行着には

こんな感じで十分ですネ。1枚札で2枚買えちゃいました

誰かにプレゼントしようかなぁ
Posted at 21:00 | 日記 | この記事のURL
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☆空は教えてくれる [2008年04月15日(火)]
私の職場は病室。1960年代に建てたので狭く、汚く、使いにくい。自分が具合が悪くなったら入院したくない。そんな病室を改善しないで、利用者に社会復帰を求めるのは、職員側のエゴだ。療養環境を整えようとしない、私たちの仕事はマヤカシに思える。
             
気分転換に、職場のテラスに出て空を見上げる。地球というマクロからみれば、私たちの仕事は小さなものなのだ。イライラしたり、他者に批判がましいことを言うなんて小さなことなのだ。と春の空は教えてくれる。


               


教会という組織も派閥があったり、「一人ひとりを大切にする。」といいながら、また牧師の宣教で、「献金なんていくらでも構わないのです。」といいながら、教会を背負って立っていると自負するオバサンが、頑固で、自分の「非」など認めようとしない。そして、オバサンと私のバトルを見ている聴衆は、オバサンの肩を持つ。穏便に済まそうとする。かなりの保守的体質だ。だから、日本のプロテスタント教会では、献金問題で嫌気がさし教会を離れることはよくあるらしい。最も救われるべき人々は、教会に来られない、無縁な、社会から、小さくさせられた人々かもしれない。病気をもった女性が私に言った。「一人で(議論を)頑張りましたね。」と。哀しみに共感してしてくれていた。

空はいい。人間の惑い、つまずき、葛藤、いざこざ、恋に失恋、争い・・・・人間の所業をみいんな知っている。そして、その所業の小ささを知っている。そしてまた、神もそれを知っており、笑っているのかもしれない。と少し寂しそうな空と雲は教えてくれる。


            


僕が、この街に引っ越してきて1年が経った。短すぎる。最近、心から笑えることが少ない。職場のサッチーが私にニックネームをつけてくれた嬉しかった。「あなたはきっと短命よ。理由はやさしいから。」ある利用者がそう言ったが短命はお断りだ。もう少ししたいことがある。人が去った房総の拙宅の周りでは、蛙が鳴き出しているだろう。連休には田植えが始まる。水路の土手には菜の花が咲き誇っている。5月には勝浦の港に活きのいいカツオが上がる。

空はいい。都会の暮らしでは空を見ることが少ないが、田園では、海から朝陽がのぼり、山に陽が落ちる。昼間は、田畑に恵みの光を与え、見守っている。物質的には豊かかもしれないが、消費によって物を手に入れるだけでは、人間としてのトータル性が減じるのではないか。自然と対話し、命同様に自然を愛する心を持たなければ、セカセカとその日を生き、精神的疲れの抜けない日々になる。そんな危険のあることを、初夏に向かわんとする空は教えてくれる。


Posted at 22:45 | 日記 | この記事のURL
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☆母の見舞から、本田神父の「人の痛みを放っておけない心」とは何かを考える。 [2008年04月12日(土)]
今日は夜勤明けだった。電車に乗り習志野市の郵政公社の郵便局へまた電車に乗り、内房線のJR長浦駅に降り立った。もう13時を過ぎていた。

母の見舞に行った。3日に行ってから7日ぶりだった。4月7日に、胃ろう(胃に穴を開けて外から栄養注入物を入れる)に、新しい管を入れたのだった。

相変わらず元気で何より。「あんた、千葉銀行の通帳をもってこなければJTにお金を振り込めないじゃない!」と叱られる私。
母は、店舗の賃貸と煙草の自動販売機で、85歳まで生計を立てていたのだ。今は入院して4年目。89歳を迎える。








母のベッドサイドにはピンクのプレゼント袋があった。誰がもってきたのだろう?さっそく開けてみたカワイらしい靴下が入っていた。誰が母にプレゼントしてくれたのかしらないけれど、自分以外の方がお見舞いに来て下さったことに感謝します。





少し不機嫌さもあったけれど、ずっと、ずっと働き続けてきて、今、認知症病棟にいる母に、私にできることは少ない。

心に愛をゆたかに満たし、日ごとのわざに使わしたまえのいつもの賛美歌を歌い、手をしばらく握り、お祈りをして帰路についた。


ほ〜んと。何もできない私だった。看護師になって、初めて就職した病院に、憧れ年上の看護婦さんがいて慕っていた。「看護技術は経験と学習で身につく。本当の看護は、患者さんのそばにいつでも”いますよ”ということができること。」と教わった。今、母にそれをしているのかもしれない。





昨年春までは、この駅に近い職場で仕事をし、昼休みに抜け出し、婦長さんの許可を得て、”トロミ食”を食事介助していた。今は、電車で見舞に来ることが多くなったから、この駅の名も、一生、私の胸に刻みつけられるだろう。

帰りの電車のなかで、同僚のKさんから頂いた新聞の切り抜きを読んでいた。本田哲朗神父のことは以前から知っていた。
19年前にカトリックの要職を投げ捨てて、大阪釜ヶ埼に飛び込んで行った方です。私の母も、「信仰」はないが、”人の痛みを放っておけない”人生を歩んできたのだと思った。名前も告げず靴下を置いていった人にも、”人の痛みを放っておけない心がある”のだと思った。この思いは、「信仰」の有無に関係のないことも、本田神父は教えているように思えた。

「人間にとって大切なのは、良い人になることでも、
立派な人になることでもなく、人の痛みを放っておけない
心をもつこと。」朝日新聞4月4日号(夕刊3版)
「弱さのなかで語る」より

本田哲朗神父(釜が埼「ふるさとの家」)

1942年生まれ。上智大学を経て、ローマ法王庁立
聖書研究所を卒業。1983〜89年、フランシスコ会
日本管区の管区長。その後、自ら管区長を退き、
志願して釜ヶ崎の福祉施設「ふるさとの家」で働く
ようになり、自らの考えを打ち砕かれる体験を何度も
する。現在、釜ヶ埼の2畳一間のアパートで暮らす。

Posted at 10:00 | 日記 | この記事のURL
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