フジ子・ヘミングの言葉 −灰は鳥のさえずる森に−
死は誰にも突然おそうかも。誰も自分の最後はどんな
風か考えるだろう。ビルの上から飛び降り自殺をするツ
ムジマガリをのぞけば誰もが死をお それている。私もお
それているから道ばたで坐り込んでいる乞食や行き場の
ない動物たちや飢えている人種たちにせっせと助けをあ
たえて、へんな死に方をしな い様、神に祈りつづけている。
聖書にはいたるところに”おそるるなかれ”としるしてある。
神のおきて”殺すなかれ”と”汝のとなりを愛せよ”を日常ま
もっ ていれば神はまもって下さると信じている。
死ぬ時はおせっかいやきの人間どもにいてもらいたくな
い。猫と犬だけにいてもらいたい。灰は鳥のさえずるヨーロ
ッパの森に、天国に行ったらすべての動物たちとふかい森
に住んで人間とはたまにだけ逢う事にしたい。
人間は誰も少しずつ狂っていると思う。ピントのはずれた
同士で、戦争はたえる事もなく罪のない人々が残酷に殺さ
れて悲劇はたえる事ない。宗教のせいと人はよく云うけれ
ど”殺せ”などと云うのは宗教ではない。狂っているだけだ。
”おのれの如く汝のとなりを愛せよ”と”殺すなかれ”の二つ
だけをまもっていれば良いのになぜ人々はそれさえやれな
いのであろうか。
フジ子・ヘミング著 「灰は鳥のさえずる森に」
文芸春秋2005年1月号 文芸春秋社