”いさお(勲)なき”とは、あるがままという意味です。できたら、束縛をされず、解放された想いを、時々つづっていけたらといいなぁと想います。あるがままに・・・

人があるがままに生きられるように、へいわ、じんけん、日々の暮らしにも、ささやかですが目配りしてゆきたいものです。

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☆6月23日 魂魄(こんぱく)之塔の前で [2008年06月28日(土)]
6月26日  気温18℃  くもり・午前中まで雨

23日に沖縄から戻ってきた。小型船舶一級免許証を最短の4日間で取得するためだった。同年代3人が挑戦。無事取得することができた。問題は、これから実際に操船しなくては操船技術は身につかないのだ。


23日は、辺野古の若いなっちゃんとその友だちと私の3人で、ひめゆりの塔とひめゆり平和資料記念館に朝から出掛けた。平和記念資料館は、この日は入場料が無料なのだ。そう、この日は沖縄では「慰霊の日」*1なのだ。

*1.1945年6月23日に沖縄戦の組織的戦闘が終結したことことから、琉球政府、後に沖縄「県」が定めた記念日。現在は1974年に制定された「沖縄県慰霊の日を定める条例」に基づき沖縄では休日とされている。糸満市摩文仁の平和祈念公園で、政府・沖縄「県」主催の沖縄全戦没者慰霊祭が行われる。


第25回国際反戦沖縄集会の開会挨拶をする新崎盛暉さん

ひめゆりの塔を後にして、正午から、糸満市米須「魂魄之塔」*2前で、25年前から行われてきた「第25回国際反戦沖縄集会」に参加するために、土産物店の駐車場に沖縄内外からきた人々が集まり、30分程のシュプレヒコールなしの行進を行った。

                   

                      
魂魄之塔


                 

                     
遺族の祈り、献花は絶えない


*2「この一帯は(米須原)多くの 軍人、住民が米軍に追いつめられ死んでいった場所だった。遺骨がそのままの状態で放置されていた。 住民は米軍に遺骨収集作業を要請したが、それが反米活動や皇軍主義に繋がることをおそれた米軍は許可しなかった。しかし開墾するにしても遺骨がどんどん出てくるため、作業が進まず、1946年 2月23日にようやく許可された。

摩文仁や魂魄の塔がある米須を中心に、全国のすべての、都道府県の慰霊碑がある。 しかし唯一「沖縄県の碑」は存在しない。あえてあげるならば、この「魂魄」が 沖縄県の碑といえるかもしれない。

住民、軍人、米軍韓国朝鮮人、沖縄戦で死んだ約3万5千人の人々が 軍民、人種を問わず葬られた、沖縄最大の塔である。これが戦後もっとも早く、住民の手で作られ、平和への想いを込めた塔として、他府県の慰霊碑とは多少異質である。」
那覇市・戦跡案内〜オンライン体験版より引用

「魂魄」とは〜広辞苑より。
こん「魂」たましい。(特に陽の)霊魂。
はく「魄」この世にとどまるという陰の霊魂。

集会前にアピール文を静かに読み、各自で黙祷を捧げた。
新崎盛暉さんの主催者代表の挨拶で集会は始まった。オープニングソングなのか海勢頭豊さんが「月桃」を歌った。映画「GAMA(ガマ) 月桃の花」の挿入歌でもある。月桃の葉のいい香りがしたわけではないが、南国の木陰でこの歌を聴いていたら、瞼が重くなってきた。

月桃
【作詞】海勢頭 豊
【作曲】海勢頭 豊

*3「月桃」MIDI:


1.月桃ゆれて 花咲けば
  夏のたよりは 南風
  緑は萌える うりずんの
  ふるさとの夏

2.月桃白い花のかんざし
  村のはずれの石垣に
  手に取る人も 今はいない
  ふるさとの夏

3.摩文仁の丘の 祈りの歌に
  夏の真昼は 青い空
  誓いの言葉 今も新たな
  ふるさとの夏

4.海はまぶしい キャンの岬に
  寄せくる波は 変わらねど
  変わるはてない 浮世の情け
  ふるさとの夏

5.六月二十三日待たず
  月桃の花 散りました
  長い長い 煙たなびく
  ふるさとの夏

6.香れよ香れ 月桃の花
  永久(とわ)に咲く身の 花心
  変わらぬ命 変わらぬ心
  ふるさとの夏

沖縄で平和・反戦運動を行っている多くの人々が、挨拶に立った。普天間爆音訴訟判決原告団、靖国ガッティナラン(合祀はだめ)沖縄訴訟原告団。辺野古・高江からの報告、泡瀬干潟を守る会の報告と写真展示。
アフガニスタン戦争、イラク戦争などの出撃基地となっているディエゴ・ガルシア島で、米軍基地のためにセイシェルやモーリシャスへの移住をさせられた人々が、英国の高等法院で、「元島民は島に帰還する権利がある」と判示され、なお貴族院(英国の最高裁判所にあたる)で係争中の報告をされたラギニ・キストナサミーさん・・・・・たくさんの方が反戦・活動をしていることを実感する集会である。

                  

                  
反戦・平和の詩を朗読する中学生の皆さん


                  
                
                  
                
「沖縄の基地が他に(国)行けばいいという事ではない!」
                と歌い、伝える喜納昌吉さん



集会は、15時半頃、高里鈴代さんの、「今から、それぞれが、基地のない沖縄にするために、反戦、平和、基地建設阻止のたたかいのために進みましょう。来年、ここで集うための一歩が始まったのです。」との閉会挨拶で終わった。

「慰霊の日」の政府・沖縄「県」主催の沖縄全戦没者慰霊祭は、すでに形骸化してはいないだろうか。沖縄戦で亡くなった、国籍を問わない全ての人々の名前を刻んだ”平和の礎”はまだしも、当日、慰霊祭に出席した福田首相は、記者会見で、「沖縄の苦難をすべての日本人は忘れてはいけない。歴史の事実を伝える責務がある」と言いつつ。普天間基地移設(辺野古新基地建設計画)については「地元の意向は重要で、早期に解決したい。(移設措置)協議会もあり、知事や名護市長とよく話し合いをし、納得いく線を出していかないといけない」「わたしは無念に散った人々の思いを今の政治に反映する責務を負っている。『平和協力国家』として国際社会で責任ある役割を果たす」と言うのだった。


「・・・『平和協力国家』として国際社会で責任ある役割を果たす」ことは「無念に散った人々の思いを」反映させることにはならない。軍事基地建設計画を中止し、戦争による人殺しには日本政府は手を出さない、手を貸さない。そう誓うことが、「米軍の本土進攻」の盾になるかのように、25万人の人々が亡くなった沖縄戦の責任がなおもある日本政府の責務なのではないか。
そうした行動を取らない日本政府に、沖縄の人々が失望し、怒り、反省を求めたいとしても当然なのだ。また、日本政府を米国追従から、武力ではない世界平和の実現・貢献に方針転換をさせることができない私たちヤマトの者も、日本政府と「同罪」のように思えるのだ。
そんな、沖縄に通う程、自分は肩身が狭い思いを感じている。
*「」内琉球新報記事より引用
 
QAB琉球朝日放送6月23日放映
「慰霊の日」平和への誓い新たに


QAB琉球朝日放送6月23日放映
正午前から 戦没者追悼式


QAB琉球朝日放送6月23日放映
疎開船での犠牲者慰霊祭
Posted at 21:40 | 日記
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