私が初めて働いてお金をもらったのは、高校生の時だった。駅前のおにぎりやさんで、時給100円,当時としては悪くない金額であった。お昼を賄いで頂いて、夕方まで働けば一日700円だったが、食事なしで午後1時までで400円、という条件で機嫌良く働いた。
次のバイトはやはり駅前のケーキ屋さんの売り子であった。一日何時間働いたのか憶えていないけど、時々おやつが出たのがうれしかった。一度は私がケーキの箱をイチゴのデコレーションケーキの上に落としてしまい、クリームの形が崩れて仕方なくそれが店員のおやつに出た。オーナー婦人は苦い顔をしたが(当然です。当時500円のケーキでした)店員仲間には大好評で、「またお願いね」と言われたことを憶えている。
その店では2階が喫茶室になっていて、下の店のケーキとお茶とか、ホットケーキやスパゲティなどの軽食を出していた。作るのはケーキ売り場の奥の調理室で、そこに電子レンジが入る事になった。
初めての電子レンジを試してみようと、オーナー婦人が店員のおやつにサツマイモを電子レンジでふかしてくれる事になった。みんなで感心して覗き込む中、チーンと音がして取り出されたサツマイモはてんで生だった。
『おかしいわねぇ、時間が短いのかしら』2度3度とやってみて、ふかしがまで作った方が早いんじゃないかという疑いがみんなの胸にわいてきたが、とうとうサツマイモはアンデスのミイラのごとく、同じ形と色を保ったまま数分の一にしぼんだだけで食べられる状態にはなっていなかった。
『何だろう、これでいいはずなんだけど、もう一度聞いてみなくちゃ』とオーナー婦人は落胆と怒りで機嫌が悪くなり、固唾をのんでいた私たちは気の毒なのとがっかりとでため息をついた。何か代わりのおやつが出たような気がするが、今思うとあのサツマイモはラップしていなかった。ひたすら水分をとばしていた訳で、ミイラになるのも当然であったが、当時の私たちの誰もがそんな事は知らなかった。
愛読していた「暮らしの手帖」誌上で、『電子レンジ、この愚劣な商品』という記事が載ったこともあり、長い事電子レンジとは縁がなかった。次の遭遇はそれから10年ほど経った隣の家の台所であった。
私は2人の幼児の母親であり、転勤族の夫(当時)について高崎市の元社員独身寮であっただだっ広い社宅に住んでいた。余談だが、広すぎて掃除が大変だからと最初いやがった私だが、8LDKで家族全員がトイレに入る事ができる(つまり4つあった訳だ)、広々とした風呂場があるこの家は大変快適で、同じ敷地内にあった課長夫婦にはとても良くしてもらい、なかなか楽しい日々を過ごしたのだった。
その課長夫人の花子さんにミートローフの作り方を教えてもらった時に使ったのが、我が家にはまだない電子レンジであった。
課長夫婦は子供がなく、奥さんもずっと仕事をしていたそうで経済的に余裕があり、まだ珍しかったワープロもいち早く購入し、『うちのお父さん、午後いっぱいかかってやっと打った文章が「はなこさん、こんにちは」ナンだよぉ』と2人で大笑いした。こうやって書いていると花子さんにまたファクスしなくちゃ、と思うけどまた後にしよう。
電子レンジの使い方を教わっている時に、「調理中に覗き込んで、目をやられたりしないの?」と私が聞いて、「やんだぁ(花子さんは仙台の人で東北弁だった)、あんだ若いのにそったらこと言って」とコロコロ笑った。
今家にあるのは、娘に選んでもらったオーブンレンジであるが、私の使いこなし度は45パーセントくらいであろうか。最近パンを焼き始めたのでこれくらいになったが、それまではもっぱら暖め直しに使うぐらいで、メーカーの開発者が聞いたら涙が出るような宝の持ち腐れグッズであった。
私には何か電気を使うものはもったいないという観念があり、芋はガスで加熱するようにしていたが、最近の雑誌などで二酸化炭素排出および時間がかかる故のエネルギー消費量で電子レンジの方が優れていると知ったので、これからこなし度は多少UPすると思われる。
でも、野菜はやっぱゆでた方がえぐみもとれるような気がするが、どうなんだろう?最近の野菜はあくが少ないからノープロブレムなのだろうか? |