元生徒から「今日は成人式なので…」とのメールが来て、そうかー、もうそんなトシなんだなー、と思った。『自分も歳をとるわけだ』とは思わない。「だるまさんがころんだ」ではないけれど、前を向いて数を数えている内に、振り向くとずっと遠くにいた子供達がすぐ側まで来ていてびっくりした、ような感じ。自分では歳をとっていない感覚なのである。困るねぇ、こういうばーさんは。
歩くのはおぼつかないけれど、運転と喋りには支障ないもんで出かけていたら、そんな元生徒と美人のお母さんが家に会いに来てくれて、またしても行き違い。(前回もそうだった)
彼女と会ったのは、別の生徒の家で教えていた時、もう一人友達も教えて欲しいと紹介されたのが最初だった。
おしゃれで、料理が上手で、犬が好きで、ハンサムな息子に囲まれて、私が憧れている物を全て持っているように見えた彼女が病に倒れたのは、今思えば私がリンパ腫になったのとほぼ同時期だった。私は発見が遅れて昨年ようやく治療を始めたのにもう治りかけているというのに、早く分かった彼女はまだつらい日々を送っているらしい。私の幸運を分けて上げたい。
この歳になると、周りで病気だの具合が悪いの、親の介護だのと「他人事ではない」話がいくらでも出てくる。もちろん、もう亡くなられた人もいるわけで、ついこの間までは定年が55才だったんだものなぁ、と改めて思う。
もっともっと若い頃、自分はまだ「後方支援部隊」のつもりでいたのに、いつのまにか最前線に押し出されていたような気がした物だが、今はむしろ「もう引き下がっても良いよ」と言われているのに、「いんや、これからだぃ!」と物騒な物を振り回している感覚である。
団塊世代が定年を向かえた今、高齢化社会の最前線で武者震いしているのが私たちの世代だと思う。あの山を目指して旅をしてきて、いざ山に着いたら向こうに広々とした未開の土地が広がっているのを見たような…。私たちはフロンティアなのかも知れない。
成長だけが善とは限らない、速いことが素晴らしいとは限らないと経験してきた私たちがに何ができるか、後に続く世代に良いものを残していきたいと思う。 |