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| 後半戦がんばろう(くみこ) [2007年12月15日(土)] |
みちこが東京へ行ってるので、色変換ができませぬ。このままでよろしく。(みちこ:行ったのは東京ではなく横浜だよん。帰ってきたので変換しました。)
そろそろ副作用が強くなってきて、手のしびれ、脚のふらつきがひどくなってきた。爪も黒ずんできた。ドクターによれば、手も黒ずんでくるそうなので、まだ余裕があるということだろう。
昨日は友人2人がお見舞いに来てくれて、玄関先で(ウチは室内で犬を飼っているので、家の中は犬の毛だらけで前もって念入りに掃除しておかないととても「お上がり下さい」とは言えないのだ)
最近の施設ニュース、孫自慢(私は犬自慢)などで楽しく過ごした。東京にいる好物の肉まんを送ってくれた友人もそうだが、コメントはしないがブログは読んでくれているそうで、「それがLUCYさんのキャップ?」なんて聞かれた。LUCYさん、ひそかに有名人!
ところで、うちのダンナであるが、一種一級の身体障害者である。一緒に出歩いていると、「いつから車椅子なんですか?事故で?」と聞かれることがある。彼はほぼ生まれつきの(このほぼ、というのがミソ。赤ん坊のころは健常児だったのだ)脳性麻痺で、言語障害、上下肢麻痺という障碍に加えて、在日3世ということから障碍基礎年金も貰えず、早くに父親を亡くして当然重度障碍児の彼を頭に3人の子を抱えた未亡人である母親も在日2世であるから遺族年金も母子家庭手当も貰えず、大腸癌で早世した父親も末期癌の身で家族を養うために働いていたという、「こんなことがあっていいのか!」というような生活を送っていた。
私は前の亭主と別れる前から障碍者問題に首を突っ込んでいたのだが、元ダンナは「そんなことは行政に任せておけば良いんだ、そのための福祉じゃないか!」と反対していた。別れた理由はそれだけではないが、そんなことも理由の中には入っている。
もう結婚はこりごりなので(血縁関係というのが鬱陶しいのだ)入籍はしていないのだが、今のダンナはこんなに苦労してきたのになんでこんなに優しいのだろうと思うほどいい人である。
それなのに、まわりは「よく年金も無い、無一文のそれも重度障碍者の韓国人と一緒になったよね〜」と言う目で見る。私は「日本人の、役にもたたんくせに威張り散らしの糞亭主と一緒になるよりマシさっ」と腹の中で(時には口に出して)言っているが、分かる人は「彼だからあんたのダンナで居られるのよねー」と彼をたたえている。わたしゃそんなにひどい女か!?…そうかも知れない…
その彼がどんな風に子供時代を過ごし、大人になってきたかを彼のブログで書き始めた。彼が子供時代を過ごしていた韮山の療護園、東部養護学校のすぐ近くが私の通っていた高校である。もしかしたら、歩行訓練をしていた彼と、受験勉強に明け暮れて(やや誇張)いた私は農道ですれ違っていたかも知れない。縁って不思議だね〜
障碍者の生活って、どんななのか彼に会うまでは知らなかった。知れば知るほど、「え〜っ、そうだったの!!」「し、知らなかった!!」ことばかりである。多分みなさんもそうでしょうから、この国で障碍を持ってうまれるとどうなるか、読んでみて下さい。
かつて、「この国の障碍児は、障碍を持って生まれたる不幸と、この国に産まれたる不幸の二重の不幸を背負っている」と言われた(不幸というより不運だが)のが納得できる。
そして、残念なことに事態はあまり良くなっていない。日本は外交と福祉に関しては後進国もいいとこだが、私は人の作った世の中は人の力で変えられると思っている。
本気の人間が5人居れば世の中は変わるそうである。
世界規模で見ても、あそこには有り余っているのにこちらでは困っていることが山ほどある。これだけ情報や流通が行き交う人間社会に、なんでもっと誰もが幸せになれないのか。
足を踏んでいる人間には踏まれている人の痛みは分からない、というが、我々には想像力も理性もあるではないか。「他人の痛みは100年でも我慢できる」?私は我慢できない。今、満腹で暖かい部屋で幸せな私は、同じたった今、飢えて凍えて苦痛に耐えている人がいると思うと居ても立っても居られない。
無力な自分が情けないが、神ならぬ凡人の自分であるから、せめて貧者の一灯として、他の人なり動物なりに自分にできることをしたいと思う。
どんどん話が大きくなるが(小学校の担任に、「地に足が着いていない」と言われたっけ)ダンナのブログを見て下さいね。
あけブログ「 どこか違う時の流れの中で」
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Posted at 12:37
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