子供の頃は好き嫌いが多かった。給食が食べられなくて、よく昼休み残されて教室で半べそかきながら一人で食べていたっけ。
夕食で、「食べられるものがない」とぐずっては「じゃ、食べずにいなさい」と言われたり「かつおぶしにお醤油かけて食べなさい」と言われたが、今思うとうちの母親の料理が大変においしくなかったのも一因だったと思う。
短大にすすんで、叔父の家に下宿させられ(通学に片道1時間40分もかかるのでは、下宿の意味がない!とごねたが、お金がないから仕方が無いと言われればそれまでだった)、夕食を一緒に頂くようになって、初めてハンバーグがこんなにおいしいものだと知った。毎日毎日おいしくて、(叔母さんが気を使ってくれたのだろうし、実際料理上手だったと思う)今まで食べていたのは何だったんだ?と思うほどであった。
以来、好き嫌いは特に多い方ではないと思っている。意地汚いせいもあるだろうが、ほぼおいしく頂いている。しかしいわゆる下手物には食指が動かない。テレビでタランチュラの焼いたのを食べているのを見て、私はレポーターにはなれないと確信している。頼まれないだろうけど。
でも、いろいろな土地で皆さんがおいしく頂いているのを食べられなかったのは、沖縄の地元の人が行くというヤギ料理の店であった。新婚旅行でタクシーにぼったくられて(翌日ホテル前で同じタクシーの運転手を見かけたが、我々の顔を見るなりどこかへ隠れてしまったのを見ても、かなりあくどいやり方だったのだろう)、多分良心が咎めたのだろうその運転手が連れて行ってくれた店であった。
すごい臭いで、どんぶりを前に途方に暮れた。スプーンにすこーしスープをすくって口に入れてみたが、どうしても食べられなかった。その時の夫もそうであった。地元のお客がおいしそうに食べているのに申し訳なかったが、ほぼ手つかずのまま退散した。「いや〜、話の種にはなったね」とホテルに戻って食事し直した。
大手の塾に勤めていた時の社員旅行で食べた「ほや」はまだましであった。固くて、味が無くて、プラスティックの破片を食べているようだったが、顔をそむけるまずさではなかった。「これをお金出して食べる人もいるのだ」と世の中は広い、と改めて感じ入った。
戦争中はネズミでもウジ虫でもなんでも食べた、という話を聞いても、飢えてしわだらけの子供たちの写真を見ても、今の自分は仕合せだと思う。ごちそうは食べずともよいから、誰もが飢えずにいられればいいのに、と思う。だからグルメ番組は嫌い。罰当たりめ!と思って腹が立つ。 |
作った私が憶えていないよ、その味噌汁。私の料理はいつも「やりすぎ」で失敗します。
私が自信がある料理は全部友達から教わったものです。三つ葉としめじの和え物(けーこちゃん)、餃子(なおえちゃん)、潮汁(みず・まきこ)、トマトスープ(りえこちゃん)etc。みなさ〜ん、次のレシピお待ちしてます!