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花粉症の薬は眠い!

2012年2月9日(木) 15:07
今年も早々と花粉症の薬を飲み始めた。
毎年、節分の頃から八十八夜の声を聞くまで飲み続ける。
特に薬の副作用で困ったと言う記憶はない…いや、あったかな?
少なくとも去年は無かった。で、同じ薬を今年も早速処方してもらったのだが
これが、眠い事眠い事!!
頑張って仕事に行くのだが、朦朧として(この漢字を見ると旺文社の国語実力テストを思い出す)思考力、判断力、記憶力がマヒしたようになっているのを感じる。
いつもマヒしてるじゃないか、というツッコミはなしね。
今日は半日休みの木曜日、家にいられてうれしいな〜♪なのだけれど、
眠くて眠くてつい爆睡。
目が覚めて罪悪感とむなしさをおぼえる事と言ったら
数時間ドラクエ(古いな)やって先に進んだ途端メモリー消失してしまったときみたいな。

私はせっかちで、ケチで、貧乏性だから一度に一つだけしか作業していないのをもったいないと感じてしまう。
例えて言えばスーパーで98円で売っている品を観光地のコンビニで130円で買ったような苦い気分。
といっても、洗濯しながら煮物をしつつ野菜を刻む、程度のことなのだが。
ふきんを漂白しながらお湯を沸かして掃除機をかける程度の事なのだが。

だから、こんな風にパソコン「しか」やっていない時間は頭の後ろで砂時計がサラサラ落ちて行くようなかすかな焦燥感を覚えるのだ。
(じゃ、やめて部屋の片付けでもすればいいのに)

でも、同時に進められる仕事ってそんなに色々あるわけじゃない。
そんな時はなにか目に見えて成果が分かる仕事をする。
家中のゴミ箱をきれいにした!
真っ黒なやかんと鍋の底を磨き上げた!
積んであるだけだったダンボール箱を縛って古紙回収に出せるようにした!
手元に積み上げていたメモや読みかけの本や領収書などを片付けた!
容易には落ちなかった床の汚れをついに落とした!
って、みんな溜め込まずにその場でやれば良かった事じゃないか…

いろんな雑誌に書いてあるように、「溜め込まない事」「使ったらすぐ元の場所へ戻す事」「用が済んだ手紙や書類はその場でくずかごへ捨てる」

分かっていても、倒れそうに眠い・低血糖起こしそうに空腹・疲れてへろへろなんて時ばかりでそれができないんだって!

家の中をきれいに保ち、手づくりのおいしい物を家族に食べさせ、ちょっと気が利いた服を着て本を読んだり手芸をしたり、なんてことは時間的、経済的な余裕が無ければできっこない!!なんて自暴自棄になりそうになる。
ほんとうに有能な主婦なら、同じ状況でもちゃんとやってのけるんだろうとうすうすは分かっているのだけれど。(現に私はヒマだった頃もできていなかったから、同情の余地はない)

またしても本で読んだのだけれど、『時間を区切って』やるべき事をやらなくちゃだわ。
20分、いや15分、一つの作業に集中すればかなり片付くそうだ。うん、そうだろうな。パソコンに時間を取られすぎるな、とも書いてあった。
これから15分、PCを閉じて片付けに取りかかります。

日曜日は全休だった

2012年2月6日(月) 21:05
木曜日は半日だが、日曜日か土曜日のいずれかは全休にしたいと思っている。なかなか思い通りに行かないけれど、昨日はちゃんと休めた。

ばっさり髪を切ってきた。ハゲから毛が生えてずっと伸ばしていたのだが、へんな癖っ毛になってしまい、ボリュームも無いので思ったような髪型にはならないと分かり、決断した。来月はもっと短くしようと思っているが、せっかく伸ばした髪だから一度中間で切って遊んでみたわけだ。

その後すぐそばのギャラリーにより、彫刻のような家具でもある木工作品を観て来た。

しっとりと漆のかかった作品群のうち、いくつかの椅子に座らせていただいたのだが、その柔らかさ、座り心地の良さにびっくりした。クッションもスプリングも無い、木地に漆をかけただけなのにこの柔らかさはどうだ。

揺すってみても、身じろぎしてみてもまるで抱かれているようにしっくりくる。大枚はたいて一つだけ手に入れて、遺産として子、孫に伝えたくなるような椅子であった。

とはいえ、尋ねる勇気がなかったが、あつらえていただくのに一体いくら用意すればいいのやら、見当もつかない。作るのに二ヶ月を要すると作家さんはおっしゃっていたが、座る人の体型や癖に合わせて彫って行くそうだから、手の届く金額ではない事だけは分かる。

布も好きである。和服の意匠の凝ったもの、長い工程を経てようやく出来上がる織り、染め、刺繍などの手の込んだもの、よくぞと驚くようなデザインや色合わせなど、すごいなあ、美しいなあと感服するがこれもまた雲の上のものである事は同じである。

作家ものの家具什器、着物などを手元において、使いこなせる程の器でなし、素敵だなと感心するだけで「ああ、いいものを見せていただいた」と嬉しく思う。そんなきれいなものを見られる時代に生まて、日々つつがなく生活できて十分幸せだ。

私がフォローしているツィッターに「自分には幸せの実感が無い。どうしたらいいのだろう」との問いに「爆撃の下を逃げ惑ったり、家族みんなで餓えに苛まれたりせずにこういう質問をできる境遇にある事自体が幸せだと言う事に気づいて下さい」との答えがあった。

素晴らしい手仕事の作品を日常に使えなくとも、観て触れて知る事ができることを喜ぼう。

数年前、介護士の試験を受けに行って乗った田園都市線に飛び込みがあって、1時間以上電車から降りられずに遅刻してしまった時の事を思い出す。

暖房の効いた電車の座席に座っている私と、その車輪の下で血だらけになって痛みにうめいているだろう誰か(『生きているんだな、死んでたらもう電車を出すはずだから』と乗客の1人が話していた)と、距離にして数メートルしか離れていなかろうに何という状況の違いだろうかとぞっとした。冷たい車輪とレールにはさまれている人の事を思えば、試験に遅刻する事などなんぼのもんだと思った。(結局大した遅れでなく試験は無事合格したのだが)

桁外れに豊かな人の使い切れない幸せを、辛い目に合っている人や生き物に分けてあげて、みんなでそこそこ幸せでいられたらいいのにね。

今日は冷たい雨が降っている。山の動物達、ホームレスさん、つながれっぱなしの犬達などがいませんように。いじめられて泣いている子供、大人、動物達がひとりもいませんように。

なんか最近私も暗いなぁ…雨のせいかな?

寒いので不機嫌(愚痴ですからスルーして下さい)

2012年2月2日(木) 12:48
20年ぶりの寒さだそうだ。身体を固くして、着膨れして仕事に出掛ける。古いお宅の北側の台所は寒くて、昔のお嫁さんの苦労が偲ばれる。その、昔のお嫁さんが今の私の利用者さんの1人である。

他の利用者さんんも、80過ぎの方はみな戦争を体験し、辛い戦前、戦後の世の中を過ごして来られた方ばかりである。少しでも快適に、少しでもおいしい物を、少しでも楽ができるようにいつも考えているのだが、それが裏目にでる。

悪い癖で、「こうしたら楽になるのではないか」「どうしたらうまくいくのだろう」などと色々考えてしまう。そして思いついたらつい試してみたり、提案したりしてしまうのが更なる欠点。結果周りから疎まれる。

先日も私の嫌いなケアマネさんが、「H野さんは何も言っていないのにヘルパーさんが騒いでしょうがない」と聞こえよがしに言っていた。提案したってどうせ迷惑がられるだけなんだし、ご本人が「大丈夫、大丈夫」と言って居られるのだから、実際に転倒されるか「これでは困る」とおっしゃらない限りヘルパーの分際で口を出さないようにしなくては。

せっかくご本人が周りに気を遣って居られるのを、台無しにしかねないし。

ヘルパーの分をわきまえる、のが私にはとても難しい。で、今年の仕事の上での目標は「基本に忠実に」といたしました。

そんなストレスの上にこの寒さ、さらに花粉症の薬の副作用のだるさ、眠たさで不機嫌なこのごろである。と、ここにグチっておこう。

遊ばなくちゃ

2012年1月29日(日) 00:28
久しぶりに(という書き出しが多いなぁ…)連休になったので、ダンナと三島大社に「我が家の」初詣と図書館へ行って来た。

仕事の配分を変えてこのところ休みがまた少なくなってしまっていた。去年、一昨年と比べると体力も着き仕事の量も増え、それなりに収入も増えたのに「まだまだ足りぬ」とがつがつしていた。(いや、収入は確かに世間並みからはほど遠い金額だけど)

可溶性IL-2レセプタの数値でぎっくりしたのも、反省のいいきっかけになった。本当に、再々燃を覚悟して家族の悲嘆を思って暗くなったが、「これも運命なら仕方ない」と開き直ったところだった。

ふと、これまでの血液検査の結果を束ねてあるのをチェックしてみたら、昨年の数値も似たようなものである事に気がついた。なんのことはない、ずっとH(基準値より高い)のままじゃないか。

そこへ突然のみちこからの旅行の誘い。がんセンターの事が無ければ、ぜったい尻込みしていただろうけれど、いつまで保つか分からないなら(健康もお金も)少しばかりの不安を押し切ってでもやりたい事をやっておこうと思っちゃったわけである。

ちなみに今年はダンナと韓国へ行く予定だし、もし元気なら来年は彼ともっと長距離の旅行をしようと話している。もう、やけくそだね!

なにもかも条件が整ったときなんて、きっと来はしない。半年の入院を思えば、1週間くらいあっという間だ。ダンナも大変だろうが、私に死なれるよりはいいだろう。

つーことで、今遊びに行く計画を立て始めました。神さま、よろしくお願いします。

メメント・モリ?

2012年1月27日(金) 00:35
2ヶ月に一度のがんセンター外来に行って来た。

今日も異常なし、とのこと。

しかし、家に帰って血液検査の数値を見直していたら、可溶性IL-2レセプターの数値が未記入で「H」になっている。

可溶性IL-2レセプターとは、悪性リンパ腫の腫瘍マーカーの一つである。

もしや、再々燃?

もっとも、インフルなんぞにかかってもこの数値は高くなるし、LDHは正常だ。

(しかし、再燃の時もLDHは正常だった)

ドクターもまだ一時的なものだろうと判断して「異常なし、次はまた2ヶ月後」と言ったのだろうから、しばらく仕事のストレスを減らすようにして様子を見るとしよう。

しかし、自分が経過観察中である事を忘れないようにしなくては。思えば、最近体調が良いので働きすぎていたかもしれない。

入院中、「無事に還暦を迎えたい」と思っていたのがかなったのだから、謙虚にせよとの天の声かもしれない。

あまり気にすると免疫力が下がってしまうから、あくまでもポジティヴに考えよう。頼むぞ、私の身体!

しゃべる前には口を閉じろ

2012年1月21日(土) 23:59
今日は私の苦手な(いや、はっきり言おう、「キライな」)女性2人と出掛けなければならなかった。

なぜこの2人が苦手なのかというと、2人ともひとの話を聞かないし、自分の話はとりとめが無い。

頭に浮かんだ言葉を垂れ流しのようにしゃべる人は、嫌いだ。(そういえば、がんセンターのオバツーさんもそうだった。ひっきりなしにしゃべっていた)

相手の話を理解しようと耳を傾けているが、さっぱり要領を得ない。しばしば「ちょっと待って、わからなくなってきた!」と話をやめさせて、「いったい抜いた歯はどっちなの?」「『ダメだ』と言ったのは社長なの、それとも医者なの?」「それはいつ頃の話なの?」と確認して、「いつ、どこで、だれが、どうしたのか」を確認しなければ訳が分からない。

もしかしたら、私の頭が悪いから理解できないのかもしれない。かもしれないが、彼女達の話は本当に分かりにくい。口元に泡がたまる程しゃべっているのに(歯並びが悪いから泡がたまるのだろうか?白い泡を見るのも不快である)、なんて無駄の多い話し方なのだろうと感心する。

そしてひとの話を聞いていない事(私の前夫は銀行員だったとか、違うと言ったら あら、ごめん、証券会社だったわね? いえ、それも違います!)、話題があっちこっちに飛んで「で、さっきの話はどうなったの?」と戻してやらないとどの話も完結しない事甚だしい。

話をする時はまず口を閉じて頭の中であらすじを組み立ててからゆっくり、はっきり話そう(そうすれば泡を吹かずに話せるはずだ)。

相手の表情を見ながら言葉を選んで話そう(相手の目線が自分の口元に止まっているのにも気づくはずだ)。

あーあ、こんな事を書くなんて、私もイヤミな女だこと。だから外に出て他人と付き合うのは気が進まない。自分の家に籠って1人で遊んでいるのが一番楽しい。

ふと気がつくと、高校の友人たち(「もてない会」と言います)も大学の仲良し達(「DOJIZ」といいます)も、こういう話し方をする人は1人もいない。

みなゆっくりと、穏やかに、筋道立てて分かり易く話す。(多分私が一番早口だろう)

話の仕方だけでなく、最近は同性の皆さんに腹が立つ事がおおい。自分の事は棚に上げて、最近機嫌が悪いワタシである。

コケイン症候群

2012年1月18日(水) 23:32
あと30分で日付が変わってしまうので、急いで書く事にする。
今日1月18日は、勝海諒也君の命日であるから。(あれ?弥、だったっけかな?りょうや君は知り合いに2人いるので、こんがらかってしまう)

勝海君は、コケイン症候群という珍しい病気で、成人できずに命が尽きると言われていたが、22歳まで頑張ってくれた。

彼のお陰で「コケイン症候群」という難病がある事を知った。いや、まだこの国では難病指定をとれていないから、「難病」とはいえないのかも。しれない。

視覚、聴覚など障碍が出て、紫外線に非常に弱く、早老でもある。勝海君も病気特有の風貌で強度のメガネをかけ、補聴器をしていつも深い庇のついた帽子をかぶっていた。

お風呂が好きで、大きな犬が好きで、ラブの首に両手を回して嬉しそうな顔ををしていた。諒也君、おばさんは君の事を忘れていないよ。

お母さんはこの珍しい病気に難病指定をとろうと杖をつきながら(人工関節の手術をしていた)とても頑張っていた。今でも頑張っているだろう。

先日、ふと思い立って「コケイン症候群」をググったら、諒也君とお母さんの写真が出て来ておおっ!と思った。亡くなった日の朝、彼が引っ越した先の施設で働いていた有紀君が取り乱した声で「諒也君が亡くなりました」と電話して、きたとき私はまだ寝ていて(当時は夜が遅くて昼頃まで寝ていたのだ)、『は?は?だれ?あ?どうしたって?』と私は寝ぼけてよくわからなかった。

進行性の筋ジストロフィーで18歳でなくなった泰樹(ひろき)君の、大きな眼とすべすべの肌、猫の事を話すかれの笑顔も忘れられない。

障碍のある身体という逃れられない「牢屋」に閉じ込められたままだった君たちの事を思うと、自由に思った場所へ行け、美しいものを見、深々と呼吸できる幸運を申し訳ない程に有り難く思ってしまう。

みなさん、コケイン症候群を検索して、この病気の事を知って下さい。すべては知る事から始まるのだから。

車の運転ができて…

2012年1月16日(月) 11:50
佐野洋子のエッセイを読んでいる。利用者さんがうちの社長から借りて、返してくれるように私に託したのだが、面白そうなので社長(女性)に許可を得て私も読ませていただいている。

で、その中に「姉ちゃん姉ちゃん、気がついたんだけどさあ、車の運転ができて本好きな女は全部離婚しているよ、私の知っている範囲だけれどね」というフレーズが出てくるのである。おお、佐野洋子の妹さんよ、あなたの知らない範囲でもこれは真実だよ、私がそうだもん。

私が若い頃、「女の利口と男の馬鹿が釣り合う」とか、「女に学問(または学歴)は必要ない」が通説であった。

私は小、中学生の頃はお利口さんだった(正確に言うと知識が同じ年の子より多くてませていただけなのだが)。いま思うと、学校が遠くて近所に遊び相手がおらず、今と違って娯楽が無かったので本を読むくらいしかする事が無かった。暇を持て余していた事はよくおぼえている。状況は私の兄も同じだったので、彼もきっと本ばかり読んでいてお利口さんであったのだろう。

環境が作ったお利口さんだったから、高校、大学へと進むうちにメッキが剥げてどうってことない人になったのも兄妹同じである。ただ、本好きはそのまま続いている。

車の運転ができて本好きであるのも兄妹同様である。

で、妹はご存知の通り離婚しているし、兄は還暦を過ぎた今でも婚歴が無いままである。

私が離婚したのは、20歳になるが早いか親が(母親が)見合いさせてさっさと嫁がせたためであり、未婚の兄は成人すると同時に姿をくらまして居所が分からなくなって結婚させられずに済んだからである。ーーこうしてみると兄の方が私よりいくらか賢かったのかもしれん。

今は車の運転ができない女はいないに等しいだろう。でも、本好きであるのは少なくなっているかもしれない。ちなみに私の子供達は幼少の頃から紙芝居や絵本や読み聞かせなどマメにしたお陰か本好きである。(この本にはマンガも含まれるが、これも母親の影響かもしれない)。

みちこ、結婚できないのはかーさんのせいかもしれないよ。してもどーせ離婚するらしいから、たんと貯金して友だちを沢山作ろうぜぃ。

いっしょに白髪染め

2012年1月15日(日) 23:24
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ダンナの髪が伸びて来たので、「かーちゃん床屋」をやり、ついでに2人とも白髪が目立って来たので一緒に染める。

思えば昔はお互い若かったが、仲良くトシをとって参りました。

今日は日曜日なので1件だけの仕事だから楽ではあるが、来週も休みの予定は無いのでまたちょっと「やれやれだぜ」状態。

昨日歩いているとき、思い出し笑いでもしたのかニコニコしながら自転車に乗っている人を見た。

ダウンのチーちゃんは、ダウン症に共通の細いつり目ではなく、ぱっちりした眼の可愛い顔をしているせいか、町でも温かい眼で見られる事が多い。

子連れの母親や年配の女性に多いのだが、食事の世話を焼いている時にも、身体を揺すって声を上げていてもイヤな顔をせずにいてくれる。

こんな風に好意的な表情に出会うとうれしい。機嫌良さそうな人の顔を見るのもうれしい。ちょっとした温かい言葉をかけてもらったり、さりげない親切を感じたりしても、その日はいい気分でいられる。

特別イヤな事でもない限り、私も機嫌よい顔でいようと思う。

1時間5500歩

2012年1月14日(土) 09:01
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昨日はダウンちゃんのお散歩。モーニングケア(起床、着替え、朝食、口腔ケア、排泄など)を1時間ですませ、後の1時間は外へ。

つないでいない方の手が冷たいので、私の手袋をはめてもらって歩いていたのだが、だいぶ暖まって来て上着を脱ごうとするので手を貸したら手袋をしていない。

落としたのか、暖まってきてうっとうしくなったのか、いずれにしても片方の手袋(しかも使い古し)なんて拾う人もいなかろうし、残ったもう片方の手袋も相棒がいないと使い道が無い。仕事が終わってからまた同じ道を歩いて探す事にした。

で、すぐ見つかりました。道ばたのフェンスに引っ掛けてあった。きっと誰かが落ちているのを見て、目立つように、踏まれないように高いところにおいてくれたのだろう。

こういう誰とも分からないちょっとした心遣いがうれしいです。

あとで携帯の万歩計を見たら、5500歩カウントしていた。自閉さんと2時間歩くと11000歩だから、ちょうど1時間で5500歩で計算があうね。歩幅は相手次第で違うから距離計算はできないけれど、結構身体の動きは不変であるようだ。だからサインが有効なんだね。

昔、中学生の高校入試の模擬テストの採点をしていて、最後に5教科の答案を綴じて合計点を計算するのだけれど、どの生徒もその5枚の答案の記名が寸分違わぬ字体で感心した。無意識でやる行動は(みんなテストに集中していて記名なんてサラサラッと書きとばしているだろうから)かくも変わらないものなのか、ちょっと改めて感動した事を思い出した。


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