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くみこにっき

2008年4月に寛解した悪性リンパ腫が、なんと乳癌の治療中に再燃している事が判明!
2009年は『再発編』、さらに第2寛解した8月からは『移植編』となります。引き続き応援とコメントよろしくお願いします!!

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日本はうららかな春の日、アフリカでは?
ふとした事から、吉村峰子という方のブログに行き当たった。アフリカでエイズ患者の『遺言』を聞き取りしたり、ベッドの上でできるビーズアクセサリの作業を提供したりしている、元英語教師で通訳もなさっていた方だ。

もちろん面識もないし詳しい事はまだ存じ上げないのだが、これまで読んだところでは「できればこんな事がしたかった!」という事を実際になさっている方なのです。

私の尊敬するLUCYさんも、この吉村さんも海外暮らしが長く、多くの日本人奥様たちと違って現地の文化を尊重し、その国の人達とちゃんと隣人としておつきあいしておられる。

ともすればこういった立場の奥様は、どちらかといえばハイソな人達のコミュニティにいることに甘んじて、自分もその一員である事に酔って上から目線で現地の人達を見下したり、『発展途上国』として見下している事が多いと聞く(私自身はそんな境遇に無いのであくまで聞いた話だから、実情はそうでないのかもしれないが)。

私は自分の母親が『山の手育ち』で『学があり』『レベルの高い人達とお付き合いしていた』事を鼻にかけて何かに付けて静岡の暮らしを「こんな田舎!」とバカにしていた事を不満に思っていたし、自分の大事な友だちを「あんな子達」「もっと成績の良い子と遊びなさい」などと見下していたのにも反感を持っていた。それでいて美人で賢い母親を尊敬し、その母親に容色も賢さも遠く及ばない自分にすっかり自信をなくしたまま育ってしまったのだが、自分の事はさておき。

何かのご縁でこの吉村さんのブログに出会い、私が悪性リンパ腫だと分かったころの2007年ごろから少しずつ読ませて頂いている。

自分が生きたかった道をもっと良い形で生きていてくれる人がいると知ると、とても安らかな気持ちになる。

私の娘より若い年でエイズで亡くなって行く人達がいることは知っているが、具体的な話を聞くとよりいっそう胸を打つ。

世の中は理不尽な事だらけだが、その理不尽に立ち向かっている人達がいることはそれこそ『闇夜のろうそく』を見る想いだ。

とりとめがない文章になってしまったけれど、そんなわけで前より一層穏やかな日々を送っている私です。

おいしいお菓子を大事に少しずつ食べるように、(一度に食べると体にも良くないし)彼女のブログも夜更かしせぬよう少しずつ読んでいます。
ワンクリックでそちらへジャンプするアドレス表示の仕方が分からないので、アドレスだけコピペしておきますね。
吉村峰子のアフリカへ遊びにおいで!
http://www.cafeblo.com/safrica/
2010年3月14日(日) 13:01 [ ブログ ]
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昭和の子供時代(幼児編)
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小学校に上がる前は、父の会社の社宅に住んでいた。甲社宅、乙社宅(幼児の私はおちしゃたく、だと思っていた)

社宅は2軒長屋で壁を隔てて隣がキクマさん、北側に玄関があり、南側の庭は畑になっていた。東側は隣の家との境が竹の垣根で、カンナの赤い花が記憶に残っている。その垣根の側に窓があって、よく近所の男の子が家の中を覗き込むのを、幼い私が「のじょかないで!!」と抗議していたそうな。

その窓の横には茶箪笥が置いてあり、壁との隙間にちゃぶ台が畳んであった。食事の支度ができる頃になると、ワタシか兄がそのちゃぶ台を出す役目になっていた。茶箪笥の中にはガラスのバターケースが入っていて、私はこっそり指を突っ込んでバターを舐めては叱られた。指の跡がくっきり残っているのだから当然である。

日用品は「きょうどう」に売っていた。協同組合の事だろう。今思えば小さな売店だったと思うが、ガラスケースの中の和菓子の黄身しぐれが憧れの的だったのは良く憶えている。

その「きょうどう」の入り口の敷居が幼児には「よいしょ」と気合いを入れてまたぐほど高くて、意気地なしだった私の兄はいちいち手をついて越えていたそうだ。(彼は小学校の階段も怖がって手をついて登っていた由。長男で目が大きなかわいい子だった事もありーー今はハゲのおっさんだがーーおばあちゃんを筆頭にみんなで猫っ可愛がりしてスポイルしてしまったわけだ。こうしてみると、おまけでいつの間にか育っていたという私の方が幸運だったかもしれない)

「きょうどう」の前には広場があり、社宅の子供達の遊び場だったが、遊具は「ゆうどうえんぼく」(どんな字を書くのだろう?)しか記憶に無い。小学生くらいの大きい子達が力任せに漕いで、幼児の私が怖がってしがみついてわんわん泣いたのを憶えている。

玄関のたたきで若かった叔父が餅つきをしてコンクリートにヒビを入れてしまった事、近所のイチジクの木に蛇がいて、子供達が大騒ぎしている中で誰かのお父さんが棒で取った事、紙芝居やロバのパン屋さんが鈴を鳴らして回ってきた事、ポン菓子屋さんが来るとみんなでお米を持って「はぜらかし」てもらい、その爆音にみんなで耳を塞ぎながらもはしゃいでいた事、半分埋まった防空壕が真っ暗で怖かった事など、最近の事はすぐ忘れるくせにこんな幼児の頃を憶えているなんて、私も年寄りになったもんだと思う。

そう言えば、当時兄をやたら甘やかした祖母は今の私より若かったのだと気がついた。夏以外は着物を着て、終生「気持ちが悪い」とパンツもズロースもはかず夏でもアッパッパの下は腰巻きだった祖母は、『ずっと髷を結っていたから』頭のてっぺんが薄いというより禿げていた。そうか、私の目にはすごいお婆さんに見えたが、まだ当時は60前だったのだ。
2010年3月12日(金) 00:14 [ ブログ ]
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苦手な人達
弱い者いじめをする人、裏表があって陰口やうわさ話が好きな人、皮肉や揚げ足取りが好きな人、誰でもこんな人は苦手なのだろが、自分は絶対そんな事とは縁がないと言い切れないのが残念だ。

ちくっと嫌みを言ったり、ダンナに誰かの愚痴をこぼしたりするのも立派にこれらの行為に含まれるだろう。

私もそんな厭な人達の1人である、ことを自覚した上で言うが、突然やってきて「いる〜?」と玄関に現れる知人がいる。

常識のかたまりのようなような人で、入院したと聞けばソッコーで見舞いに来る(内緒にしていたのに、あちこち調べたらしい)。退院したと聞けばすぐ電話をかけてきて「元気そうで良かった、安心したわ〜!!」という(いや、寝ていたんだけど)。留守電に「ちょっと話があって電話した」とあったのでかけ直すと、結局愚痴とうわさ話である。

「あなた(あるいは○○さん)のためを思って」余計な事を言う人、選挙の時になると必ず電話をかけて来る人、自分ではとっても気がついて親切だと自信を持っている人、遠くで気がついたらさりげなく道をそれて出くわさないように気をつけるが、逃げられない状況に陥ったら仕方なく愛想よく調子を合わせる。私だけでなく誰もがそうしているだろう。

苦手な人達を「さっさと去んでしまえ!」と憎んでいるわけではない、ただ離れていたいだけである。つまりは、私の回りにはにはそう酷い人や悪意ばっかりの人はいないのだろうね。

でも、信じられないような意地悪な人や、良心の咎めをこれっぽっちも感じないでズルい事や卑怯な真似をする人がいるのを知った時はショックだった。もちろん、その逆の人もいるからこの世も存外捨モノじゃない、と救われる思いがする事も多いのだが。

「たった1本のろうそくの光は弱いけれど、でもその光は闇に打ち勝つ」と何かで読んだ。

「ソドムはたった10人の義人によって救われた」という文も、「本気の人間が3人いれば世の中が変わる」という言葉にも力づけられる。

でも、もしまたこの世に生まれてこなければならないならば、人ではなく日なたの石ころにでもなれたらいいな。
2010年3月11日(木) 01:14 [ ブログ ]
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お仕事で筋肉痛
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月曜日はいよいよ初仕事!今まで病院の表しか知らなかったが、今度は裏側から見る事ができる。題して「掃除婦は見た!」

1年ぶりのパートとあって、万歩計をつけて行ったら初めて12000台!平面を歩くのは大丈夫だけど階段や坂道を上がるのはしんどいワタシ、病院の中なら階段は無いと思っていたら、あにはからんや「業者用駐車場」は病院からかなり離れた坂の上で仕事を終わって帰る時は心臓バクバク。

思いがけずしゃがんで雑巾を使う事が多く、しゃがむのはいいけど立つ時が大変なワタシ、終わった時には腰痛と筋肉痛。トシだから3日くらい筋肉痛が続くんじゃないかと不安になったが、いや、初日が一番大変な筈、後はだんだん楽になるに違いないと楽観することにした。

仕事仲間はみな親切で、雰囲気はよさそう。ほぼ3人1チームで1カ所担当するのだが、私が入ったチームは背の高い若いお兄さんとおばちゃん2人で、そのお兄ちゃんが3月一杯で辞めるそうなので私がその代わりに入ったというわけ。

おばちゃん1号(略してオバワン)はテキパキ型で余計なおしゃべりは無駄、という感じ。おばちゃん2号(オバツー)は東北なまりがあってよく働くけどおしゃべりも好き、というタイプ。どちらも聞いた事には親切に教えてくれるけど、オバツーさんは説明が多すぎて却って分かりにくい。

私について説明しながら仕事を教えてくれるのはオバツーさんなのだけれど、要領を得なくて一生懸命聞いていても分かりにくい。オバワンさんの方がキャリアは短くてまだ1年なのだそうだけど、説明は彼女の方が分かりやすい。「もう年金もらっている」そうだけど、元々何か仕事をしていた人なのかもしれない。

仕事を始めて3日経った今、筋肉痛は初日だけでやっぱり日ごとに楽に感じて来た。万歩計も昨日は1万、今日は8千と無駄な動きが無くなってきたみたい(手を抜けるところが分かってきたわけだね)。

病院だから、これでもかというほどきれいにする。髪の毛1本見逃さない。そのため、エプロンの裏側やモップの柄にガムテープをくっつけておいて(絵を参照)見つけ次第貼付けて取る。

洗った後消毒済みの8種類のモップや雑巾を使い分け、椅子の脚まで拭き上げる。みなさん、がんセンターの床は誰かが歩く前なら舐めても大丈夫です。



2010年3月9日(火) 11:25 [ ブログ ]
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女装おじさん
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mixiの面白トピ、「公共の場でやらかしたこと」を見ていたら、数件女装のおじさんと出くわした話が載っていた。40台後半でミニスカート、とか金髪でボディコンのワンピ、とかなかなか日本のおじさんも捨てた物ではない。

私もピンクのキャンディーキャンディーおじさんにお会いした事がある。それも自衛隊の基地内で。

昔、いや具体的に7年前、障碍者問題のNPO法人を立ち上げ、同時に介護事業もスタート、トップにおさまって汗流していた頃だった。

ヘルパーの1人が元自衛隊員で、年に一度の御殿場の基地一般公開に行ってみないか、と誘われ、10数名で出掛けた時の事。

色んな屋台も出て、戦車や自動小銃が展示してあり、子供も大人も戦車に乗り込んでみたり銃眼を覗き込んだりアトラクションを見たりとかなりにぎやかだった。

その中にひときわ華やかなピンクのフリフリドレスがいたのである。見た目顔以外はキャンディキャンディ、もちろん顔はおじさんだ。それも定年世代。

結構有名なおじさんで、「これがあのおじさん!」と失礼になるギリギリまで見とれてしまった。

話も聞ければ良かったが、他の人と話していたしちょっと後じさりの気持ちもあったのでそれでおしまいだったのだが、惜しい機会を逃したような気もしないこともない。

あの体型に合うドレスといったら、多分特注だろう。『変身クラブ』とやらでコスプレで女装するおじさんは多いそうだが、公の場に堂々と化粧もバッチリで現れるキャンディおじさん、また会えたらいいな(但し昼間の人混みの中で)。

先月、テレビで日頃は実直な公務員の細身のおじさんが、休みの日に路上パフォーマーとして白塗り、赤い着物で創作舞踊をやっているのを見た。地元では有名だそうで、支援者もいるという。

こういう『変人』が元気にやりたい事ができて、回りもそれを容認している社会はとってもいいな、と私は思う。
2010年3月8日(月) 07:49 [ ブログ ]
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退屈だ〜
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また卸団地にだんなと『仕入れ』に行って来た。肉と魚は当分ここで仕入れて冷凍して使ってみるつもり。
なんとか食費をあと1万減らしたい!

で、安いイワシを買ってきた。数えたら27匹(値段は198円)私はイワシのしょうゆ干しが好きなのだが、スーパーで買うと値段は倍、数は半分になってしまう(つまり4倍!)ので自分で作る。

まずは塩水の中で手開きして、しょうゆに浸け(みりんも少々)干して、胡麻をふって出来上がり。曇っていたが風があったのでうまくできた。

毎日雨が多くてうんざり。だんなも犬達も私も家の中でくすぶっている。といってなにか(編み物とか、縫い物とか)をやる気も起きない。私の坊主頭はソーラーバッテリー?なので雨の日はやる気OFFになる。

移植をして半年経った。つい『退院してから』を数えてしまうが、ドクターは『処置をした日』からが回復期としてカウントするのだろう。CT検査の結果の電話は来なかった(ほっ=3)次からは外来は1ヶ月おきになる。

半年も家でぶらぶらしていると、仕事をしたくてうずうずする。夏休み後半になると、学校に行って友だちに会いたくなって来るのと同じかな。

生活費の事もあるし、パート情報誌を見始めてぼちぼち応募してみるのだが、不況のせいか年齢のせいか、「もう決まってしまいました」と断られるのが続いてがっくりしていた。

ダメ元で電話してみたがんセンターの清掃業者のパート、『面接に来て下さい』と言われて履歴書を持って行ってきた。返事は後日、かと思ったらそのまま採用決定!あらあら、うれしいこと。

『昨年秋まで入院していた』ので、できれば6時間勤務のところを5時から8時半までの3時間だけでスタートすることになった。『体調が良くてもっとできるようになったら言って下さい、2時半からの6時間勤務の人手も足りないので。でも、無理しないで下さいよ!』しんせつそうな監督だった。

時給はやすいし、時間数も少ないのでやっと家賃が払えるくらいしかもらえないが、その分楽な仕事なのだろうと期待している。入院中よく見たクリーンスタッフと制服の色が違うから、4階東の清掃は無いらしい。

もっと年上のおばちゃん、若い主婦、半端そうな年の男性、夜は15人ほど、昼は50人近くでやっているそうである。

まだやった事の無い職種なのでわくわくしている!
2010年3月7日(日) 01:46 [ ブログ ]
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昭和の子供時代
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小学生の頃まわりに友だちがいなかった。別にイジメにあっていたわけではなく、小学校入学の年に隣町(当時は村)に引っ越しして、母親が転校させずに越境通学させていたため。

母親は「折角できた友だちと別れさせるのが可哀想だと思ったから」と言っていたが、そうではなかっただろうと今は思っている.彼女は半端なスノッブで、「村」のいなかの小学校に通わせたくなかったから、また子供のために否応無しに「村」の親達と付き合いたくなかったから、が本音だったと思う。

北杜夫じゃないけど、『驚いた事に私はそのころ勉強ができた。』最初の学力テストで1番だったと聞いている(せーぜ300人足らずの一年生の中で、です、念のため)。もちろん、年をとるにつれて下がり続け、今では並以下になっているのはお察しの通りである。ま、ませていただけなのだが、親はしっかり勘違いしてしまったのだろう。

当時、チンチン電車やバスを使ってまで家に遊びにきてくれる友だちはいなかった。(それでも高学年になるとぼちぼちいた。ありがとう、みんな)ひとりぼっちの私は近所の「はちまんさん」が遊び場だった。

子供の背丈がちょうど隠れるくらいの笹薮の中に、けものみちのような踏みしだいた小道を見つけ、たどって行くと木にじかに板きれを打ち付けてはしご段を作り、別れた太い枝にこれまた板きれを渡して『見張り台』のような物をこしらえてあるのにでくわした。

誰が造った物やら、絵と違ってかなり高いところまではしご段が続いていて、チビの私にはあんな高いところにある『見張り台』までとても登って行く勇気もテクニック?もなかった。(私の体育の評価は下の下だった)

家から木切れやら釘、金槌を調達してきて頑張って造っただろう清水町(いや、村)のトム・ソーヤーとハック(いや、1人だけかも)はどんな子供達だったのだろうか、不揃いなはしご段を今でも忘れられずにいる。
2010年3月3日(水) 23:28 [ ブログ ]
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新規リンクを見てちょうだいな
「おばさん自治区」は私とみず・まきこ氏2人で書いているチェーントークであります。今のところ『準備号』2回分で、次回がようやく『第1号』になるのだが、その合間にまきこさんが1人で発行してきた「もうひとつの世界史」として魔女裁判に関するレポートが転載されています。

「日々坦々」はダンナのブログです。彼の自伝とも言うべき「どこかちがう時の流れの中で」とは異なり、タイトル通り私たちの日常をダンナの目で書いています。同じ日を過ごしているのに、視点が変わるとこれまた興味深い!

「こちくみ掲示板」は最近出掛けないので、ちっとも進みません。写真無しで今まで行ったところの紹介でも書こうかな?

今日は日曜日(また夜更かし癖が始まったので日付が1日ずれてますが)だったので、『毎日が日曜日』の私も堂々と寝坊してのんびりしてました。が、貧乏性なのでなんだか後ろめたく、良心がとがめるので冷蔵庫の掃除を自らに課しました。

最近、倹約生活が身に付いてきて、かつてのように賞味期限を大幅に過ぎた食材は大して発掘されませんでした(てことは少しはあったって事だな)。昔は冷蔵庫に隙間ができる間もなく次の食材を買込んでしまっていたので、掃除する間が無かったのです。

最近は食材を無駄にしないように、使い切るよう心がけているので掃除がやりやすくなりました。この歳になってこの有様、しかし『遅くともせぬよりはマシ』ではありませぬか。

「買わない」のをモットーにしていますのでやたら手づくり、免疫力を高めかつダイエットにも効果を期待するべく野菜中心、とても健康的な食事をしています。

化学調味料は使わず、だしは昆布と鰹節と煮干しでとっております。(鰹節も自分で削ったりして!)先日干し野菜を作りそれでクリームシチューを作ったら、「ふえるわかめちゃん」(知ってます?)並に増えてとんでもない量になってしまいました。ダンナから、「カップラーメンの具と同じわけだから増えるわけだよ」と言われ、なるほどねと思いました。しかし驚いた!

たまには外でおいしい物を食べたいと思いつつ、毎日毎日手づくりです。近日中にスモーキング(タバコじゃなくて燻製作り)に挑戦する予定。パンを焼く強力粉、うどんを打つ中力粉ももう終わってしまったから仕入れてこなくては。またダンナと卸団地に買い出しに行ってきます。
2010年3月1日(月) 02:27 [ ブログ ]
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春の雨
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今日は暖かいけど、一日中雨なのでみんなで家にこもっていた。マーチの散歩もお休み。

今日が雨になると予報で言っていたので、ダンナの散髪(かなり前から私がやっている。だいぶ上達して、ダンナだけやるのでは勿体無いほど、だと自分では思っている)も洗濯も出荷の準備も済ませておいた。で、朝寝坊して一日ノーメイクで遊んでいた。

やろうやろうと思いながらさぼっていた包丁研ぎと履歴書きを済ませた。パソコンで遊んでいたら、50歳過ぎたら基礎代謝が落ちるのでお腹回りに脂肪がつきやすく糖尿になりやすい(私はもうなっているけど)、腹八分ではなく腹七分にして野菜をまず食べるように、と書いてあった。

それでなくても医者から1日1800キロカロリーに押さえろなどと無理な事を言われているのに、肉もバターもケーキもサツマ芋も大好きなワタシがおとなしく言う事を聞くわけも無く(退院しちまえばこっちのものさ!)、ちゃんと歩いてはいるものの腹十一分くらい食べてそろそろGパンがきつくなってきたところだった。

ちょっと反省して、お腹がすいたとき食べるように野菜スープを鍋一杯作った。明日はご飯の前にまずコイツで腹をふくらまそう。

明日は雨も止むそうだ。オリンピックできつい練習や重いプレッシャーに耐えてきただろう若い人達の頑張りを思えば、多少の食事制限や運動に文句は言えないね。

頑張っているところを見せないと、神様もご褒美をくれないだろうし。

2010年2月27日(土) 01:15 [ ブログ ]
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403マダムにお別れを
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21日の日曜日夜、403マダムが亡くなられた。ダンナから電話があり、ご自宅にお別れに行って昨日が告別式だった。

今にもにっこり笑って、「やだ、いつからそこに居たの?ウトウトしていただけだから、起こしてくれればよかったのにぃ」と起き上がりそうだった。

告別式の写真で、発病前の髪がたっぷりあってよそ行きを着ている姿を初めて見た。私より前に入院していたので、スカーフとパジャマ姿しか見た事がなかったから。

これでデイルームで一緒にお茶を飲んでお喋りした4人のうち2人が逝ってしまったことになる。

403の彼女は、もう治療法が残っていないと告げられた時点で落ち込んでいたが、その後ようやく腹が据わったと言って私の前では明るくしていた。

もう長くはないとお互い分かっていると、『気が紛れるから来てくれて嬉しい』と言う言葉もその通りにとって良いものか分からず、外泊ができなくなってからはお見舞いも遠慮していた。4東の女性患者はみんな彼女のお世話になった。私も彼女と経過が似ていてるので、3年後には私も後に続くからね、と笑っていたのがついこの間のことだ。

葬儀の終わりに、故人がファンだった(知らなかったよ!)というジュリーの曲がいくつかBGMで流れ、明るいロックに『私も何か明るい曲を流してもらおう!』と思った。

で、昨日は昼過ぎの出棺の後夕方はがんセンターで造影剤つきのCT撮影。めずらしく放射線科が空いていて、予約より少し早めについたらすぐに開始、あっという間に終わって新しく立体駐車場ができてから初めて駐車料金が無料(30分以内で済んだわけ)!

「異常が見られたら電話します。なければ次の外来は1ヶ月先で構いません」とのドクターから、めでたく電話が来なかったので無事スルーしたらしい。

とはいえ、亡くなった403マダムも同じ治療、同じ自家移植をして3年後に再々燃したのだから、まあ、こんなもんだろう。

一応どこかで覚悟をしつつ、5年イベント無しの方の50%に入ってみせるぞと改めて気合いを込めてこれからも頑張るぞっ!!
2010年2月26日(金) 00:10 [ ブログ ]
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