「スーパートスカーナなんてボルドーのモノマネじゃねえか!」という意見についてどう思われますか?某ワインライターが自分の著作で書いていた事なんですが、「サシカイアやオルネライア、ソライア等は確かに素晴らしく高品質なワインだ・・・でもこれって、フランス系のブドウ(カベルネやメルロ)をフレンチオークの樽で発酵・貯蔵させるという・・・要するに良く出来たボルドーのイミテーションに過ぎないじゃないか!」という意見についてどう思われますか?その人に言わせると、せっかく他の国にはないテロワール(ボルゲリの事?)と、土着葡萄(サンジョヴェーゼと思われる)を持ちながら、「となりの芝は青く見える」みたいな事を言ってボルドーのイミテーションみたいなワインを造ってどーすんのよ?ボルドーをお手本にして「追いつけ追い越せ」みたいな事をするより、独自性を追及すべきじゃないの?「ナンバーワンよりオンリーワンだろ!」という事の様です・・・こういう意見についてどう思われますか?
ベストアンサー
確かに物まねです。ですが、なぜ物まねをする必要があったかという歴史的視点がそのワインライターの方には欠けていますね。現在のようにボルドー品種やあるいはブルゴーニュのピノ・ノワール種を使ってバリックで発酵・貯蔵するスタイルが全世界に広まったのはほんの30年くらい前からです。その前まではイタリアはイタリア、ドイツはドイツ、スペインはスペインの固有の品種を使い固有のワインを造り、それぞれが独自の道を歩んでいました。(つまり土地の名前や生産者の名前で呼ばれるワインですね。そのライターの方は大昔からフランス中心にワインの世界が回っていたんだと思っているのでしょう)ところがアメリカで60年代くらいからワインの消費が進み、(アメリカ人はワインを飲まなかった。今でも消費量は日本よりは多いがヨーロッパの国と比べると全然少ない)またカリフォルニアワインとフランスワインとのパリ対決でカリフォルニアワインが勝ったことなどで、アメリカでワインブームが起きます。その中でロバート・パーカー氏のようなアメリカ人がどんどんでできてフランスのワインをアメリカに紹介していきます。そして、それまで土地の名前で呼ばれていたワインが、(土地のワイン)アメリカ式にシャルドネとかカベルネ・ソーヴィニョンとか品種の名前で呼ばれるようになったのです。(品種のワイン)そこからが現在のようなフランス中心のワイン世界が出来上がったのです。ところが、そのときイタリアワインは独自の道を進んでいたためその世界的なワインマーケットの中で置いてきぼりを食ってしまいました。つまり、品質的にフランスワインと比べて非常に劣っていると。それに対してイタリアのワインが低く見られていることに我慢できないという人たちが少なからずいました。その中でとくにAngeloGaja(アンジェロ・ガイヤ)がフランス品種を使い、フランス的な作りで(イタリアは大樽で長い年月熟成させる、ワインが酸化したような味わいで、それがアメリカを中心とした現代的な味覚にあわなかった)高品質なワインを造り、まずイタリアでもこんなすばらしいワインができるんだということを証明しようとしました。つまり目的ではなく、手段なわけです。それが成功し、バローロ・ボーイズとかスーパータスカンと呼ばれるブームをアメリカで引き起こしました。その当初の目的を果たしたアンジェロ・ガイヤは次第にイタリア品種に回帰していき、現在、Gajaのフラッグシップワインはネッビオーロ種100%のバルバレスコです。また、スーパー・タスカンと呼ばれるワインを作っている人たちも次第にサンジョヴェーゼを中心としたあるいはサンジョヴェーゼ100%のワインを造るようになってきています。(ちなみにキャンティ・クラシッコDOCGでサンジョヴェーゼ100%が認められたのは1994年になってから。それまではV.d.Tつまりスーパータスカンだったわけです。)逆に今日本のイタリアワイン愛好家の中ではマニアックなまでにイタリアの土着品種が流行っています。(レフォスコ種だとかリボッラ・ジャッラ種だとか僕もなかなかついていけません)
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